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ジア・トレンティーノ

『ニューヨーカー』誌スタッフライター。最近は、若者の「電子喫煙」についての調査や、性的暴行に関するエッセイを執筆。以前は『Jezebel』のデピュティ・エディターや、『Hairpin』のコントリビューティング・エディターを務めていた。テキサス州育ち。ヴァージニア大学入学後、平和部隊に参加してキルギスタンに滞在。2019年8月に初の著書となるエッセイ集『Trick Mirror』が刊行された。(@jiatolentino

2019年夏、わたしはロサンジェルス行きの飛行機のチケットを予約した。急速に終わりへと向かう2010年代が残した奇妙な遺産について調査するためだ。美しいセレブ女性の間で少しずつ人気を集めてきた「サイボーグふうの顔」のことである。その顔は、言うまでもなく若々しく、肌には毛穴が見当たらない。肉付きがよく、頬骨が高い。猫のような目をカートゥーン調の長いまつげが覆い、かたちのよい小さな鼻の下でプルンとした唇が光る。そして恥じらうように──でもどこかうつろな表情で──あなたを見つめる。まるで、クロノピンを半錠飲んでから、「プライヴェートジェットでコーチェラまで連れていって」とあなたにねだろうとするみたいに。

白人の顔にエスニックの要素が混じったその風貌は、かつて『ナショナル・ジオグラフィック』に掲載された合成写真「2050年のアメリカ人の顔」を思い起こさせる。もし未来のアメリカ人全員が、キム・カーダシアン・ウェストベラ・ハディッドエミリー・ラタコウスキーケンダル・ジェンナー(彼女はエミリー・ラタコウスキーによく似ている)の4人の血を引いていたら、誰もが同じようなサイボーグ顔になることだろう。「その顔はセクシーで、あどけなくて……獰猛です」と、ニューヨークで活躍する先鋭的なカラーリスト、カラ・クレイグは先日、わたしに言った。また、有名なメイクアップアーティストのコルビー・スミスは次のように語った。「『インスタ顔』というやつです。彫刻みたいでしょう? 粘土でつくったようなこういう顔になりたがる人が日に日に増えているんです」

Instagramがローンチしたのは、2010年代が幕を開けてまもない10月のこと。そこでは、「スマートフォンで見たときにぱっと目を引く」ことがよい写真の条件だ。また、「人々の普遍的な願望」に即している写真も注目されやすい。実際、これまでにもっともよく投稿されたのは結婚式の写真だ。Insta Repeatをはじめとするアカウントは、異なるユーザーがInstagramにあげた似たような写真をグリッド状に並べて投稿し、出回っている画像がどれだけ千篇一律かを示した。代表的なのは、黄色いレインコートを着て滝の前に立っている人や、紅葉した落ち葉を持った手を写した写真だ。そうした投稿のいくつかは大きな反響を呼んだ。

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Instagramでは、人の身は特殊な題材だ。努力次第で、誰もが少しずつ理想の容姿に近づくことができる。これまで、雑誌のアートディレクターたちは長い時間をかけてセレブの写真を編集し、非現実的な美のイメージをつくりあげてきた。だがいまでは、スマートフォンの画面を数回タップするだけで、誰もが自分の写真を思い通りに編集できる。2011年に発表された「Snapchat」は、もともと「消えるメッセージ」をやりとりするプラットフォームとして知られていた。しかし現在では、写真用のフィルターを提供することでユーザーの支持を集めている。スナップチャットのフィルターを通して、ユーザーは10パーセント魅力的になった自分──少しだけ痩せていたり、肌がきれいだったり、目が大きかったり、唇が厚かったりする自分──の姿を見ることができる。

最近は、Instagramのストーリーでも数々の「盛れる」フィルターが利用できるようになった。2013年にリリースされた、「セルフィーで友達を魅了しよう」という謳い文句を掲げる「FaceTune(フェイスチューン)」は、さらに精密な写真加工を可能にした。Instagramには、セレブたちがどのように写真を加工しているかを明らかにしようとするアカウントがいくつも存在する。フォロワーが100万人を超えるアカウントの「Celeb Face」は、セレブがあげた写真の「フェイスチューニングの痕跡」を見つけ、その部分を矢印で示した画像を日々投稿している。Celeb Faceを1カ月間フォローしてみれば、延々と繰り返される投稿が、低俗で異常なものに思えてくるだろう。セレブたちが(あるいはアシスタントが)写真を加工するのは一種の「防御反射」であり、バーの化粧室でアイライナーを引き直すのと変わらない、と擁護したくなるかもしれない。

