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ジア・トレンティーノ

『ニューヨーカー』誌スタッフライター。最近は、若者の「電子喫煙」についての調査や、性的暴行に関するエッセイを執筆。以前は『Jezebel』のデピュティ・エディターや、『Hairpin』のコントリビューティング・エディターを務めていた。テキサス州育ち。ヴァージニア大学入学後、平和部隊に参加してキルギスタンに滞在。2019年8月に初の著書となるエッセイ集『Trick Mirror』が刊行された。(@jiatolentino

バーバラ・エーレンライクは1941年、一族の故郷であるモンタナ州ビュートに生まれた。先祖の男性はほとんどみな、近くの炭鉱で働いている間に指を失っていたという。だが彼女の父親は夜学に通い、カーネギーメロン大学へ進学するための奨学金も得る。一家は大学があるペンシルヴェニア州ピッツバーグに移り住み、そこで中産階級へと成長することになる。エーレンライクは大学で物理学を学び、細胞生物学の博士号を取得している。60年代後半、当時の夫だったジョン・エーレンライクと共に、ヘルスケア運動の組織や反戦運動にかかわるようになる。

以来、数十年にわたって、エーレンライクは、作家として、またアクティヴィストとして、労働者階級と中産階級を架橋しようとしてきた。69年に最初の2冊の本(化学関係の著作と、学生の抗議活動に関する夫との共著)を出した後、70年代に入ると、当時大きな影響力をもっていたフェミニスト誌『ミズ』に書き始め、広範な読者を集めるようになる。これまでの著作は、低賃金労働の過酷な実態を描いた2001年のベストセラー『Nickel and Dimed(邦訳=ニッケル・アンド・ダイムド〜アメリカ下流社会の現実〈東洋経済新報社〉2006)』、ウェルネス業界や、支配という幻想を論じた18年の論争的な『Natural Causes』を含め、20作を超える。新著『Had I Known: Collected Essays』は、健康から経済、フェミニズム、“ブルジョワのぶざまな失敗”、神、科学、悦びまで、多岐にわたるテーマについて考察した過去40年の作品を編んだものだ。

わたしは最近、ワシントンD.C.郊外の自宅に彼女を訪ねた。マンションの5階にあるお宅は、本人と同じように、飾り気はないけれど居心地のいい場所だった。サイドテーブルには雑誌が積まれ、棚には本がぎっしり詰まっていた。週末、暗闇で洗濯かごにつまずいて──彼女の言葉ではかごに「襲撃されて」──腕を骨折してしまったそうで、出版社のトゥエルヴ・ブックスの広報担当者に連絡を入れて、わたしたちのためにサンドイッチと飲み物を用意させてくれていた。事前に彼女のほうから、食べ物の好みや食事制限をしているものはありますかとメールで尋ねられた際には、サンドイッチはだいたい何でも好きですが、マヨネーズは入っていないほうがいいです、と伝えていた(このチョイスはあとで議論の的になった)。

そういうわけで、わたしはマスタードソースのターキーサンド(エーレンライクはチキンサラダサンド)を選んだ後、小さなサンルームに通され、ふたりで腰をかけた。そこからはポトマック川が見わたせ、ストレスの多い首都の穏やかな光景が拡がっていた。エーレンライクはお気に入りのラタンのソファに身をあずけ、足を伸ばし、吊り下げている右手をおそるおそる安定させた。のちに、新型コロナウイルスの影響でアメリカ全土が活動を停止してから、彼女とはもう一度、電話で話をした。以下は、これら2回の話の内容をまとめたものだ(長さを調整したり、意味内容を明確にするために編集を加えている)。

ナルシシズムは“リッチ”なテーマ

──「今朝起きて自主隔離した。毎朝やってることだけど」とツイートされていましたね。作家の生活がそういうものだからこそ、こうしたかたちでお話もできるというものです。

本当にそうですね。老人は外に出るなとも言われてるでしょう。だからこうして“外”に出てきたわけです。

──新型コロナウイルスは個人主義の限界やセーフティネットの欠如を浮き彫りにしました。あなたがこのところ考えていらっしゃるのも、そういったことでしょうか。

もう、ずっとムカムカしてますよ。主に、有給の病気休暇がないことについてね。わたしたちは米国であまりに無防備な状態に置かれていることがわかりました。単にセーフティネットがほとんど、あるいはまったくないというだけでなく、緊急時の備えや社会インフラもないんですよ。ほかの場所、例えば息子がいるバルセロナなんかもそうだけど、災害があったときには、もっと連帯感が生まれるものなんです。(作家の)レベッカ・ソルニットが見事に論じているようにね。けれど、わたしたちにはそういった連帯感があまりない。先史時代にさかのぼれば、人間は協力し、団結することで、多くのことを乗り越えてきました。都市をつくり、灌漑農地をつくった。わたしたちはもうそうした能力を失ってしまったのか、わたしにはわかりません。

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