いま、まちづくりやスマートシティ開発は新しいフェーズを迎えている。テクノロジー中心の都市開発から、地域・住民の幸福やウェルビーイングを重視した「住民が心から満足して暮らせるまちを、テクノロジーを使ってどのように実現するか」が議論されるようになってきているからだ。

人口減少が続く日本では、どの自治体も「住民の声を聞きながら、独自の魅力があるまちをつくりたい」と考えている。そうしなければ、住民がいなくなる未来が見えつつある。

しかし、まちづくりの方法は形式知化されておらず、どの自治体も“我流”で進めているのが現状だ。施策は長期にわたるため、自分たちの取り組みが正しいのか、結果が出ているのかがわからず、手応えも感じづらい。

自治体も抱えるそうした「まちづくりの難しさ」を解決するべく、日本電信電話株式会社(以下NTT)は、国内外のスマートシティ・まちづくりの事例300件以上を徹底調査したうえで、Sustainable Smartcity Partner Program(以下SSPP)という取り組みをスタートした。その最先端のアプローチとは、一体いかなるものなのか。

住人の「幸福感」も含めたものさし

いま、スマートシティやまちづくりは4つの課題に直面している──そう語るのは、全国の地方自治体からヒアリングを重ねてきた日本電信電話株式会社 新ビジネス推進室スマートシティ担当課長の大成洋二朗だ。

課題の1点目は「市民・住民の方を含めた多様なステークホルダの声を収集して、合意形成させることが難しい」こと。そして、まちづくりの主体となる自治体側の組織が縦割りになっており、全体最適をすすめることへの妨げとなってしまうことを2点目に挙げる。3点目は、まちづくりは長期にわたる持続的な取り組みにもかかわらず、継続した予算措置が困難なこと。最後に、『まちづくりとは何なのか』という教科書がなく、我流で進めざるをえないことだ。

これら4つの課題に向き合うべく、NTTが立ち上げたのがSSPPだ。「地域・住民の一人ひとりに寄り添ったサービス提供を通じてWell-beingの向上を図る」というミッションを根幹に据えつつ、スマートシティとして最新技術を活用して持続可能な都市や地域をつくり、Society 5.0の実現をめざす。

SSPPの本丸としてNTTが提供するツールが、「SUGATAMI」と「スマートシティーISO」だ。このふたつを用いて、NTTは行政のまちづくりや民間主体の街区開発のまちづくり、スマートシティ化を支援していく。

「SUGATAMI」は、自分たちが住む都市がどんな状態かを測定し、客観的に評価できるシステム。都市機能を「人口」「教育」「健康」など国際標準規格の考え方を活用して18分野で評価し、それぞれ「都市機能」「満足感」「幸福感」に分けて測定する。

例えば、都市機能スコアは18分野、約130の客観的な指標から数値化される。他方で、住民の満足感は、「まちの総合満足感」「18分野別満足感」の主観指標がアンケートによって取得され、Twitterでの「ポジティブツイート率」等と組み合わせて数値化される。それに加えて、幸福感は住民からのアンケートにより、人生への満足度を表す「主観的幸福感」、自分の身の回りの人も含めた「利他的幸福感」を計測。まちの住人の総合幸福感を独自算出するという仕組みだ。

「利他的幸福感」では、自分ひとりのパーソナルな幸福から、まち全体のコミュニティとしての幸福を考える人をひとりでも多くしていくことが目標であり、経済的な指標だけでなく、人間中心の価値指標を設けることで、住民目線でのスマートシティ推進に寄与する姿勢がSUGATAMIには表れている。

大成洋二朗|YOJIRO OONARU
日本電信電話株式会社 新ビジネス推進室スマートシティ担当課長。「地域・住民の幸せ(Well-Being)の最大化」をめざした公民学連携の共創の場である「サステナブル・スマートシティ・パートナー・プログラム」の立ち上げメンバーとしてプログラム運営に取り組む。現在は、会員自治体等メンバーや有識者、アドバイザーなど社内外の知見や経験、ノウハウを重ね合わせながら、サステナブルでWell-beingなまちづくりの実現に向けたモデルケース創出にチャレンジしている。

スマートシティの「型紙」をつくる

もうひとつのソリューションが、SSPP関係者が「スマートシティISO」と呼ぶ“ISO37106”だ。このISOは、世界中で使われるスマートシティの国際規格。世界の先進的なスマートシティを研究してつくられ、このISOの基準を参照し、世界標準のスマートシティができる、いわばスマートシティの「型紙」である。

