広告ビジネスは「サービス化」していく

──博報堂テクノロジーズはマーケティングとテクノロジーによって社会と生活者に新しい価値・体験を提供することをミッションに掲げ、2022年4月に設立されました。なぜ博報堂DYグループが「テクノロジー」を冠した会社を立ち上げたのでしょうか。

社会のデジタル化が進むなかで、新たな価値を生み出すマーケティングを行なうためには、デジタルテクノロジーが必要不可欠だからです。生活者のタッチポイントが多様化し、認知や興味、検討から、購買、CRMまで一気通貫でアプローチするフルファネル型のマーケティング施策のニーズが高まっていくなかで、わたしたちは生活者のデータと基盤テクノロジーをベースにそれを推進できる能力は必須の要件だと考えています。

博報堂DYグループは、2020年から「AaaS(Advertising as a Service)」という概念を提唱してきました。広告はそもそもサービス業だと思われているでしょうが、広告会社は広告枠を販売して手数料収入を得ることを収益の柱としてきた面があり、その意味ではサービス業というよりは家電やクルマの販売のような、モノ売りに近いビジネスだともいえます。しかし、社会と生活のデジタル化が進み、一般にモノ自体がコモディティ化していくなかで、多くの産業は「サービス化」の必要に迫られています。

例えば自動車ならMaaS(Mobility as a Service)という言葉はもう一般的なものとなりました。人は単にクルマを買っているのではなく、移動にともなう価値にお金を払っているというわけです。同じように、わたしたちも広告枠にともなう価値自体を対象とすることで、社会における広告やマーケティングの役割、存在意義を見直していく必要があると感じていました。

安藤元博 | MOTOHIRO ANDO
博報堂DYホールディングス取締役常務執行役員CTO 、博報堂テクノロジーズ取締役。博報堂入社以来、数多くの企業の事業/商品開発、統合コミュニケーション開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループのテクノロジー領域を率いるとともに、広告メディアビジネスの次世代型モデルAaaS(Advertising as a Service)を推進する。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。著書『広告ビジネスは、変われるか? テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』等。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(社会情報学)。

──広告やマーケティングの存在意義、ですか。

マーケティングと言われてトレンドの探求やターゲット分析、商品の差別化と効率的な訴求などを想起される方も多いかもしれませんが、20世紀の終わりから21世紀にかけて、こうしたマーケティングには限界があるという実感がありました。そこで広く消費社会の歴史から振り返ってみると、そもそも個人の消費意欲を刺激する差異化が本当に力をもっていたのは1970年代後半から80年代前半であり、80年代後半から90年代にかけて、広告業界は前時代にピークを迎えた差異化のマーケティングを必死に延命させようとしていたことに気づかされたんです。

マーケティングが大量の商品をひたすら差異化し効率的に売っていく技術ではないとすれば、いったいなんなのか。マーケティングの源流までさかのぼっていくなかで、わたしは市場社会のなかで価値を創造すること自体が広告やマーケティングの役割、存在意義だと考えるようになったのです。さらにさかのぼって経済学史から振り返ってみると、多くの経済学者にとって広告とはあらかじめ商品がもっている価値を広く伝えるものに過ぎない、ととらえられてきました。しかし、フリードリヒ・ハイエクらを輩出したオーストリア学派は価値とはそのような静的なものではなく、市場取引の過程で価値が生まれていく可能性を示唆しています。

──そう言われてみると、広告を見たり商品を買ったりすることで初めてその価値を感じることも少なくないですね。

商品の価値は生産された瞬間に決まっているものではなく、生産者と消費者、生活者との市場交換を通した「対話」のなかで生まれるものではないでしょうか。そんな市場のなかで、送り手も受け手もまだ見ぬ商品の価値の可能性を浮かび上がらせる──たとえて言えば暗闇のなかで照明弾を射つことが広告の役割であり、社会のデジタル化が進み商品がモノ自体からそれにともなうコトに変わるにつれ、その性格はさらに強まっていくでしょう。広告産業は、市場社会の価値創造の中心にあるはずだ、そう思うようになりました。

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社会とつながるマーケティングプラットフォーム

──単なる効率化や自動化ではなく、広告の価値を見直し新たな価値を創造するためにデジタルテクノロジーも必要になっていくのですね。

デジタルテクノロジーなしに、AaaSは実現できません。インフラやデータ、解析、アルゴリズム……テクノロジーを活用しまったく新しいUXを実現しなければ、AaaSはただのコンセプトにとどまってしまうでしょう。しかし博報堂は、もともとテクノロジー専門の会社ではありません。グループのなかにはアドテクノロジーを扱う会社もありますが、マーケティング全体を革新するという目的に対しては、エンジニアは質・量ともにまったく足りていない状況にありました。グループ内のエンジニアだけでなく外から多くの人を集めて博報堂DYグループのテクノロジーの能力を高めていくために、博報堂テクノロジーズを立ち上げたのです。

博報堂テクノロジーズはクリエイティビティとテクノロジーの融合も進めていきます。博報堂DYグループが長年培ってきた創造性とテクノロジーをかけ合わせることで、単に産業のデジタル化を進めるだけではなく、広告・マーケティングの仕事を、市場社会での価値創造という、より本質的な姿へと大きく進めていけるのではないかと考えています。

──実際に博報堂テクノロジーズは、どんな領域で事業を展開されているのでしょうか?

