ファッションはスローダウンするべきだとしばしば語られる。そのときひとつの理想として思い浮かぶのがドリス ヴァン ノッテンではないか。
アントワープ王立芸術アカデミー出身のデザイナーの名を冠したブランドは、1991年以降、110回を超えるコレクション(メンズとウィメンズの通算で)を発表。トレンド競争とは距離を置きながら、それでもなお独自のクリエイションをエレガントな服として追求している。サステナビリティが“持続と可能性”を指すのだとしたら、ドリス・ヴァン・ノッテンはファッションとしてそれを体現するといえる(もちろん環境に配慮した素材や製法も用いているが)。
今季は「崩されたエレガンス」をテーマにする。滑らかで涼しげなウールツイルのブレザーは、ゆったりとリラックスした形だが、肩や胸の辺りには構築的なテーラードの気配がある。そしてラペルの下は長年の着用によって日焼けしたかのように加工されていた。まるでファッションと長く誠実に向き合うことのメタファーのようだ。
なお、ドリスは2024年6月末をもってクリエイティブ・ディレクターから退任することを明らかにしている。6月に開催されるパリ・メンズ・ファッション・ウィークで発表される2025年春夏メンズ・コレクションが、彼が手がける最後のショーとなり、その後は彼とともに仕事を続けてきたスタジオチームや、今後、発表されることになる新しいデザイナーによって、ブランドは前進を続けていくという。退任声明にはこのような一説があった。
「このように退任することをお知らせするのは悲しくもあり、同時に嬉しくもあります。わたしはこのときに備え、しばらくの間準備をしてきました。そして、新しい世代の才能がブランドに新たなビジョンをもたらす余地を残す時期が来たと感じています」
このときへの備えと余地を残す時期。ドリスのクリエイションの“持続と可能性”は、きっと受け継がれる。
ダブルブレステッドジャケット ¥233,200〈DRIES VAN NOTEN/ドリス ヴァン ノッテン TEL.03-6820-8104〉
Photograph by Masato Kawamura. Hair by Nori Takabayashi. Make-Up by Suzuki. Edit by Satoshi Taguchi, Akane Ono
※雑誌『WIRED』日本版 VOL.52 特集「FASHION FUTURE AH!」より転載。
雑誌『WIRED』日本版 VOL.52
「FASHION FUTURE AH!」
ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら。