“老化の生物学”が明かす長生きの秘訣──睡眠、バランスの取れた食事、そしてお金

2009年にノーベル化学賞を受賞した生物学者のヴェンカトラマン・ラマクリシュナンは、タンパク質生成という自身の研究を“老化のツボ”にあたるものだと説明する。その最新の研究成果を著した自身の新刊について『WIRED』に語ってくれた。
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ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン。2019年撮影。Photograph: Simone Padovani/Getty Images

大富豪たちはずっと、なんとか寿命を伸ばそうともがいてきた。古代エジプトの大富豪は、現世以上にあの世の暮らしを楽しもうと、必要になりそうなものを墓に詰め込んだ。現代の大金持ちは、博物館やギャラリーのスポンサーとして名を残すことで、自らのレガシーを生き長らえさせようとする。

今日のエリートは、寿命の延長をもっと文字通りに解釈している。IT長者のブライアン・ジョンソンが夜ごと男性器の若返りを図っているのはさておき、アマゾンのジェフ・ベゾスや投資家ピーター・ティールらは、人の寿命を伸ばすための医療研究に大金を注ぎ込んでいる。

だが、実際のところ、どうやって寿命を伸ばすのだろう ? 新著『Why We Die』(未邦訳)で、ノーベル化学賞受賞者のヴェンカトラマン・ラマクリシュナンは、人類が寿命を伸ばすためにもつ潜在能力とは何かを知るために、老化の生物学をひもといてくれる。英国で開催されたイベント「WIRED Health」での登壇を前に、ラマクリシュナンは長寿にまつわる科学とペテン、あるいは命を長らえるために最も期待できそうな方法とは何かについて、『WIRED』のインタビューに答えてくれた。

──生物学者として、あなたの研究の中心はタンパク質の生成過程ですね。2009年にタンパク質が生成されるリボゾームの構造解析でノーベル化学賞を受賞されました。でも直接、老化を専門としているわけではありません。どうして老化をテーマにした本を執筆したのですか?

タンパク質の生成は老化の主な原因のひとつです。確かにわたしの専門は老化ではありませんが、タンパク質生成というわたしの研究分野は、まさに老化のツボなのです。老化周辺研究者と呼んでもらってもいいと思います。例えて言うなら、隣の家の裏庭について語るようなものです。

──なぜいま、この本を書いたのですか?

理由はふたつあります。ひとつは、分子生物学のツールが年々強力になっていること。これによって、プロセスの理解が格段に進むと同時に、これらのツールは問題解決にも役立つようになってきています。長い間、どうして老化するのかわかりませんでした。でもいま、老化を引き起こすさまざまな要因を見つけつつあります。そしてわたしたちは老化に対して何かできるかもしれない立ち位置にいるのです。

社会の高齢化に向き合うために、多大な努力がなされています。当然のことながら、避けられないことを先延ばしにしたい人はいるでしょう。そのために、政府、慈善団体に加えて民間から莫大な資金が老化研究に流れ込んでいます。結果として実を結ぶ研究もあれば、好ましくないものも生まれています。粗末で怪しげなものがプロモーションされていることもあります。この分野には誇大広告が溢れているんです。

そこでこう考えました。分子生物学に近いところにいるものの、そのコミュニティの一員ではなく、おかしな動機のない人間が調べて、こう問いかけてみればいいのでは──「わかっていることは何か? 不明なことは何か? どこに希望があるのか? 何が怪しいのか?」と。

──長寿関連のスタートアップのなかには、顧問や幹部としてノーベル賞受賞者を迎えて、莫大な資金を集めているところがあります。にもかかわらず、その科学的基盤がどれほどしっかりしているのか不明な場合もあります。そうしたケースは、老化研究で本来はもっとカネが行かなければならないところから資金を奪っているのでしょうか?

優先順位が歪められることは疑いないでしょう。投資ファンドはリターンを求めます。早く結果が出るものや高い市場占有率を望みます。科学は必ずしもそんなふうには動きません。老化は複雑で、さまざまな要因が絡み合うため、慎重で長期的な研究を必要とします。老化をどう定義するのか明確なコンセンサスもなければいけません。

もちろん、優先すべきことはほかにもあります。感染症、感染爆発の管理、地球規模の健康問題、小児疾病予防。ビル・ゲイツに尋ねたら、ほかにもたくさんの優先事項を挙げるでしょう。実際、これらの問題に取り組んで乳児死亡率を下げて感染症拡大を防ぐ方が、アンチエイジングの研究よりも平均寿命を伸ばすと論じることもできるのです。

──まさに、歴史的に平均寿命が伸びたのは、詰まるところ栄養や衛生状態の改善、新生児ケアの向上、ワクチンなどによるところが大きかったと言えます。今日、わたしたちはがんや心臓病の治療について寿命を延ばす手立てとは考えませんが、基本的にそうだと言えませんか?