生活者とのさまざまな接点から新たな価値を創出するマーケティングDX領域、そこに連なり広告コミュニケーションビジネスの変革を目指すAaaS実現に取り組むメディアDX領域、広告運用の最適化やクリエイティブの高度化を進めるAIプロダクト開発領域、グループ各社とともにクライアント企業のDX実現のための開発を担うDXソリューション領域、グループのIT基盤を革新する情報システム領域など、事業ドメインは日々進化しています。

わたしたちは、新しいプラットフォームをつくらなければいけないと思っているんです。価値は、市場のダイナミズムによって常に揺れ動きつつ生まれていく。だからこそ、新しい価値をつくるためには常にさまざまなステークホルダーや生活者と接点をもち、そこにかかわるすべての人がもつ創造性を生かして価値に昇華させる仕組みをつくっていかなければなりません。そのためにはこれまでにないプラットフォームが必要でしょう。

事業領域だけを見るとテクニカルなことをしている会社だと思われるかもしれませんが、プラットフォームをつくるという博報堂テクノロジーズの思想は博報堂の源流とも確かにつながっています。1895年に創立した博報堂は、文化の発達にとって重要になっていく出版物を収益面で支えるための広告取次から事業を始め、出版物の新聞広告からさらに広告一般へと事業領域を広げていきました。当時の社長は多くの文化人からも信頼されていて、博報堂には明治期の出版文化を支えていた側面もあったのです。

──博報堂テクノロジーズがつくるプラットフォームも、社会や文化とつながっているわけですね。

もちろん博報堂は営利企業ですが、単に経済的な利益を追求するだけではなく、歴史や社会とも接続しながら価値の創造に取り組んでいきたいのです。単にいま現在のトレンドや新しさを共時的に追うだけではなく、個人や企業、地域の歴史などをたどっていく通時的な感覚がなければ、文化を含めた価値創造に貢献することはできません。広告やマーケティングが扱う価値も、共時的に生まれるものだけではなくて、生活者の深層や歴史とつながっているもの。あくまでもぼくらの仕事の根底には経済のみならず文化的な価値があるものだと思っていますし、これまでさまざまなクリエイティブに携わってきた博報堂DYグループだからこそ生み出せるプラットフォームがあると考えています。

テクノロジーとクリエイティビティの融合をめざして

──博報堂テクノロジーズの設立から1年半経ちましたが、手応えはいかがでしょうか? 最先端のテクノロジーに取り組むだけでなく、広告に対する考え方や組織づくりなど、お話を伺っているとさまざまな点でこれまでとは変化が求められているようにも感じます。

一歩ずつ着実に前進していると思っています。ただ、前例がないことにチャレンジしているため、さまざまな課題があることも事実です。

例えば、価値は市場交換のなかで常に揺れ動きアップデートされ続けるものだ、という考え方ひとつとっても、必ずしも一般的なものではありません。すでに商品の価値は決まっていて、それを“正しく”伝えることが広告だと考える人も多いでしょう。でも、ぼくは広告とは常に新たな問いを立て、新たなこたえを探り続けるものでなければいけないものだと思っています。コピーライターやCMプランナーなど、立場は異なれど博報堂DYグループで働いている人間は常に自身で「問い」そのものを考え続けていると思いますし、それこそが博報堂のクリエイティビティにつながっているのです。

──考え方をアップデートしていく必要がありそうですね。

また、いまだに「データ/デジタル」と「クリエイティブ」が対立するものだと考えられてしまうことも少なくありません。確かに、デジタルテクノロジーが決められたゴールを効率的に達成する手段としてとらえられ、発展してきた面があることも事実です。コストを削減したり省力化・自動化したりしながら目的を達成するツールとして、デジタルマーケティングは進化してきたともいえる。特にインターネット以降は効率や効果が可視化しやすくなり、それがデジタル広告の強みだと考える人は多いでしょう。

安藤が2022年に出版した書籍。野心的なタイトルが印象的だ。

でも、単に直接的なクリック数を増やすことだけが広告の目的ではありませんよね。あくまでも生活者の意識や態度に働きかけることが重要であり、その先に新たな価値を生み出さなければいけない。歴史を振り返ってみてもデータとクリエイティビティの掛け算こそが社会を動かしてきたと思いますし、徹底的なデータ化や分析から、より優れたクリエイティブが生まれていくのだと思っています。

──そういった考え方をコンセプトレベルにとどめるのではなく、実践へとつなげていくことが博報堂テクノロジーズの使命となる、と。

テクノロジーとクリエイティビティを融合し、新たな価値創造につながる総合的なマーケティングのプラットフォームをつくること──まだ誰も実現したことがないからこそ、刺激的でもありますね。ぼくらが取り組むテクノロジーとクリエイティビティの融合というコンセプトはまだ未開拓な部分も多いですし、仕事の定義がきっちり定まっているともいえないかもしれません。企業と生活者をつなぐプラットフォームを模索し、それがなければこの世には生まれなかったかもしれない新たな価値を生み出していく。そんなチャレンジに関心をもってもらえる人にとっては面白い環境だと思います。

広告会社ってエンジニア文化と遠いものだと思われがちですが、実は博報堂には伝統的にテクノロジーに取り組んできた側面もあります。1980年代には「マーケティング・エンジニアリング」という方針を掲げて生活者の行動をどう情報化し解析し、高度に活用するかを考えてきましたし、さらにそれ以前から独自のデータベースを構築してマーケティング活用しようという動きもありました。テクノロジーとクリエイティビティ、博報堂は両者をともに扱ってきた歴史ももっているのです。

博報堂テクノロジーズとしても広告会社のいい面を残しつつ、世の博報堂のイメージとは異なる文化をつくっていきたいんです。だからこそ新しい会社を立ち上げ、報酬体系や勤務体系もエンジニアの方々が働きやすい環境を整備しています。設立からまだ1年半しか経っていませんし、常に変わり続けている状態にあるからこそ、自分が変わることで会社という環境も変わっていく可能性が秘められてもいる。新しい文化をつくっていくことにチャレンジしたい人が集まってくれるとうれしいですね。

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