2022年初春になってもいまだフィジカル(物理的/身体的)なコミュニケーションが制限されるなかで、人類は立ち止まることなく、大胆にその生活領域を変えつつある。ぎこちなくビデオ会議に接続し、やがてそれが日常のものとなったいま、人々は「メタバース」の旗印を目がけ、さらなるデジタル空間の深部へとその歩みを進めているのだ。

コロナ禍を経ることで、はたして人類が大切に思う価値はいかなる変更を迫られたのか? デジタルへと“移住”せざるを得なかったわたしたちは、再び振り子が戻るようにフィジカルな体験の価値を希求していくのだろうか? 「テクノロジーは誰を幸せにできるのか?~コロナ禍で発達したもの ポストコロナで求められるもの~」というテーマのもと、その問いに真正面から取り組んだのが、「JAPAN HOUSE フォーラム 2022」でのセッションだ。

世界3拠点(サンパウロ、ロンドン、ロサンゼルス)に外務省が開設した「JAPAN HOUSE」は、“日本への深い理解と共感の裾野を広げること”を目的に、2017年から文化情報を現地から発信している。22年3月に開催された今回のフォーラムでは、日本の「強み」を理解し、それを国内外へ発信するアーティスト・クリエイター・キュレーターが集い、メタバース時代に文化を伝え、体験し、手触りのある価値を残していくことの可能性について語り合った。

未来資源の発信プロジェクト

セッションでは、日本を代表するデザイナーであり、JAPAN HOUSE東京事務局でクリエイティブ・アドバイザーを務める原研哉をはじめ、パノラマティクス主宰のクリエイティブディレクター齋藤精一、バーチャルヒューマンを展開するプロデューサー守屋貴行、そして国内外で活躍するキュレーターの内田まほろが登壇。

原研哉 | KENYA HARA
デザイナー。産業文化の可能性を可視化し、新たな覚醒を生み出すデザインを展開。無印良品、蔦屋書店のアートディレクションや「RE DESIGN」「HOUSE VISION」など、時代の価値観を更新していくプロジェクトを多数手がける。2019年7月にウェブサイト「低空飛行」を立ち上げ、個人の視点から、高解像度な日本紹介を始め、観光分野に新たなアプローチを試みている。主著『デザインのデザイン』、『白』は多言語に翻訳され多くの読者を持つ。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

冒頭で原は「日本は明治維新以降、自国の文化を世界へ発信することがあまり得意ではなかった。JAPAN HOUSEは、本格的に風土や文化を“未来資源”として使っていくための発信プロジェクト」だと意義を述べ、他の登壇者の顔ぶれを「新しいバーチャル、あるいはメタバーチャルな世界で活躍している方々」と評したうえでセッションへの期待を寄せ、各登壇者がまずは最新のプロジェクトを紹介した。

齋藤は自身が常に掲げる「テクノロジーは道具である」という観点から、国交省とともに進める日本全国の3D都市モデルの整備・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU」を紹介する。東京23区をはじめ、今後は全国100都市以上が3Dデータ化され、災害や天災のシュミレーションが進むなど「まちづくりのDX」を促す基盤データを提供する予定だ。

その影響は単なる都市のデジタルツインにとどまらず、バーチャルシンガーがその中でイベントを開催するなど、コンテンツ産業にも開かれたものとなる。JAPAN HOUSEの活動も踏まえ、「大きなうねりを起こすために、ぼくは仕組みのデザインが必要だと思っている。それ自体が日本の産業を強くし、最終的には世界のレガシーになってくるのではないか」と斎藤は言う。

映像関連の仕事を手掛けるなかで、「日本のコンテキストを含んだクリエイティブで世界に通用するコンテンツ」を求め、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、AI(人工知能)、CGといった領域に進んだ守屋がいま取り組んでいるのが、バーチャルヒューマンだ。彼が手掛ける「imma」は、頭部や全身、場合によっては洋服まで3DCGで作成し、実写撮影の背景と合成することで、あたかも物理空間に生きているようにデジタル表現された存在だ。

守屋貴行 | TAKAYUKI MORIYA
Aww / NION 代表取締役。映像プロダクションで26歳から映像プロデューサーを軸に企業のCM制作や、MusicVideoを数々手がける。19年にimmaらバーチャルヒューマンを創造、マネジメントするアウ(Aww)を設立。20年にはWWDが選ぶ「今年の10人」に選出。21年のパラリンピック閉会式のプロデューサーを務め、全体の映像制作のプロデューサーと監修。22年には、2025年日本国際博覧会(万博)キャラクター選考委員に就任。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

InstagramやTikTokといったSNSだけでなく、企業のアンバサダー、さらには21年のパラリンピック閉会式にも出演するなど活躍の場を拡げており、ご覧になった方も多いだろう。immaを筆頭にいまや数々のバーチャルヒューマンが生まれている。守屋は「リアルとバーチャルの架け橋になれる」と力説し、日本がもちうる新たなIPとしての可能性を語った。

キュレーターとして長年、日本科学未来館に携わってきた内田は見えないデータやサイエンスのプロセスをフィジカルに置き換える展示など、デジタルカルチャーを物理的な空間で展開する経験を重ねてきた。直近でも50年分の「ロボットと社会実装プロジェクト」をテーマにした展示も開催中だ。「都市にさまざまなデジタル情報が付加されると、ロボットも自律的に都市で動けるようになる未来があり得る」と、フィジカルな場所での半デジタルな存在の活動に触れ、そこには守屋が紹介したバーチャルヒューマンなども関わってくると内田は言う。