ISOの特徴は、まちの運営における一連の「プロセス」があるべき姿に沿っているのかを評価する点にある。たとえば、「市民の声を聞いているか?」「関係者を洗い出しているか?」「ガバナンスの体制はどのように構築されているか」など、住民の声を収集するプロセスが規定されている。

ISOをチェックリストとして活用することで、まちづくり推進においてPDCAを回すことが可能になる。その際、まちづくりにKPIを設けるのではなく、プロセス自体を評価することが重要だ、と大成は語る。

「このISOは、『どういう進め方をしているのか』を評価するものです。そもそも、まちづくりには正解がありません。SUGATAMIとISOは、自分たちがどんなまちにしたいかを考えて、その姿に近づけているかを可視化するためのツールなんです。全国一律のKPIが設定され、その結果が問われるやり方はふさわしくありません。地域それぞれのランドスケープや住んでいる人、時代や技術によって、何をよしとするかという指標は変化するので、自治体はその時にベストな手段を用いてまちづくりを進めていけばいいんです」

なぜNTTが「まちづくり」を?

通信会社であるNTTが「まちづくり」の領域へと乗り出すのはなぜだろうか。「地域密着」というNTTのアイデンティティの視点から大成は次のように説明する。

「通信インフラを担ってきたNTTでは、地域ごとに会社や局舎(電話局)があり、社員はその地域に住みながら働いてきました。だから、『地域に根ざして信頼されること』をアイデンティティとしているんです。自分はまちの住人であり、生活者のひとりである。まちが活発になっていないと、ビジネス自体が消えてしまう。まちと運命共同体だからこそ、切迫感をもって本気でまちづくりの提案ができるはずなんです」

例えば、震災時にはNTTの職員が出動し、使命感から率先して対応してきた歴史があったと大成は語る。こうした活動の積み重ねが、NTTの職員に「地域密着」というアイデンティティと、住民のひとりとして地域に参画する意識を築き上げてきたのだ。

さらに、NTTは各地域に電話局として使われていた古い建物や土地など「アセット」が存在する。アセットを活かして不動産を利活用できる余白があるのだ。こうした強みを活かして、NTTがまちづくりの領域へと展開しはじめたのはいつからだったのか。

「NTTのアイデンティティとして、脈々と『地域活性化』という使命感と基本理念は常にNTTのビジネスに通底していたものの、『まちづくり』に舵が切られたのは3年前でした。札幌市やラスベガス市などとのまちづくりへの取り組みが加速し、NTTではまちづくりの事業会社NTTアーバンソリューションズの設立という転換期を迎えました。時を同じくして多くの外部パートナーと連携するためにSSPPの座組みを構想し、2年前にスタートしました。NTTグループがこれまで培ってきた自治体とのリレーションを構築してきた社内有識者や実際の自治体の声に耳を傾け、『自治体が本当に求めていることだけをやる』というモットーで課題を抽出し、ようやくSUGATAMIとISOの形に収斂してきました。最初に枠だけが決まり、何もわからない状態から3年かけて議論を重ねて、ようやくいまがあります」

地域に根ざしたアイデンティティがある当事者だからこそ、NTTグループはまちづくりの支援/コンサルティングの立場を担える。SUGATAMIでレポートを作成してまちの状態を可視化して終わりではなく、手足を動かして実装まで伴走する。

とはいえ、コンサルティングは容易ではない。都市のあるべき姿は多様であり、紋切り型に「これがよい」とは言えないからだ。そのエリアの人々が考える「そのまちらしさ」をしっかり受け止めたうえで進めていくことが基本方針だと大成は言葉を加える。

「幸せのかたちはまちごとに違うと思うんです。SUGATAMIで18分野の都市機能や住民の方々の満足感を計測しており、そのすべてを向上させれば幸福感が上がるわけではありません。まちによって、住民の幸福感に影響する項目に濃淡があるんです。すべてのスコアが高くなくてもいいし、凸凹していていい。都市規模や風土に合った適正な状態をみんなで考えて、『ここはいいけど、ここは直したい』と決めていけばよいのです」

