リトリートが必要だと感じたときに読むべき10冊:WIRED BOOK GUIDE

SNS、感情の洪水、競争社会──。あなたの未来のために必要な「退却」とは何だろう?「日常を離れる先」という選択肢の更新を目指した雑誌『WIRED』最新号のリトリート特集に合わせて、本と人をつなぐ「読書室」主宰の三砂慶明が、日常/自分のリフレーミングを促す10冊をセレクトしてくれた。
リトリートが必要だと感じたときに読むべき10冊:WIRED BOOK GUIDE
PHOTOGRAPHS BY DAIGO NAGAO

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#1 『デジタル・ミニマリスト』

デジタル・ミニマリスト』 カル・ニューポート/訳:池田 真紀子/早川書房

アテンション・エコノミーがニッチだった時代は遠い過去となり、すでに世界経済を席巻して久しい。このすさまじい変化は、米国企業の時価総額に顕現している。いまやエクソンモービルが石油を掘るよりも、GAFAMがわたしたちの「凝視時間」を掘るほうが大きな利益を生む。ポケットに広告板を忍ばせたアップルを筆頭に、テック企業らはこれまで手つかずだったフロンティア──人々の集中力──に攻撃を仕掛け、巨富を築いているのだ。

本書で著者が訴えるのは、まるで何かに駆り立てられるように接続し続ける、日常からのリトリート、言い換えると退却だ。注意したいのは、単純に著者が「スマホを捨てよ」と説いていないことである。デジタルの暴政に抵抗する最良の方法として著者が掲げるのは、「これを成し遂げるためにテクノロジーを利用するのは最善といえるだろうか」という根源的な問いだ。つまり、SNS中毒のわたしたちに必要なのは、テクノロジー利用の哲学なのだ。


#2 『WHOLE BRAIN』

WHOLE BRAIN』 ジル・ボルト・テイラー/訳:竹内 薫/NHK出版

本書は、TEDで2,800万回以上再生された伝説の講演「奇跡の脳」の著者が説く、感情の洪水から退避し、自らを取り巻く状況を再構築するための脳の動かし方についてだ。そもそもわたしたちの脳では、基本的に次の3つのことしか起きない。「何か考える」「感情を抱く」「考えたり感じたりしたことに対して、生理的反応を起こす」だ。いったん感情回路が刺激されると化学物質が体中に満ちあふれ、血流から洗い流されるまでに90秒かかる。この生理反応的な感情回路の「自動運転」に抗うために、著者が提唱するのが「脳全体」を活用することだ。

著者によれば、左右の脳には「思考」と「感情」を司る4つの部位があり、それぞれにキャラ(人格)が存在する。言ってみれば脳は4つの人格のシェアハウスであり、この4人がひとつのチームとして協力すれば、脳のもつ力を最大限発揮できるというのだ。「脳科学」から「ユング心理学」を敷衍し、かつジョセフ・キャンベルの「英雄の旅」を「脳の働き方」で読み解いた冒険の書。


#3 『NATURE FIX』

NATURE FIX』 フローレンス・ウィリアムズ/訳:栗木 さつき、森嶋 マリ/NHK出版

受験や就職、職場でのハードワークなど、競争社会を生きるわたしたちにとってストレス解消法の探求は急務だ。リモートワークが普及しつつあるとはいえ、まだ多くのビジネスパーソンにとって、ラッシュアワーからの退避は容易ではない。水滴がやがて水たまりをつくるように、ごく微小なストレスでも積み重なればやがて慢性的なストレスになる。わたしたちが「ストレス銀行」に支払う利子は貯まる一方なのだ。

しかしながら、生物学や医学、心理学の研究を精力的に調査したジャーナリストの著者が提示するリトリートは、驚くほど簡単でかつ効果的だ。すなわち、「自然からえられる恩恵は、そのなかですごす時間と正比例の関係にあるということ」を科学的に証明したのだ。日常的に自然と接すれば、ストレスが軽減され、さらには集中力が高まり、疲れた心と頭が癒される。しかも、たった週2回、20分程度を青々とした木の下ですごすことでそれが実現できるのだ。にわかには信じられないかもしれないが、実際にやってみたらすぐにわかる。読んだ人の人生を変える本だ。


