少しずつ変化を起こし、「インターネットのGDP」を増やす──フィンテック

パトリック・コリソン
ストライプ(Stripe) 共同創業者・最高経営責任者(CEO)

ストライプ(Stripe)の共同創業者、最高経営責任者(CEO)で、31歳のパトリック・コリソンは、相当な思索家だ。Twitterのプロフィールでは、どんな思考システムについても「バグ」探しをするのが好きだという意味で「可謬論者」を名乗っている。彼は一見、シリコンヴァレーの典型的な人物像に当てはまる。大学(マサチューセッツ工科大学)をドロップアウトしたプログラミングの達人で、桁外れの価値(評価額350億ドル=約3兆8,000億円)をもつ企業の創業者──。だが、ほかの起業家たちとは違って、彼は驚くほど控え目に話す。例えば、2019年5月に開かれたある会議では、自社を「理解しづらく、退屈にさせるかもしれない会社」と紹介していた。

ある意味、その通りなのだが、ストライプがどんな会社なのか試しに説明してみよう。皆さんのポケットの中にはたぶん、プラスチックか何かで覆われた小さなものが入っているだろう。その画面でウェブサイトやアプリを開き、数値を入力して「買う」をクリックすると、皆さんから売り主に代金が送られる。その支払いは、処理業者や金融機関の隠れたルートを通じて行なわれていて、売り主は各業者に手数料を払い、あれやこれやの事務作業もしなくてはならない。これは、代金を受け取りたい若い企業、特にテック系スタートアップ──ストライプの主要顧客だ──にとっては、コストが高くつき、時間も取られる手続きになる。だがストライプのソフトウェアを用いると、基本的にこの面倒な作業をアウトソースできる。ストライプはいわば、有料道路の料金を自動で支払える「E-Zパス」のような役割を果たす。顧客は料金所でいちいち止まらず通過でき、一律の料金──通常は取引額の約3パーセント──を支払うだけでよい、というわけだ。

コリソンは、自身の会社がナヴィゲーター役を務める金融システムを、現代ふうに更新する必要がある鈍重なレガシーインフラのひとつと表現する。とはいえ、仮想通貨(暗号通貨、暗号鍵)の熱狂的な支持者がするように、従来のシステムをあしざまに批判したり、一からつくり直すことを訴えたりはしない。それどころか、彼の会社は、さまざまな管轄区域の複雑なルールを順守し、詐欺やマネーロンダリング(資金洗浄)を監視するために、数百人の従業員を雇っている。「あえて言うまでもないことですけど、金融を規制するというのはいい考えです」とコリソンは語る。「結局、人々のお金を扱うものなわけですから」。彼がやりたいのは、取り壊しではなくリフォームなのだ。「少しずつ進める、というのがずっとぼくらの方針でした」とコリソンは説明する。「ぼくらは根底からの破壊だとか、画期的な変化だとかいったものは、あまり信じていないんです」。これも、シリコンヴァレーではめったに耳にしない言葉だろう。

その一方で彼は、そうした漸進的な変化が画期的な結果につながりうると信じている。現在はサンフランシスコに住むコリソンだが、出身はアイルランドで、ストライプによってグローバルな取引を促進したいと考えている。同社が提供する「Stripe Atlas」というサーヴィスは、世界のどこにある企業でも米デラウェア州で手軽に法人を設立できるようにし、その企業による米国の市場や銀行システムへのアクセスを容易にしようというものだ。コリソンの考えでは、こうしたちょっとした改善策の積み重ねによって、「インターネットのGDPを増やす」というストライプのミッションは達成されることになる。

19年の春、筆者はワシントンD.C.のインド料理店でコリソンとランチをした。色白で痩せ形、赤みがかったブロンドの髪をしたコリソンは、話術が巧みで、話題を次々に変えながら縦横に語る。彼はこの会食に、ジョージ・メイソン大学の経済学者で『大停滞』などの著書があるタイラー・コーエンも誘っていた。コリソンとコーエンは漸進主義的な世界観を共有し、互いにおすすめの本を紹介し合う仲だ(コリソンは11年から自分のウェブサイトで、読んでいる本のリストを公表している)。コーエンはこの日も本をどっさり持参していた。コリソンはそのひとつひとつを検討し、やがて一冊にじっくり目を通し始めた。それは、英国の東インド会社について書かれた本だった。

「これ、読んでみたいです。東インド会社、めっちゃ面白そう」とコリソンが目を輝かせる。「あそこは実際に、価値観に基づいて活動しなくちゃいけない組織でしたもんね」

「そして、何もかも初めてやったんだ」とコーエンがうなずく。

「そして、まあ別に誰も立派だったわけじゃないけれど、東インド会社は基本的に奴隷制にも依存してなかった。ほかとは違って」とコリソンが続ける。

コリソンの読書リストでは、進歩という謎を扱った本が多くを占める。彼とコーエンはこの会食からほどなくして、米誌『アトランティック』でエッセイを共同執筆している。そのなかでふたりは、社会全体の生産性の向上を目的にビジネスやアート、医学などの諸分野を探究するため、「進歩研究(Progress Studies)」という学問分野の創設を訴えている。進歩という考えに傾倒しているコリソンは、余暇もその活動に充てているほどだ。