「おそらく、Instagramのインフルエンサーの95パーセントがFaceTuneを使っています」とスミスは言う。「さらに、そのうち95パーセントは美容整形も受けています。整形は、いまやいちいち騒ぐほどのことではありません。ボトックスを使ったブローリフトなんかは誰もがやっていることです。カイリー・ジェンナーのまぶたにも、以前まではなかった整形手術の跡が見られます」

全人類の顔のパーツを分解し、再構築

20年前まで、美容整形を受けるのは非常に勇気がいることだった。当時の美容整形は費用が高く、メスを使う施術が一般的だったからだ。そのうえ、一度受けたらもう元の自分には戻れず、失敗するリスクもいまよりずっと高かった。しかし2002年、米食品医薬局(FDA)が、しわをできにくくするのためのボトックスの使用を許可した。その数年後には、ジュヴィダームやレスチレンといったヒアルロン酸を注射することも認められた。当初は小ジワの改善のために用いられていたヒアルロン酸だが、現在ではあごや鼻や頬のかたちを大きく変えるのにも使われている。こうした施術の効果は半年から1年ほど続き、費用はメスを使った手術に比べて格段に安い(平均価格は注射1本につき約683ドル=約7万5,000円)。その気になれば、仕事の合間に病院に寄ってボトックスを注入し、そのままオフィスに戻ることもできる。

いまでは、有名な美容整形外科医たちもInstagramを利用するようになった。注射の工程をスローモーションで撮影した動画や、施術を受けた人のビフォー&アフターの写真といった彼らの投稿は、何度も閲覧され、かなりの数の「いいね!」を集めている。米形成外科学会(ASPS)によると、2018年にアメリカ人が注射したボツリヌス毒素(ボトックス)の本数は700万本を超え、ヒアルロン酸注入の回数は250万回以上。また、同年アメリカ人が美容整形に費やした金額は約165億ドル(約1兆8115億円)で、施術を受けた人の92パーセントが女性だったという。注射による施術が可能になったことで、美容整形は「見た目を大きく変えたい人」や「必死になって老化を食い止めようとしている人」だけのものではなくなった。いまやミレニアル世代、さらには──めったにないことだが──Z世代[編註:1990年代後半以降に生まれた世代]までもが気軽に美容整形を受けられる。1997年生まれのカイリー・ジェンナーは、自身が出演するリアリティ番組「カイリーの生活(Life of Kylie)」で、15歳のときに唇が小さいことを男の子から指摘され、リップフィラーを受けたいと思ったと語っている。

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Merry Christmas ?

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中国で行なわれていた纏足[編註:女性の足が大きくならないように、幼少時からひもで縛っておく風習]や、19世紀ヨーロッパで流行した蜂腰[編註:蜂のようにくびれた腰]を見ればわかるように、女性が理想の美しさを手にするためには、外部からもたらされる「苦痛」に耐えなければならなかった。しかし、TVのリアリティ番組やソーシャルメディアを通じたセルフブランディングが当たり前になったことで、それぞれの女性が自ら美しさを追求できるという新たな秩序が生まれた。

やがてソーシャルメディアは、女性のパーソナルアイデンティティや、とりわけ若い女性が抱える「容姿に関する悩み」を利用して利益を得るようになった。19年10月、インスタグラムは自分たちの提供するフィルターから「美容整形に関連するエフェクトをすべて削除」すると告知。しかしそれは、「Plastica」や「Fix Me」といった、明らかに整形手術と結びついているエフェクトのみを削除するという意味だった。つまり、「インスタ顔」をつくりだすフィルターはいまも残っている。

