多くの人々が野生復元運動[編註:土地を自然状態に復元し、野生にいなくなった動物を他所から連れてくる活動]に従事し、苗木をたくさん植えたり、池を掘ったりして気候変動や生物絶滅の危機を解決しようと試みている。一方、世界有数の生物工学者であるジョージ・チャーチには、もっと壮大な構想がある。ケナガマンモスをよみがえらせて地球を救おうとしているのだ。

チャーチの会社コロッサル・バイオサイエンス(Colossal Biosciences)──そうそうたるテック起業家やベンチャーキャピタルの支援を受けている──は、アジアゾウの遺伝子を編集し、大昔に絶滅した近縁種そっくりな動物にすることを計画している。これが成功すれば、完璧な現代のマンモス、あるいはチャーチが好む表現でいえば「北極ゾウ」が誕生することになる。

チャーチは、マンモスに最も近い現生種の細胞中のDNAを書き換えることで、かつてマンモスが極寒の地で生息できた理由である密生した体毛とぶ厚い皮下脂肪の層といったいくつもの特質を「きわめて容易に」再現できると考えている。「わたしたちが目指しているのはマンモスの『脱・絶滅(de-extinction)』[編註:絶滅した種を復活させること]ではありません。遺伝子の『脱・絶滅』です」と彼は説明する。

チャーチの構想は、こうして誕生した動物をシベリアに運び、永久凍土が急速に解けて封じ込められていた何十億トンもの二酸化炭素が放出されつつある北極圏の環境の修復に役立てようというものだ。マンモスは約4,000年前までこの凍てついたツンドラの大地を歩き回り、樹木を踏み倒して草原にし、永久凍土を地中深くに踏み固める役割を担っていた。遺伝子編集版「マンモス2.0」など、本来の生息環境と異なる気候に適応させた草食動物をシベリアの野に放てば、ツンドラの融解が抑えられるかもしれないとチャーチは言う。

「生きている時代に数千年の隔たりがあっても、現在のゾウはかつてのマンモスと非常によく似た行動を取ります。それにゾウは、赤道付近で育った場合でも雪のなかで育った場合でも、環境への順応性が驚くほど高いのです。母をなくした幼獣はヤギのミルクを哺乳瓶で飲み、大きな灰色の毛布に親のようになつくことができると知られています。ゾウたちに共通しているのは木を倒すのが大好きだという点であり、わたしたちのプロジェクトはそのことに着目しているのです」とチャーチは語る。

ジョージ・チャーチは遺伝子編集技術「CRISPR」の開発に貢献した。 COURTESY OF COLOSSAL BIOSCIENCES

しかし、ゾウたちに期待される役割はそれだけではない。チャーチが指摘するように、マンモスの遺伝子コードの断片によって、現在のゾウを寒冷な新しい環境に適応できるようにするだけでなく、アジアゾウだけに感染するヘルペスウイルスなどの「種の絶滅につながるほど強力なウイルス」に対する抵抗力を高めるのに役立つ可能性もあるのだ。「このプロジェクトは、気候変動の抑止と同じくらい生物多様性にも関係しています。現在は、有益な遺伝子を探すのにゾウの個体群以外にも目を向けています。大きくかけ離れた生物種や、過去に生息していた種からも遺伝子を発見できるのです」と彼は言う。

「絶滅危惧種ではなくすでに絶滅した種を研究対象にするのはなぜか、と多くの人に質問されます。でも実は、わたしたちの研究は絶滅危惧種に焦点を当てているのです。ゾウの仲間はすべて絶滅の危機に瀕しています。わたしたちはゾウに対して、最大の脅威である人間から遠く離れた北極圏に新しい住みかを提供しようとしているのです。そして、ほかにもいくつかの絶滅危惧種に役立つかもしれないツールの開発にも取り組んでいます」

マンモスの人工子宮をつくる

北極ゾウをつくるためにどれほどの数の遺伝子編集が必要かはまだわかっていない。少なければ50カ所ほどで済むかもしれないし、多くてもマンモスとゾウの遺伝子に差異がある数の「50万カ所を超えることはおそらくないだろう」とされている。「わたしたちはヒトへの臓器移植を可能にするため、ブタのゲノムに40カ所の変更を加えました」と語るチャーチは、生物医学研究に革命をもたらしノーベル賞を受賞した遺伝子編集技術「CRISPR」を開発したごく少数の科学者のひとりだ。遺伝子を改変した細胞を培養して胚にし、生体の子宮の中に移植できるようにしようと彼は考えている。

