『WIRED』日本版とNTT Communicationsが共催する「WIRED Green Lounge supported by OPEN HUB」で、「1万年後のグリーンテック」をテーマとしたトークセッションがオンライン開催された。

社会的課題が解決され、企業や社会の持続的成長が達成された未来の世界──その実現に向けて新たなコンセプトをつくり、社会実装を目指すことを目的にNTT Communicationsが運営する共創ワークスペース「OPEN HUB for Smart World」に集ったのは、都市史・建築史研究者/京都府立大学准教授の松田法子、NTTコミュニケーションズ代表取締役副社長の菅原英宗、そして『WIRED』日本版編集長の松島倫明だ。

「WIRED Green Lounge supported by OPEN HUB」に登壇した(左から)菅原、松田、松島。会場となった「OPEN HUB for Smart World」は、目指すべき未来の実現に向けて新たなコンセプトをつくり、社会実装を目指すことを目的にNTT Communicationsが運営する共創ワークスペースだ。
PHOTOGRAPH BY SHUNSUKE IMAI

“21世紀最大のミーム”となった「持続可能な開発目標(SDGs)」だが、その「持続可能性」とはいったい誰にとっての“持続”なのか? 近視眼的な解決のためのイノベーションではなく、1万年という地球規模の時間軸から、真に持続可能なテクノロジーの在り方を改めて問う「WIRED Green Lounge supported by OPEN HUB」。「生環境構築史」「テクニウム」といった概念を参照しながら、登壇者たちによる1万年後に向けた刺激的な至言が放たれた本セッションをレポートする。

地球から逸脱しない、「第4の構築様式」を探れ

セッションの冒頭、松島は「持続可能な開発目標」のターゲットが、人間を主語とした現代文明や資本主義経済のこれまで通りの成長に限定されているのではないかと投げかける。「持続性(サステナビリティ)」とは、人間が属する地球の生態系を中心とした時間軸のなかで問うべきではないか──そうした指摘を出発点に、松田は自身の研究活動である「生環境構築史」を概説する。

松田法子|NORIKO MATSUDA
都市史・建築史研究者。京都府立大学准教授。専門は建築史・都市史。京都府立大大学院博士後期課程修了後、東京大工学系研究科などを経て現職。土地と人との関わりに関心をもつ。著書に「絵はがきの別府」(単著)「危機と都市」(共編著)「変容する都市のゆくえ」「世界建築史15講」(共著)など。
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「生環境構築史」は、人類が地球との関係のなかで獲得してきた歴史と未来を、人類が自ら生き続けることを目指してつくり出してきた〈構築様式〉という新しい歴史観からとらえ直そうとする考え方だ。

地球=〈構築様式0〉において、人間は身近な自然物を素材に改変し、衣服や住居、村落などを生み出しながら外環境(地球)と自身を隔て、生存するための環境を構築した〈構築様式1〉。そこから素材の「交換」が本格化し、素材と技術の、闘争を含む交流を通して富が移動・蓄積され、さらなる高度な技術とともに国家、あるいは都市、文明が成立する〈構築様式2〉。戦争や植民行為がはじまったのもそれ以降であり、世界最初の都市を形成したメソポタミア文明が生まれた古代から、東インド会社の隆盛をはじめとしたグローバル経済が勃興した初期近代までが構築様式2の段階である。

松田が紹介する「生環境構築史」の概念図(「生環境構築史宣言 」より)。われわれは現在〈構築様式3〉の段階にいて、地球との関わりから逸脱しようとしている。(中谷礼仁・松田法子・青井哲人、作図:徐子)

そして、産業革命から現在に至る〈構築様式3〉では、鉄鉱石の採掘・加工技術の高度化とそれに伴う鉄道の発達によって「鉄」は水平的かつ広範囲に拡がっていき、最終的には超高層都市の建設、さらには宇宙への進出と、空間(隔たり)を垂直的に拡張して構築してきた。自己構築している地球との関わり合いのなかで構築されてきた人類の生環境が、大地・地球から離脱しようとしているのが現在なのだという。

松田はこの〈構築様式3〉について、「地球を産業の資源とみなし、技術による生環境のコントロールとさらなる拡張が可能であるという、人間を地球上で万能視する思想が内包されている」と指摘する。

「しかしそのような様式をいくら強化したとしても、地球の巨大な運動は人間の構築活動を遥かに超えてきます。コントロールしようとすればするほど、災害は激甚化する。市場経済、資本主義経済の拡張のエネルギーとして地球から資源を絞り尽くし、人間の世界を駆動し続ける〈構築様式3〉のまま進んでいいのか。地球との関係を紡ぎ直す〈構築様式4〉を探っていくべきではないのか。そうした問いが生環境構築史の根幹にあります」

さらに、松田はその〈構築様式4〉は歴史のなかで既に存在しているものかもしれないとも指摘する。

「重要なのは、〈構築1〉も〈構築2〉も過去のものではなく、いまもなお現代の様式として共存しているということです。〈構築4〉の芽生えもこの世界に既に存在しているかもしれない。〈構築0〜2〉の世界にリセットするのではなく、歴史を見直し、新たな発見をしていくことが重要です。これまでの様式や歴史は人間の意識・意思がかたちづくってきました。だからこそ、その意思で〈構築3〉を軌道修正することも可能なのではないか。それが、生環境構築史が見出す希望なんです」

テクノロジーは、何を求めているか?