容姿や資産、あるいはその両方に恵まれている人は、そうしたフィルターを有用だと思うかもしれない。判断するのが機械とはいえ、自分の容姿の問題点を把握できるのだから。マッキンゼーのコンサルタントも、まずは企業の問題点を把握することから始める。その後、問題のあるセクターを再構成し、利益を生み出さないものを処分し、ビジネスをよりよい方向に転換するのだ。

スミスが「インスタ顔」の台頭に気づいたのは5年ほど前だという。「リップフィラーが出てきてから、唇にしわのない人が増えました。そういう人たちにはとてもきれいに口紅が塗れます」。おかげで仕事が楽になった、と彼は冗談めかして言った。「これまでのわたしの仕事は、女性を『インスタ顔』のような顔にするためにメイクを施すことでした。でもいまでは、わたしのところに来る女性はすでにそういう顔を手に入れています。みんな、美容整形を受けているんです。素晴らしいでしょう? わたしはもう、苦労して高い頬骨をつくる必要はありません。その気になれば、誰もが自分で手に入れられるんですから」

なんだか奇妙な話です、とわたしは言った。人種的な側面を考えると、そう言わざるをえない。「インスタ顔」はつまり、アルゴリズムによって全人類の顔の要素を分解し、もっともよいものだけを使って再構築したようなものだ。そうしてつくられたものが「理想的な顔」として人気を集め、白人女性たちは白人でありながらエキゾチックな顔になろうとする。「ええ、確かに奇妙です」と、スミスは言った。「彼女たちに共通するのは、よく焼けた肌です。それから南アジアふうの眉と目。アフリカ系アメリカ人を思わせる唇。コーカサスふうの鼻。頬のつくりはネイティヴアメリカンと中東系の影響を受けています」

ただし彼は、インスタ顔の存在が人々の外見をよいものにすると考えていた。スミスは次のように語る。「間違いなく、女性はこれまで以上に美しくなっています。いまの世の中で何よりも大事なのは見た目です。これからもその傾向は強まるでしょう。誰もが自分なりのやり方で、いまよりもいい外見を手に入れたいのです」

正直、スミスの意見はあまりに楽観的だ。わたしは彼に伝えた。自分はまだ、「テクノロジーが人々の外見をインスタ映えするようにつくりかえている」という考えから抜け出せないと。「こんなことがずっと続くなんて、怖いと思わないんですか?」

「いえ……思います。恐ろしいことです」。スミスは答えた。

その気になればすべて手に入ります

ビヴァリーヒルズはLAの美容整形区域だ。照りつける太陽の下、ヤシの木とウィルシャーのデパートメントストアとサンタモニカのレストランに囲まれた二等辺三角形の区画には、1ブロックに少なくともひとりの整形外科医が住んでいる。水曜日の午後、わたしは地下にある狭い駐車場にレンタカーを停めた。地上に上がると「スプリンクルズ・カップケーキ」があり、その隣にはうさんくさい霊能力者のオフィスが見えた。わたしはそのまま目的の場所へと向かった。世界的に名を知られた、ある整形外科医の診察を受けるためだ。彼がインスタにあげるビフォー&アフターの動画は、たいてい50万回ほど視聴される。

診察を予約したのは、本当に美容整形を受けるためではない。わたしはただ、「美容整形を受けるミレニアル女性になる」という「体験」をしたかったのだ。一応、ボーイフレンドには本当のことを話しておいた(彼はわたしが猫みたいな顔になって帰ってくるんじゃないかと心配しているようだった)。

何週間か前、わたしは初めてSnapchatをインストールして、話題のフィルターをいくつか試してみた。結論としては、どれもよく「盛れ」た。つやつやと光る肌、シカのように長いまつげ、ハートみたいなかたちの顔……。夢中になって写真を加工しながら、わたしは自分が「インスタ映え」する顔をつくろうとしていることに気がついた。元からかわいい顔をしているミレニアル世代の女性たちが、もっと「インスタ顔」に近づこうとする理由がわかった気がした。女性が何よりも褒めてもらえるのは、若さとかわいさだ。また、フェミニズムが進むなかで、女性は「自己対象化[編註:第三者の視点から自己を観察する心理的状態。女性の場合は、外見上の美しさを期待する社会的な性の役割観を内在化していることが影響しているとされる]」の大切さにも気づき始めた。美容に力を入れることは、女性にとって何よりもコストパフォーマンスのよい努力なのだろう。