しかし、そもそも時間的制約の大きいこのミッションにおいて、受胎から出産まで22カ月にわたって胚を子宮で育てられる代理出産者を見つけることは、控えめに言っても容易でない。チャーチによると、研究チームはアフリカゾウを代理母にすることも含めてあらゆる選択肢の検討を続けているが、現在は研究室製の子宮を使う考えに傾きつつある。そう、彼はマンモスの人工子宮をつくることを検討中なのだ。その内部は幹細胞から培養した組織で覆い、200ポンド(約90kg)の胎児を保育できるようにするつもりだという。

「これはそう簡単ではありません」と、あたかも古い建物の内部に新品の冷暖房ポンプを追加しようと考えている配管工のように彼は言う。「でもわたしたちは、遺伝子コードを操作してほかの生体組織をつくることに成功した経験から自信をもっています」。理想的なシナリオは、22カ月の妊娠期間から逆算し、まず2年かけてマウスの体外受精を成功させ、さらに2年かけてゾウの胎児を健全に発育させるための仕組みの「デバッグ」を完了するというものだ。これなら、6年以内に最初の子ゾウを誕生させられるとチャーチは考えている。

しかし、この計画に対して誰もが楽観的というわけではない。2021年、イスラエルのワイツマン科学研究所のチームが、マウスの子宮から受精後5日目の胚を取り出し、栄養液と換気装置を備えたガラスのタンクでさらに6日間育てた。このチームは、受精卵を受け入れて妊娠期間中ずっと育てられる人工子宮をつくるというゴールにこれまでで最も近づいたのだ。

この最先端の研究は、移植を目的とした人間の臓器培養のための重要な一歩を踏み出したといえるかもしれない。しかし、ワイツマン研究所が推進しているプロジェクトのチームリーダーを務めるジェイコブ・ハンナ教授は、母親の子宮の外で動物が懐胎されるようになるのはもう少し先だろうと考えている。

「現時点で、科学者が哺乳類を子宮外で胚から出産まで育てられる可能性について述べるなら、『見込みあり』と『ありえない』のあいだのどこかだと言えるでしょう」と、ハンナ教授は思いをめぐらせる。「技術的に大きな障壁があるとは思えませんし、研究を進めるのに充分なリアルタイムのデータも集まりつつあるので、可能性はあると言えます。とはいえ、必要なデータがすべてそろうまでに、もう20年から30年の時間が必要でしょう。当然、倫理的、法的な側面についても考慮しなければなりません」

「それでも、重要なことは──」とハンナは続ける。「この分野で飛躍的な進歩があるたびに、これがSFではなく本物の科学なのだという確信が生まれることです。ジョージ・チャーチが取り組んでいるようなメディアの注目を集めるプロジェクトは、こうしたことがいつかは可能になるかもしれない、と一般の人々に思わせてくれるのです。もちろん、ジョージは傑出した研究者なので、今後数年のうちに大学の研究室でマンモスを育てる人間が誰かという賭けをするなら、わたしは彼に賭けるでしょう」

シリコンバレーほか、続々と集まった出資

北極ゾウについての最初の大規模な会議が開催されたのは13年だった。それは絶滅危惧種や絶滅種の遺伝子救済を通じて生物多様性を高めることを使命とするカリフォルニアの非営利団体リバイブ・アンド・リストア(Revive & Restore)とナショナルジオグラフィック協会が共催したもので、冒頭でチャーチが「脱・絶滅」をテーマにTED Talkを行なっている。

当時、科学者たちは化石から抽出したDNAをもとにゲノムを再構成し、絶滅種とその子孫との遺伝子の違いを明らかにし始めていた。ハーバード・メディカルスクール所属の遺伝学の権威で、チャールズ・ダーウィン風のみごとなひげを生やし、DNA編集の研究で名高いチャーチは、近縁種の遺伝子を書き換えてマンモスを復活させる可能性を論じて聴衆を──のちにはYouTubeの視聴者も──わかせたのだ。

