スー・ハルパーン

『ニューヨーカー』誌のスタッフライター。ベストセラーとなった『A Dog Walks into a Nursing Home』、エミー賞にノミネートされた映画にもなった『Four Wings and a Prayer』を始め、7冊の著書がある。過去には雑誌『Mother Jones』『Ms.』『Smithsonian Magazine』のコラムニストも経験。

2020年1月、スウェーデンの起業家であるヨアキム・ハルティンは、ホテルの予約を効率化する新しいデジタルアプリ「Sidehide(サイドハイド)」を共同で開発した。数週間後、ヨーロッパで最初の新型コロナウイルスの感染確認例がいくつか報告された。それとほぼ同時に、ハルティンはわたしに「需要がなくなった」と告げた。

Sidehideはパンデミックが起こる前、人工知能(AI)と顔認証を使った本人確認のシステムを提供しているロンドンを拠点とする会社の「オンフィド(Onfido)」と提携していた。ユーザーが抗体検査をプライヴェートサーヴァーにアップロードして、顔の生体認証データを使ってロックを解除し、結果を表示する方法をオンフィドがつくり出したと知ったハルティンは、この機能を自分のアプリに組み込んでほしいと同社に頼んだ。

Sidehideは、「免疫パスポート」と呼ばれるものを備えて、マイアミのいくつかのホテルで再びローンチされることになった。新型コロナウイルスの抗体検査を受けて抗体をもっているとされたユーザーは、その情報をQRコードに入れ、ホテル到着時にスタッフがそれをスキャンするのだ。マイアミでのローンチはテスト、つまりPoC(概念実証)だ。もしうまくいけば、旅行業界を復活させるのに役立つだろうと、ハルティンは期待している(デルタ航空やヒースロー空港の職員は、免疫パスポートに興味を示している)。ハルティンによると、狙いはホテルのスタッフに「その宿泊客が安全」だと知らせることだという。

オンフィドは2020年4月に、ヴェンチャーキャピタルから1億ドル(108億円)の資金を調達した。オンフィドの弁護士はこの取引を発表したプレスリリースのなかで、同社はパンデミックによって「オンライン投票やパスポートやビザの申請から、ユーザーのプライヴァシーを損なうことなくウイルスの拡散を追跡するコンタクトトレーシング(接触者追跡)の安全な実行方法に至るまで」、幅広い「新たなユースケースに取り組む」機会を得た、と記した。

オンフィドは最近、外出禁止令を解除する方法を考えている英国議会の科学技術委員会に対し、免疫パスポートの開発を含む提案を行なった。議員たちは、新型コロナウイルスから回復した人に仕事復帰と外出禁止期間中の自由な移動を許可する文書の発行を予定しているチリ政府の後を追っている(オンフィドはまだそのプログラムには取り組んでいない)。チリの医学会(そして、ウイルスに感染したことがある人が再感染に対して免疫をもっているかどうかや、感染を拡げる力がないかどうかを判断するには時期尚早だとする世界中の感染症専門家)からの反対を受けて、政府はこの文書を免疫パスポートではなく、「解除証明書(release certificates)」と呼び始めたが、どちらにしてももたらすものは同じだ。

オンフィドのCEOであるフサイン・カッサイはわたしに、「『社会として、ウイルスに感染して回復した人がそのことを伝えるのは受け入れられるのか』というのは、いい質問ではありますが、わたしたちが答えるべきものではありません」と語った。

離れた位置から陽性をスキャン

ほかの会社も似たようなプロダクトを売り込んでいる。「covi-Pass(コヴィ・パス)」は、QRコードに似た独自の暗号画像「Vコード」を使った免疫パスポートで、100m離れた位置からでもスキャンできる。これを使うと、その人が抗体検査で陽性判定を受けているかどうかがわかる。ウイルス検査で陰性とされていれば、緑のライトが点灯する。ウイルスに感染しているか、抗体をもっていないことが検査でわかっている、もしくは検査結果の有効期限が切れている場合は、赤が点灯する(再検査が必要な時期になると、黄色いライトがつく)。


抗体タトゥーが一般的になった世の中を描く、藤井太洋のSF短編
TF
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このアプリを使えば、入り口に仮想的な境界線(ジオフェンス)を設け、赤いライトが点灯した訪問者にビルやスタジアム、学校への立ち入りを禁止することができる。「すべての政府が国際的な健康パスポートの導入に向かうと思います。健康パスポートは運転免許やパスポートを携帯するのと同じくらい一般的になるでしょう。なぜなら、パンデミックが起こるのはこれが最後ではないからです」と、covi-PassのCOOであるアダム・パルマーは語った。