米テック企業の“厳しすぎる採用試験”はなぜ始まったのか

金利の上昇をきっかけに、テック企業は採用のハードルを上げた。低報酬のオファーから何度も繰り返される面接試験にいたるまで、仕事を求めるプログラマーにとっては過酷な時代になっている。『WIRED』は業界の声を集めた。
A woman holding a laptop walking over a tightrope above molten lava
PHOTO-ILLUSTRATION: ANJALI NAIR; GETTY IMAGES

『WIRED』は、エンジニア職の求人に応募するテックワーカーに対して突きつけられる、場合によってはばかげていると思えるくらい困難な課題について記事で伝えてきた

たくさんの反響があり、読者から自身が経験した過酷な試験課題や面接についてのさまざまな声が寄せられた。 ソーシャルメディア上での投稿や『WIRED』へ直接送られてきたメッセージは、テック業界が変容し、そして成熟しつつあることを裏付けていた。いわゆるシリコンバレー企業は、パンデミック期の大量採用を大幅に修正し、高金利の経済環境に対応しながら、株主からの圧力に屈して事業の効率化に取り組み始めている。

Layoffs.fyiというレイオフ状況を追跡するサイトの試算によると、2022年に入ってから40万以上のテック系の仕事が削減されたという。

全体的に見れば、米国の雇用市場は堅調を維持している。失業率は低く、3.7%に過ぎない。テクノロジー部門の失業率はさらに低く、業界団体のCompTIAは米国政府のデータをもとに、2.3%と見積もっている。しかし、これまで長年にわたって成長と進歩が約束されてきた業界で人員削減が行なわれ始めたことで、人々は動揺している。グーグルの元幹部は『WIRED』に「雇用者側に寄ったパワーバランスになってきたため、採用条件が厳しくなった」と説明する。

求職中のプログラマーを支援するスタートアップが発表したデータを見る限り、あるテック企業がこの機に乗じてかなりアグレッシブな給与交渉を行なっているようだった。メタ・プラットフォームズである。もちろん、同社はその給与交渉を公平なものだと説明する。雇用の専門家たちは、採用試験の際に過酷な課題などの強硬手段をとる企業に対して、そのようなことをしていては有能な候補者を遠ざけたり、雇用プロセスに余計な偏見をもたらしたりすることになり、結果的には逆効果になると警告している。

レイオフの波に乗じて企業が採用者を厳選

技術カリキュラムの開発者でインストラクショナルデザイナーでもあるジョン・ムーアは投書のなかで、こなすのに何日もかかるような宿題を就職試験として課せられているのはソフトウェアエンジニアやプログラマーだけではないと指摘する。「企業側はそうした課題を“プロンプト”などと耳当たりのいい言葉で呼びますが、決してちょっとしたお遊びではなく、ほぼプロジェクトと呼べるほどの作業なんです。『アメリカン・アイドル』の出演者のように、何週間もオーディションで勝ち続けないと、2024年のテック業界では職を得られないようです」

長年ソフトウェアエンジニアとして働いてきたデメトリオス・Cは、(以前の『WIRED』記事で紹介されたプログラマーの経験談を指して)採用試験の一環として、社員とともに新しいアプリを開発するよう求められることは、特別に高い要求だとは思わないと書いている。しかし、最近のレイオフの波に乗じて、企業が採用者を厳選するようになったという点には同意する。

現在は管理職に就いているCによると、かれは80人から100人の履歴書を読み、面接を行なった末に、ようやくたったひとりの優秀なシニアレベルの候補者に絞り込むこともあるそうだ。そして、「いまの企業が求めていることはそれ(支払う報酬に対して最高のキーボードさばきができる人物)だが、(誇大だったり、嘘だったりする経歴を記した履歴書、採用プロセスの無駄や悪用、AIのせいで)応募者の数はいつになく多い」と指摘した。

エンジニアのマーク・ラヴはThreadsにこう投稿した。「ばかげている。競争が激化していて、仕事を見つけるのが難しくなったのは知っているけど、企業の多くは候補者に対して、タイムリーで明確なコミュニケーションなど、最低限の礼儀や敬意すら示そうとしないんだ」。データサイエンティストのダン・グエンは、雇用競争が激化しているという事実よりも、企業側の無礼さにいら立ちを覚えると投稿した。「いつか、形勢が逆転するだろう。現時点で優位に立っているからといって、ひどいことをしたり失礼な態度をとったりする人がいるのは許せない」

モントリオールでAI研究者として働いているサシャ・ルッチオーニは前回の『WIRED』記事に対して「10,000%真実!」だとこう反応した。そして、理不尽な採用試験は、業界の一部ではすでに長年の問題となっていると指摘する。過去の就職活動中、ある大手テック企業が「わたしと12回面接したうえに、宿題を与えた」とツイートしたこともある(ただし、その会社の名を明かすことはしなかった)。

