X(旧ツイッター)が、偽情報や誤情報への対処を担当する脅威インテリジェンスチームの責任者のアーロン・ロデリックスと、その他のメンバー4人を解雇した。いまから数カ月後には、2024年の米大統領選挙の幕開けを告げる共和党予備選挙を控えている。また、この年には世界の50カ国以上で選挙が実施される予定だ。
つい数週間前にXは、「安全性と選挙」を担当するチームを拡大するとブログへの投稿で公表していた。同じころロデリックスは自身のLinkedInアカウントで、24年の選挙に備えてチームにチームリーダーや選挙アナリストなど8つの役職を新設すると発表している。最高経営責任者(CEO)のリンダ・ヤッカリーノも、最近の『フィナンシャル・タイムズ』のインタビューでそれらの計画に言及していた。
ところが、そのわずか1カ月後にロデリックスが解雇されたという第1報を伝えるニュースメディア「The Information」に対し、マスクはこうつぶやいた。「ああ、選挙の公正性を損なっていた 『選挙インテグリティ』チームのことか? そう、彼らは去ったよ」
ロデリックスのチームは、選挙を標的とする者たちなどプラットフォーム上の悪意ある行為者を特定して締め出すことに注力していたと、ツイッターの市民インテグリティ業務に詳しいある元社員は、匿名を条件に語っている。ツイッターの選挙専門チームが22年11月に解雇され、「ロデリックスがその仕事の多くを引き受けることになったのです」と、その元社員は言う。「彼は最後に残ったひとりでした」
ロデリックスと彼の仲間たちを解雇することは、「悪意ある行為者を増長させ、プラットフォーム上での活動をやりやすくするだけです」とも、元社員は言う。
世界的な選挙の年がやってくる
2024年は米国、メキシコ、インド、インドネシア、EUの数カ国を含め、世界の50カ国以上で選挙が予定されている。「ソーシャルメディアの時代にこれほど巨大な選挙の潮流が起きるのは、今回が初めてのことです」と、非営利のデジタル権利団体「Digital Action」でキャンペーンディレクターを務めるアレクサンドラ・パルダルは言う。
Xは多くの国で重要なプラットフォームになっており、政治家や反体制派、人権擁護者、影響力の操作を狙う人々に利用されていると、パルダルは指摘する。「ですから、わたしたちが生きている間で最大の世界的な選挙サイクルに突入しようとしているときに、選挙を守ることに専念するスタッフを削減するとは極めて憂慮すべきことです」
『The Irish Times』の報道によると、ロデリックスはXとマスクに批判的なツイートに「いいね」したとされ、懲戒処分に直面していた。懲戒手続きの差し止めを求めて裁判所に提出した書類でロデリックスは、選挙関連の新たな役職のことを自分のXアカウントに投稿したところ、ユーザーからの罵りが殺到したと説明している。
あるユーザーからは、ロデリックスが「検閲隊」を雇おうとしているとまで言われたという。ロデリックスによると、Xはそれらのネット上の罵りに対して何の対応もしなかったが、ロデリックスが「いいね」を通じて会社に対する「敵意を示した」として懲戒手続きを開始した(マスクは昨年、自分を批判したあるエンジニアを解雇している)。
ロデリックスと彼のチームメンバーが解雇された理由と、それが24年の選挙での脅威への対応能力に及ぼす影響についてXにコメントを求めたが、すぐに回答はなかった。ロデリックスはコメントを拒否した。
今回の解雇の直前、Xは米国とオーストラリア、韓国、フィリピン、ブラジル、スペインのユーザーがヘイトスピーチや誤情報が含まれるツイートを報告できる機能も廃止している。非営利団体「Reset Australia」は今週発表した公開書簡で、この変更によって「オーストラリアのユーザーは選挙に関連する誤情報を報告できなくなった」としている。。
オーストラリアでは数週間後に、先住民の声を議会に反映させる憲法改正の是非を問う国民投票を控えている。このため、極端な二極化や人種的偏見の動きが発生する可能性がある。
Xは、プラットフォーム上の偽情報と闘うことを約束するEUとの自主的なコミットメントから、今年5月に離脱している。EUのデジタルサービス法(DSA)はソーシャルメディア企業に対し、自社プラットフォーム上のヘイトスピーチ、偽情報、違法コンテンツの抑制を求めている。
欧州委員会のヴェラ・ジュロヴァ副委員長は9月26日、欧州におけるソーシャルメディアプラットフォーム上の偽情報に関して新たな報告書が公開されたことに反応し、Xは「誤報や偽情報の投稿比率が最も高いプラットフォーム」であると指摘している。
“間違った方向”へと動き続けるX
ツイッターの元社員たちの話によると、マスクによる買収以降、コンテンツモデレーションや、選挙対策、誤情報・偽情報など、信頼性と安全性の問題を担当するチームの解体が進められてきたという。ツイッターで信頼性と安全性に関する業務を監督していた元法務責任者のビジャヤ・ガッデは、22年10月にマスクが同社の実権を握った後、最初に解雇された幹部のひとりだった。
ガッデはマスクが投稿したある敵対的なツイートをきっかけに、退社までの数カ月にわたってTwitterユーザーからの集団的な嫌がらせに直面した。22年11月には、この年の米中間選挙に携わっていた社員を含む同社の「信頼と安全」チームの大半が解雇されている。その後、コンテンツモデレーションを担当するほかの2人の上級幹部、ヨエル・ロスとエラ・アーウィンもツイッターを去っている。
これまでの調査で、マスクの買収後にTwitter上のヘイトスピーチが大幅に増加したことがわかっている。一方で、シンクタンク「Atlantic Council」が4月に公表した報告書によると、ツイッターが国家の支援を受けるメディアに対するポリシーを変更した後、ロシア、中国、イランのプロパガンダアカウントのフォロワーが急増したという。また、ツイッターはプラットフォーム上の有害なコンテンツを監視している人々を追跡し、目立つ研究グループを訴えたり、訴えると脅したりしてきた。
「権威主義が台頭しており、来年は数十カ国で重要な選挙が予定されています。民主主義は存亡の危機に直面しています」と、非営利団体「Accountable Tech」の共同創設者のジェシー・レーリッヒは言う。「そしてイーロン・マスクは間違った方向に局面を変え続けており、インテグリティチームを解体し、グローバルな情報エコシステムの中心に位置するプラットフォームの基本的な安全の仕組みを強圧的に押さえつけています。そのようなやり方が、独裁者やプロパガンダを展開する者たちにとって好都合であることは、すでに証明されています」
(WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)
※『WIRED』によるX(旧ツイッター)の関連記事はこちら。
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