『WIRED』日本版がスウェーデンのリサイクル企業であるRenewcellを取材したのは、2024年2月初頭。同社の資金難や株価の急落、大規模なレイオフが報じられた時期だった。廃棄衣類を原料とするリサイクル素材を開発した同社は、創業間もないころから循環型ファッションの期待の星として注目されていた。しかし、2月末、同社は事業遂行に十分な資金確保ができないことを理由に破産を宣告するに至る。
はたから見ると、Renewcellの歩みは着実であったように感じられる。同社はスウェーデン王立工科大学(KTH)で繊維のリサイクルを研究していた研究者らによって12年に創業されたスタートアップ。その革新性は「Circulose(サーキュロース)」と呼ばれるパルプシートを製造する技術にあった。
Circuloseは、廃棄された衣類からセルロース繊維を取り出してパルプ化し、シート状に成形、乾燥させたもの。それがビスコースレーヨンの原料になる。通常のビスコースレーヨンは、植物由来の溶解パルプを薬剤に漬け、さらにそれを液体化したものを細いノズルから糸のように噴き出すことで生産される。このパルプの代わりに廃棄衣類由来のCirculoseを使えば、テキスタイルからテキスタイルへのリサイクルが実現するというわけだ。サイズや形状は従来のビスコースレーヨンの製造に使われる溶解パルプと同じなので、従来のサプライチェーンにも乗せやすい。
このCirculoseに関連した技術で、Renewcellは13年に欧州、15年には米国で特許を取得している。さらに18年にはスウェーデンのクリスティーネハムンにデモンストレーション用の工場も建設。20年には出資社でもあるH&Mに数百万着分のCirculoseを提供する5年間の契約も締結した。
この間、Circuloseの生産規模も着々と拡大していた。パンデミック中の20年にはスウェーデン北東海岸の街、スンツヴァルの製紙工場を改装した工場がオープン。製紙工場の元従業員を含む130人が働き、その生産能力は年間最大60,000トンにも上った。
「Circuloseの生産に必要なノウハウは、繊維産業よりも製紙産業との親和性が高いんです」と、同社のサプライチェーン&原料調達担当副社長であるイルヴァ・スティエルンクイストは語る。原料や商品の輸送に必要な道路や港がもともと整備されていたことも有利に働いた。
50以上のコレクションで採用
言うまでもなく、この生産規模拡大の前には無数のトライ&エラーがある。大きな壁のひとつは原料の調達だ。Circuloseの原料は廃棄された衣類。Renewcellは端切れや売れ残りといったプレコンシューマー材と、古着をはじめとするポストコンシューマー材の両方を提携企業から買い付けていた。
ただし、すべての古着が原料としての適性をもつわけではない。正しい種類や組成の繊維でなければ、最終成果物であるパルプの品質が変わる。新しい素材であるからこそ、繊維の識別方法から梱包方法、サンプリングの手法まで、あらゆるプロセスで手順や手法、基準値などの開発をする必要があった。そしてそれは、同社が単独で行なえるものではない。「必要な条件が揃った原料を出荷してもらえるよう、サプライヤーのもとに赴き、選別や梱包の仕方を教え、試験を繰り返します。そうした共同作業を経て、初めて高品質な原料を必要な量、確保できるのです」と、スティエルンクイストは語る。
生産上の困難を、Renewcellは一つひとつ突破してきた。クリスティーネハムンの工場がオープンするころには、Circuloseがさまざまなブランドとのコラボレーションに使われるようになる。H&MやZARAといったファストファッションブランドに始まり、Levi ’sやGANNI、PANGAIA、COSやCalvin Kleinといったブランドが次々とカプセルコレクションを発表。21年から24年の3年間でCirculoseが使われたコレクションは実に50以上だ。Circuloseから糸や生地を生産するメーカーは、12カ国150社を超える。米『TIME』誌は20年の「世界の最も優れたイノベーション100」にCirculoseを挙げ、ビジネス誌『Fast Company』は23年の「世界を変えるアイデア」にRenewcellを選出した。
どこまでも堅実に見える。それでも、わたしたちが目にしているのは破産という現実だ。
価格か、認知か、業界の姿勢か
何がRenewcellの行く手を阻んだのか。『WIRED』日本版による取材は、同社があくまで経営の継続を目指すという前提で実施されたが、同社の最高執行責任者(COO)であるマグヌス・ルンドマークは彼らが抱える課題についてこう語っていた。「素材が実際に採用されるまでに、想定より長い時間がかかっているんです」
ここでの採用とは、カプセルコレクションのような小規模の受注ではない。「特別なプロジェクトでは、誰もがプロモーションのためにCirculoseを使いたがり、すぐに採用しました。しかし、それを常用するとなると話はまったく別なのです」
問題は価格だったのだろうか? もちろん、それもひとつの要因だろう。市場に数十年の歴史と強い価格競争力をもつ製品がごまんとあるなか、Circuloseが価格で太刀打ちできないことはルンドマークも認めるところだ。リサイクル素材はその生産プロセスの性質上、ヴァージン素材に比べて生産コストが高くなる。そもそも現在のサプライチェーンがヴァージン素材の利用に最適化されているのだから当然だ。だからといってやみくもに価格を下げれば、コストの回収も難しくなる。
とはいえ、仮にCirculoseを無料にしていたとしても、すぐに採用するブランドは少なかったかもしれない。「デザイナーが手に取れなければ意味がないのです。素材の手触りを知らずに、デザイナーが生地を採用することはありません」と、ルンドマークは語る。「多くの人がCirculoseの名を知っていました。でも、この素材をどうすれば手に入れられるのかを知らなかったのです」
前述の通り、Renewcellという会社の注目度は高く、ファッション業界でもその名を耳にしたことがある人は多かっただろう。しかし、大量に生産できるようになっていることを知っている人となると、その数は減る。積極的に素材について学び、大規模な代替の可能性を探った人となるとかなり限られてくるだろう。このギャップこそが、カプセルコレクションを超えた大型の受注が来ない原因と言える。この隙間を埋めるために、同社はCirculoseを採用しているテキスタイルメーカーとともに、ブランドにサンプルを届けているとルンドマークは語っていた。
価格や認知の話は、Renewcellに限らずリサイクル素材を扱う多くの企業に当てはまる。一方で、これはファッション業界の姿勢の話でもある。業界がポーズとしてではなく、どれだけ本気で循環型社会に向かおうとしているのかが問われているのだ。その姿勢が積極的であればあるほど、リスクも大きくなる。そう考えたとき、Renewcellの破産は、ある意味で循環型社会を目指そうとしているファッション業界の現在地を示すものでもあると言えるだろう。
「循環型素材がファッションの未来だと、誰もが口にします。ファッション業界も、ビジネスも、銀行もです。だからこそわたしたちは技術を発展させ、生産規模も拡大した。そしていまは、市場が実際に素材を採用するまでの移行期間にあります」とルンドマークは語る。「前に進むためには、みんなが少しずつ責任を負う必要があるのです」
Renewcellの挑戦は、既存の仕組みやプレイヤーに求める変化を最小限にとどめたまま、ファッション業界を直線型から循環型に変えることにあった。最大の誤算は、業界が想定よりも保守的だったことなのかもしれない。
※雑誌『WIRED』日本版 VOL.52 特集「FASHION FUTURE AH!」より転載。
雑誌『WIRED』日本版 VOL.52
「FASHION FUTURE AH!」
ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら。