新しい排ガス規制により、米国内ではEVの選択肢が広がるかもしれない

米環境保護庁(EPA)の新しい排ガス規制案は、2032年までに新車販売の3分の2を電気自動車(EV)にすることを自動車メーカーに義務付けるものだ。業界内からは反発もあるが、消費者にとってはEVの選択肢が増えるきっかけとなるかもしれない。
Charging cable plugged into charging port of an electric vehicle
Photograph: Rapeepong Puttakumwong/Getty Images

自動車メーカーは電気自動車(EV)に関して多くの目標を掲げている。その中でもゼネラルモーターズ、フォード、ボルボといった特に野心的な企業は、遅くとも2035年までに販売するすべてのクルマを排気ガスが一切出ないモデルにすると宣言している。しかしこれは簡単に達成できる目標ではない。昨年のデータを見ると、世界で販売された新車のうちEVが占める割合はわずか14%であり、米国の販売数はさらにその半分程度だった。

ところが、米環境保護庁(EPA)は4月12日、新たな規制案を公表した。これは高らかに掲げられたEV目標を自動車メーカー各社がしっかりと達成するよう睨みを利かせ、さらに高い目標を設定するよう圧力をかけるものだ。同庁が提案した厳しい排出ガスの基準は、32年までに新車販売台数の3分の2をEVにすることを求めている。つまり、自動車メーカーはディーラーに何百万台ものEVを届るようにしなければならない。また、比較的緩やかにではあるものの、重量トラックの基準も厳格化することを視野に入れている。

これまでで最も厳しい排出ガス基準

EPAの長官を務めるマイケル・リーガンは、27年から施行されるこれらの規制案について「自動車およびトラックに対する、これまでで最も厳しい連邦政府による排出ガス基準」だと、4月12日(米国時間)の記者会見で説明した。制定されれば、55年までに約100億トンの二酸化炭素(CO2)の排出が防げる見込みだ。

新しい規制は自動車メーカーに対し、新車のCO2総排出量を27年から32年まで毎年減らしていくよう義務付ける。売り上げを落とすことなく毎年の排出量減を達成するためには、自動車メーカーはより環境に優しいクルマのラインナップを用意しなければならない。

選択肢としては、クルマの燃費向上や、ハイブリッド車の増産、水素あるいはバッテリーを動力とするクルマの展開などがある。その中でも、消費者のEVへの需要の高まりや、自動車メーカーが電動化に向けて1兆ドル(約140兆円)以上の投資をしていることを考えると、二酸化炭素排出量を削減する一番手っ取り早い方法は、EVをどんどん製造することになるだろう。

自動車産業への「アメ」と「ムチ」

今回の規制案は、バイデン政権による大気汚染の削減と米国の交通システムの脱炭素化に向けた最も重要な動きとなるかもしれない。というのも、米国の温室効果ガス排出量のうち、その4分の1以上は交通システムが原因となっているのだ。

2年前には超党派の「インフラ法案」により、EVの充電ネットワークを全国規模で展開するために75億ドル(約1兆円)が投入された。これはEVのドライバーたちが充電切れの不安を抱えずに移動できることを目標としたものだ。また22年夏に制定されたインフレ抑制法により、自社の車両やトラックの電動化を検討している企業へ新たなインセンティブが与えられ、米国内でバッテリーやEVを製造する企業の製品に向けた新たな税額控除も導入された。

自動車メーカーらはインフレ抑制法に対して、現行モデルのEVが受けられる控除税額が減ってしまうと不満の声を上げている。しかし、ホワイトハウスには、国際的なEV産業の主導権を中国から獲得しようとする狙いがある。実際、インフレ抑制法は米国内で新たな鉱業や、バッテリーの開発及び製造プロジェクトの発足を促進している。

非営利団体「Union of Concerned Scientists」のシニアアナリストであり自動車の専門家であるデイブ・クックによると、今回のEPAの規制はこうした政策を土台にしたものであり、米政府がCO2排出量の削減を推し進めるなか、自動車メーカーが何を期待されているのかを明確にするものだという。「自動車メーカーはまずアメを与えられました」とクックは話す。「そして今度はムチです」

手ごろなEVの選択肢が増える?

ドライバーにとっては何が変わるのだろうか。EPAの厳しい新規制が施行された場合、これからの10年でより手ごろなEVのモデルが全米のディーラーに並ぶことが予想される。

自動車産業の業界団体である「Alliance for Automotive」によると、現在米国では91種類ものEVが販売されており、現時点でもその数はかなり多いといえるが、26年までに60種の新モデルが登場する予定だ。

しかしEPAの新規制は自動車メーカーに対し、もっと多くのEVモデルを生産するように圧力をかけていると、非営利の消費者組織「Consumer Reports」でエネルギー政策のシニアアナリストを務めるクリス・ハルトは説明する。ハルトによると、多くの企業が35年までの達成を掲げる排出ガスの削減目標はまだ遠く、業界は有言実行のために決定的なアクションを迫られている状態だという。

幸いなのは、ドライバーたちがEVの選択肢が増えることを望んでいる証拠があることだ。ハルトによれば「消費者はEVを望んでいますが、自動車メーカーが提供できていない」のであり、Consumer Reportsが公表した22年の米国の消費者調査によると、成人の71%がEVを所有することに少なくとも関心を持っている。20年のデータと比較すると、EVへの関心は350%上昇していることになる。

EVに必要なインフラを整備できるか

フォードの電動ピックアップトラック「F-150 Lightning」、アウディの「e-tron」シリーズ、新興EVメーカーであるリヴィアンの電動ピックアップトラック「R1T」などは現状、製品が手に入るまで数週間から数年待ちとなっている。供給が不足する中で需要が高まっていることで、ディーラーを通じて販売されるEVは何千ドルも値上がりしている。そもそも、平均的なEVの購入価格は平均的なガソリン車と比べると今も高い。とはいえ、EVの価格は23年末までにガソリン車と同程度にまで下がる可能性があると予測する、自動車業界の専門家もいる。

懸念されるのは、米国が急増するEVの供給とそのサポートに追いつけるのかという点である。まずサプライチェーンを強化する必要があり、特に中国以外での採掘が難しいとされるバッテリー用の鉱物に関して、この供給を拡充する必要がある。

また連邦政府が充電用のインフラに資金を提供しているとはいえ、長距離運転に対応したり、自宅にガレージがない人々が充電したりするのに十分な数の充電器を設置するには、まだ多くの課題が残っている。多くの場所では、何百万台ものクルマへの充電を可能にするために、電力網そのものを更新したり調整したりする必要がある。

業界団体の「Alliance for Automotive Innovation」は4月に公開した声明で、自動車の電動化は「米国の産業基盤及び米国市民の自動車文化を、100年がかりで変えなければ実行できない」とEPAによる規制の厳格化について懐疑的な姿勢を示した。『WIRED』はEPAによる厳しい規制案について同団体にコメントを求めたが、回答はすぐには得られなかった。

EPAの規制案について、今後数カ月にわたり公聴会や討論が実施される。これは環境保護団体や自動車業界のロビイストを含め、米国最大の産業にかかわる人たちが意見を表明する機会となる。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma/Edit by Ryota Susaki)

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