都市計画家ヤン・ゲールは2010年の著書『人間の街』にて、人間の身体や感覚に即した空間尺度で都市を捉え直すことの重要性を語った。都市は昔から人々の出会いの場であり、社会交流の場であったにも関わらず、近代の都市からはその役割が縮小され、排除されていることへの問題提起を行なったわけだ。
気候危機やパンデミックの前景化にともない、都市空間のあり方が大きく変容する2023年現在、都市を取り巻く課題のなかでも「人と社会のつながりの希薄化」という課題は残り続けている。
そうした課題にアプローチする方法を探るべく、『WIRED』日本版とPanasonic Designは、「WIRED Neighborhood Lounge」を開催。人と社会のつながりを再構築し、人々のウェルビーイングを実現することは、今後いかにして可能なのかという問いを考えた。
登壇したのは、『WIRED』日本版VOL.41「NEW NEIGHBORHOOD」特集にもアドバイザーとしてかかわり、リ・パブリックで地域におけるイノベーションエコシステムの構築や、東長崎のエリアに根ざしたカフェ「MIA MIA」のプロジェクトなどにもかかわる内田友紀、下北沢駅と世田谷代田駅の間の新しい商店街「BONUS TRACK」を筆頭に、下北線路街プロジェクトに構想段階から携わる小田急電鉄の向井隆昭、Panasonic Designにてソーシャルウェルビーイングやコミュニティをテーマとした活動にかかわる加藤歩、そして小山真由の4名だ。
実践者である4名は「人と社会の『つながり』の再構築」という課題にどう向き合うのか。そのイベントの様子をレポートする。
地域参加のための「余白」をつくる
イベント冒頭では、登壇者各位がプレゼンテーションを実施。Panasonic Designと小田急電鉄、それぞれの取り組みからは、地域を舞台に人と社会との良好な『つながり』を取り戻すアプローチが見えてきた。
Panasonic Designでは、10年後のあるべき暮らしからのバックキャスティングで商品やサービスの提供価値を考えるべく、ネイバーフッドの豊かさへとアプローチする実証実験型プロジェクトを複数展開している。特定の商品やサービスを提供することでの課題解決にとどまらず、人と人、人と社会のつながりを生むなかでの課題解決の可能性に、加藤は注目している。
取り組みのひとつである「コミュニティクッキング」は、都市の中で人々のつながりを取り戻していくためのイベント企画だ。関西のある地域でキッチンをレンタルし、周辺に住む人々に集まってもらい、好きなように料理をして食卓を囲んでもらう。料理中に生まれる共同作業やちょっとしたハプニングを起点に関係性を深めてもらうことが狙いだった、と加藤は振り返る。
「食という生活との距離感が近いテーマを設定することで、コミュニティを生活動線のなかに組み込んでもらうことがイベントのゴールでした。新しく友達をつくりに来る場所というよりは、料理を楽しむうちに気付けば皆と仲良くなっていたという位置づけで、参加へのハードルを下げたかったんです」
コミュニティクッキングのイベントには多くの人々が参加するようになったが、回を重ねることで、見えてきた課題もあるという。料理が好きな女性が参加者の大半を占め、コミュニティの属性が偏ってしまったのだ。Panasonic Designでは、現在コミュニティクッキングを開催することで得られた学びを活かし、より多様な属性の人々の参加を促すための実証にも取り組んでいるという。
一方、小田急電鉄では、土着の文化を育むべく、地域の人々によるボトムアップな活動の支援により街を開発していく「サーバントディベロップメント(支援型開発)」というアプローチで、下北沢エリアでのまちづくりに取り組んでいる。
「BE YOU.シモキタらしく。ジブンらしく。」というコンセプトを掲げ、従来の再開発とは異なり、地域住人の主体性がつくり手となり、BONUS TRACKを筆頭にインディペンデントな店舗の誘致を重視するスタイルは、新しいまちづくりのアプローチとして各所で注目を集めてきた。
同社にて下北沢エリアのまちづくりに携わってきた向井は、下北沢の開発においても多様な属性の人々の参加の場をつくるためのアプローチを考えてきたと語る。
「古着屋の街」「サブカルチャーの街」として紹介されることも多い下北沢だが、駅前から少し離れると閑静な住宅街が広がっている。若者中心で語られることも多い下北沢だが、同時に地域に住む人々から愛される場所になることも重要だった、と向井は言う。
地域に住む多様な人々の参加を促す仕組みの設計として「みんなでつくる自由なあそび場」を向井は紹介する。下北沢駅前に位置する土管とコンテナと人工芝が特徴的な空き地スペースだ。
「この場のお披露目の際に、下北沢の人々から空間活用のアイデアを募集したのですが、そのなかでラジオ体操という声が多く聞かれました。そこで翌日からラジオ体操を開催したところ、近隣に住むおじいちゃんから子連れの親子まで、普段下北沢の街ではあまり見かけない方々が多く集まってくれたんです。この取り組みを通じて、多様な人々が参加できる場づくりに必要なのは、個がその場を自由にカスタマイズできるような余白ではないかと感じました」
「つながりたい」欲求を前提としない
多様な属性の人々と地域や社会との「関わりしろ」をつくるための2社の取り組みを踏まえて、内田は「『つながりたいという能動性』を前提としないこと」も重要ではないかと説明する。
「私は最近出産を経験したのですが、産後は心身ともに弱り、ほとんど寝たきりになってしまいました。その時は誰かに話かける勇気も持てませんでした」と自身の経験を語った上で、都市は主体性を持つ個人が活動する場だけでなく、誰にでも開かれた場所であると言葉を続ける。