#4 『旅の効用』

旅の効用』 ペール・アンデション/訳:畔上 司 /草思社

人はなぜ旅にでるのか? 本書は、この一見単純だが、深くて哲学的な疑問へのスリリングな回答だ。スウェーデンで最も著名な旅行誌『ヴァガボンド』の共同創業者であり、世界中をヒッチハイクしてきた著者が、旅行記を渉猟しつつ、研究者らにたずね歩きながら、この問いに体当たりでぶつかっていく。

旅は、わたしたちを日常生活から連れ出し、日々の平凡な悩みや仕事から開放してくれる。しかし、人が旅に出る理由は、もちろんそれだけではないのだ。著者がえた啓示とは、要するに、わたしたちがホモサピエンスだからだというもの。生まれつき好奇心があるのだ。だからこそ自宅を出て遠くに行くのだという。無用な知識を求めて努力し、知恵を拡大して、視野を広げ、世界像を拡大し、混沌を整理し、秩序を確保しようとするのは人類の意思なのだ。そして、忘れてはならないのは、人が旅に出るのは逃避ではなく、むしろ、何か新しいものに近づくため。それを確かめるために今日も動き続けている。


#5 『海からの贈物』

海からの贈物』 アン・モロウ・リンドバーグ/訳:吉田 健一 /新潮社

人間は社会的な生き物だ。ひとりでは生きていけない。だからこそ難しいのは、愛する家族や親しい友人から離れて、たったひとりでいることだ。わたしたちはみな、ひとりを恐れるあまり、テレビをつけっぱなしにしたり、スマートフォンをいじったりして孤独を遠ざけている。自分自身と向き合う自由を「退屈」と呼んで忌避し続けている。

著者はそれとは反対に、愛する家族から遠く離れ、電話も届かない島でのリトリートを経験して、初めて自分自身の内なる声に耳を傾けることができたという。「我々が一人でいる時というのは、我々の一生のうちで極めて重要な役割を果すものなのである。或る種の力は、我々が一人でいる時だけにしか湧いて来ないものであって、芸術家は創造するために、文筆家は考えを練るために、音楽家は作曲するために、そして聖者は祈るためにひとりにならなければならない」。わたしたちが本当の意味で自由であろうとするとき、リトリートが必要なのだ。


#6 『薪を焚く』

薪を焚く』 ラーシュ・ミッティング/訳:朝田 千惠 /晶文社

2007年1月、ノルウェーのノルラン県スタイゲンでは、6日間、電気が途絶えた。北欧の大部分では、冬になると−25℃まで下がる厳しい寒さが続く。そんな土地で電力が途絶えると、ほんの数時間で社会的危機に陥るのだ。電力供給が完全に絶たれた場合に、人間を助けてくれる頼もしい存在が、薪なのである。

気候変動、エネルギー問題、不安定な世界経済をものともせず、薪焚きは寒さが厳しい北欧を中心に、神話時代から人類の生活を支え続けてきた。アインシュタインやヘンリー・デイヴィッド・ソローらが薪に対して惜しみない賛辞を送ったように、薪を割り、火を焚くという営為は、人間の仕事そのものなのだ。ソローが『森の生活』で紹介した格言にならって言えば、薪は三度、人間を温めてくれる。一度目は、木を伐るとき。二度目は、薪を焚くとき。三度目は、本書を読むときだ。本書は遠景になりつつある人間の仕事の本質を、薪焚きを通して見事に復活させる。


#7 『シベリアの森のなかで』

シベリアの森のなかで』 シルヴァン・テッソン/訳:高柳和美 /みすず書房

都市生活から離れて、森の中にわけいっていくと一体何が見えるのか? 米国哲学者であり詩人のヘンリー・デヴィッド・ソローがウォールデン池のほとりに小屋を建てたのは1845年。それから約200年近くの時が流れ、冒険家で作家のシルヴァン・テッソンはロシアのバイカル湖畔の小屋にいた。本書は、その半年間にわたる小屋暮らしの記録である。

