抑圧的な政府が国民を制御しようとするとき、市民によるインターネットの利用を真っ先に制限することが多い。実際に2016年以降、世界の74の国で900回以上にわたって数千万人のインターネットの利用が遮断されている。
近年では、イランがデモ参加者に対する残虐な行為を隠すためにインターネットを遮断している。ロシアはウクライナへの本格的な侵攻をして以降、検閲を急速に強化した。またミャンマーでは、夜間のインターネットの利用を制限することで、国民は情報を得る方法を失った。
政府によるインターネットの遮断では、最悪の場合にはインターネットへの接続が完全に失われることがある。検閲の場合は特定のウェブサイトやアプリを利用できなくなる。
インターネットの遮断は人権を侵害する措置であるという考えが、いまでは一般的だ。人々が検閲やインターネットの遮断を回避する手段はいくつかあるものの、何百万人もの人々の接続を一度に復旧させる簡単な手段は存在しない。
トラフィックを“偽装”して検閲を回避
検閲を回避するためのツールは増えている。メタ・プラットフォームズが手がけるエンドツーエンド暗号化のメッセージアプリで、月間20億人以上が利用している「WhatsApp」が、検閲対策を拡充することを2023年1月5日に発表したのだ。
具体的には、検閲に直面している人々がプロキシ経由での接続によってWhatsAppを使えるようにするものである。ある国でアプリの利用がブロックされた場合でも、コミュニケーションをとれるようにすることを意図したものだ。
「設定でプロキシ経由の接続を選ぶことで、人々が自由にコミュニケーションをとれるように世界中のボランティアや組織が立ち上げたサーバーを経由してWhatsAppに接続できます」と、同社はこの機能を発表したブログの記事で説明している。
プロキシとは基本的に、トラフィックを偽装することで検閲を回避するものだ。例えば、ある国でWhatsAppがブロックされた場合、政府機関がWhatsAppのインフラとデバイスとの通信を遮断している可能性が高い。
ユーザーがプロキシサーバーに接続する場合、トラフィックはWhatsAppに届く前にこのサーバーを経由することになる。通信の工程をひとつ増やすことで、当局の設置したフィルターやブロックを回避できるというわけだ。
メタの新しいツールは正しい方向に進むための第一歩であると、インターネットの権利を擁護する非営利団体「Access Now」の技術面の法律顧問であるナタリア・クラピヴァは語る。「WhatsAppは多くの国で重要なインフラになっていると言えます。そしてWhatsAppの利用がブロックされたり、インターネットが広く遮断されたりすることでWhatsAppに接続できなくなると、人々は重要な出来事や危機の際にコミュケーションをとったり、命に守るために必要な情報を入手できなくなったりすることで被害を受けます」と、クラピヴァは指摘する。
またメタを含め、誰も内容を覗き見ることができないようにしているメッセージの暗号化は、プロキシを使用する場合も影響を受けないと、WhatsAppは説明している。
イランで続くインターネットの遮断が後押し
プロキシ経由での接続を可能にしたメッセージプラットフォームは、WhatsAppが初めてではない。それでもWhatsAppの規模を考えると、今回の機能追加の意味は大きい。
ほかには暗号化メッセージアプリ「Signal」も、プロキシサーバーの設置と運用を可能にしている。SignalはAndroid版では21年2月から、iOS版では22年9月からこの機能を提供している。いずれもイランがSignalをブロックしたことへの対応だった。
イランでインターネットの遮断が続いていることも、プロキシ経由での接続機能を提供することになった理由だと、WhatsAppは説明している。イランでは22歳のマフサ・アミニが警察に逮捕・拘束されたのちに死亡したことに対する全国的な抗議活動を受け、インターネットが数カ月間にわたって遮断されていた。
イラン政府によるインターネットの遮断とWhatsAppを含むインターネットサービスのブロックは、同国の経済をさらに疲弊させ、国際社会からの不評を買った(イランのインターネットの遮断は22年において世界に240億ドル=約3兆690億円の損失をもたらしたとアナリストらは予測している)。
メタは22年の最後の数カ月でWhatsAppにプロキシの設定機能を実装し始め、ユーザーの大部分がプロキシに対応しているアプリのバージョンを使うようになったことから、今回の発表に至ったという。同社はイランで起きているようなインターネットの遮断について、「人々の人権を否定し、緊急の援助を受けることを阻むものである」と、ブログで説明している。
プロキシ経由でWhatsAppを利用するには、プロキシの詳細が必要になる。プロキシサーバーが稼働している場合、ソーシャルメディアを検索することでプロキシの詳細を見つけられる(インターネットが完全に遮断されて接続が一切できない場合、プロキシによる接続は有効な手段ではない)。
プロキシの情報は、WhatsAppのiOSとAndroidのアプリの設定にあるメニュー項目「ストレージとデータ」から入力できる。プロキシサーバーを設定したい人は、ポート80、443、5222及び、サーバーのIPアドレスを指し示すドメインまたはサブドメインを使用できると、WhatsAppは説明している。GitHubのページに詳しい内容が公開されている。
検閲を回避するためのツールも増加
インターネットの遮断が増えていることに伴い、検閲を回避するためのツールも増えている。政府による検閲やブロック、アプリやウェブサイトのフィルタリングを回避する最も一般的な方法は、匿名化サービス「Tor」やVPN(仮想プライベートネットワーク)を利用することだ。
こうした方法以外の新たなツールも登場している。「Samizdat Online」は、ブロックされたニュースサイトをロシアの人々が専門知識がなくても閲覧できるようにするものだ。ウェブブラウザー「CENO(censorship.no!)」は、ピアツーピアの共有技術で構築することで国際的なネットワークへの依存を減らせると、開発元の組織は説明している。
CENOはイランによるインターネットの遮断時に広く利用されており、WhatsAppによるプロキシの設定機能もアプリが遮断されている地域の人々がコミュニケーションをとる際に役立つかもしれないと、CENOのユーザー体験の研究者であるクセニ・エルモシナは語る。エルモシナはフランス国立科学研究センター(CNRS)の研究組織「Center for Internet and Society (CIS)」及びトロント大学のインターネットの研究組織「Citizen Lab」の研究者でもある。
ロシアが18年にメッセージアプリ「Telegram」をブロックしようとして失敗した際、プロキシはTelegramの接続の維持に役立ったと、エルモシナは語る。とはいえ、プロキシには制限がいくつかあるという。「例えば、通話やファイル共有の面で通信がかなり遅くなることがあります」
また、プロキシサーバー経由の接続は、当局がサーバーの詳細を特定した場合にブロックされる可能性がある。「VPNやプロキシはいたちごっこに使うツールなのです」と、エルモシナは言う。
これらのツールの開発者は、常に検閲を逃れようとしている。だが、プロキシサーバーを運営する人が多ければ多いほど、政府がそれらをすべて停止させることが難しくなるのだ。
検閲を回避したい人は、検閲防止ツールを組み合わせて使うことが有効だろう。人々はできる限り今後インターネットが遮断された場合に使いたいツールを調べるだけでなく、自身にとって固有のリスクを考える必要がある。
「ユーザーによってニーズも脅威も技術力も異なります。ひとつのツールがすべての人に合うわけではないのです」と、Access Nowのクラピヴァは指摘する。「プロキシサーバーでできること、できないことに加えて、安全な使い方をユーザーに伝えるものをメタが提供してくれることに期待しています。こうした機能が必要になる人たちは、最も危険に晒されている人たちである可能性が高いのですから」
(WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)
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