『WIRED』日本版の「NEW NEIGHBORHOOD」特集でも、内田はサービスデザインとサステナブルデザインの世界的権威であるエツィオ・マンズィーニに、受動的な市民の都市との関わり方やネイバーフッドの役割についての問いを投げかけている。そこで提示されていたマンズィーニからの回答には「ケア」の視点があった。
「人類は大きな宇宙のどこかにいて、とてつもなく複雑な状況に置かれています。一方で、わたしたちはここにいて、その居場所からのみ考え、動かざるをえません。大切なのは、「ケア」だと思います。お互いへの配慮であり、生命のネットワークとしての地球への配慮が重要です。そのためには、物理的に近くにいなければなりません」
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マンズィーニの視点と、これまで地元の福井県で2016年から取り組んできた小さなデザイン教室「XSCHOOL」や、鹿児島県薩摩川内市での「Satsuma Future Commons」などの多地域でのプロジェクトを踏まえ、人と社会との「つながり」を取り戻すためのアプローチについて、内田は次のように語った。
「都市だけではなく日本の地方部について考えてみると、あの集落の上にはおじいちゃんが住んでいて大雪が降ったら道路が通行止めになってしまうから助けなくてはいけない、そういったことを感覚として日常的に持っていると思うんです。車移動が前提であるため、ネイバーフッドより少しスケールは大きくなりますが、その地域に住む人々の多くが共に生きているという身体感覚を持っている。そんな状態をつくることがネイバーフッドの豊かさにつながってくるのではないでしょうか」
大企業として、どうやって地域と関わる?
ほかにも議論が盛り上がったのは、「大企業や外部のプレーヤーとしてどう都市に関わっていくのか」という点だ。Panasonicや小田急電鉄という大きな企業は今後いかにして地域との接点をもちうるのだろうか。
Panasonic Designにて、数々のフィールドで実証実験を行ってきた加藤が語ったのは、「フィールドに一歩踏み出すこと」の大切さだ。前述したコミュニティクッキングの取り組みを含めて、多くのプロジェクトの実証実験の先は、地元の人々からの助力の上で決まることが大半だという。
「地域に対して閉鎖的なイメージを持っている方もいるのかなと思っています。ただ、実証実験の候補地に赴いてみると『ここでイベントをするのがいいじゃないか』と教えてくれたり、『こんな企画にしてほしい』と提案をもらったりと、街の新参者であるぼくに地元の方々はさまざまな意見を語ってくれるんです。そんなコミュニケーションの積み重ねによって、デスクリサーチでは見えてこない地域の生態系を感じられ、手触り感のある地に足がついた企画ができると思っています」
その上で重要なのは、遊びと仕事の両方の自分を持つことだと内田は続ける。仕事のマインドセットで地域に入ると貨幣経済の眼差しで地域と向き合うことになるが、それでは地域の人々と信頼関係を築くのは難しい。自分はこの街をこんな風にしたいんだと妄想したり、時間を忘れて地域の方々のコミュニケーションを楽しむようなそんな態度が求められていくのかもしれない。
内田は「結局は大企業と地域といっても、個人と個人の関わり合いですよね」と加藤の意見に同意した上で、「これからは大企業も、自社の製品やサービスを広めるというだけでなく、地域の人々や中小企業と関わりながら、彼らとともにインキュベートしたり支援をするような事業のつくり方が増えてくるはず」という。
さらに、まちづくりを専門領域としない企業もネイバーフッドの重要なステークホルダーの一員であることも忘れてはいけないはずだと、Panasonicの現状を俯瞰しながら小山は指摘する。
「Panasonicであれば、パナショップという街の電気屋さんを全国各地に持っていて、エアコンを取り付けるために家庭まで訪れたり、地域の人々と接する機会も多いんです。さらには、大阪には広大な敷地面積を持つ本社もあります。本社機能を活用して、地域の人々の声を拾い上げ、ネイバーフッドを豊かにするためのサービスの提供もできるはずです」と述べ、多様なリソースをもつ大企業特有の地域の関わり方を提示した。
「違いに出会う舞台」としての都市
イベントの終わりに「違いに出会う舞台としての都市」という言葉で内田は議論の総括を行った。「人々の出会い方やつながり方の選択肢が増えるなか、物理的な空間の役割は『違いに出会うこと』に集約されていくのではないでしょうか」と内田は言う。インターネット上には無数の情報が広がる一方で、フィルターバブルの影響により違いに出会う機会は減少している。
コミュニティキッチンや広場でのラジオ体操で、そこに集まる人々と交流する。街を行き交う多様な属性の人々の様子を観察してみる。外部のプレイヤーとして地域の人々と豊かなネイバーフッドのあり方を議論してみる。その全てが違いを知る活動だ。
「電車で席を譲ることができるか、荷物で手一杯の人を助けることができるかといったケアの視点を持つためには、立場や価値観の異なる他者の状況を想像する力を獲得する必要があります。違いを知ることで、想像力を育んでいく。そんな活動の積み重ねが、人と社会とのつながりを再構築し、豊かなネイバーフッドをつくることにつながるのではないでしょうか」
視聴可能日時: 2023年3月3日(金)11:00〜2023年4月28日(金)23:59
費用: 無料
配信プラットフォーム: Vimeo
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