市民を巻き込む「ソーシャルデザイナー」という職能

そうしたSUGATAMI、ISOに加えて、SSPPが「第三の柱」に掲げているのが「まちづくりができる人材の育成」だ。

まちづくりは、旗振り役となる人がいなければ成り立たない。だが、まちづくりを担う人材に必要なスキルや人間的な魅力などは定義されておらず、適切な人が見つからないのが実情だ。自治体のまちづくり担当者も、この点には大いに頭を悩ませていると大成は語る。

「都市機能の18分野・130近くの数値指標からまちの現状を解読し、幅広く多岐にわたる分野をすべてデザインできる人はほぼいません。しかし、あるべきまち全体の姿を描き、生活者視点をもって住民含めた多様なステークホルダー間での合意を形成、まちづくりに関わる多様な人を自律的なアクションに導くことができる『ソーシャルデザイナー』と呼ばれる人材が必要なはず。いないのであれば、みんなで生みだしていけばいい。育成というとおこがましい気がしますが、『ソーシャルデザイナー』の素地として必要なスキルを提供することはできると思っています。大変、難しい課題ですが、きちんと向き合いたいと思っています」

「ソーシャルデザイナー」のように、多様な価値観をもつ人々をまとめあげる人がいなければ、住民起点でのボトムアップなまちづくりは起こらない。みんなが楽しみながら前のめりにまちづくりに参加できるよう、住民を巻き込んでいけることが重要なのだ。

もちろん、住民を巻き込む行政側の意図としては、まちへの愛着を持ってもらうことでUターンやIターンの増加が見込めるなどの直接的なメリットもある。だがそれ以上に「まちづくりは面白いんですよ」と大成は熱弁する。

「本当はみんな、まちづくりに関わりたいんじゃないかと思うようになったんです。面白いことに、SUGATAMIとISOの話をすると、みんながワイワイ集まってくるんですね。実際、とある自治体さんでは打ち合わせをお願いすると、企画課や政策課だけでなく予算、都市計画・土木、人材育成の担当者まで『現場のメンバーを横断で連れてきました!』といろんな人が出てきてくれました。データを見ながら、自分たちのまちの魅力や、もっとよくしたいポイントなどを、みんなで一緒に考えていく。これがとにかく楽しいんです。これからのまちを担う若者も巻き込みながら、希望ある未来について話し合っていきたいですね」

NTT固有のデータが活きるまちづくり

SSPPのプロジェクトが、SUGATAMI、スマートシティISO、ソーシャルデザイナーの人材育成という3本柱に着地するまでに、実に2年以上の時間を要している。この間に、構想からプロジェクト組成、実際の自治体でのトライアルにまで至っている。

また、SUGATAMIの設計も細部まで検討が重ねられてきた。18分野の住民満足と都市機能を評価するために、オープンデータだけでなく、NTTが独自に保有するデータも活用されている。スマートフォンの位置情報や、衛星画像データ、気象情報や、タウンページに掲載されている電話番号データなどだ。

これらのデータを、住民アンケートやTwitterのデータ解析などと組み合わせることで、NTTは住民満足や幸福感を計測している。豊富なデータを保有し、地場密着でそのまちに住民がいるNTTだからこそ、まちの姿を多角的に明らかにできるわけだ。

今後、NTTはコンサルティングを通じて上流工程からまちづくりを支援するだけでなく、それ以上の価値提供をめざす構想をもっている。NTTグループの強みを活かすことはもちろんのこと、公民学がそれぞれの強みを「まちづくり」という場で発揮する仕組みにより、まちづくり市場やデータ利活用市場を活性化。地域住民のウェルビーイングの追求とともに、地域への経済価値の循環や地域での新たな雇用創出にも裏方として貢献することをめざす。その地域の人々が生き生きと暮らせる未来を構想している。

トライアル期間を経て、各自治体にはこれからSUGATAMIやISOを活用したまちづくりのパートナーとして声をかけていく予定だ。「NTTグループだけでなく、公民学が一丸となり、日本のまちづくりを支援する実例を今年度内につくりたい」と大成は意気込む。

行政がつくるハコモノや技術だけが先行するのではなく、人間の幸福やウェルビーイングをデータに基づいて追求するスマートシティが、いまようやく動き出した。SUGATAMIやISOといった“地図”のもとに住民が一致団結し、対話を重ねながら数十年後の都市のあり方を考えていく。そんな新しいまちづくりのかたちは、すでに始まっているのだ。

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