有給休暇は換金すべき? 使い切れない休みを買い取るサービス、米国で続々誕生

コロナ禍に有給休暇を使い切れなかった米国の労働者たちのために、休暇の買い取りを支援するスタートアップが多数登場した。これに対して専門家からは、有休の本来の目的である労働力の定着にはつながらないとの声が上がっている。
Envelope of Bank Notes
PHOTOGRAPH: STEVEN PUETZER/GETTY IMAGES

ジャヴォン・ガルシアはソーシャルワーカーの資格を取得したばかりだった2020年末、非営利のLGBTQ支援団体「Howard Brown Health」に職を得た。遠隔で患者をカウンセリングするセラピストとして、まったく新しい日常に放り込まれたのだ。

この時期は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響により助けを求める人の数が急増していた。しかも、どこかに出かけることもままならず、ガルシアはほとんど休まず働き続けたという。

それだけに、未消化の有給休暇を現金に換えても構わないというメールを受け取ったとき、ガルシアは目を輝かせた。Howard Brown Healthのこうした取り組みは、スタートアップであるPTO Exchangeとの提携を通じて実施されたという。

臨時の出費があって金を必要としていたガルシアは、「ちょうどよかった。渡りに舟だ」とばかりに、さっそく300ドル(約40,000円)分の有給休暇を現金で受け取り、支払いを済ませたのである。

ガルシアが飛びついたこの取り引きは、パンデミック中に使い損ねた有給休暇をため続けていた米国の大勢の労働者たちの目の前に提示されたものだった。社員が使い切れなかった休暇の買い上げ支援サービスを雇用主に提供するスタートアップは、この数年で次々に誕生している。

従業員に対する売り文句は、「手持ちの休暇で現金を手に入れよう」だ。雇用側に対しては、PTO Exchangeもそのライバル企業も一様に、このプログラムが社員の定着率を高め、退職する従業員の有給休暇の未消化分を買い上げる際に発生する金銭負担を軽減すると訴える。

休暇の買い取りは「手っ取り早い埋め合わせ」

休暇日数を事前に買い上げておくことで、企業はコストを削減できる。退職時に支払うとなると、その時点では社員の賃金が上がっている可能性があるからだ。

また、職務をまっとうしていれば無制限に休暇を取得できる「無制限休暇制度」を採用することによっても、雇用側はこの問題を解決できる。この制度では未消化の休暇が累積しないので、金銭の支払いが発生しないのだ。

ところが、休暇の代わりに現金を支給することは、簡単そうに見えて実はそうでもない。なぜなら、有給休暇を買い上げている雇用主のほとんどは、社員が休暇をすべて現金に換えてしまわないよう指導しているからだ。しかし、そもそも米国の労働者の大半に与えられている休暇の日数は、他国に比べて少ない。

また、休暇には金額に換算できない価値がある。「休暇の趣旨は金銭を与えることではなく、社員のキャリア形成や長期にわたる労働を続けてもらうためにあります」と、人事テクノロジーを専門とするアナリストのジョシュ・バーシンは指摘する。

このことについて多くの創業者たちは、米国人は休暇を使い切っていないという厳しい現実があると語っている。これは新型コロナウイルスのパンデミックが発生する前から、ずっとあった現象だ。

米国旅行協会によると、18年は米国の労働者の半数以上が休暇を使い残している。実に合計7億6,800万日分、金額にして660億ドル(約8兆6,300億円)分に相当する便益が消失したという

現金支給制度は、根本的な原因を解決するものではない。それどころか、休暇の取得を控えることを促しかねないが、少なくとも従業員に対する手っ取り早い埋め合わせの手段にはなる。

労働者の多くは、休暇の時間数に見合った金額をすべて受け取っているわけではない。例えばPTO Exchangeは、事業支援および雇用主と労働者の税負担を避けるという名目で、1件につき7.5%の手数料を従業員に支払われる額から差し引いている。それとは別に、雇用主がさらに高額の手数料を別途で差し引くこともあるという。

パンデミックの影響で有給休暇の残余分が膨れ上がっていることが、こうしたプログラムの普及にひと役買っている。ヴィータール・エイラット=ライチェルは20年ごろ、在宅勤務の社員がきちんと休みをとっていないことに悩む上司たちの声を繰り返し耳にした。そこでその年の暮れにエイラット=ライチェルは、Sorbetという会社を立ち上げたのだ。

人事システムに特化したこのスタートアップは、従業員の過去の行動や季節による業務量の変動といった要因を基に、各従業員の休暇取得日数を予測している。そのうえで、従業員には未消化が予想される有給休暇の現金化を提案し、雇用主に対しては支払いを補うための低金利ローンを提供しているのだ。

また、20年に創業したスタートアップのPTO Geniusは、アルゴリズムが「燃え尽き症候群の危険あり」と判定した従業員に対し休暇をとるよう促すサービスを展開している。判断基準となっている点は、続けざまの長時間労働や行動の変化といった要因だという。このサービスは、有給休暇の未消化分を現金で支払うことで、従業員の負荷を減らすことを目的としている。

創業して6年になるPTO Exchangeの共同創業者のロブ・ウェイレンによると、22年になって受注が急増したことから、同社の取引先は現在60社まで増えた。対象となる労働者の数は20万人を超えているという。

