クライヴ・トンプソン

『WIRED』US版のコントリビューティングエディター。メールアドレスはclive@clivethompson.net

2014年夏、マーキー・ミラーは、自身の飲んでいたコーヒーが毒入りだったと知った。彼女の住むオハイオ州のトレド市は、水源をエリー湖に頼っている。そこに農業からの肥料が流出し、有毒な藍藻(シアノバクテリア)が増殖していたというのだ。市は午前2時に警報を発していたが、彼女がその警報に気づいたのは、モーニングコーヒーを口にした後のこと。「わたしはいま、体内に何を入れちゃったの? という感じでした」と、彼女は言う。

水道水を飲んだり洗濯に使用したりしないようにという警告は、2日で解除された。だが、怒りは簡単には収まらない。ミラーは自分たちの水を守るため、ほかの住民とも話し合って対策を立てることにした。だが、どうすればいいのだろうか? 湖が汚染されても、一市民である個人が法的手段に訴えられる最適な方法は存在しない。

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訴訟自体は、汚染を招いたとしてその原因をつくった者を、または汚染の原因を生んだ者の監督義務を怠ったとして、政府機関に対して起こすことができる。だが仮に勝てたとしても、抑止力になるほどの損害賠償金は得られない。被害者同士で協力して集団訴訟を起こす手もあるが、実行することになっても進展が遅いうえに、確実に勝てるとも限らない。腹立たしい真の問題はもちろん、汚染されていたのが湖そのものだという点にある──だが個人がそれを訴えることは不可能なのだ。というのも、法律の観点からすれば、この件に関して住民には「原告適格[編註:主に行政事件訴訟を原告として提起し、判決を受けることのできる資格]」がないからだ。

そのとき、ある活動家がこう提案した。「湖自身が原告適格をもつというのはどうでしょう? トレドの市民の手で、湖に法的権利を与えられる法律を通すというのは?」

ミラーたちはこうして、コミュニティ環境法的保護基金(Community Environmental Legal Defense Fund)の助言のもと、「エリー湖の基本的“人権”に関する宣言」を作成し、賛成票を入れてもらうようにトレド市民の6割を説得した。19年春、この法案は可決した。いまでは湖が汚染された場合、住民はいつでも「湖の代理人」として訴訟を起こせるようになっている。

──まるでSF小説の言い回しのように聞こえる。「裁判官、一連の質問に異議を申し立てます! 」と、川であるわたくしが法廷で言うのだ──

「異議あり!」と川が申し立てる時代

自然に人格を与えるという考えを支持する人々は、徐々に増えている。環境問題専門家は、湖や丘陵、河川、さらには植物の種のひとつひとつにまで権利を付与するよう、政府や裁判所に積極的に働きかけている。ニュージーランド議会はワンガヌイ川に法的権利を与え、コロンビアは採鉱によって何年も危機的状況におかれているアンデス山脈のパラモ・デ・ピスバ地域を「権利の対象」とした。米国全土では現在、およそ35の都市でトレドをまねた法案が可決されつつあり、フロリダ州では民主党が「自然の権利」を党綱領に明記した。

これはまるで、アーシュラ・K・ル=グウィンのSF小説から狂言回しを引っ張ってきたような展開だ。「川」が裁判官に向かっていきり立ち「裁判官、川であるわたくしは、この一連の質問に対して異議を申し立てます!」と声を挙げるのだ。だがわたしたちが思うほど、これは奇妙なことではなさそうだ。1972年、法学者のクリストファー・ストーンは、『樹木の当事者適格』という論文を発表した。彼はこのなかで、「裁判所は長い間、法人から船、胎児に至るまで、権利を有しながらも、訴訟には代理人という後ろ盾が必要な法主体を認めてきた」と主張しているのだ。

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さらに、自然それ自身に個々のアイデンティティが備わっているという概念は、何千年も前から存在する。こうした伝統的な考えは、ほぼすべての先住民文化に根づいていると言ってもいい。実際、この法的運動の中心的な位置にいるのは先住民のグループだ。先に挙げたワンガヌイ川の権利を主張したのはニュージーランドのマオリ族で、現在は川の後見人を務めている。ミネソタ州のホワイトアース居留地では2018年、チペワ族の部族裁判所がマコモ[編註:イネ科マコモ属の多年草]に法的権利を与えると決定した。部族の一員で弁護士のフランク・ビボーは、マコモは「わたしたちの移住と創造の歴史に組み込まれているのです」と語る。