グレゴリー・バーバー

『WIRED』のスタッフライターとしてエネルギー環境をテーマに記事を執筆。コロンビア大学でコンピューターサイエンスと英文学の学士号を取得し、現在はサンフランシスコ在住。

2020年の夏、オランダ出身で現在はオクラホマに住む、長身でぼさぼさの髪をしたダーク・スピアーズは「シボレー・ボルト(Chevrolet Bolt)」にさらなる問題が見つかったというゼネラルモーターズ(GM)からの最新情報を受け取った。

かつてGMが放つテスラ・キラー(米国初の真の大衆用電気自動車)と謳われたボルトはその前の年、同社にとってじわじわと進行する災害のような存在になり始めていた。所有者が一晩中充電したままにして大きな火災になったケースがいくつか発生し、リコール(回収・無償修理)の対象になったのだ。発火の原因は、韓国のLG化学が製造したリチウムイオン電池の欠陥だった。

エアリアン・マーシャル

自律走行車、交通政策、都市計画、そして人気のテーマ:交通渋滞を打破する方法(実際には無理)などについて執筆。志の高いクルマ通勤のニューヨーカーだが、拠点としているサンフランシスコを贔屓にしている。『WIRED』の前は『The Atlantic』のCityLab、『GOOD』、農業専門誌『Agri-Pulse』に寄稿。

今回、GMはリコールの対象を17年以降に全世界で販売した14万1,000台のすべてのボルトに拡大していた。修理は膨大な作業となる。ほとんどのガソリン車に使われているオーブントースター・サイズの鉛蓄電池とは異なり、ボルトのリチウムイオン電池パックは同車のホイールベースいっぱいに搭載され、重量は960ポンド(約435kg)もある。バッテリーパックはデリケートで取り扱いが難しい数百個のバッテリーセルでできており、修理のために分解するのは危険で、扱いを誤ると有害なガスが発生したり発火したりするおそれがあった。

GMがスピアーズに助けを求めたのは自然な流れだった。スピアーズはその11年前、GMにとって初期の電気自動車(EV)であるシボレー・ボルトの開発責任者をつかまえて、EVのバッテリーが壊れたりだめになったりした場合の対応策を会社としてどう考えているのかあれこれ尋ねたことがきっかけで、GMとのつながりが生まれた。

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開発責任者と話してみると、GMはきちんとしたプランを用意していなかった。スピアーズはそれがきっかけとなって、テスラを除き米国でEVを販売するすべての主要自動車メーカーの、寿命が尽きたり尽きかけたりしているバッテリーの修理サービスを提供する企業、スピアーズ・ニュー・テクノロジーズ(SNT)を創業した。同社は欠陥のあるバッテリーを引き取り、自社に運んでテストし、可能なら分解修理して再生させる。「当社は地道な手作業を引き受けています」とスピアーズは言う。

同社は、修理や再利用ができないバッテリーは一部を敷地内の施設でリサイクルしているが、倉庫での保管に回すほうが数としてははるかに多い。オクラホマシティにあるメインの倉庫では、数百個のEV用バッテリーが高さ10メートルの棚に積み上げられている。今回のボルトのリコールで、GMからさらに多くのバッテリーがSNTに届くはずだ。

サーキュラーエコノミーは実現するか?

これらのバッテリーと、世界中でいずれ役目を終えることになる何百万というEV用バッテリーは、世界が今後電動化社会に向かう上で検討を要する課題だ。

新世代のクルマであるEVはガソリンを燃料とする前世代のクルマよりも環境にやさしいことから、自動車メーカーは電動化シフトを急ぎ何十億ドル(数千億円)もの資金を投じている。国際エネルギー機関(IEA)の予測によると、2020年代の終わりまでに世界中で1億4,800万台から2億3,000万台のバッテリー駆動車が走行し、世界の自動車総数の最大12%を占めるようになるという。

これらのEVに積まれたバッテリーをすべて廃棄物にするわけにはいかない。ほかの電子機器と同様にリチウムイオン電池は有害物質を含み、急速に燃え広がる危険な火災を引き起こす可能性がある。複数のバッテリーがひとつの場所に保管されているとその危険性がとくに増大する。米環境保護局(EPA)が最近公表した報告書によると、20年に全米各地の自治体の廃棄物処理施設でリチウムイオン電池が原因の火災が少なくとも65件起きているが、そのほとんどは携帯電話やノートパソコン用など、小型サイズのバッテリーが原因だった。SNTの倉庫では、火災に備えて鮮やかな赤に塗られた消防用水の配管が天井を縦横に横切っている。