受け取り方は現金のほかにもある

経営陣の機嫌を損ねることを恐れて仮名を希望したバーニーは、フロリダ州に住む自治体職員だ。彼は休暇と病欠の合計時間の5分の1ほどに当たる年間35時間を限度に、有給休暇を現金化する権利を与えられており、例年その権利を上限まで利用している。

バーニーはほとんど休暇をとらない。所属する少人数の部署で、同僚に余分な仕事を背負わせたくないのだ。そんなバーニーにとって、この取り組みはひとつの救いになっている。

「労働組合の保護を得られない人にとって、何らかの見返りを得る方法のひとつだと思います」と、バーニーは語る。労働者が休みをとる権利を主張する助けにもなるだろう。

ペンシルベニア州立大学アビントン校の経済学教授で、過重労働と労働者の健康について研究するロニー・ゴールデンは、現金化サービスを提供するスタートアップ各社の登場を実に米国らしい現象だと考えている。ゴールデンにはこうした企業が、西欧や北欧諸国で誕生することは想像できないという。

これらの国々には、「仕事以外の活動にもっと時間を費やすべきだという社会的、組織的なプレッシャーが存在する」からだと、ゴールデンは説明する。米国は、富裕国のなかで有給休暇の付与が義務づけられていない唯一の国だ。およそ4人に1人の労働者が、有給休暇を1日も付与されていない。そしてその大半が低所得者である。

一部の従業員にとって有給休暇の買い上げは簡単ではない。現金支給という選択肢がない場合もある。雇用側が使用するソフトウェアプラットフォームは、いずれもカスタマイズ機能に優れているので、休暇時間の金銭的価値を退職金貯蓄や学生ローンの返済、慈善活動への寄付、旅行費用に換える選択肢を従業員に提案することも可能だ。何を選ぶかによって、ほかより高いレートで換金できる場合もあるという。

それでも現金を希望する従業員が多いようだと、Sorbetのエイラット=ライチェルは語る。「単純にガソリンやピザの代金として使いたい人がほとんどなのです」と、彼女は言う。日常の支払いの足しにしたいだけなのだ。

遺伝カウンセリング企業のInformedDNAはPTO Exchangeのサービスを導入しているが、かつて同社に勤務していた女性によると、InformedDNAでは現金支給を選択できなかったという。会社とのもめ事を避けるため、女性は匿名での取材を希望している。

パンデミックが始まったころに大量の有給休暇をため込んでしまったこの女性は、その時間を友人の結婚式に出席するためのホテル宿泊クーポンに換えた。「時間を何かに活用できたことはよかったと思います」と、彼女は言う。「でも、現金でもらえればもっとうれしかったでしょうね」

そのホテル代と自分が得られたはずの金額が一致していたかどうかは、彼女にもわからない。PTO Exchangeの標準的な手数料の金額を考えると、おそらく一致していないだろう。このプログラムについてInformed DNAに質問したが、回答は得られなかった。

休暇の価値は金より高い

景気の先行きがますます不透明になり、一部の企業が人員を削減し始めるなか、未使用の有給休暇を買い上げる動きは加速する一方だ。Sorbetのエイラット=ライチェルは、雇用主にとって現金支給制度は、以前のように収支のバランスを予測しやすくするための手段であると見ている。

だが人事アナリストのバーシンは、景気後退への潜在的な不安から、雇用側はますます生産性を重視するようになったと指摘する。つまり、企業側は社員たちに休暇をすべて消化してほしいと考えているのだと、バーシンは主張する。しっかり休んだ人ほど大きな成果を上げられるからだ。

「社員が進んで休暇をとる職場環境が強く求められています。そんな職場なら、ほかの人も気軽に休めるからです」と、バーシンは語る。「誰かにお金をあげようというなら、ただ渡せばいいのです。休暇と引き換えにすべきではありません」

ジャヴォン・ガルシアは22年7月に、Howard Brown Healthを退職した。パンデミック期間の2年近くにわたり、ほとんど人と接することなく働き続けたせいで、疲れ切ってしまったのだ。

必要なときに現金を受け取れたことには満足している。だが、ガルシアが何より激しく求めたものは休息だった。彼はいま欧州を旅行中だ。無給だが、心から必要としていた休暇である。

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Naoya Raita)

※『WIRED』による働き方の関連記事はこちら


Related Articles
Person sitting at a desk and working on two computer monitors surrounded by their pet cats and plants
リモートワークが主流になり、米国のテックワーカーたちに複数の仕事をかけもちする動きが広がっている。雇用契約では認められていなくても、賃金の頭打ちが引き金となって兼業が増えているという。
article image
国策で週休3日制を試験的に導入するケースが増えている。ボルテージドロップといったフィールド実験の“落とし穴”に気づき、より広範な対策を練ることで、真の実装に近づくだろう。

次の10年を見通す洞察力を手に入れる!
『WIRED』日本版のメンバーシップ会員 募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サービス「WIRED SZ メンバーシップ」。無料で参加できるイベントも用意される刺激に満ちたサービスは、無料トライアルを実施中!詳細はこちら