整形外科医のオフィスは、ゴージャスでありながら落ち着く場所だった。銀色のオアシス、と言ってもいいかもしれない。受付係が「アイ・ウォナ・ノウ」をハミングしながら問診票を渡してきた。内容は、主にストレスとメンタルヘルスについてだ。記入を終えてサインすると、アシスタントがやってきてわたしの顔を5つのアングルから撮影した。次に、カウンセラーの女性が部屋に入ってきた。豊かな髪と、とても優しそうなオーラが印象的だ。わたしは正直に話そうと心に決めて──別に嘘をつく必要などなかったのだが──慎重に話を始めた。

自分はヒアルロン酸注射もボトックス注射も受けたことはないが、いまよりも美しくなりたいと思っている。だから専門家の意見を聞いてみたかったのだ、と伝えた。カウンセラーはわたしの言葉を優しく受け止め、あなたの顔はそんなにいじらなくても大丈夫、と言ってくれた。だが、少し間を置いてから彼女はやんわりと言った。「あなたの場合、年齢を重ねるにつれてあごと頬のたるみが気になってくるかもしれません。そうなったらフェイスリフトを検討してもいいでしょう」

そのとき、名高い医師が部屋に入ってきた。外科医らしい強烈なオーラを放ち、ガラス職人を思わせる真剣なまなざしをこちらに向けている。わたしは彼に、カウンセラーに伝えたのと同じことを言った。「わたし、もっときれいになりたいんです。だから先生の意見を聞きたくて……」。そして、Snapchatで加工した自分の写真を見せた。医師は写真に目をやり、軽くうなずいてから口を開いた。「では、わたしたちに何ができるか見せてあげましょう」。彼はわたしの顔を自分のスマートフォンで撮り、壁に備え付けてあるスクリーンに映し出した。「わたしはFaceTuneが好きなんです」と、タップとドラッグを繰り返しながら彼は言った。

わずか数秒のうちに、スクリーンに映ったわたしの顔はSnapchatで加工したそれと同じになった。医師はわたしの顔を今度は横から撮影し、あごに「フェイスチューニング」を施した。ハート型の輪郭と、はっきりした頬骨ができあがった。「その気になればすべて手に入ります」と彼は言った。「あごと頬にヒアルロン酸を打ち、それから……顔の下半分の脂肪を落とすのに超音波を使うといいでしょう。あるいは、ボトックスで咬筋の働きを弱めて萎縮させることも可能です」

「もし患者が、あなたの顧客のセレブみたいになりたいと言ってきたらどうするんですか?」 わたしは尋ねてみた。「患者のほとんどは、うちの顧客のセレブの写真を持ってきますよ」と、医師は答えた。「そういうときは『無理だ』と伝えます。例えば、アジア人をコーカサス系の顔にするのは不可能です。たとえできたとしても、よい選択ではありません。似合うはずがないんです。でも、患者が『こんなふうになりたい』という具体的な特徴を挙げてくれれば、それをかなえることはできます」。彼は続けた。「とはいえ、求めるパーツが似合うパーツとは限りません。もしあなたが『あごまわりを細くしたい』と言ってうちにきたとしたら、わたしは『できない』と言うでしょう。あなたの場合、あごを細くすると男性的な顔になってしまいますから」

「わたしと同年代の患者が増えているというのは本当でしょうか?」

「ええ、増えています。10年ほど前までは、美容整形を受けるのは思慮の足りない行為だと思われていました。でもいまは、整形は『魅力的になる』ための手段として広く受け入れられています。だから若い世代がこぞってうちにやってくるのです。『修理』ではなく、『改良』するために」

「でも、顔を大きく変えるわけではないんですよね」。わたしは聞いた。

「ええ、そうです。うちの常連のセレブたちも含めて、みんなほんの少し顔を変えるだけです。5年前の写真といまの顔を見比べてみれば違いがわかるかもしれませんが、1日前、あるいは1カ月前の写真との違いは、まずわからないでしょう」