例えば、「緑の革命」[編註:1950〜60年ごろにコメやコムギといった穀物の多収量品種が開発され、その導入などによって発展途上国で穀物の大幅な増産が達成されたこと]を推進した農業学者ノーマン・ボーローグの名前を冠した「ボーローグ・キャンプ」という、招待者限定の科学者や技術者向けカンファレンスの組織にかかわっている。2018年の感謝祭の休暇にはアフリカの4カ国をジェット機で周遊した。この旅行のプランを作成したコーエンによれば、「進歩は必然的だという西洋的な考え方が生かせる場所を見て回る」のが目的だったという。

17年には、「進歩のためのアイデア」をモットーに掲げる出版部門の「ストライプ・プレス(Stripe Press)」も誕生した。ストライプ・プレスは、コンピューター科学者、J・C・R・リックライダーの絶版になっていた伝記『The Dream Machine(夢の機械)』など、コリソンの想像力に訴える本を出版している。コリソンはストライプについて、人々が送金を思想の伝達と同じくらい簡単にできるようにすることで、リックライダーのような初期のヴィジョナリーたちが始めた仕事を完成させることを目指していると話す。ストライプ版の『The Dream Machine』は、ハードカヴァーのとても美しい本だ。それと同じように、彼が進歩に対する古風な考え方に心酔しているところには、どこかノスタルジックな感じがする。そこではきっとこう考えられている。グローバリゼーションとテクノロジーは、必然的に世界を向上させることになるのだ、と。──TEXT BY ANDREW RICE

オンライン犯罪の巣窟をリアルタイムで調べられるようにする──ネット上の迷惑行為

アレックス・スタモス
スタンフォード・インターネット観測所 所長

Alex-Stamos

ヤフーとフェイスブックでサイバーセキュリティの最高責任者を務めたスタモスは、サイバーセキュリティというものがもつ巨大なパワー──とその欠陥──を熟知している。だからこそ、彼が次にとった行動は、どこか1社のユーザーだけを保護することではなく、はるかに多くのオンライン上の人々を守ることを目指すものだった。どのように? 世界中の研究者に、ネット上、とりわけソーシャルメディア上にはびこるデマやセキュリティ侵害、プロパガンダについて調査研究するうえで、必要なものを提供することによって、だ。

2019年、起業家のクレイグ・ニューマークの財団から500万ドル(約5億5,000万円)の資金援助を受けて設立され、スタモスが所長を務める「スタンフォード・インターネット観測所(Stanford Internet Observatory)」は、ネット上の現在および過去の迷惑行為に関する情報センターの役割を担いたいと考えている。研究者たちは今後、何カ月もデータについて口やかましく議論するのではなく、まずスタモスとそのチームに連絡を入れることができるようになる。プロジェクトを軌道に乗せるには、グーグルやツイッター、彼の古巣のフェイスブックなど、ネット大手の全面的な協力をとりつけることをはじめ、やるべきことがまだ山積している。とはいえ、ネット上のトラブルを網羅した“宇宙地図”を描き出せる人物がいるとすれば、キャリアを通じてその最前線で戦ってきた彼をおいてほかにいないだろう。──TEXT BY BRIAN BARRETT

古くさく、不安定な投票システムに「引退」を告げる──選挙の安全性

デイナ・デボヴォワ
テキサス州トラヴィス郡 書記官

Dana DeBeauvoir

米国の選挙の運営は、全米各地の公共図書館に引けをとらないくらい、地方の裁量が大きい仕組みになっている。2020年11月に予定される選挙でも、各地の郡や市町村などが運営する1万カ所以上の投票所で、有権者が列をつくることになる。だが、デイナ・デボヴォワに言わせれば、それはロシアのいいカモにされてしまうということだ。

デボヴォワ自身、地方でそうした選挙実務を担う当局者のひとりである。彼女は30年余りにわたって、テキサス州オースティン大都市圏に属するトラヴィス郡の書記官を務めてきた。そして、その大半を通じて、ある板挟みに苦しんできた。選挙の実施のために、大手ヴェンダー3社から、鈍重でしかも高額な投票機を買わされる一方で、地元テキサス州のコンピューター科学者たちからは、安全性がまったく信用できない機材を購入しているとやり玉に挙げられてきたことだ。

11年、デボヴォワは自分を批判する人々にこう告げた。それなら、オースティンに来て、よりよい投票機をつくるのを手伝ってくれませんか? 「納屋を壊すのは誰にもできますからね」と彼女は言う。そういうわけで、暗号研究者や技術者らからなる雑多なチームがオースティンに集結し、堅牢な投票機を一から設計し始めた。チームは新しい投票機に関する難解なホワイトペーパーとその名前──「STAR-Vote」──を残していった。彼らの設計では、暗号化したまま計算できる「準同型暗号」を用いて投票を暗号化することが求められていた。また、投票結果の正確さをいままでにない水準で確保するために、内蔵のペーパートレイル(書面による証拠)と自動の監査システムも要件とされていた。

問題は、その設計に基づく実機を製造してくれるところが見つからなかったことだった。しかし19年になって、国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)とマイクロソフトが別々に、このコンセプトの一部を新たな名前の下に復活させた。それぞれ、数年以内にプロトタイプを開発することを目指している。設計はオープンソースとして公開され、企業(あるいはよろず屋でも)が安価で安全な投票機をつくれるようになるとみられる。そうした機材が生まれれば、デボヴォワのような当局側はやっと、高額で脆弱な時代遅れの投票機の使用を強いられている状況から解放される。彼女の取り組みのおかげで、そう遠くない将来、誰でも新しい“納屋”を建てられるようになりそうだ。──TEXT BY BENJAMIN WOFFORD