※前篇から続く

垂直農法(ヴァーティカルファーミング)のコンセプトはシンプルだ。作物を畑に並べるのではなく、垂直に積み上げて栽培する。太陽の代わりに人工の光を使用し、生産者は通常土がある場所に栄養価の高い水を用いる。「エアロポニックス」なら、均等に噴霧されるミストを用いる。

垂直農法は、従来の農法に比べてわずかな土地しか使わない。水をほとんど使用せず、汚染された農薬を生態系に流さず、実際に人が住んでいる場所に建設することができる。しかし全般的に、ビジネスとしては機能していない。闇市場の大麻や、実入りがよく輸入の多い日本のフードエコシステムでしか利益が得られない。中規模の垂直農場を建設するには、何十万ポンドの費用がかかり、エネルギーの使用量も法外だ。

技術の進歩がこの状況を変えつつある。自動化、機械学習、クラウドに接続されたソフトウェアを垂直農法に取り入れることで、企業は肉体労働を減らし、生産能力を高め、目まぐるしく移り変わる栽培中の変化にも対処できるようになった。

オートメーション革命

ベルリンの新農場(シュパンダウの南東約23kmに位置するテンペルホーフ地区にある)とは別の事務所で働くInfarm(インファーム)のスタッフは、巨大なCCTVルームのような「Farm Control Cloud Platform」を介してCO2レヴェル、pH、成長サイクルなど、1,220ある店内ユニットのいずれかで設定された「プラント・レシピ」を追跡している。機械学習によってレシピが最適化され、各植物は可能なかぎり均一に保たれている。

機械技師、電気技師、ソフトウェア開発者、作物学者、生物学者など、ガーテンフェルト島の従業員は農作物のそばにいるが、しかし「かろうじて」と言っていい。従業員らはiPadを介して監視し、建物内の4つの巨大な栽培室(ファーム)に作物を送り込む。栽培室はそれぞれロンドンバス2台分ほどの高さと幅があり、控えめなタービンホールのような音を立てる換気システムを備えている。

そこから先はロボットが懸命に働く。農場の内部では「植物修復システム(plant retrieval system)」というロボット──大仰なUFOキャッチャーのような機械──が垂直の梁を上下に動きながら、異なる成長段階にある植物のトレイを持ち上げ、頂上のLEDライトに近づけたり遠ざけたりする。同社によると、これで作業時間が88%短縮されるという。

装置は1カ所だけ細い窓から直接確認できるようになっているが、あとは害虫を防ぐために全て密閉されている。「オートメーションの場合、一度投資をすれば時間と共に作物の価格は下がります」と言うのは、インファームのハードウェア研究所の責任者オリエ・ソファだ。「人間の労働力では、残念ながら、時間とともに価格は上がります」

作物の種類は生産量によって異なるが、通常各「農場」は一度に300弱の作物を栽培している。それぞれの農場では1万平方mの土地と同等の収穫量があり、水の使用量は食物1kg当たりわずか5リットルだ(従来の野菜栽培では1kgあたり約322リットルの水を使用)。

この革命はインファームだけにとどまらない。ニュージャージー州ニューアークに拠点を置くスタートアップAeroFarms(エアロファームズ)は、布をかぶせて葉と分離させた根っこにエアロポニックスのミストを散布している。直近の資金調達ラウンドでは、スウェーデンの大手家具メーカー、イケアの親会社であるIngka Group(インカ・グループ)が主導した。

ニューヨークのBowery Farming(バワリー・ファーミング)は、インファーム同様、オートメーションに重点を置き、「BoweryOS」と呼ばれる独自のダッシュボードを使って、分析のために作物の写真をリアルタイムで撮影するなどしている。同社の1億2,300万ポンド(約180億円)の資金は、シンガポールの政府系ファンドTemasek(テマセク)をはじめとする投資家が出資している。バワリーのCEO兼創業者のアーヴィング・フェインは、同社の獲得可能な市場について「わたしたちが適切だと考える作物で、米国内だけでも年間およそ1,000億ドル(約11兆円)になる」と述べている。

垂直農法のヴェンチャーキャピタル’(VC)レースをリードしているのは、サンフランシスコに本社を置くPlenty(プレンティ)で、13年の設立以来5億ポンド(約740億円)の資金を集めているが、そのなかには孫正義による1,000億ドル(約11兆円)規模のソフトバンク・ヴィジョン・ファンドが主導した20年のシリーズDラウンドが含まれる。プレンティは高さ6mの支柱から滴る水で野菜を栽培し、赤外線センサーから送られるデータに応じてアルゴリズムが植物の成長レシピを調整している。

