ZeroCa(ゼロカ)は、家庭の電力データや環境貢献アクションを通じて、脱炭素行動をサポートするWebサービスだ。ユーザーの脱炭素行動を数値でスコア化する「グリーンスコア機能」、脱炭素につながる42種類の環境行動から選択し、学びと行動を促すための「環境アクション管理機能」、オプトインした世帯ごとの詳細な電力使用データを可視化し、グリーンスコアに反映する「みえるデンキ機能」の3つの機能を展開している。

同サービスを提供するGDBLの芦谷武彦は、開発背景をこのように語る。

「一般家庭から排出されるCO₂のうち約50%が電気使用によるものであることがわかっており、生活者による電力を起点とした脱炭素行動とその社会化は重要なアプローチとなります。ただ、脱炭素という言葉は世に浸透してきたものの、その具体的なアクションはなかなか浸透していない。課題が複雑化し、社会全体としての解も見いだせていない状況で、いち生活者もどう実行に移していいかわからない。ZeroCaは、個人の電力データを見える化することで問題を認知して具体的なアクションを楽しく習慣化する、“脱炭素の体重計”というコンセプトで開発しました」

芦谷 武彦|TAKEHIKO ASHIYA
1994年に関西電力に入社。電力システムの運用保守、系統解析、海外調査等に従事後、米国にて通信事業経営、ITベンチャー投資等を学ぶ。帰国後、再エネ系新規事業に従事。新電力系の系統連系業務を経験後、電力制度設計、料金原価等に従事。その後、送配電系の新規事業を担当。GDBLにはLLP時代から設立に関わり2022年夏よりGDBLに参加。現在、電力データ活用事業を推進。

また、このサービスのもうひとつの重要な背景に電気事業法の改正がある。各世帯の詳細な電力使用データは、全国の設置台数が約8000万台にまで普及したスマートメーターによって計測され、送配電事業者へと集約されていた。しかし、その一次情報の使用はこれまで限定されており、各世帯に電力供給を行なう小売業者は限定的なパラメータを基に、かつ独自の統計方法で電力データを算出して各サービスを提供していた。加えて、電気事業以外への一次データの使用も制限されていたため、電力データのより包括的な活用や、電気事業者以外の企業参入の壁となっていたのだ。しかし、2020年6月に改正された電気事業法によって電力データの使用に関する規制が緩和。さまざまな活用方法で電力データを可視化することで起こせるイノベーションが今後生まれていくはずだと、同じくGDBLの関谷翔は続ける。

「例えば、災害が起こったときに停電している地域が速やかにわかれば、より効果的な災害対応ができるかもしれませんよね。電力データ使用が本人同意のうえで可能になり、より広い領域で、かつ共通のデータフォーマットでの流通が可能になったんです。GDBLはこの電力データの社会実装と新たな市場の活性化を促し、イノベーションを起こして社会に貢献していくことをミッションにしています。そのアプローチのひとつとして脱炭素をテーマに据え、電力データの見える化にどんな価値が生まれるのかを探求しながらZeroCaを開発していきました」

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関谷 翔|TSUBASA SEKIYA
NTTデータ テレコム・ユーティリティ事業本部 ユーティリティ事業部 課長。
2004年NTTデータに入社。通信や電力小売り等のインフラ業界を中心に、WEBチャネルや顧客管理システム等領域のアカウント営業や新規サービス企画等に従事。2018年、GDBL前身組織であるLLPの立ち上げ時から関わり、2022年現職着任。データ活用事業部 部長代理としてサービス企画・営業業務を推進。

「ニーズ起点」にとらわれない

こうしたGDBLの社会課題における新規事業創出において、事業構想から開発、社会実装化、自走化まで一気通貫で支援を行なっているのが電通デジタルだ。支援を率いた同社の矢萩健太は、「電力データの社会実装という領域は、そもそも課題がないことが課題だった」と、本プロジェクトの特徴から生まれる固有の課題について言及する。

「現時点でニーズが存在しない、といったほうがより正しいでしょうか。価値は絶対にあるけれど、電力データそのものが流通していないので市場、ユーザー、エコシステムが存在せず、当然ながら課題そのものも認識できません。また、硬直した制度が生活者に大きな不都合を与えていたかというとそうでもない。新しい変化(電気事業法の改正)によって確実に生まれるデータアセットと、未知の可能性だけがあるという状況でした」

矢萩 健太|KENTA YAHAGI
2016年電通デジタル入社後、一貫してクライアント企業の事業構想、新規事業創出支援に従事。データ活用、eスポーツ、子育て、不動産など多種多様なテーマの事業創出プロジェクトをリードし、直近では株式会社GDBLのZeroCa立ち上げのリードを担当。その傍ら、これまでの知見を基にクライアントの事業開発などのインハウス化を支援するサービス「Nest the Business」を起案し、責任者を務める。

存在しないニーズと価値そのものを発掘していく。これが意味するのは、ユーザーの課題やニーズ、ターゲットインサイトを起点にしたデザイン思考の論理が適用できないということだ。矢萩はこのように続ける。

「社会や企業、あるいは生活者の課題を明確にしてユーザー中心、あるいはニーズドリブンにプロジェクトを発展させていくデザイン思考は、現代社会が直面する複雑多岐な課題にアプローチするうえで、特にインフラ、電力事業のようなステークホルダーが多い領域においては非常に有効です。しかし、そもそもニーズもユーザーも存在しない段階では、そうしたニーズ起点のロジックから一歩踏み出して、活用可能なアセットを起点にシーズドリブンで実現したい未来やあるべき世界観、具体的なシナリオ仮説を描き、そこからバックキャストして市場をつくりにいく必要がある。これは、これからの新規事業創造において、デザイン思考と同じくらい重要な視点になると考えています」