医師は最後まで真摯に話を聞いてくれた。わたしが心からのお礼を伝えると、アシスタントが部屋に入ってきて、わたしに合った整形プランと金額の一覧を見せてくれた。頬への注射は5,500ドル(約60万円)から6,900ドル(約76万円)。あごへの注射も同じく5,500ドルから6,900ドル。超音波を使った脂肪凍結(あごのラインを左右対称にするためのものだ)は8,900ドル(約98万円)から1万8,900ドル(約208万円)で、顎関節へのボトックス注射は2,500ドル(約27万円)だった。クリニックを出ると、ビヴァリーヒルズのまぶしい太陽がわたしを待っていた。もしもいま、自由に使える3万ドルが手元にあったらどうするだろうと想像し、なんだかおかしくなった。わたしは「フェイスチューニング」したあごの写真を友人たちに送ってから、現実の自分のあごに手を触れた。いまや突然ながら、取り替え(選択)可能になった肉と骨の集合体がそこにあった。

施術に満足して帰り、また戻って来る

ジェイソン・ダイアモンドは、リアリティ番組「Dr. 90210」にたびたび登場するカリスマ整形外科医だ。彼の顧客にはさまざまな有名人がいる。代表的なのは、リアリティ番組『ヴァンダーパンプ・ルールズ(Vanderpump Rules)』に出演する29歳の女優、ララ・ケント。彼女は以前、ダイアモンドのクリニックの前で撮った写真をInstagramに投稿し、「わたしは顔のありとあらゆるパーツに注射をした」と、オンラインサイトのPeopleで明言した。また、キム・カーダシアン・ウェストもダイアモンドの顧客だ。コルビー・スミスが、インスタ顔の「患者第1号」と呼んだ女優だ(「人々の望みは、キムのような顔になることなんです」とスミスは言っていた)。

数多くのドッペルゲンガーを生み出したキムだが、彼女自身は「大がかりな施術は一度も受けていない」と語る。受けたのはボトックスとヒアルロン酸注射のみで、あとは化粧で顔をつくっているという。さらに彼女は、自分の顔がどのように変化してきたかを世間に公開している。2015年、キムは自身のセルフィー写真集『Selfish』を出版した。この写真集は、「人間的に」美しいキムの写真で始まり、「機械的に」美しい彼女の写真で終わる。

わたしはダイアモンドへのインタヴューを取りつけた。彼のオフィスは、ビヴァリーヒルズの一角に建つビルの最上階にある。オフィスのなかのデスクには、クリッシー・テイゲンからのお礼のメッセージが飾ってあった(メッセージの下には、彼女の書いた2冊の料理本が置かれていた)。明るいブルーの瞳をもち、黒い手術着をまとい、スクエア・フレームの眼鏡をかけたダイアモンドの姿は、先日会った医師と同じく、一般的な整形外科医のイメージとはずいぶん異なっていた。彼は──ある意味では非現実的なほど──若かった。

ダイアモンドは以前、LAを代表する保守的な整形外科医の下で働いていたという。そこでは、メディアを利用した「自己宣伝」はタブーだと考えられていた。しかし2004年、「Dr. 90210」に出演しないかと声がかかったとき、彼は妻や看護師たちの反対を押し切って出演することを決める。「わかっていたんです。世界の誰も見たことがないものを、ぼくなら見せてあげられるって」。2016年になると、ダイアモンドは顧客のセレブの勧めでInstagramのアカウントを開設した。現在の彼のフォロワー数は25万人以上だ。ダイアモンドはInstagram上で、2児の父としての顔や、患者の友人としての顔も見せている。Instagramを使っている従業員は、ダイアモンドが患者に医師以外の顔を見せることについて肯定的なようだ。

ダイアモンドは何年も前から自身のウェブサイトを運営している。だが以前までは、サイトに推薦メッセージを提供してくれるセレブの患者はひとりもいなかった。「もちろん、ぼくから頼むこともありませんでした」と彼は言った。「でも驚いたことに、いまでは施術を受けたセレブの30パーセントが、ソーシャルメディアでうちの宣伝をしてくれます。あるときから急に、有名人がうちに通っていることが世に知れ渡ったんです。おそらく、Instagramがはやり出したのと関係しているんでしょう」。美容整形はフィットネスと同じぐらい身近なものになった、と彼は言う。「顔や身体に気を遣うことは、ウェルビーイングの観点からも重視されるようになりました。『見た目のよさを求めることはいいことだ』というのは、いまや暗黙の了解なんです」