この分野におけるチャーチの研究は、その後数年間、遺伝子工学と修復生物学の最先端で活躍する多くの科学者を惹きつけ、複数のテック関係者の興味をそそることとなった。なかでもペイパル創業者のピーター・ティールは、17年に10万ドル(約1,300万円)の研究助成金を提供した。「構想の検討を続けるのに充分な額でした」とチャーチは言う。

そして19年、チャーチはベン・ラムから連絡を受けた。ラムは、それまでいくつもの企業を設立してきたSFマニアの起業家で、宇宙の衛星や海底のロボットといった、メディア受けする技術に対応したAIシステムを開発するテキサスのスタートアップ、ハイパージャイアント・インダストリーズ(Hypergiant Industries)を創業した人物だ。彼はあるときチャーチの「脱・絶滅」理論について書かれたものを読み、興味をもったという。ラムにとって、絶滅した生物種の再生は、自分が手がけているほかの仕事と同じようなものだった。

「研究室にジョージを訪ねた日、彼の取り組みはまさに自分がやりたいことだとすぐに理解しました」とラムは言う。「2度目に会ったときにはもう、会社をつくろうと決めていたと思います」。21年9月に創業したコロッサルは、機材や設備を製造するダラスと、チャーチがハーバード大学の研究室で科学者のチームを率いるボストンに拠点を置いている。「創業にあたっては、まず500万ドル(約約6億7,000万円)を調達するつもりでした。ところが、注目度が非常に高かったおかげで1,500万ドル(約20億円)も集まったのです」とラムは語る。

この資金は、シリコンバレーのドレイパー・アソシエイツ(Draper Associates)──投資先にはテスラ、コインベース、トゥイッチなどの企業が並ぶ──などのベンチャーキャピタルに加え、ビットコインで数十億ドル(数千億円)の資産を築いた双子のウィンクルボス兄弟(Facebookのアイデアを盗んだとしてマーク・ザッカーバーグを訴えた話ことで知られる)といった個人からも集まった。そのほか、映画「ジュラシック・ワールド」に出資したハリウッドの制作会社レジェンダリー・ピクチャーズの創設者であるトーマス・タルといった著名な投資家も出資している。「ジュラシック・ワールド」は、まぎれもなく芸術が現実世界を模倣した奇妙な実例のひとつだ。

この1,500万ドルが、次回の資金調達ラウンドまでチャーチの研究を支えることになる。ラムによると、同社はこれまでにサウジアラビア、UAE、欧州、米国の投資家から出資の打診を受けているという。コロッサルの使命は、科学者、獣医師、自然保護活動家たちが、キタシロサイなど多くの絶滅危惧種の保護に役立てられる「基盤技術」を開発することだとラムは明言する。「わたしたちの日々の取り組みから革新的なテクノロジーが生まれ、それが新たなビジネスに発展すると確信しています」と彼は言う。「でもいまは、北極ゾウの野生への復活を加速させる技術の開発に集中しています」

部屋の中の象

動物たちを野生に放つ目標に向けて、コロッサルはセルゲイと息子ニキータのジモフ父子と協力している。父子は、永久凍土がシベリアとアラスカ、カナダのユーコン準州の一部を覆っていた「更新世」──260万年前から12,000年前まで続いた地質時代──のころのシベリア原生地域を復元しようとしているのだ。コリマ川と山脈の近くにあるジモフ家の自然保護区は、「更新世パーク」と名付けられており、絶滅の危機に瀕した生物種が研究室で育てられたマンモスと共生できるような安全な場所になることを目指している。

「ここは、わたしたちの実験に反対する者がいない、世界でも数少ない場所のひとつです」と、ニキータは短編ドキュメンタリー映画『マンモス』のなかで語った。映画でジモフ父子は、地球を生態環境の破局から救うための計画について説明している。ふたりはすでに人里から遠く離れた更新世パークに、数百頭のヤク、ウマ、ヒツジ、バイソン、ジャコウウシを放している。

「セルゲイとニキータはすごいことをやっています」と、最近シベリアから戻ったばかりのチャーチは言う。「あの場所は60平方マイル(約155平方km)ほどの広さがあります。彼らはすでにかなりの部分を開拓し、メタンや二酸化炭素、植物の成長速度、土壌の温度といったあらゆる数値を測定しているのです。すばらしい実験です。必要としている種類の動物もほとんどそろってきたので、あと必要なのはひとつだけ、木を倒すことです」