老化研究コミュニティの考え方は次のようなものです。心臓病、がん、認知症、糖尿病といったわたしたちがかかる非感染性の慢性疾患は、老化と密接に関連しています。老化が最大のリスクファクターなのです。こうした病気一つひとつに取り組むこともできるけれど、別の言い方をすれば、これらの病気の原因は老化なのだから、老化対策をすれば複数の効果が得られると。

理屈ではそうです。ただ実際には、何かの治療を受けようとするならば、病気をもっていなければなりません。米食品医薬局(FDA)も世界保健機構(WHO)も、老化を病気とは認定していません。となると、臨床試験をするとしても、何に対してするのか? ということになります。典型的なのは、変形性関節症や認知症など、老化の一部の側面に関して臨床試験を行なうことです。

──新著『Why We Die』は分子レベルの小さなところから始まって、老化理論全体へと広がっていきます。

老化とは、体の化学的損傷の累積であるとわたしは考えています。最初、損傷はわたしたちの分子で起きるとしか考えられません。ゲノム(遺伝情報)に始まって、遺伝子が指令して生成するタンパク質、そして細胞小器官、やがて欠陥のあるものを排除する細胞の能力を損傷する。これが大きな要因です。

それが細胞そのものにどう作用するかというと、一定量の損傷を感知すると細胞は老化と呼ばれる状態になります。歳をとって老化細胞の蓄積が大きくなってくると、炎症や組織の破壊といった本当の問題が起きるようになります。組織を再生させる役割を果たす幹細胞が老化したり死んだりすると、幹細胞が足りなくなって組織を新たにつくることができなくなる。そうなると生命体を維持するのが困難になるのです。

こうしたことを、複雑な構造のさまざまなレベルで見なければなりません。でも、それぞれのレベルに、老化の特徴があるのです。わたしたちが歳をとると起きること、それ自体がさらに老化を速めるのです。

──生命体というかわたしたちの身体を、あなたは町や社会に喩えています。個別の要素だけでは生命体や社会を停止させるわけではないが、事態が悪化していく最初のひと押しになることはできると。

わたしたちの体の中で、細胞は常に死んで新しいものに替わっています。何百万もの細胞が常に死んでいくにもかかわらず、わたしたちは気付くことさえないし、それを死とも考えない。

一方、死んでいくときはその逆が真実となります。わたしたちが死ぬとき、大半の細胞は生きています。臓器も生きています。だから臓器移植ができるのです。でも致命的なシステム障害が起きると、特定の細胞集団が動くのを止め、やがて生命体全部が機能するのを止めるのです。

人間にとってはそれが脳です。かつては心臓だと考えられていました。実際、心臓が動くのを止めると脳やほかの臓器も動くのを止めます。ですから、老化は最後に致命的なシステム障害が起きるまでの小さな不具合の蓄積なのです。

町にも機能しなければならないたくさんのパーツがあります。それぞれが自律的に機能している。交通ネットワークや郵便システム、レストラン、ゴミの回収、すべてが協調して機能しています。その協調がうまくいかないと町は死んでしまう。でも、何かひとつが壊れただけなら、修理すれば町は大丈夫です。

──エピジェネティクスの話をしましょう。本のなかに、1年から2年生きる女王蜂と同じ巣で暮らしながら6週間しか生きられない働き蜂のおもしろい話が出てきます。女王蜂と働き蜂は、ゲノム的にほとんど同じなのに遺伝子の違う部分のスイッチが入っているだけなのですね。

通常、細胞が育つとき、遺伝子の違う部分のスイッチが入ったり切れたりします。すべてがエピジェネティクスではありませんし、多くは違います。エピジェネティクスは、遺伝の表現状態をより永続的に保存する方法なのです。DNAの変形パターンを変えることで、ある遺伝子は黙らされ、別の遺伝子が活発でいられます。

場合によっては、ヒストン(DNAを巻きつけて核内に納めるタンパク質)の変形に見られるように、ある遺伝子を活性化して別の遺伝子を不活性にする状態を維持することができる。つまり、細胞分裂しても遺伝情報の発現パターンを保ったまま、次の世代に伝えることができるのです。

──それが老化とどう関係あるのですか?

