2023年に電通デジタルが新設した「電通デジタルBIRD(バード/以下、BIRD)」は、ビジネス・テクノロジー・クリエイティブを掛け合わせ、企業の新規事業創造を総合的に支援するクロスファンクショナル組織だ。デジタル領域での企業支援を行なってきたなかで、既存事業のみならず、大中小のさまざまな企業の新規事業開発を支援してきた電通デジタル。今回新設されたBIRDは、そうした同社のアセットや機能を結集し、より新規事業創造に特化した部門ということになる。BIRDで部門長を務める小浪宏信は、同部門設立の背景となった、日本における企業の組織環境と社会環境の変容について切り出す。

「これまで多くの日本企業は、高度経済成長期に日本独特の改善型イノベーションに特化した経営スタイルと、それに基づいた事業戦略や組織形態、業務などを設計して大きく成長してきました。しかし、当初はユーザーとのコミュニケーションにおける、いちチャネルとしてしか捉えられていなかったデジタルテクノロジーが、現在では生活者の暮らしや社会の前提となったことで、ドラスティックな変化に対応しながら、事業/企業変革を実現する、あるいは新しい事業を創造するイノベーションが企業にさらに求められるようになりました」

小浪宏信 | HIRONOBU KONAMI
電通国際情報サービスに入社後、Webサイト開発業務、及びインタラクションデザインの研究開発に着手。2002年に電通イーマーケティングワン(現電通デジタル)の立ち上げメンバーとして参画。携帯キャリアにてBtoBtoC事業の立ち上げを支援。新規サービスの立ち上げを多数経験。顧客体験設計を中心としたコンサルティング業務等に従事。23年から、社会課題解決型の新規事業開発を支援する電通デジタルBIRDの部門長に就任。一般社団法人UXインテリジェンス協会 副事務局長。中小企業診断士。早稲田大学/大阪大学 招聘講師。

そうしたなかで、何らかの業務をデジタル化する、新しいサービスを立ち上げてみる、といった部分最適や実験を手探りで行なうフェーズも終わりに近づいているという。

「いまはそこから得られた知見を通じて自社経営や社会にとってインパクトのある変革まで考えなければならないフェーズにきており、それがなければ企業は生き残れない、激しい競争環境になっています。しかし、改善型イノベーションを前提にしたこれまでの企業の在り方には、企業の存在意義を問いながらゼロイチ型のイノベーションを起こすことが難しいという特徴もありますし、そうでなくても一朝一夕で実現できるものではありません。こうした状況にアプローチするために、各エキスパートを結集し、より新規事業創造に特化した組織が必要だと感じたんです」

フレームを壊す勇気がもてるか?

また小浪は、こうした社会環境の変化のなかで生じた、「イノベーションのジレンマ」についても言及する。

「新規事業の開発や変革に向けて組織で意思決定をするうえで、現状分析を基にした戦略は経営層に安心感を与えてくれますし、ロジカルな戦略の策定は非常に重要です。しかし、プランに注力するあまり、最終的に生活者が使わないサービスやプロダクトになってしまう、つまりユーザーの心を動かす体験が伴わない開発が増える傾向にあると感じます」

生活者やエンドユーザーの心を動かす体験は、徹底した顧客基点があってはじめて実現される可能性をもつ。昨今、あらゆる領域で叫ばれるこの顧客/生活者基点は、組み込むタイミングを見誤れば途端に形骸化してしまう。小浪によれば、顧客基点のサービス開発に重要なのは、事業構想、戦略のフェーズから生活者の体験設計がなされていることだという。

「事業戦略が承認され、サービスを開発するときにはじめてユーザーの体験を考える、ということが往々にしてあります。社会における責任や存在意義がより求められていくなかで、事業や経営とより密接にかかわる社会課題、そして営利企業としての命題である経済性など、こうした大きな観点でのロジックだけでデザインされたプロジェクトが多いと感じます。生活者の新しい体験や小さな課題に寄り添うというサービスの本質が、戦略策定や事業構想の段階から考慮されている必要があるのではないでしょうか」

BIRD部門 ビジネスクリエイション事業部 事業部長の清水正洋は、この考えがBIRDのビジョンのひとつである「Beyond Logic(ロジックを超える)」という言葉に集約されていると続ける。