「自分の生活が陰鬱だとしたらそれは自分自身のせい以外にない。自分がうつろだから世界も冴えないのだ。人生がぱっとしないって? それなら人生を変えよう。小屋に行こうじゃないか」。都会で消耗する生活から退却し、ホイットマンの『草の葉』に導かれて簡素な小屋暮らしを決行する。本書が画期的なのは、現代の恩恵を諦めることなく、森の教えに従っていることだ。文明社会のデパートで幸福のための必需品を調達し、それを原生林の中で享受する。太古と未来。対照的な両極端の世界を行き来しながら人間とは何かを問う、現代版『森の生活』。


#8 『歩き旅の愉しみ』

歩き旅の愉しみ』 ダヴィッド・ル・ブルトン/訳:広野 和美 /草思社

現代人の多くは、ほとんど動かない。スマートフォンやパソコンに釘付けで、オフィスや家の中に閉じこもっている。エスカレーターや動く歩道、自動車にスクーター、電動自転車に至るまで、身体を運んでくるテクノロジーには枚挙にいとまがない。人間はいまや、座ったまま退屈しているのだ。常時接続されたテクノロジーとわたしたちの関係を再構築するために、本書が呼びかけることは、とてもシンプル。立ち上がれ、そして、歩けだ。

「歩き旅」で大切なのは、たったひとつ。主体性だ。そこには道路標識もルートを示す案内板も必要ではない。小径にとどまるか、草原や森に入って道に迷うか、休息するために立ち止まるか、すべてを自分で決めなければならない。そこに「歩き旅」の本質がある。地図や直感に頼るのを辞めてGPSに任せてしまうと、道はルートに変わり、周囲の風景や雰囲気は視界から失われていく。いわば「歩き旅」とは、資本主義からのリトリートなのだ。何をするかではなく、どのように行なうのか? 出口はわたしたちが世界に向ける視線のなかにある。


#9 『日常を探検に変える』

日常を探検に変える』 トリスタン・グーリー/訳:屋代 通子 /紀伊國屋書店

本書は「探検の博物誌」だ。英国最大の旅行会社Trailfindersの副会長でもあり、自身、飛行および航海で大西洋を単独で横断した存命の唯一の冒険家、トリスタン・グーリーが、数多の探検家や古今の探検の名著を渉猟しながら、「探検」という概念を拡張していく。

グーリーによれば、単なる旅行者と一線を画し、探検家を探検家たらしめる条件とは、発見をし、その成果を伝えるところにあるのだという。だが、その発見とは何も単純に、未踏の地を意味するのではない。「何度も人が足を踏み入れてきた場所で何らかの発見をし、それを創造的手段を使って人々に知らせること、この難題を探検と位置づけるならば、探検とは伝統と新奇とを結婚させることだ」。ウェイターがそそいだグラスの水や、見上げた空のいわし雲ですら、その「発見」を伝え、その「成果」が他者を揺るがすならば、わたしたちはれっきとした「探検家」なのだ。何かを求めて世界を探るとき、人はみな探検家になる。


#10 『WindowScape

WindowScape』 東京工業大学 塚本由晴研究室/フィルムアート社

スクリーンから顔を上げ、窓を見る。あたり前かもしれないが、窓は画面よりも透明で、その先には生きた世界そのものが広がっている。窓も大量消費、大量生産の時代の波にのまれて標準化され、工業製品化が進み、いまや商品になった。壁に穴をうがち、囲いを破ってきた窓が、生産性の論理のなかに組み込まれ、建築の要素という概念のなかに押し込められたのだ。

本書は、商品化された窓を再考し、開放するために、世界各地をフィールドワークした写真集だ。欧州から日本まで続くユーラシア大陸の南側を「窓のコーストライン」と位置づけ、シルクロードや大航海時代の交易をきっかけに、それぞれの地域の特徴をひろい上げた窓が、互いの文化を交流させていったのではないかと大胆な仮説を立てる。世界の窓を人類の「知性」と捉えることで、世界を見るわたしたちの窓そのものを更新するのだ。


三砂慶明|YOSHIAKI MISAGO
「読書室」主宰。1982年、兵庫県生まれ。大学卒業後、工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。ウェブメディア「本がすき。」などに読書エッセイを寄稿。著書に『千年の読書──人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著書に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。

※『WIRED』ブックガイドの記事はこちら

(Edit by Erina Anscomb)


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