問題は、こうしたエピジェネティクス的変形の目的は何かということです。ひとつは不要な遺伝子のスイッチを切ること。これは成長に役立ちます。なぜなら細胞に専門性をもたせたいから。ただ、歳をとると、こうしたエピジェネティクスマークが溜まってきます。これが、がんの因子になるような遺伝子を黙らせておくためのメカニズムかもしれません。

こうした仕組みは若いうちには有益です。でもその結果として、歳をとるとエピジェネティクスマークが蓄積して以前のように効率よく機能できなくなるのかもしれない。というのが、現時点の理論です。まだ完全に証明されているわけではありません。ただ、それを示す材料はたくさんあります。

──若いときに生存を助ける細胞が、歳をとると問題になるという構造があるわけですね。その流れでいうと、山中因子と呼ばれる遺伝子についても書いていらっしゃいます。これは細胞を「若い」状態に戻すというものですね。一方で腫瘍の成長と関係があるともされる。若返りと誤った方向に進む細胞プロセスが紙一重とすれば、それはどうしてですか?

とてもいい質問です。お気づきかもしれませんが、老化とがんは密接に関連しています。年齢を重ねて老化をもたらすものの多くが、若いときにわたしたちががんにならないよう守ってくれていたものであるかもしれないのです。例えば、傷ついたDNAを老化状態に追い込む反応など。

若いときにこれは役に立ちます。なぜなら、もし傷ついたDNAががん細胞になるような形で修復すると、生命体そのものを殺してしまう恐れがあります。それよりは、この傷ついた細胞を老化させ、自滅するよう誘導した方がいい。ただし、歳をとって老化細胞が累積すると、あなた自身も老化していきます。

山中因子の4つの遺伝子の場合、一部にがんを引き起こすリスクがあります。それならば、山中因子を一時的に注入し、最も危険な因子を取り去ることはできるのか。細胞年齢を下げるために細胞が組織を再生できるようにはするけれど、多能性状態、つまり、腫瘍を含むあらゆる種類のものに発展しうる段階までは遡らせないようにするのは可能なのか、ということです。

老化研究コミュニティがいまやろうとしているのは、そういうことです。ネズミで実験して驚くべき結果が出ています。自分で論文を読んでいなければ信じなかったと思います。でも、安全性と効能はさらに検証する必要があります。

──分子生物学の境界を探索した結果、食事と運動、睡眠が、長寿のためにいまできる最善のことという結論に達したわけですね。科学者たちが探索している選択肢に比べると、とても穏やかな答えのように聞こえます。

わたしたちはこれを超えようと努力しています。スタチンと降圧剤で高血圧に立ち向かったように。わたし自身、体重管理と運動で血圧をコントロールしようとしてきましたが、負け戦でした。もちろん加齢に関係があります。一歩前進して、よりいい医学的介入策があるのではないかという希望はあります。でも、まだそこには到達していません。

──著書のなかで、将来の長寿策が平等に行きわたらない懸念を表明しています。そして食生活や睡眠といった基本的なことに関しても同じことが言えると。

不平等問題にはとても関心があります。英国と米国の所得上位10%は下位10%よりも10年以上長生きします。しかも長いだけでなく、より健康的に長生きするのです。

なぜか? 貧しい人は運動をする機会がない。食生活も概して貧しく、複数の仕事をかけもちするために睡眠も十分ではない。わたしたちができると思うことは、貧しくて仕事と子育てなどを忙しくやりくりしている人には、難しいことなのです。

わたしの懸念は、もしも高度な老化対策を発見できたとき──例えば幹細胞のようなものにスイッチを入れるとか、静脈に(山中因子のような)転写因子を注入するとか──その技術の先端性にもよりますが、カネのある人だけが受けられることになるのではないかということです。そうなれば不平等はもっと酷くなるでしょう。金持ちが長く生きるだけでなく、その寿命がさらに長く、健康的なものになるのです。

(Originally published on wired.com, translated by Akiko Kusaoi, edited by Mamiko Nakano)

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