急増する山火事の煙が、動物の生態にも甚大な影響を及ぼしている:研究結果

欧米で山火事の被害が増えるなか、火事で発生する煙が動物の生態にも大きな影響を及ぼしていることが、さまざまな研究から明らかになってきた。乳牛の乳量が減ったりオランウータンの生活リズムが大幅に変わったりと、問題は悪化の一途をたどっている。
Cows in a meadow with flames from Yosemite's Oak Fire.
Photograph: DAVID MCNEW/Getty Images

米国のカリフォルニア州で山火事のシーズンが7月に入って本格化し、ヨセミテ国立公園周辺の乾燥した土地では「オーク火災」と名づけられた山火事がとてつもない速さで広がった。この火災によって19,000エーカー(約7,689ヘクタール)ほどが焼失し、何千人もの住民が自宅退避を余儀なくされている[編註:8月29日の時点で98%が鎮圧された]。

地球上の生物は何百万年にもわたって、森林火災によって発生する粒子状物質と有毒ガスが混ざった有害な煙に対処してきた。むしろ対処せざるを得なかった、と言ったほうがいいかもしれない。

雷が落ちることで山火事が発生する。それによって生じた小さな火災が生態系をリセットし、新たな命のための余剰が生まれることで、最終的には生態系に恩恵がもたらされるのだ。

しかし、それは過去の話である。気候変動やたび重なる消火活動、人口増加といったさまざまな要因が相まって、かつてはそれほど大きくなかった山火事がオーク火災のような大規模な森林火災に変わってしまったのだ。

このせいで煙が増え、一酸化炭素や二酸化炭素(CO2)、ベンゼン、ホルムアルデヒド、オゾンなどのガスに晒される時間が長くなっている。また、鉛やカドミウム、多環芳香族炭化水素などの固体を含み、雲に混じって飛散する煤煙に晒されることも増えてしまう。

科学者は、この煙が人間の健康状態にどのような影響を及ぼし、ぜんそくなどの呼吸器疾患をいかに悪化させているかについては理解している。だが、人間以外の種の場合にどうなるかについては、ほとんど何も理解していない。

山火事が大規模になり激しさを増すにつれ、研究者は鳥類や人間以外の霊長類、家畜がどのような被害を受けているのかを解明しようとやっきになっている。こうしたなか出てきた研究結果は、あまり芳しくない。

山火事の煙が牛乳の収量に影響

アイダホ大学の動物科学者のエイミー・スキービエルは、山火事が頻繁に発生する7月から10月にかけて13頭の乳牛を2020年に観察した。研究チームは、乳牛の血液中のCO2やミネラルの濃度、呼吸速度、体温、そして生産された乳量を精査したのである。

「乳牛が山火事の煙に晒されると、生乳の生産や免疫状態、代謝にどのような影響が出るかといった疑問を解明したかったのです」と、スキービエルは語る。「ほとんどの人間は空気の質が悪い環境から避難できるでしょう。でも、家畜は野外の小屋で飼われていたり、牧草地や草が生えていない土地で放し飼いにされていたりします。乳牛たちは、現状の環境条件に毎日のように晒されているのです」

煙が特に多い日には、生乳の生産量が乳牛1頭につき9ポンド(約4kg)減少する可能性があることを、スキービエルは発見した。通常、1頭の乳牛から採れる1日当たりの乳量は70~80ポンド[約32~36kg]なので、これは相当な減少である。

「もうひとつ発見した興味深い点は、乳牛が最後に煙に晒されてから7日が経つまで、乳量が元に戻らなかったことです」と、スキービエルは説明する。「つまり、煙が消えたあともその影響はしばらくの間は残っていたのです。そして、その影響がいつまで続くのかは実のところわかっていません」

米西部では煙の多い日が頻繁になったことで、乳量はすでに減少しているかもしれない。そこでスキービエルのチームは酪農家と協力し、乳量の減少が生じているかどうか分析している。研究チームは、煙のほかにも高温や多湿といった乳量を減らす複雑な要因も慎重に考慮しなくてはならない。