気づけばわたしは、この表面的で実用主義的な高級クリニックに対し、汚れのない、透き通った「誠実さ」を感じていた。わたしはもう、患者のふりをする必要などなかった。患者に「もう隠しごとはしなくていい」と思わせることも、整形外科医の仕事なのだ。

わたしはダイアモンドに、「インスタ顔」についてどう思うか訊いてみた。「ご存じとは思いますが、世間ではこういう顔がはやっています。ベラ・ハディッドとキム・カーダシアンとカイリー・ジェンナーを足したような顔です」。わたしがそう言うと、ダイアモンドは答えた。自分は世界中の患者を見てきたが、国によって好まれる顔立ちは異なるので、あらゆる国民の顔に適した「テンプレート」は存在しない、と。「でも、“定数”はあります」と、彼は続けた。「左右の釣り合い、パーツの大きさ、全体の調和。ぼくたちが心がけているのは、バランスのよい顔をつくることです。キム・カーダシアンやミーガン・フォックス、ルーシー・リュー、ハル・ベリーといった女優を見れば、彼女たちに共通する要素がわかるでしょう。高い頬骨と、力強く突き出たあごです。また、あごの下のラインはまっすぐで、首と直角に交わっています」

「わたしたちはいま、有名人の顔を細かいところまで点検できてしまいます。しかも、多くの人が『その気になれば自分も同じ顔になれる』と考えているんです。でも、ある意味ではその通りなのかもしれません。それについて、先生はどう思いますか?」

「そのことについては、丸2日間話し合ってもいいぐらいです」と、ダイアモンドは言った。「うちにくる人の30パーセントはキムの写真、あるいはキムによく似た人の写真を持ってきます。と言っても、後者はまれなケースです。言うまでもなく、キム本人の写真を持ってくる人がほとんどです。そういうとき、ぼくはキムの顔を目標にするのが『よい判断』なのか、それとも違う顔を目標にしたほうが賢明なのかを患者に教えなければなりません。この仕事において、もっとも大変な瞬間です。20年の歳月と、何千回もこなしてきた施術の経験を基に、それぞれの患者に“解答”を用意するんです。望み通りにできるのか、できないのか。ときには、何らかの理由から『できるけどやらないほうがいい』場合もあります」。わたしは、自分が感じている「恐怖」についてダイアモンドに打ち明けた。もし一度でも注射を打ったら、そのまま止まらなくなってしまう気がすると。彼はこう答えた。「例えばうちの患者は、ほぼ例外なく施術に満足して帰っていきます。そして……また戻ってきます」

わたしたちは「依存症」という言葉について話し合った。わたしは言った。自分は髪を染めているし、ほぼ毎日化粧をしている。きっとこれからも髪を染め、化粧品にお金を遣うだろう。でもそれは「依存」ではなく「選択」だ(わたしはこのとき、哲学者ヘザー・ウィドウズの著書『Perfect Me』の一節を思い出していた。「選択には、不公平あるいは搾取的な習慣や行為を、公平あるいは非搾取的なものに変化させるような力はない」)と考えている。「施術のあと、患者は自分のことを以前よりも好きになっていると思いますか?」と、わたしは聞いてみた。

「それについては、個人的な意見でよければ答えられます。ぼくも施術を受けていますから」。彼は自分の顔を指さしながら言った。「例えば、ヘアサロンでとてもすてきな髪型にしてもらったとき、自分が最高の状態になった気がするでしょう。そのときの気分を、数段飛躍させたような感じです」

エスカレートする不安と欲望

ダイアモンドのオフィスに向かう途中、わたしは見覚えのあるカフェの前を通り過ぎた。淡い色合いの大理石のテーブル、ブロンドのウッドフロア、ずらりと並んだプルシアングリーンの観葉植物、ペンダントランプ、幾何学模様のタイル。ライターのカイル・チェイカは、こうした穏やかで情緒的な「感覚を麻痺させるほど美しい」空間を「AirSpace」と名づけた。AirSpaceがはやったきっかけは、ソーシャルメディアだ。ソーシャルメディアのプラットフォームというヴァーチャルな空間では、数億人が同じものを見て、同じことを感じ、同じものを欲する。そうした「連結した感情」をうまく利用して、AirSpaceは人気を集めた。