別の見方をすると、使用済みバッテリーはよりグリーンな(環境にやさしい)クルマを今後実現していくための機会でもあるのだ。EVはガソリン車より自然にやさしいが、それでも環境に負荷がかかる。バッテリーに使われるコバルトやリチウムなどの希少な鉱物資源は主に海外で採掘と加工が行なわれ、採掘地域においては水などの重要資源の大量消費や強制労働といった問題が地元の社会に大きな負担をかけ、世界の二酸化炭素排出の一因にもなっている。

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そのため、EV生産に対する際限のない需要を放置すれば「先進国や都市部では温室効果ガスの排出が減るが、資源が採掘される場所を犠牲にすることになる」と、カリフォルニア大学デービス校交通研究所のエンジニアであるハンジロー・アンブローズは言う。

理想をいえば、オクラホマのSNTの倉庫に積み上げられたリチウムイオン電池がすべて完全に再利用されリサイクルされて、10年後、25年後、50年後のリチウムイオン電池の材料となり、新しい材料をほとんど必要としなくなるのが望ましい。「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」と専門家が呼ぶこの状態を実現するため、リサイクル業者は使用済みバッテリーを分解して価値の高い部品を取り出し、別の新しい製品に利用するための効率的で地球環境にやさしい方法を開発すべく競い合っている。

テスラの元幹部が創業した米ネバダ州のRedwood Materials、欧州のNorthvolt、カナダのトロントに拠点があるLi-Cycleといった企業だ。クルマから取り出した使用済みバッテリーをリサイクルする前に、2次利用、3次利用してできるだけ有効活用しようと計画している企業もある。

現行のガソリン車のシステムではうまくいかない

カリフォルニア大学デービス校の土木・環境工学教授であるアリッサ・ケンドールの研究室が行なった研究によると、EVの普及が進んでも、理論上2040年までは新しいバッテリーを製造する原料として必要なコバルト、リチウム、ニッケルの半分以上はリサイクルした材料で充足できるかもしれない。

新興のEV産業にとって、充電ステーションの整備、技能の高いサービススタッフの育成、送電網の強化と並んで、寿命が尽きたバッテリーの賢い処理と利用のプロセスづくりが必要だ。それは、来るべき電動化社会をできるだけグリーンなものとするために不可欠なインフラなのだ。「寿命が尽きたバッテリーをきちんと管理する必要があります」とケンドールは言う。「恐ろしい廃棄物が生み出される流れにしてはなりません」

ひとつ確かなのは、老朽化したクルマを処理する現在のやり方をそのまま使ってもうまくいかないということだ。自動車は通常、廃車になるまで3人から4人の所有者の手に渡り、国境を越えてさまざまな国で使われる。最後はオークション会社、解体業者、スクラップ処理場などの世界的なネットワークによって、できるだけ利益の上がる方法で処分される。「廃車はオークションにかけられ、誰でも入手できます。現状、それに対するルールは何もないのです」とケンドールは言う。

現行のシステムが概ねうまくいっているのは、金属スクラップに価値があり、自動車部品を取引する市場が機能しているからだ。解体業者は(規制当局の目を逃れて営業する者も含めて)廃棄されるクルマからあらゆる利益を搾りだすやり方に長けている、と英国の自動車リサイクルコンサルタント企業サルベージ・ワイヤーの最高経営責任者(CEO)であるアンディ・レイサムは説明する。

ガソリン車の始動に使われる鉛蓄電池もその一部だ。鉛蓄電池は取り外すのが比較的簡単で、オーナーは返却することで購入時に支払った保証金を受け取ることができるため、現在95%以上が回収されリサイクルされている。対照的に、リチウムイオン電池は数十点の部品で構成される重量の大きい機器で、メーカーごとに設計もまったく異なっている。「リチウムイオン電池の高い電圧は非常に危険です」と、EVを取り扱い始めたばかりの回収業者を指導しているレイサムは言う。「一般の人々はその危険性を知らないのです」

EV用バッテリーから価値の高い物質を取り出すのは難しい作業でコストもかさむ。リサイクルの工程は一般的に、下処理としてバッテリーをシュレッディング(破砕)してから、専用の施設で高温で燃やしたり化学薬品を使ったりして処理していく。その処理自体は比較的容易だ。難しいのは、バッテリーを廃棄された場所から処理施設まで運ぶプロセスなのだ。

