レモ・ルッフィーニは、まごうことなき“開拓者”だ。彼が率いるモンクレールは、テントやシェラフといったアウトドアギアのメーカーとして1952年に誕生。54年にはブランドの象徴となるダウンジャケットの生産を開始し、68年にグルノーブル五輪でフランス代表公式ウェアに採用された。80年代以降はスタイリッシュなイメージも浸透し、スポーツメーカーからの脱却も図られた。

しかしその実、経営は行き詰まっていた。倒産寸前まで追い込まれていた老舗メーカーに手を差し伸べたのがルッフィーニその人だ。いまから19年前のことである。

「素晴らしい伝統と明確なDNA、山と結びついた確固たるルーツをもつブランドであること」が、買収を決意した最大の理由。当時はフランスのいちスポーツメーカーに過ぎなかったが、ラグジュアリーなファッション愛好家向けのリテールモデルへと“リポジショニング”するという、大胆で野心的な青写真がすでに描かれていたという。さらに彼にはアウトドアに対する情熱と、かけがえのない記憶が脳裏に焼きついていた。

「16歳のときに母がダウンジャケットを買ってくれました。モンクレールの水色のもので、学生時代はずっと着ていました。そのジャケットはわたしをいつも温かくしてくれて、守られているような感覚がありました。いまでも感じることができます」。製品が宿していた本来的な価値に対する記憶と信頼、そしてクリアなビジョン。それらが活路を開く原動力になった。

Remo Ruffini|レモ・ルッフィーニ
1961年、伊・コモ生まれ。98年にモンクレール・グループに入社しクリエイティブ・ディレクターに就任。2003年より経営も担う。コラボレーションやDXなど先進的な取り組みをリードし続ける。
PHOTOGRAPHY BY MAURIZIO GALIMBERTI

「最初に取り組んだのは、モンクレールをファッションリテールモデルへと移行させ、顧客とダイレクトな関係を結ぶ存在、つまり“ブランド”になることでした。そのためには広告キャンペーンもコレクションの発表も、あらゆるタッチポイントで常にユニークな切り口を見つける必要があります。もちろん、自分たちの歴史やDNAへのリスペクトは徹底的に守りながらね」

事実、モンクレールは見事な上昇曲線を描いていく。プランは成功。しかし「目先の収益には惑わされてはいけません」。世界中の都市とファッションカレンダーで存在感を高めながら、ブランドの価値を持続的に成長させることを望んでいた。

「例えば数年前のある日、バーに入るとブラックの『マヤ』ジャケットを着ている人が5人もいました。喜ばしいことですが、恐るべきことでもある。マーケットを飽和状態にはするべきではありません。すぐにブラックの『マヤ』の取り扱いを休止することを決定したんです」

かくしてグローバルなファッションブランドというポジションを確立したが、息つく暇もなく前進を続けている。近年、力を入れているのが、顧客とのリレーションをより強固にすること。鍵となるのはテクノロジーだ。

「顧客との関係性を深めるには実店舗こそが重要。セールスアドバイザーによる特別な体験だと確信しています。一方で、この世界はかつてないスピードで変化している。パンデミックによって人々の優先順位やライフスタイルは見直されつつありますが、企業にとっても新しい領域を開拓する契機となりました。より柔軟でオープンな姿勢が必要です。中でもデジタルテクノロジーは仕事、娯楽、ショッピングの方法に大きな変化をもたらし、消費者の意識すら変えつつある。これから先、オンラインとオフラインの境界線はますます消失していくでしょう。わたしたちは、あらゆるタッチポイントでシームレスな体験を提供していかなければなりません」

具体例として挙げられたのが、2021年9月に開催されたハイブリッドショー「モンド ジーニアス」だ。ミラノ、上海、東京、ソウル、ニューヨークの5都市で、ソーシャルメディア、ECサイト、ウェブサイト、メディアなど30以上のプラットフォームを駆使し、ひとつの“グローバルコミュニティ”をつくり上げる試みである。かつてないデジタルとフィジカルの多元的な取り組みは、アートとビジネスが混ざり合うファッション産業のトッププレイヤーらしい、先進性と高揚感とゴージャスさを具現化していた。

MONDOGENIUS

特設のウェブサイトを中心に、30以上のプラットフォームで配信。デジタルツアーを世界中のオーディエンスが同時に体験し、延べ40億人以上が視聴した。写真はミラノの特設会場。

「従来のファッションイベントのような、限られた人のための世界から、よりオープンな世界へと移行するべきなのでしょう。『モンド ジーニアス』は、すべての人がさまざまなプラットフォームを通じてつながり、モンクレールというブランドを体験してもらう試みでした。これまでのイベントのような数千という単位でなく、40億人以上にリーチし、5億1千万回の視聴を実現しました」

さらにもうひとつ、積極的に進められていることがある。いまや世界中のメーカーが避けては通れないサステナブルなものづくりだ。事実、モンクレールはファッションブランドとしていち早く取り組みを開始し、S&Pグローバルによる格付け、「ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス 2020」において首位を獲得している。

「これまで何度も、『なぜサステナビリティに取り組むのか?』と尋ねられてきました。そしてそのたびに、『正しいことだから』と答えてきたのです」

大きな成功をもたらしたリソースを手放し、原料調達や生産、輸送などあらゆる領域で変革する。言葉にすると簡単だが、決断には大きな困難が伴うはずだ。

「時には、少し怖くなることもあります。ビジネスリスクを伴う決断を下す必要もありますから。しかしいまの状況を見れば、緊急の課題であり、もう先延ばしにすることができないのは確実です。であるならば、新しい技術で環境負荷の低い生地や生産背景をコレクションに加えるしかない。企業活動とサステナビリティの両立を完璧なものにするには、多くの時間を要しますが、むしろプロセス全体を加速させなければなりません。企業だけではなく、サプライヤー、ユーザーも同様です。誰もがこのゲームチェンジに貢献するべきです。いま、わたしたちはすべての核心に迫っているのです」

そしてブランドは設立から70年を迎えた。もちろん、前進はさらに続いていくはずだ。ビジョンはある。

「わたしたちはスポーツブランドからファッションブランドとなりましたが、いまはそれ以上の存在になるべきだと考えています。デザイン、スポーツ、イノべイション、テクノロジーといった分野でも進化を遂げてきましたし、それはこれから先も加速していかなければなりません。その点、『WIRED』はモンクレールが次に進むべき道を示す、完璧なプラットフォームのひとつだと感じています。わたしたちの革新的な魂と共鳴していただける皆さんと、さらなる一歩を踏み出していきたいです」

MONCLER MAYA 70 JACKET

[ モンクレールジャパン ]