インファームのふたつのUSP

ワイオミング州にあるプレンティのテストファームで働く同社の共同設立者兼チーフ・サイエンス・オフィサーのネイト・ストーリーは、こうしたディープテック・ソリューションを直近の農業革命を支えたツールになぞらえている。「トラクターのおかげで農家はしがらみから解放されました。かつて土地の半分は役畜の飼育にあてられていましたが、トラクターの登場によって、土地を耕すために動物を世話するという生活から解放されたのです」

農家にとってオートメーションは似たようなものだ、とストーリーは言う。「いちばん大変な仕事──不快な仕事や(生産者が)やりたがらない仕事──がなくなり、本当に重要な仕事に集中できるのです」

グロピウス・バウ美術館内のレストラン「ベバ」の店内に設置されたインファームの売店
icon-picturePHOTOGRAPH BY ÉRIVER HIJANO

インファームはふたつの点でライバルとは違う戦略をとっている。ひとつ目は、モジュール設計に力を入れている点だ。互換性と拡張性を備えた各コンポーネントは、巨大で騒々しいレゴセットのようだ。モジュール方式のおかげで、サイズを問わず世界のどこであっても数週間でインファームのユニットを設置できる。

そしてこれこそが、同社のふたつ目のUSP(独自の強み)であるビジネスモデルを可能にしている。インファームは店舗をもたずに、遠隔ユニットを通じて生産物を販売しているのだ。

クライアントはインファームに欲しい作物を伝え、「スケジュールを作成します」と共同創業者のオスナット・ミカエリは言う。「クライアントが植物を購入したら、農場内のあらゆることはテンペルホーフで制御します。栽培されたものは全てクライアントのものです」。

例えばシェフが、3日間熟成させたギリシャ産とイタリア産のバジルでつくったペスト(pesto)を必要とするかもしれない。インファームならその要求に応えられる(ベルリンで最も有名なシェフ、ティム・ラウエはインファームの顧客だ)。「誰もが足を止めて、この農場について尋ねます」と、ベルリンのある店舗のマネージャーは言う。「ここにイノヴェイションがあるのは素晴らしいことです」

インファームには「ふたつの大きなアドヴァンテージがあります」と話すのは、ネヴァダ州に拠点を置く、アグテック投資会社Contain Inc(コンテイン・インク)の創業者、二コラ・カースレイクだ。「ひとつは、オンサイトで生産する手段を確立したこと、これは決して容易なことではありません。そしてもうひとつは、マーク&スペンサーのような大口顧客といい関係を築いていることです」

「この業界で軍拡競争が起こっているのがどこかといえば」と彼女は続ける。「ふたつの分野に集約されるでしょう。できるだけ多くの資本を得るにはどうしたらいいか、適切なパートナーと契約するにはどうしたらいいか。マーク&スペンサーが背後に控えていれば非常に便利です」

これは、投資家が小切手帳を開くのを促すことにもなる。ロンドンのVC、Atomico(アトミコ)のパートナー田村裕之は、18年に初めてインファームの創業者3人と会った。その1年後、田村は7500万ポンド(約110億円)のシリーズBラウンドを主導した。「創業者3人は事業を本格的に展開することができました」と田村は言う。「それはうまくいったし、そのための工業規模の倉庫も必要ありませんでした。わたしはあっという間にウサギの穴に落ちました。驚くべき体験でしたね。うわ、この人たちは時間とスピードを考慮して、モジュール化を売り物にしようとしているんだ、と」

ハードウェアとAIプログラムの連動

インファームは収益の一部を研究に還元している。ベルリンの西郊、シュパンダウにあるガーテンフェルト島の農場の上にある中二階のラボでは、白衣を着た12人のアナリストたちが、アリアナ・グランデのサウンドトラックに合わせてハーブのテストを行ない、作物の糖度、酸性度、ビタミン、毒性、抗酸化物質などを測定している。環境に応じた生物の特徴を調べる「フィーナタイピング(phenotyping)」と呼ばれるプロセスを通じて、より風味豊かな植物や、まったく新しい味を生み出そうとしているのだ。