最近のある調査によると、リサイクルにかかる費用全体の約40%を輸送のコストが占めているという。EV用のバッテリーパックは非常に大きいため飛行機を使えず、専用のケースに収納しトラックで長距離を輸送して集中リサイクル施設に運び込む必要がある。リチウムイオン電池を単体で取り扱うのは非常に手間がかかるので、自動車ディーラーは4,000ポンド(約1,800kg)の重量がある廃棄車両をそのままオクラホマシティのSNTに輸送し、そこで1,000ポンド(約450kg)のバッテリーを取り出して修理したりリサイクルしたりしてもらっているほどだ。

単純に採算が合わない

全体として、EV用バッテリーのリサイクルは多大な労力と設備、資材を要するプロセスであり、地中から資源を採掘するほうがコストがかからない。現在、バッテリーの材料としてリサイクルから利益を上げられるのは、希少性が非常に高く高価なコバルトだけだ。

そのまさに同じ理由で、多くのバッテリーメーカーはコバルトの使用を近いうちにやめようと検討しており、それによってリサイクル業者はますます利益を得にくくなる可能性がある。「誰もがリサイクルで儲けられるわけではありません。儲かると考えるなら、それは経済の実態を無視した考えです」と、使用済みバッテリーのリサイクルについて物流サービスを提供する非営利団体Call2RecycleのCEOであるレオ・ローディスは語る。

材料にコバルトを使っていないバッテリーにもリチウムやニッケルなどの高価な物質が多量に含まれているが、同時に有害物質も含んでおり、発火する恐れがある。リサイクルを責任をもって行なおうとすると、単純に採算が合わなくなるのだ。

つまり、愛車のバッテリー寿命が尽きた所有者は、リサイクル業者に料金を支払って引き取ってもらうことになるだろう。ローディスはこれについて、「電気電子機器廃棄物」をリサイクルする取り組みが始まったばかりでメーカーとリサイクル業者の双方がしり込みしていた時代に喩えた。「そのころはまだ真空管式テレビがたくさん溝に捨てられていたものです」と彼は言う。

ローディスは、EV用のバッテリーパックは非常に大きくて目立つためそうしたリスクは少ないと語る。発火する危険があることを知っているため、埋め立て処理場はバッテリーパックを引き取らない。だが、巨大なバッテリーパックがどこかに違法投棄されても、所有者を突き止めることは難しくないし、少なくともメーカーはすぐに判明する。そのため、ほとんどのバッテリーパックはリサイクルのプロセスにうまく乗せることができるはずだ。

バッテリーの製品ライフサイクルを延長する手法についてアドバイスするコンサルティング会社Circular Energy Storageの創設者であるハンス・エリック・メリンもそれに同意する。時間が経つにつれてさまざまな問題が解決するだろう。使用済みになるバッテリーが増えれば、規模の経済によってコストも下がるはずだ。

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もうひとつの重要なポイントは、バッテリーメーカーとリサイクル業者が互いの拠点を近くに構えることだとメリンは言う。メリンによれば、バッテリーのリサイクル産業が最も発達しているのは、リチウムイオン電池の70%を生産している中国だ。それに比べて、北米と欧州でのバッテリー生産とリサイクルの規模は小さい。

しかし、自動車メーカーによっては自社でリサイクルの仕組みを構築して独自に材料回収に乗り出しているし、一方でリサイクル業者も自分たちでバッテリーの生産を検討中だ。レッドウッド・マテリアルズは20年9月、回収した金属を再利用してバッテリーの正極の製造を始めると発表している。

システムからの「漏れ」

それでも、バッテリーのなかにはこうしたシステムから「漏れて」しまい、リサイクルされるのがまだ先になるものも出てくるという意見がある。

現在はガソリン車の約40%が国境を越えて取引されており、EVでも同じことが起こるだろう。米国ではあまり売れなかったクルマでも、輸出され大幅な値引きをして販売されることがあるからだ。メリンによると、数は少ないが旧型のEVがすでに海外へ売られている。彼の調査では、20年夏までウクライナでは販売されていなかった完全バッテリー走行のEV「日産リーフ」の旧モデルを、ウクライナで簡単に見つけることができるのだという。

中古車の輸出は、豊かでない国々でもEVを購入しやすくするために重要だとメリンは指摘する。しかし、販売したEVが寿命を迎えたとき、そうした国々で環境に配慮した安全なリサイクルが可能なのだろうか。「電気電子機器廃棄物の取引では、間違ったやり方でリサイクルがされた実例があります」とケンドールは言い、インドや東南アジアの例を挙げた。「そうなると悲惨です」