内田まほろ | MAHOLO UCHIDA
キュレーター、プロデューサー。JR東日本文化創造財団 高輪ゲートウェイシティ文化創造棟(仮称)準備室長。人類の未来、テクノロジーとアートの融合領域、日本の技術文化をテーマとし国内外で活動。2020年まで日本科学未来館に勤務し、シンボル展示「ジオ・コスモス」をはじめ、ロボット、情報社会、アート、ゲーム、建築、音楽に関する新しい科学展示を多数手がける。文化庁在外派遣としてMoMA勤務、Barbican Center (London) “AI-More than Human”ゲストキュレーター、グッドデザイン賞審査委員など。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

今回の登壇者たちの手掛けるプロジェクトは、言うなれば都市のデジタル化(齋藤)、人間のデジタル化(守屋)、そしてリアルとデジタルの融合(内田)と、三者三様の活動が総体として原の期待する「新しいバーチャル、あるいはメタバーチャルな世界」へのビッグピクチャーを描き出すものとなっている。

ITの先進性ではなく、幸福度の先進性を

パンデミックによってテクノロジーが「早回し」に社会実装され、ロボットやAI、ARやVRなどのXR(クロスリアリティ)といった新しいテクノロジーが社会生活おいて前景化していくなかで、このトークセッションのお題でもある「誰を幸せにするのか」という点ではどうだろうか?

原は「日本は戦後、エレクトロニクスとハードウェアの融合で規格化による大量生産では抜きん出たが、コンピューターがドライブするテクノロジーでは後れを取った」という前提のもと、進化の度合いを「ITの先進性」ではなく「幸福度」に置くことで、異なる見え方ができると語る。

「かつて、日本には畳と襖(ふすま)でしつけられてきた身体の所作があったが、住居からそれらが失われると、所作そのものもなくなる。同じように、所作が不要になるほど身体はルーズになっていく。それでも構わない社会が進む、つまりはメタバースが豊かになると、人間全体の感覚としては鈍くなっていくのではないか」と危機感を説く。

PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

だからこそ、テクノロジーの進化が起こるときにはヒューマニティの向上がそれに伴っているのかという面から目をそらさず、総合的な幸福度の視座からテクノロジーを批評することが欠かせないと原は言う。「日本は身体感覚を研ぎ澄ましていった果てに豊かな文化を掴んできた社会でもある」と彼は語り、いまだからこそ回帰すべき日本文化の重要性と、それを発信することによって身体性の「見直し」を図る必要性を強調する。

幸福度の視座からテクノロジーを批評するという点で、内田は「社会のデジタル化は人間により平等をもたらす面がある」と指摘する。現代社会は基本的に、自分で身体を思い通りに動かせる人を中心に設計されてきた。それが、物理空間をデジタル化する動きが進んだことによって、「障がいをもつ方や子どもたちも、情報へのアクセスや発信が可能になった。フィジカル中心に設計されていた社会で幸せを感じにくかった人々にとっては、デジタル化で幸せの度合いが増えている」のだ。

フィジカルとデジタルの融合で世界をリードする

これを受けて齋藤は、社会のデジタル化は「ありたい姿」や「信じる価値」をもつ人々のコミュニティを生み、そこに参加することを促していくという道筋を示す。自らが関わる「PLATEAU」や2025年の大阪・関西万博についても、「地球上のすべての人が、何かしらの方法で参加できる状態をつくりたい」と抱負を語る。

そのためにも、物理空間の側へツール(道具)としてインストールするテクノロジーと、物理空間からデジタルの側へと移行すべきもの(例えば行政手続きなどのレガシー)を挙げ、「お互いに何を引き取り、どうつなげるかを設計することによって、幸福度につながるデジタルウェルネスを算出できるかもしれない」と未来を語る。

齋藤精一 | SEIICHI SAITO
パノラマティクス 主宰。1975年生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。06年株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)設立。社内アーキテクチャー部門『パノラマティクス』を率い、行政や企業の企画、実装アドバイザーなど数多く行う。18-22年グッドデザイン賞審査委員副委員長。20年ドバイ万博 日本館クリエイティブアドバイザー。25年大阪・関西万博PLLクリエイター。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

高校生や大学生といった若い世代との交流も多い守屋は、フィジカルとデジタルの融合について「この世代の意識では、すでに“当たり前”になっている」とつなげる。むしろ、若い世代はフィジカル=リアルの価値を痛いほど理解しており、それらをデジタルで置き換えようとするのは「大人のエゴ」だと警鐘を鳴らす。「フィジカルかデジタルか」といった二項対立に回収するべきではないというわけだ。

「メタバースの議論も同様だが、テクノロジーはあくまで手段であって道具でしかない。10代や20代のそういった当たり前の感覚を、大人たちがいかに汲み取れるかが今後の日本では大切になる」と守屋は語る。原はその指摘に「リアルとメタの世界を対比してしまうのが、大人たちのよくないところかもしれない」と共感を寄せた。

その上で、原は自ら日本各地へ足を運び、滞在先をレコメンドするプロジェクト「低空飛行」の活動に触れながら、フィジカルな体験へと促していくことの重要性、そしてJAPAN HOUSEもそういった流れのなかで必然的に生まれたプロジェクトなのだと、その原点を振り返る。「若い世代が当たり前にフィジカルとデジタルの融合を感知しているように、日本は両者のバランスの精神でもって、世界をリードしていける可能性があるのではないか」。JAPAN HOUSEにとっても新たな展開を予感させる熱い議論を、原はこう結んだ。