「これはハードウェアだけの問題ではありません」とコンテイン・インクのカースレイクは言う。「ハードウェアが、残りの農場システムとどのように相互作用するかが重要なのです。そしてこの点に関してはかなり洗練されてきています。というのも、こうした企業が3~4年前から始めたAIプログラムが現在、実を結び始めているからです」

同社の生産物は高品質だ。瑞々しいレタス、パンチの効いたわさびロケット、格安のものとは比べ物にならないほど香り高いバジル。「弊社の活動のほぼ全ての最終目標は、ある種のプレイブックのような、モジュール化され標準化されたシステムを開発して、あらゆる場所でコピー&ペーストできるようにすることです」と話すのは、インファームのプラントサイエンス・ディレクター、パヴロス・カライツォグルーだ。

Pavlos Kalaitzoglou

インファームの作物学ディレクター、パヴロス・カライツォグルー。ベルリンの研究室にて。 PHOTOGRAPH BY ÉRIVER HIJANO

ラボの向かいでは、ワインセラーほどの大きさの部屋でトマトとシイタケが栽培されている。これらは、エネルギーや水の消費量が少なくて済むことから今日の垂直農法事業の主要な作物となっている、ハーブや葉物野菜以外にも、同社が多様性を探求している証だ。

わたしたちは、農業によって地球を滅ぼす危殆に瀕している。農業はすでに、地球上の居住可能な土地の40%を占め、食糧生産は温室効果ガス全体の4分の1を引き起こしている。土地の光合成の最大4分の1を担う、スコットランドほどの面積の熱帯雨林が毎年消滅している。急増する人口を養うために、さらなる森林伐採を行なっても助けにならない。

「わたしたちは初心に返って、環境的に追求できる道を再考する必要があります」と話すのは、サイレンセスターの王立農業大学教授二コラ・キャノンだ。窒素肥料は特に環境に悪影響を及ぼす、とキャノンは続ける。「この惑星の限界を優に超えたシステムを採用することになってしまったのです」

現在の食料システムは極めて非効率的で、廃棄物は全カロリーの25%を占めている。にもかかわらず、世界中で10億人近くの人々が飢えに苦しんでいる。これらは垂直農法で解決できる問題ではない、と批評家たちは主張する。ローカルでの地産は、消費者を満足させるくらいだろう、と。

エネルギーもまた厄介な問題だ。現在のインファームの電力の90%は再生可能で、今後数年間でゼロエミッションを目指している。しかしこれには、鉄鋼とセメントによる施設を建設する際の環境コストは考慮されていない。

鍵となる「ハイツの法則」

「垂直農法は、世の中の大きな流れへの貢献という意味では、ほんの微力です」とミネアポリスを拠点に活動する環境科学者のジョナサン・フォーリーは言う。「多くのVCを獲得してシリコンヴァレー的思考から生まれた大半のテクノロジー同様、垂直農法も実際のソリューションを犠牲にして過剰に喧伝されています。こうした技術、資金、(必要な他のことにも使える)再生エネルギーを、1oz(約28ℊ)当たり10ドル(約1,100円)という、裕福な人々向けのルッコラ栽培に投入するには機会費用がかかります」

世界の食料エネルギーの半分以上は、3つの「メガクロップ(mega-crops)」が供給している。小麦、トウモロコシ、米だ。これらは現在の垂直農法では再現できない風や季節や微量栄養素を必要とする。ソマリア、バングラデシュ、ボリヴィアで飢饉を防ぐことができるのは、レタスではなくこうした作物だ。「垂直農法は、皿の中心ではなく、皿の端っこを栽培しています」とフォーリーは言う。

しかしコロンビア大学のディクソン・デスポミエ教授は、作物の多様性などの問題に対処できていないからといって、この若い産業を批判するのは早計だと言う。「いま実際に目にしているのは、垂直農法の事業者たちが多角化を始める前に、一歩を踏み出し、帳簿を黒字にし、投資家に報いるために急いで収益を出そうとしている場面です」

「土地や資源が無限にあると考えられる世界では、屋内農業は意味をなさなかったでしょう」とプレンティの共同設立者、ストーリーは言う。「それこそ太陽を電気に置き換えるくらい突拍子もないことのように思えますが、今日では合理的です。そして時間が経てば経つほど、ますます理に適ったものになっていきます」