「これはロジックやフレームを軽視して直感的にプロジェクトを進めよう、という意味ではありません。市場機会を踏まえた戦略、成功した類似する事業モデルなどは経営判断するうえでのリファレンスとして非常に重要です。しかし一方で、経営状況、現有するアセット、組織文化など事業環境は企業によってさまざまですから、フレームを横展開して当てはめるだけでは本当に意義のある経営判断はできません。戦略に加え、ロジックを超えるための情緒や感情、ひとの心が動く体験を、事業構想時からいかにコーディネイトするかが重要になるのだと思います」

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清水正洋 | MASAHIRO SHIMIZU
2004年大手デジタルマーケティング会社にてデジタルマーケティング戦略の立案から施策・運用支援に従事。独立後、15年にライフイベント系スタートアップを創業。イグジット後、スタートアップ企業のマーケティング本部長に就任、大型資金調達に貢献のち、18年に電通デジタルに参画。現在はCXを起点としたDX戦略立案、事業構想〜事業立ち上げ支援、ビジネスモデル変革に伴う組織変革支援などに従事。

清水の考えを受け、クリエイティブプランニング第2事業部 事業部長の岩崎文美はこのように付け加える。

「フレームワークを理解したうえで、フレームワークを壊す勇気をもてるかが重要です。戦略コンサルティングにおいて、フレームワークを土台とした分析や議論は非常に有効なアプローチですが、市場環境を俯瞰して本質的な課題を洗い出すだけでなく、生活者視点に立った仮説を構想段階で先に提示し、クライアントのビジネスの成長が顧客にとってどんな意味を持つのかを考え抜く。そうした意識を持ち続けています。ビジネスの成長が、その延長にある社会価値をどう生み出せるのか、向き合うべき課題を俯瞰して捉える『鳥の目』と、生活者にとっての価値や体験をイメージする『虫の目』、2つの視点を行き来することが重要だと感じています。」

岩崎文美 | AYAMI IWASAKI
2001年電通入社。クリエイティブストラテジスト/コミュニケーションプランナーとして、食品・飲料・エンタメ・ベンチャーなどのクライアントを担当。20年電通アイソバー出向、21年電通デジタルに参画し、ディレクターとして事業構想・サービス開発やコミュニティ設計などのプロジェクトに複数携わる。得意領域は、CXビジョン発想のブランディングや顧客体験設計、新規サービス開発領域やコミュニティ設計のコンセプト開発、価値定義、コンテクスト設計など。

心地よさの設計

この「虫の目」、つまり顧客・生活者の視点を事業戦略の策定フェーズから企業が活かすために、電通デジタルが「人の心を動かす」ことにこだわり続けてきたクリエイティブ思考(生活者インサイトを深掘りし、コアとなる骨太なアイデアを導き出すプロセス)が非常に有効であると、岩崎は付け加える。

「サービスのUI・UX、もっといえば画面の設計や細部の体験に、ユーザーはサービスや企業の態度や目線、倫理観を感じとります。例えば、UIにデータ取得の意図が明らかに表れていれば、あまり心地よくありませんし、その些細なことがサービスを提供する側の『企業』につながっています。顧客基点や社会的な意義をミッションに掲げていても、顧客の目線で受け取れる状態にデザインされていなければ、結果的に共感を得られないサービスになってしまいがちです」

そうならないために、構想時の企画書や資料の言葉の使い方からも見直し、そうしたズレを排除していくことが求められているという。
「それが排除されていないと、エンドユーザーに届くまでの過程でさまざまなかたちで変異し、実際のサービスやプロダクトに染み出し、最終的にユーザーに『与え/押し付ける』ものになってしまいます。生活者がいかに迷わず、自発的にサービスにかかわりたいと思えるか。この『心地よさの設計』が重要です。そこに、クリエイティブを通したコミュニケーションによって企業と生活者が手を結べるポイントを探り続けてきた、私たちのアセットが生きてくるのだと思います」