候補者に対して優位に立つ企業

採用担当者の立場からは、職務をまっとうするためにやっていることが、求職者にとっては不公平に見えることもある。ソフトウェアエンジニアのスキル向上の場として模擬の面接試験を提供しているInterviewing.ioが発表したレポートによると、メタは最近、面接課題の難関を乗り越えた候補者に対して疑わしい交渉術を用いたようだ。

Interviewing.ioの創業者で最高経営責任者(CEO)のアリーン・ラーナーによると、6つの大手テック企業(グーグル、メタ、アマゾン、アップル、マイクロソフト、ネットフリックス)のうち、メタは、レイオフを行なっている一方で、雇用も最も増やしている。このことで、メタは、ほかの大手テックからはオファーを得られそうにない候補者に対して、さらに優位に立てることになる。

ラーナーは、過去数カ月でメタから面接オファーを受けたInterviewing.ioの利用者20人のデータを調べた。その結果、メタはもともと採用の対象だった役職よりも低い役職をオファーすることが多かったことがわかったのだという。つまり、候補者を「ダウングレード」しているのだ。 また、同社はほかの企業で同等の役職の人が得ている平均報酬よりも50,000ドル(約770万円)ほど少ない給与をエンジニアに対して提示しているそうだ。候補者にしてみれば、ほかの会社からもオファーがあれば、給与交渉をしやすくなるが、テクノロジー系の雇用市場が逼迫している現状では、他社からのオファーを得るのは簡単なことではない。

「本当に確固たるパターンができあがっています」。低報酬のオファーについて、ラーナーは『WIRED』に話している。「はじめはInterviewing.ioのユーザーだけにこの情報を送るつもりでしたが、エンジニアリングコミュニティ全体が知っておくべきだと考え直しました」

メタのCEOであるマーク・ザッカーバーグは以前の決算説明会で、同社には去年から空きのポジションが残っており、今年は特定の職種をほかの職種と入れ替える予定だと語った。同社は22年末から数万人を解雇してきたが、報酬理念と報酬幅(異なる役職ごとの給与範囲)はここ数年変わっていない。 メタのスポークスパーソンを務めるステイシー・イップは、同社はすべての採用候補者に対して公正かつ公平であるように努めていると語る。「わたしたちの採用理念を用いることで、さまざまなチームに与えると想定できるインパクトをもとに個人を評価し、それぞれのスキルセットとキャリア願望に見合った役職やレベルにあてがうことができています」。イップは、メタがエンジニアに対して適正と考えられる報酬よりも50,000ドル少ないオファーをすることがあるという主張に対しては、コメントすることを拒んだ。

時間をかけられる人が選ばれる

採用担当者が候補者のコーディングスキルを評価する際に利用するプラットフォーム、CoderPadのCEOであるアマンダ・リチャードソンは、近年の業界全体に広がる試験の厳格化を疑問視することは候補者だけでなく採用担当者にも恩恵があると語り、面接課題を増やすと求職者と企業の両方の時間を無駄にし、潜在的な人材を逃がすことになると主張する。

「採用プロセスに忍び込む偏りには気をつけなければなりません」とスポティファイ、リンクトイン、リフトなどといった企業を顧客に抱えるリチャードソンは言う。「12時間の在宅テストを採用すると、自動的に、12時間の在宅テストをすることが可能な人だけを選ぶことになります。ふたりの子の親であるわたしには、こなせない課題でしょう」。結果として、とても有能なプログラマーを除外してしまうこともあるだろう。そこでCoderPadはクライアント企業に、宿題を課題とする場合は、90分から2時間に制限するように強く勧めている。

加えてリチャードソンは、採用担当者やエンジニアリングマネジャーに、候補者をひとりで作業させるのではなく、ライブコーディングテストでほかの人と協力させて、協調能力を試すことを推奨する。そうすることで、その人物が実際に入社した場合、うまくやっていけるかどうかをチェックできるからだ。そして、試験のためだけに考えたサンプルプロダクトの開発や問題の解決をやらせる代わりに、社内のチームによって解決済みの実在した問題を提示することも提案している。「そうすれば、候補者がアイデアを披露したとき、問題の複雑さなどの詳細を説明させる必要がないので、時短につながります」

リチャードソンの提案はある程度は受け入れられているが、そのほとんどは中小企業か、あるいは小売り、製造、バイオテック、金融サービスなど、ソフトウェア業界の外にあるいまだに技術系の人材が足りていない企業だそうだ。テクノロジー業界の面接試験のあり方がどうなるかははっきり見えないが、リチャードソンは「複雑怪奇でわずらわしい試験プロセス」を克服できる、よりよい方法を確立させて「適切な候補者を選抜」できれば、求職者と雇用主の両方に恩恵があると確信している。

(Originally published on wired.com, translated by Kei Hasegawa, LIBER, edited by Mamiko Nakano)

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