2013年よりコーチのクリエイティブ・ディレクターであるスチュアート・ヴィヴァースは、自身のヒーローのひとりであるキース・ヘリングの言葉を借りて、ファッションは「あらゆる人びとのためのもの」であり、その在り方こそがファッションの喜びと祝福であると語った。果たして、ファッションはあらゆる人びとのためのものとなっているか。サステナビリティが世界共通かつ喫緊の課題として前景化する現在、この問いは新たな局面を迎えている。

国連貿易開発会議(UNCTAD)によれば、アパレル・繊維産業は石油産業に次いで2番目に多いCO2排出量をともなう「汚染産業」とみなされている現状がある。また、サプライチェーンにおける労働問題や人権問題も抱えるなかで、この「あらゆる人びと」とは誰なのかを、多様な論点のなかであらためて問い直すことがファッション産業に求められている。そうしたなかで2023年にコーチがスタートしたのが、サーキュラークラフト(循環型ものづくり)に焦点を当てた新ブランド「Coachtopia(コーチトピア)」である。

Coachtopia(コーチトピア)についてもっと知る

同ブランドは、80年以上にわたるコーチのレザーに関するノウハウを生かし、“Made Circular™”の三原則(①既にあるものを再利用し、
新たな原材料の使用を最小限に抑える/②再製造されるように設計する/③循環するルートを創出する)に従ってデザインされた、バッグ、アクセサリー、ウェアなどで構成されるオールジェンダーコレクションを展開している。

コーチトピアが再定義する美しいものづくりは、廃棄物を貴重な原材料として再構築することにとどまらない。回収・再利用・リサイクルといった明確な循環型ルートの構築や、Z世代を中心とした環境活動家やクリエイターなど、様々なプロフェッショナルによって構成されるグローバルネットワーク「Coachtopiaベータ・コミュニティ」の参画など、エコシステムのなかでのよりよいサイクルと関与がブランドアイデンティティのなかに組み込まれている。

ファッション業界が足を運ばなかった場所を巡る

「あらゆる人々」の射程を拡げるということは、グローバルファッション業界においてフォーカスされることのなかった人や事象、問題に光を当てるということである。その挑戦の一環としてコーチトピアが新たにリリースしたのが、ドキュメンタリーシリーズ 『The Road to Circularity(循環型への道のり)』だ。

Disney+によるビリー・アイリッシュのドキュメンタリー『The Making of Happier Than Ever: A Love Letter to Los Angeles』をはじめとした映像コンテンツで知られる制作会社「スペシャル・オーダー」、そして刑事司法制度の罪責を追求したA24制作のテレビドキュメンタリー『The Confession Tapes』やエミー賞ノミネート作品『Why We Fight』などを手がけたドキュメンタリー映画監督 クリスティーナ・バーチャードのタッグで制作された。

同シリーズでは、サステナブルファッションの提唱者であるビジュアルストーリーテラー/気候活動家のアディティ・マイヤー(Aditi Mayer) をホストに、大規模なサーキュラリティを可能にするアイデアと実践を行なう、世界各国のコーチトピアのパートナーのもとを巡っていく。エピソード1「Making with Waste (廃棄物で作る)」で訪ねたのは、インドのチェンナイにある KH エキスポート社だ。

同社は、1987年からコーチのパートナーとなっている家族経営の皮革製造メーカー。伝統的スキルと技術のイノベーションを組み合わせる「イノベーションクラフト」の手法によってコーチのレザー廃棄物をリサイクルパネル原料へと変え、スエードではないがスエードの上質な質感と手触りを実現するアップクラッシュドレザーバッグへと蘇らせるプロセスが明かされていく。また同時に、製造プロセスに関与するデザイナーや職人、製作者のコミュニティで繰り広げられるパーソナルなストーリーもひもとかれていく。

「完璧な美」のオルタナティブ

同エピソードが興味深いのは、マイヤーやブランド自身が、パートナーとの新たな試みのなかで「完璧」の概念の変容を発見していく過程が記録されている点である。従来、コーチではバッグの品質に関して厳格な基準が設けられており、レザーの自然なシボ(立体的なシワ模様)の度合いによってはコーチ製品として認められなかった。完璧を求めるブランドや消費者の文化的な考え方によって「欠点」が規定され、それが結果として廃棄物の増加につながっていくことをマイヤーたちが学んでいくのである。

エピソードでは、コーチトピアではシボやシワの許容範囲が広がっていることが語られるが、これはコーチの「美の基準」が明確に更新されていることを意味する。正直に伝えることを恐れず、ブランドのストーリーテリングを利用してより大きな問題を浮き彫りにし、コーチトピアの枠組みを超えて影響を与える対話を巻き起こす。マイヤーがそう言及しているように、ファッション業界が直面する問題に対して、ファッション産業の担い手としての自戒の念も込めながら率直な視線が投げかけられている。

「循環型の未来とはものづくりそのものを変えるだけにとどまらず、私たちの考え方を変えていくこと」と、マイヤーはエピソードを締めくくる。美しさを規定するのではなく、直面している課題を探りながらナラティブやシステムを再考することで、美しさの基準の変化と多様化を促していくこと。それこそが、これからのラグジュアリーブランドの役割なのかもしれない。

『The Road to Circularity(循環型への道のり)』エピソード1は、コーチトピアのSNSと公式オンラインストアで公開されている。新エピソードも順次リリースされる予定だ。

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