インスタグラムと同じく2010年に創業され、世界各国でコワーキングスペースを提供して一世を風靡し、現在は衰退の一途をたどっている有名企業、WeWork。一時は時価総額470億ドルにまで達し、自分たちの「風変わりな夢」に多くの人を巻き込んだこの企業も、古材とネオンサインと観葉植物を使った、似たようなコワーキングスペースを展開していた。消費者に直接商品を販売しているブランドは、よくポッドキャストの広告で「どこよりも高品質な電動歯ブラシ」や「食材の配送サーヴィス」を宣伝する。どの企業も「『選択』からの解放」という商品を提供しているのだ。どうやら、現代人は忙しさのあまり、自己実現のための複雑な手順を踏むことができないと考えられているようだ。みんな、誰かに生活を組み立ててほしいのかもしれない。キットを組み立てるみたいに。

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最後にビヴァリーヒルズで、もうひとり整形外科医の元を訪れた。彼もまた、Instagramのフォロワー数が30万人を超える有名人だ。わたしは医師に、自分はジャーナリストであり、今日は相談に乗ってほしくてここにきたのだと伝えた。彼はわたしの顔をいくつかの角度から点検し、あごに触れ、最初に会った医師とまったく同じ施術を提案してきた。しかし、値段は最初のクリニックよりも安い。クレジットカードを限度額いっぱいまで使えば支払える金額だった。

クリニックを出て、3人の女性と一緒にエレベーターで下に降りた。3人とも年はおそらく20代前半で、とてもかわいらしい顔をしていた。ホテルまでクルマを走らせながら、わたしはなんだか悲しい気持ちになった。もやもやして、どこか自意識過剰になっていた。わたしは美容整形に「一定の距離」を置いたうえで調査を行なっているつもりだった。「修理」ではなく「改良」のために手術を受けたがる、情熱的で実用主義的なミレニアルの患者になりきれていると思っていた。ところが、調査を終えてわたしの心のなかに残ったのは、長い間忘れていた不思議な感情だった。思春期のころに感じたような、際限のない欲求だった。

16歳のとき、わたしは化粧をして大学入試の面接に臨んだ。10歳のときに参加した体操競技会でも、たしか化粧をしていたと思う。6歳か7歳のときに撮ったバレエの発表会の写真には、マスカラとチークと口紅を塗ったわたしがうれしそうな顔で写っている。化粧をしていない女性の顔が「非常識」だと思われる世界で、わたしは自分の見栄えをよくすることに長い時間を費やしてきた。いったいなんの意味があったのだろう? 現在、デジタル社会に溢れ返るさまざまな情報は、わたしたちの個性と容姿の「市場価値」をはっきりと示す。そんな時代で、わたし自身はどんなふうに変わってきたのだろう? 日々進歩するデジタル技術とフィジカル技術のはざまで、人々の不安と欲望はエスカレートする一方だ。最終的に、どんな結末が待ち受けているのだろう?

Instagramを開き、話を聞いた3人の整形外科医のアカウントをチェックしてみた。彼らの投稿には数々のコメントがついている。「こういう顔になりたいんです!! 早くあなたのところに行かなくちゃ!」「羨ましい羨ましい羨ましい」「すみません、この施術は何歳から受けられますか?」 次に、1999年生まれの女性シンガーのアカウントをのぞいてみた。彼女は10代の歌手として有名になったあと、自分の顔を「完全に」つくり変えていた。

夕方、わたしは女友達と集まってLAで食事をした。友人のうちふたりは、定期的に美容注射を受けていると言った。確かに、ふたりともきれいな顔をしている。やがて少しずつ日が暮れ、LAの街を見下ろす高台に明かりが灯り始めた。不意に、自分が非情な未来の世界に生きていることを実感した。それから数日間、わたしは無意識のうちに、自分の顔をじっくり眺めるのを避けていた。

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