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※ 後篇は12月1日に掲載いたします。

初めてジェットパックで空中に浮かぶとき、奇妙な現象が起こる。体が地上を離れようとする瞬間、脚がバタバタと「泳ぎ始める」のだ。血管にアドレナリンが流れ込む。足の虫様筋がきゅっと縮み、足指で必死に地面をつかもうとする。どうやら、平衡感覚には欠かせない前庭系には、いま起こりつつあることが信じられないらしい。これは自然の摂理に反している、とでもいうように。突然強い推進力がかかり、体が空中に舞い上がる。数百万年の進化を一瞬で体験し、二次元が三次元になる瞬間だ。緯度と経度に高度が加わるのだ。

この離陸の瞬間こそが、1世紀もの間ジェットパックが多くの人を惹きつけてきた。人は航空機以外の方法で空を飛ぶ夢を長らく見続けてきたが、現行の飛行方法はどれも(パラシュートもハンググライダーもウィングスーツも)「離陸の瞬間」をもたず、要はゆっくり落ちていく時間を延ばそうとしているにすぎない。

「まさに筆舌に尽くしがたい、圧倒的な感情が、体の奥底から湧き起こる感じです」とリチャード・ブラウニングは言う。茶色の髪にひげを生やし、持久系スポーツのアスリート特有の引き締まった体をもつブラウニングは現在41歳。ジェットパックを製作するスタートアップ、グラヴィティ・インダストリーズ(Gravity Industries)の創業者であり最高経営責任者(CEO)でもある。そのスローガンは「1,000馬力のジェットスーツをつくる会社」だ。

彼はまた会社のメインデザイナーであり、チーフテストパイロットでもある。3年前にグラヴィティを立ち上げて以来、ブラウニングは数千回の飛行を経験してきた。30カ国以上でライヴ・デモンストレーションを行ない、ギネスブックに2回載り、YouTubeにアップした飛行動画の視聴回数は1,000万回を超えた。それでも彼は最初に離陸したときのことを覚えている。2016年11月、場所はソールズベリーの自宅から数分のところにある農家の庭だった。

当時ブラウニングは石油業界の巨大企業であるBPに勤め、石油取引を仕事にしていた。しかしもともと彼は新しいことに挑戦し続け、自分の限界を拡げずにはいられない性分だった。ウルトラマラソンに出場し、キャリステニクスという厳しい自重系トレーニング(逆立ちしたまま腕立て伏せをしたりする)に夢中になった。英国海軍予備隊に6年勤め、グリーンベレーも獲得した。

BPでは船のGPSトランスポンダー(無線中継機)をモニターすることによって、世界的な石油の動きを追跡する革新的な方法を開発した。このシステム開発にかかった予算は2万ポンド(約280万円)だったが、そのおかげでBPは6カ月で5,000万ポンド(約70億円)ものもうけを得たのだという(いまではそれと同じようなシステムが業界の標準になっている)。「常に何かそれまでとは違うこと、スケールが大きくて普通じゃないことをやろうとする人なんです」とブラウニングのかつての同僚で、現グラヴィティの最高執行責任者(COO)、マリア・ヴィルダフスカヤは言う。

マイクロガスタービンが生んだ「深遠な瞬間」

2016年の春、ブラウニングはネットでジェットエンジンを購入することにした。これはあながち衝動買いだったわけでもない。彼はそもそも飛行機や飛行船の操縦士の家系出身なのだ。母方の祖父サー・バジル・ブラックウェルは英国の航空宇宙会社ウェストランド・ヘリコプターズ(Westland Helicopters)の前CEOであり、戦時中はパイロットだった。父のマイケルも航空エンジニアであり、多くの発明品を考案した発明家でもあった。

子どものころ、寄宿学校から休暇で帰ってくると、ブラウニングは父の工房に入り浸って過ごした。父と一緒にバルサ材で模型グライダーをつくっては、近くの丘まで飛ばしに行ったりもした。「父と祖父のおかげで、たぶん10歳になるころにはジェットエンジンの仕組みを説明できるようになっていたと思います」とブラウニングは言う。

ブラウニングが購入したのはマイクロ・ガスタービン・エンジンだった。基本的にジェットエンジンのミニ版であるマイクロ・ガスタービンは、超高速で圧縮した空気を燃料(通常は時ケロシン)と共に燃焼させることによって推進力を生み出す。民間航空機を飛ばすには小さすぎるが、近年アマチュア愛好家の熱意や軍事訓練用ドローン市場の成長拡大のおかげで、この分野のテクノロジーは急速な発展を遂げている。

「マイクロ・ガスタービンの世界を引っ張ってきたのは模型飛行機の愛好家たちです。彼らは何ものにも縛られずにそのテクノロジーを進化させてきました」とブラウニング。最大の進化のポイントはそのサイズだ。コーラの2lボトルとそれほど変わらない大きさで、重さわずか1.9kgのエンジンが22kgもの推進力を出せる。これをいくつか組み合わせたら、人を飛ばすのに充分な力も出るはずだ、と彼は考えた。