だが、山火事の煙と同時に発生する熱は、牛乳の収量を減少させている可能性がある。なぜなら、山火事は草木が乾く暑い日に発生しやすいからだ。煙と熱が合わさると、乳量はさらに減少するだろう。スキービエルは、乳牛の血液中の免疫細胞集団が変化していることも発見しており、乳牛の体が呼吸器系の汚染に反応していることを示している。

アカゲザルの出生率は低下

牧場で暮らすほかの動物も、山火事の煙による被害を受けているかもしれない。馬は巨大な肺をもっている。馬は走るために生まれた動物で、走っているときに大量の空気を吸うからだ。

「断定はできませんが、馬はすべての哺乳類のなかで煙に最も敏感な種のようです」と、カリフォルニア大学デービス校の健康環境センターのディレクターを務めるケント・E・ピンカートンは語る。「馬がとり込んでいる空気は、基本的に吸い込まれる空気中の粒子をまとっています。馬にとっては、かなり大きな害をもたらしているかもしれません」

甚大な被害を18年にもたらした山火事「キャンプ・ファイア」によってパラダイスの街は燃え尽くされ、カリフォルニア大学デービス校のキャンパスは煙で覆われ、ピンカートンと彼の同僚は馬以外の種への影響を明らかにする特別な機会を得た。それはアカゲザルだ。

キャンパス内にあるカリフォルニア国立霊長類研究センター(CNPRC)では、アカゲザルは野外の囲いのなかで飼育されている。おかげでピンカートンは、スキービエルが乳牛を観察したときのように、煙が流れ込む状況下でアカゲザルを観察できたのだ。

ピンカートンは繁殖期にアカゲザルの流産が増加することを発見しており、その時期は山火事によって煙が発生した時期と重なっている。平年であればアカゲザルの生児出生率は平均して86~93%を記録しているが、煙に晒されたアカゲザルの生児出生率は82%だった。

「出生率において、わずかではありますが統計的に有意な減少がありました」と、ピンカートンは語る。「この減少の詳細や正確な原因についてはよくわかりませんが、山火事の煙と関連があったことは確かです」

オランウータンのコミュニティ形成にも影響

コーネル大学鳥類学研究所の霊長類学者で生態学者のウェンディ・アーブは、泥炭火災に悩まされているインドネシアで別の霊長類への煙の影響を研究している。それは、オランウータンだ。開発業者が農地をつくるために泥炭地から水を抜き、乾燥した泥炭地に火が放たれることで発生する泥炭火災は、インドネシアに公衆衛生上の深刻な危機をもたらしている

この種の火災は、特に厄介な種類の大火災だ。炭素を多く含む燃料が何カ月もくすぶり続け、カリフォルニアで発生する山火事が草木を燃え尽くしていくのと比べてはるかに長い間、都市や周辺の森林を煙で覆い続ける。

アーブは野生のオランウータンのふん尿を採取(ご想像通り、木の下に立って大小便が落ちてくるまで待つ)して、観察している。そして朝から晩までオランウータン追いかけ、食事量やエネルギー消費量を調べるのだ。採取した尿を調べることで、ケトーシスの状態になっているかどうか、すなわちオランウータンが脂肪をエネルギー源として代謝しているかどうかを判断できる。

煙害が発生したあとアーブは、オランウータンのケトーシスが大幅に増加したことを発見した。「オランウータンが以前より多くのカロリーを摂取していることが実際にわかりました。摂取量が増えたにもかかわらず休息を以前よりも多くとるようになり、短い距離しか移動していませんでした」と、アーブは説明する。「つまり、オランウータンはこのような省エネ戦略をとって移動距離を減らし、移動速度を落とし、より多くのカロリーを摂取していてもなお、ケトーシスの状態に陥っているのです」

研究チームには、まだ検証していない仮説がひとつある。それは、オランウータンの体が大量の煙に対して免疫反応を獲得し始めており、これを活性化させるためにより多くのカロリーが必要になるというものだ。