国内においても、廃棄物を適切に処理する資金も意思もない、自動車産業の末端で活動する業者にEV用バッテリーが「漏れて」しまう可能性がある。その結果、将来リサイクルのコストが下がったり、バッテリーの価値が上がったりすることを期待して、バッテリーが貯め込まれることもあるだろう。

「それには期待がもてる部分もあります」とケンドールは語る。場合によっては、熱心でかつ多少冒険心のあるDIY愛好家がバッテリーを手に入れるかもしれない。家庭用蓄電池のような新しい用途に再利用されることで、使用済みバッテリーの電気エネルギーをより有効に活用できるかもしれないからだ。だが、バッテリーパックによっては再利用のために個別のバッテリーセルや部品に分解され、それらの行方がわからなくなる可能性も高まるだろう。

鉛蓄電池に保証金制度を導入したように、政府もまた関与を高める可能性が高い。欧州連合(EU)は寿命が尽きたバッテリーについて、所有者が誰であってもリサイクルに対応することをバッテリーメーカーと自動車メーカーに義務づける規則の導入を20年に提案している。「そうなれば、バッテリーを見た解体業者は後ろを振り返って『うちでは引き取りたくありません。もって帰ってください、ホンダかテスラかトヨタのどちらか存じませんが』と言えるのです」とサルベージ・ワイヤーのレイサムは説明する。

EUの新しい基準では新品のバッテリーに含まれる貴金属について、使用済みの機器からリサイクルされた材料をどれくらいの比率で使わなければならないかについても規定される予定だ。

メリンは、バッテリー産業を規制するにはバランスに慎重に配慮する必要があると解説する。EVの環境への負荷をできるだけ減らすことを目指して厳しいルールを導入するとEV普及の妨げとなり、化石燃料の使用を増やすことになって、地球にとって非常に悪い結果を招きかねない。自動車メーカーにとっての大きな心配は、新品のバッテリーに使用を義務づけられるリサイクル材料の含有率が高く設定されることだ。それはすぐに実現することが難しく、バッテリーのコストを増加させる可能性がある。

経済モデルを構築できるか

米国ではカリフォルニア州の環境保護庁が、将来のバッテリーのリサイクル規則について検討する諮問委員会を設置した。最近の委員会審議では、メーカーかクルマの所有者かなどの立場に関係なく、寿命が尽きたクルマからバッテリーを取り出す人間に、なんらかのインセンティブを与えてそれをリサイクル業者に確実に引き渡すことを義務づけるべきだと自動車業界のロビイストが主張している。その仕組みから漏れたバッテリーについては、自動車メーカーがリサイクルを担うことになる。

オクラホマシティにあるSNTの倉庫に積まれたバッテリーはほとんどが品質保証期間内のクルマから取り外されたもので、リサイクルする責任は自動車メーカーが負っている。SNTの事業開発責任者であるタイラー・ヘルプスによれば、自動車メーカーが中古バッテリーの保管をSNTに依頼するのは、使用済みバッテリーの市場がこれからどうなるかわからず、バッテリーに含まれる材料の価値が今後上がるのかも不明なためだという。「そのため、自動車メーカーは『このバッテリーは廃棄してしまおう』と思わず、『まだしばらく保管しておこう』と考えるのです」と彼は言う。

うず高く積まれたバッテリーのすぐ近くにある会議室で、スピアーズ自身は楽観的な見通しを語った。この倉庫を以前借りていたのは石油パイプラインの部品を製造する会社でした、と彼は言う。現在は、自社のEVがとても環境にやさしいクルマだということを自動車メーカーが保証するためのサポートを提供する会社の所有だ。倉庫にバッテリーを預けている自動車メーカーは、大部分のバッテリーについて今後どうするかまだ検討している段階だが、最終的にはそれらを廃棄物ではなく、ビジネスチャンスとみなすようになるはずだとスピアーズは考えている。

「ビジネスへのモチベーションとして機能する経済モデルを構築できるなら、業界全体がこの目標に向かって努力する意味があります。それは規制よりもはるかに有効なモチベーションになるでしょう」とスピアーズは語る。彼もまたこの事業を成功させる意欲に燃えている──地球の未来という重要な問題を左右するからだ。

WIRED US/Translation by So Kitagawa, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)