「実現したい未来」で、コンセンサスを得るには

一方、大局的なストーリーや世界観を描くだけでは、事業化の意思決定はできないのも事実だ。点在するファクトをつなげながら、描いたストーリー・ナラティブをビジネスとしてベットするに足る具体的なものにし、合意形成を図っていく必要がある。この合意形成が、コンセプトドリブンで事業を駆動させていくことの難しさでもある。

「最終的には、事業化確度が高くない段階から経営層やマーケティング部門、営業フロント部門など、社内を巻き込んでいかに理解を形成していくかが勝負になります。GDBLの『電力データ活用事業を脱炭素の領域でつくる』という意思決定で一番重要だったプロセスが、同社のポートフォリオ整理でした」

これを受け芦谷は、同社が抱えていた課題について言及する。

「わたしたちは、電力データ社会実装の研究機関であった前身組織の時代から、20を超えるユースケースで企画開発、実証などのPoCを回していました。その検証を通じて電力データ活用の価値は確かなものであることがわかりましたが、それぞれのアセットやリソース間のシナジーが生まれないという問題があったんです。

そこで、電通デジタルさんの支援を受けながら、それぞれのプロダクトを短期〜中長期それぞれの戦略領域で活用可能なもの、ローコストオペレーション領域にシフトするべきものにグルーピングをし、経営リソースを有効に配分するための組織設計を行なっていきました」

もともとZeroCaは、地方行政・自治体が市民の電力使用や脱炭素量を把握し、報告するために可視化する、という行政のニーズが出発点にあった。しかし、本質的に脱炭素を実行していくのであれば、報告のためのシングルプロダクトを開発して終わるのではなく、生活者によるミクロデータと、それを自治体に集約したマクロデータによって、政策の計画と実行、分析のサイクルを生みながら、脱炭素に関する生活者の行動変容と文化形成を起こしていくことこそが重要なのではないか。電通デジタルのこうした提言と議論が積み重なり、最終的には、同時並行的に行なわれていた一般ユーザー向けのプロダクトとマージして現在のZeroCaが生まれた。そう、ZeroCaは先述した生活者向けの機能だけでなく、公共セクター向けの機能がバックグラウンドに備わっているのである。

こうしたプロセスでの電通デジタルの支援に対して、関谷はこのように振り返る。

「そもそも『そのニーズ起点は本質的なのか?』という前提の問いの提起からはじまり、バラバラのポートフォリオを取捨選択してリソースを集約し、ひとつなぎの具体的なシナリオをつくりながらファクトを築いていくことをサポートしてくれた。それによってコンセプトの共通理解が社内も当然ながら、ユーザーにおいても如実に進んでいきました。具体的なファクトを基にした長期レンジでの戦略策定とストーリー設計は、事業推進側のわたしたちの力だけではなしえなかった。一歩引いたミッドフィルダー的な立ち位置での支援があったからこそだと感じています」

社会課題解決には、ルールメイキングの視点が足りない

かつて経済合理性が成り立たなかった社会課題は、公共セクターが担うものだった。しかし複雑に入り組んだ社会課題の解決は官民の連携なくしてなしえず、民間企業の事業創出とも不可分なものとなった。そうしたなかで、矢萩は「ルール形成型事業創出」の重要性を強調する。

「ルールメイキングも見据えたエコシステムや市場形成は、事業創出のマネジメントの視点から抜け落ちてしまいがちです。例えば、電動マイクロモビリティのシェアリングサービス『LUUP』は、経済産業省の規制のサンドボックス制度を活用して実証を行ないながら、業界団体を立ち上げ、規制緩和にこぎ着けました。ルール形成に取り組むことで市場そのものを創出したんです。それこそ電気事業法の改正も、研究・実証を行ないながら国への提言活動を実施してきたGDBLの前身組織の一番の成果だったといえるでしょう。そして実のところ、そうした動きを国も期待しているはずです。

実際に、ルール形成に取り組むことでの市場創出を目指してきた企業は、日本企業の年平均成長率に比べて高い成長率を達成しています。そうした意味では、『どんなルールがノックアウトファクターになっているのか』また『どう変えていくべきなのか』といった、ルールメイキングにまつわる変数も事業創出のマネジメント範囲になっていくという視点は今後より欠かせなくなるはずです」

ビジネスにおける可能性のみならず、新規市場の共通プロトコルの整備や規制緩和への機運が高まれば、参入障壁も下がりより市場が活性化していく。矢萩の言葉を借りれば、「みんなが乗っかってくれる」コミュニティをつくることを前提に考えていくことが求められる。
電通デジタルがGDBLへの支援のプロセスのなかでハンドリングするさまざまな分科会も、こうしたコミュニティの形成や事業創出における新たな変数、ルールメイキングを見据えたものであろう。局所最適化したシェア争いをせず、それぞれの強みを生かしながら自社とステークホルダー、そしてエコシステム全体が成長することは、事業創出の重要な論点となる。何より、社会全体の「車輪の再発明」を防ぐことにもつながるという意味で、競合化しない仲間づくりは社会課題解決への重要なアプローチのひとつとなるはずだ。

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