しかし、この仮説が正しいとすると、オランウータンは免疫反応以外の生存に必要な活動、すなわち成長や繁殖、子育てなどに不可欠なカロリーを使い果たしてしまいかねない(オランウータンの母親が子育てに費やす時間は、すべての霊長類のなかで最も長い)。

また、移動を減らしてエネルギー消費を減らすと、ほかのオランウータンとの交流の機会も減ってしまう。森林破壊によって生息地が失われていることで絶滅の危機に直面している霊長類にとっては、十分な懸念材料だろう。

それに関連して、アーブには別の懸念もある。こうした不自然な火災が毎年のように生じているせいで、野生のオランウータンが長期にわたって煙を吸わされている点だ。

アーブは、人間の喫煙者の声が時間の経過につれて変化するように、煙に晒されたオランウータンの発声が変化することを発見した。声の変化によって、野生のオランウータンのコミュニケーションにどんな影響が及ぶのだろうか。一例を挙げるとすれば、オランウータンの声がしゃがれることで、長距離のコミュニケーションがとれなくなるかもしれない。

「運よく森が燃えることがなかった動物にも、煙そのものの影響がどれほどの範囲に及んで、どんな規模なのか、人間たちは考えていませんでした」と、アーブは指摘する。「最も近い火災現場から何百キロメートル離れていても、大気の質が非常に悪い場合があるのです」

鳥ですら逃げられない

オランウータンには煙から逃れる手段がないが、鳥はきっと逃げられるだろう。ところが、いまとなってはそんなことは無理だ。

火災が小さい場合、鳥は炎を感知して数キロメートル先まで問題なく飛んでいける。ところが、山火事があまりにも大きな規模になると、鳥は炎から素早く逃れることも煙から逃れることもできない。オーストラリアで19年から20年にかけて発生した森林火災では、炎があまりに早く燃え広がったことで、翼のある生物はすべて焼き尽くされている

問題の一端は、鳥が煙を吸い込んでしまうことにある。空気が悪いと鳥は混乱し、安全な方角に向かわずに炎のなかに突っ込んでしまう可能性があるのだ。

「仮に一酸化炭素中毒が動物を死に至らしめないとしても、混乱を引き起こす恐れがあります。そして、方向感覚を失ってしまうのです」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の生態学者で森林火災の煙が動物に与える影響を研究しているオリヴィア・V・サンダーフットは語る。「つまり、鳥類には火災から逃れる能力があっても、体調が優れないせいで逃げ方がよくわからないまま取り残される懸念もあるのです」

炭鉱のカナリアを例に考えてみよう。カナリアは一酸化炭素にとても敏感なので、炭鉱労働者は早期警告システムとしてカナリアを地下に持ち込む。カナリアの具合が悪くなれば、すぐに炭鉱労働者の具合も悪くなるからだ。

問題は悪化の一途をたどる

しかし、山火事の煙は地中の空気よりも複雑で、植物や土壌、さらには街まで燃やし、プラスチックなどの建材までのみ込まれてしまう。「山火事の煙はさまざまな有害物質がごちゃ混ぜになった濃霧なのです」と、サンダーフットは語る。「その煙には多くの異なる有害物質が含まれており、何がどの程度の濃度で燃えているのか、そしてどのような天候なのかによって、煙は火災のたびに異なるものになります」

このせいで、山火事の煙に含まれるどの成分が牛や馬、鳥、霊長類などそれぞれの種に特定の影響を及ぼしているのか判断することが極めて難しくなる。そして地球の温度は上昇し、火災はより壊滅的になり、より広範囲の煙が地球を覆われることになる。問題は悪化の一途をたどる一方だ。

「わたしたちがいま経験している火災は、もっと激しく早く燃え広がり、さらに深刻な被害をもたらしています」と、サンダーフットは説明する。「そして、動物は必ずしもこの種の火災の感知や回避、避難をうまくできるわけではないのです」

WIRED US/Translation by Madoka Sugiyama/Edit by Naoya Raita)

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