また清水は、このように続ける。

「これは企業における組織のレギュレーションやガバナンスにも同様のことが言えます。事業の経済性にかかわるROI(Return On Investment:投資によってどれだけ効率的に利益を獲得できたかを把握するための指標)などの従来の経営指標は変わらずありつつも、プロダクトやサービスの成長を図る重要な経営指標は事業モデルによって変化するはずです。またその事業を支えるための事業基盤への適応には企業にとって大きなハードルがありますが、ニーズの多様性など市況の変化に対応し、維持・拡大していくためには今後避けられなくなっていくのも事実です」

複数の専門知が集まるだけでは、越境は生じない

生活者の非常に多様な価値観が表面化するなかで、岩崎の言う「心地よさ」の在り方もまた多岐にわたり、細部にわたって熟慮される必要がある。また、複雑かつ大きな社会課題が噴出する現在にあっては、複数の専門領域を掛け合わせなければ解けない難問が増えている。そうした高い壁がさまざまにあるなかで、「BIRDのクロスファンクショナルな人材が大きな武器になる」と、小浪は考えている。

BIRDには、ビジネスデザイナー/サービスデザイナー/コピーライター/アートディレクター/クリエイティブディレクター/テクノロジスト/UXコンサルタント/事業開発ディレクター/プロダクトマネージャー/スタートアップ経験者……新規事業開発支援における豊富な経験を共通軸に、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブの各領域での専門知をもった約100名のエキスパートを結集させた。

企業のパーパスを顧客視点に立って問い直し、事業戦略や経営判断のレイヤーからサービス開発まで伴走。複数の専門性をもった人材が配置されたクロスファンクショナルな領域横断型の組織によって、社会課題解決、あるいは新規事業創造を促していく。これは昨今、多くのコンサルティング/クリエイティブファームが共通して目指しているところでもある。そうしたなかで、BIRDのユニークネスとはなんなのか。

「大きな違いは、BIRDのような組織に統合する以前から、各領域の人材のクロスアサインでの協働を前提とした新規事業開発をすでに数多く積み重ねており、組織カルチャーとしても下地がすでにできている点です。各領域を単純に組織統合・編成してから『さぁ、領域を横断してサービスをつくっていきましょう』とスタートするのと、カルチャーもそれに適応したアセットも育っているのとでは大きな違いがあるんです」と、小浪。

また、岩崎はこのように続ける。

「各企業の多様なケースに合わせて、迅速にミニマムなユニットをワンチームとして編成できる状態がすでに整っていることはとても大きいですね。事業構想段階から、短期間でも顧客基点での仮説を立て必要な検証を踏まえた顧客/生活者にとっての『ありたき姿』を描き、推進する能力を備えています。

部門に各領域のエキスパートが配置されていても、領域を越えて高い精度で協働できるかは、融合チームにおけるノウハウとカルチャーが備わっているかが初動の動きを左右します。しかし、BIRDは新規事業開発の経験という共通軸が備わった各職能が集まって“互いの領域を越境したチームビルディング”が日常であるため、時間的なロスも省けますし、各メンバーがクライアントと直接やりとりをしながら、プロジェクト推進の要になります。なぜなら、部署間の壁を越えて共通言語を持ち、互いの専門力を活かした化学反応を生み出す「相互主観性」の高いチームであることが、イノベーションを生み出す組織において非常に大事だと考えるからです」

領域を越境するエキスパート求む!

BIRDは、こうした組織カルチャーの下、さらなる人材の強化を見据えており、「ひとつの職能にとどまることなく越境していくエキスパートに集まってほしい」と、小浪は語る。インターネットやテクノロジーの普及が顕著になった2020年代、生活者はテクノロジーやサービスを選択し享受をするだけでなく、それをもって自身を表現するという価値観が根付いてきた。また企業側のメッセージや本意が届きにくくなり、同時に実態とのズレが見透かされてしまう。そうした社会環境のなかで、生活者にいかに選んでもらえるのか。この事業側と生活者との間にある溝をつないでいくのがBIRDであり、そのためには組織やメンバーの越境性がより重要になる。

「ですから、自分の領域だけに閉じてしまっている人というよりは、異なる領域の人間をリスペクトし、協働することを求めている方に興味をもっていただきたいですね。実際にそうしたマインドのメンバーもすでに集まっていますし、成長の機会も設けています。そうした方々や企業とともに、ゼロイチで新しい価値を生み出し、心に余裕をもって生き生きと生活ができる社会をつくっていく。これが、BIRDが掲げる理想なのです」

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