垂直農法が担う期待の大半は、発光ダイオードにかかっている。この小さなビーズ状の光は、業界の荷馬車だ。つまり、農場の財務で最大の位置を占め、最もエキサイティングな進歩の核なのだ。現代のLEDは、あなたが子どものころテレビに使われていたものとはまったく違う。その進歩は目覚ましく、実際、順守すべき独自の法則「ハイツの法則」──10年ごとにコストは10分の1に減じ、生成する光量は20倍に跳ね上がる──が生まれたほどだ。

専門家によると、この曲線はいずれ平坦になるという。しかしそれはLEDの性能が向上し、垂直農法が皿の真ん中付近の食料から利益を得られるようになってからの話だ。インファームの現在のスマートLED装置は、最初の農場で使用したものより50%以上効率がいい。ハイツの法則は、葉物野菜よりもはるかに多くのエネルギーや水を必要とするポテトの栽培実験を行なう企業の役に立っている。1エーカー当たりのカロリーが最も高い作物から利益を上げるのは、業界にとって重要なことだ。

現在のLEDの最先端技術といえば、光の明るさやスペクトルを調整し、屋外での栽培を再現──あるいは強化──するスマートセンサーだ。この惑星の最初の植物相の大半は海中でしか育たなかったが、海は青い光をほとんど吸収しないため、青く見える。そのため光合成は、青と赤の光スペクトルの間で最も活発になる。LEDをこれらの色のみで発光させたり、植物の自然なサイクルに合わせて調光したりすれば、垂直農法はエネルギー負担をさらに減らすことが可能だ(喩えるなら、ロードカーの走行スピードを上げるために、ぎりぎりまで軽量化するようなものだ)。

最近の発見はさらに驚きをもたらした。例えば、イチゴは緑色の光に特によく反応する。また、キウイなどの濃縮果実に含まれるビタミンCを増加させる特定のスペクトルや、賞味期限を1週間近く伸ばすことができるスペクトルもある。将来的には、と話すのはLED企業Heliospectra(ヘリオスペクトラ)の栽培者フェイ・ジャーだ。「ライティングや植物そのものから照明をどう当てるべきかのフィードバックを得て、作物の品質の安定性をさらに高めていくことができます」

「いまあるものから判断すれば、[批評家が]言っていることは理解できます」とインファームの共同創業者ガイ・ガロンスカは言う。「どうやって米や小麦を栽培し、世界を救うのか? 確かにそのとおりです。でも批評家たちには10年先が見えていません。いずれこの改革を支持するはずの、さまざまなトレンドが見えていないのです」

真の自給自足に近づく

その他の技術的進歩も、いろいろな形で農業を支援している。ドローンやセンサーは、栽培のマッピングや合理化に寄与している。点滴灌漑は、減少傾向にある水資源の負荷を劇的に軽減する。(ある工程で発生した廃棄物が別の工程の燃料になる)循環型生産は、とくに畜産業で一般的になりつつある。細胞培養や昆虫をベースにした肉(または菜食主義)は、地球上の作物の45%を消費する家畜への依存度を下げる。

インファームをはじめとする幅広い垂直農法の仲間たちは、いま、世界を救っていないかもしれない。しかしさらなる高層農場を建設し、それらを学校などの公共施設に設置して、人々に新鮮で健康的な野菜の価値を教えたいと願っている。人口の70%が都市に住むようになれば、都市は「こうした成長するコミュニティになることができます」とインファームの共同創業者エレス・ガロンスカは言う。

最終的に、インファームは自動化された何万もの農場ネットワークを構築し、各農場からベルリンの巨大なAIシステムに次々とデータが送り込まれてくる、という状況を目指している。ガロンスカが言うところのこの「頭脳」は、こうした情報をアルゴリズムに投入して、質の高い食物を低コストで生産したり、新たな収穫の度に必要な水、エネルギー、栄養素を少しずつ削減したりしていく。こうしてインファームは、ガロンスカがカナリア諸島に残してきた夢──真の自給自足に近づいていくのだ。

ガロンスカが他のふたりと一緒に自宅の居間でつくった水漏れのする手づくりガジェットから、ずいぶんと離れたところまできた。「いまや世界は、誰が見ても明らかに間違った方向へ向かっています」とガロンスカは言う。「ぼくたちはコラボレーションの力を100%信じています。既成概念に囚われない発想で、より多くの、より質の高い食物、さらなる持続可能性をもたらし、この星を癒す手助けとなる新たなシステムを構築できると信じています──なぜならそれこそが、いま取り組むべき主要問題だからです」