セッションの中盤では、今回のテーマのひとつである「1万年後のグリーンテック」について議論が及んだ。そこで松島が投げかけたのは、『WIRED』創刊エグゼクティブエディターであるケヴィン・ケリーが提唱する「テクニウム論」。これは、テクノロジーを生命の延長として生物の第7界に位置づけ、自律的に進化する情報システムとして捉えた概念だ。

「WIRED Green Lounge supported by OPEN HUB」のホストを務めた本誌編集長の松島からは、『WIRED』創刊エグゼクティブエディターでもあったケヴィン・ケリーの名著『テクニウム』が紹介された。
PHOTOGRAPH BY SHUNSUKE IMAI

生命の進化が歴史による偶然性や自然環境への適応性、また生命がさまざまな種において異なる進化の系統が独立してありながらも(例えば多くの生物に眼が存在するなどの)「収束進化」が存在するなどの必然性を同時に抱えているように、テクノロジーもまた、人間の欲望やアイデアなど、ある種の環境や人間とのインタラクションのなかで適応し、意思をもって必然的に進化しているのではないか、ケヴィン・ケリーはそう論じている。

「彼はテクニウムの始まりを、『地球の生態系が人類を変えていく力を、人類が生態系を変える力が上回る転換点が起きたとき』だとしています。これは人新世の定義でもありますが、彼にとってその転換点は産業革命ではなく、人間が鋤(すき)を手にして農業を始めたときだとしているんです」と松島は続ける。

「そして、いまや人間がテクノロジーに与える影響よりも、テクノロジーが人間に与える影響のほうが大きくなった時代に突入しています。1万年前の農業の始まりに匹敵するパラダイムシフトが起ころうとしているいま、テクノロジーは『どのような進化を求めているのか』を問うことも、『1万年後のグリーンテック』を考えるうえで新たな視点を与えてくれると思います」

地球と共生する情報を

地球環境の改変のきっかけとなった「鋤(すき)」は、現代にいまなお残る決定的な技術であったといえる。この鋤のように、いまもこの世界に存在し、1万年後にも残り得る、〈構築様式4〉をかたちづくる道具とはなにか。松島がそれは「情報」ではないかと言及すると、菅原がこれに同意する。

「外部世界に拡張・開拓を続ける人類と地球を繋ぐ中間地帯となるのが、情報なのかもしれません。これまでわたしたちが陸・海・空、さらには宇宙と垂直に拡げてきた物理的なバウンダリーとは異なるかたちのバーチャル空間が、〈構築様式4〉への大きな鍵になると感じます。

そしてそのバーチャル空間が、生命が存在する地球と繋がっていることが重要です。それには両者の空間を埋める『地球から離れないための情報』が必要です。地球のあらゆる情報が新しい空間の中で蓄積され、アクセスができ、活用できる社会基盤をつくることがいま求められることではないでしょうか」

菅原英宗|HIDEMUNE SUGAHARA
NTTコミュニケーションズ代表取締役副社長 副社長執行役員。東北大学大学院電気通信工学修士課程修了。1987年日本電信電話入社。2016年NTTコミュニケーションズ取締役、18年NTTコム ソリューションズ代表取締役社長、19年NTTコミュニケーションズ代表取締役常務取締役を経て20年6月より現職。
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1万年後といわず、これからの数十年でさらに通信技術が発展し、地球を行き交うデータ量が爆発的に増加していくことが決定的ななかで、その情報がいかに「地球と共生するか」も重要であると、菅原は指摘する。2025年には、ICT業界による消費電力が世界のそれの20%を占め、二酸化炭素排出量は世界の5.5%にのぼると予想されている。またデータセンターの炭素排出量は世界全体の3.2%にのぼるとされ、データ量の増加が予測をさらに上回る可能性も考えられる。

そうしたなかで、NTTグループが研究開発を推し進める通信技術が「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)」だ。電子を用いたこれまでの情報伝達から光子へと転換した光電融合・光伝送技術によって、大容量のデータを低消費電力で伝達することが可能(データ量は125倍・消費電力は100分の1)になり、その技術を基盤に地球規模のデジタルツインを構築可能になるのだという。

「『情報』の駆動を実現するための社会基盤を考えていくうえで、自然と共生・共栄するこうしたテクノロジーが非常に重要になると考えています。しかし何より重要なのは、過去の歴史から学び、思想をもって次の時代にテクノロジーを繋いでいくことです」

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「未来を考えるとき、同じだけ過去に戻して考えるといい」

松田は菅原が言及した「技術の思想」の重要性に大きく同意し、このようにセッションを締めくくった。

「“Technology”の“Techno”は技術、そして“logy”とは学問・思想を意味します。技術をどう使うかがテクノロジーなんです。

例を挙げれば1950-60年代の思想家のバックミンスター・フラーは、著書『宇宙船地球号操縦マニュアル』のなかで『地球の総資源目録をつくるべきである』と既に記しています。

わたしたちは構築素材として地球上で何をどれだけ持っていて、それらはどのぐらいの時間で循環しているのか。人間の行動がその循環にどのような影響を及ぼし得るか。そのことを踏まえて、わたしたちは何をすべきか。こうしたシミュレーションは、いま膨大なデータベースによって実現可能になってきているはずです。

“Technology”を、人間を中心に据えたテック(Techno)だけからではなく、地球の構築様式を踏まえた思想(logy)となるように考える。それが、例えば1万年後までの、人間中心主義的ではないこれからの歴史や、〈構築様式4〉に向かうひとつの大きな鍵になるのではないでしょうか」

「1万年後のグリーンテック」という遠大にもみえるテーマで語られた本セッションだが、人類の構築様式が地球の構築活動の時間軸のなかで発展してきた長期的な歴史と、構築様式の諸段階を参照することで、なぜ1万年の時間幅に射程を拡げるべきかが明確になったセッションとなった。松田の至言を借りるなら、「未来を考えるとき、同じだけ過去に立ち戻って検証するといい」。人間が構築してきた過去のなかに、すでに1万年後の持続性の種があるかもしれないのだ。

[ OPEN HUB for Smart World ]