しかし、もし人々が真剣にジョージ・チャーチの実験に反対したらどうなるだろうか? たとえ彼がすべての技術的な問題を克服して北極ゾウを北半球に解き放つことができるようになったとしても、ひとつの大きな疑問が残る──いわば「部屋の中の象」[編註:全員が重大な懸念だと認識しながら、誰もふれたがらない問題]のようなものだ──チャーチはそれを実行すべきだろうか? もし善意の自然保護行為、あるいは私利私欲のためのなりふりかまわない行為によって生態系全体が破壊されてしまったら? もし研究室で新たにつくられた生物種が狂暴化したら? 彼は映画『ジュラシック・パーク』を観たはずでは?

カリフォルニア大学サンタクルーズ校の古生物遺伝学者で、『マンモスのつくりかた: 絶滅生物がクローンでよみがえる』の著者でもあるベス・シャピロによれば、今後10年くらいのあいだに、誰かが脱・絶滅を達成したと主張することはほぼ確実だという。「わたしたちはそのための技術をもう手にしています。きっと実現するでしょう。でも、それを実行すべきかどうかは、それをする理由しだいです」と、彼女は言う。「長い毛でおおわれたゾウをつくるのが動物園で飼うためだとしたら、理由として不充分だとわたしは思います。でも、野生の群れとして再生するためなら、それは地球を存続させる役に立つはずです」

「新しいテクノロジーを使って自然の営みを人為的に操作することを懸念する声は非常に大きいのですが、わたしが新著『Life as We Made It(人類の生命創造)』[未邦訳]で書いているとおり、人間は実際のところCRISPRが登場するずっと以前から生態系を操作してきました」とシャピロはつけ加える。「わたしたちはすでに、オオカミをテリアに、ブタモロコシをポップコーンに、野生のキャベツをケールやブロッコリーに変えているのです」

「人間はすでに多くの生物を絶滅に追いやっており、現在ではさまざまな生物種が進化が追いつかないほどの速さで消滅しつつあります。わたしたちが動物たちを死に絶えさせようとするのなら、動物の側にもそれに抗うチャンスを与えるべきではないでしょうか?」

チャーチのプロジェクトのようにメディアから大きな注目を集める研究以外にも、生物工学の分野では世界中で大きな成果が生まれているとシャピロは語る。例えば、科学者たちは21年、死後に長期間保存されていた野生の個体の細胞を使って、絶滅危惧種であるクロアシイタチのクローン作製に成功した。これは米国在来種の絶滅危惧種で初めてのクローンだ。

サンディエゴ動物園の母体であるサンディエゴ動物園グローバルでは、運営するプログラム「冷凍動物園(Frozen Zoo)」において、リバイブ・アンド・リストアと緊密に協力しながら世界中の希少種や絶滅のおそれのある動物1,100種のサンプルを収集してきた。クロアシイタチの細胞組織もこの冷凍動物園で低温保存されていたものだ。「研究者たちは現在、このイタチを繁殖させてその孫かひ孫を野生に導入し、必要とされる遺伝的多様性を群れにもたらしたいと考えています」とシャピロは言う。

彼女はまた、更新世から生き残ってきて絶滅した最後の生物のひとつであるステラーカイギュウのゲノムを、最近ある国際研究チームが解読・分析したばかりだと述べる。この生物は1741年にドイツの博物学者ゲオルク・ステラーによって発見されたが、肉と皮、脂肪の価値が高かったために乱獲されて種が途絶え、複雑な生態系の一部が失われることになった。シャピロは、「復活させるのに格好の候補です」と語る。

ジョージ・チャーチにとってケナガマンモスの再生は、地球を危機から救い、未来の世代へと継承していくための大きな一歩となる。彼はハーバード・メディカルスクールのニュースレターにこう記した。「このプロジェクトには科学的な難問がいくつも立ちはだかっていますが、最終的には乗り越えることが可能です。生命倫理的な検討が最重要事項です。実現が困難であることは疑いの余地がありません。それでも、わたしたちは挑戦しなければならないのです。科学、人類、すべての動植物、そして地球に対しての責務を果たすために」

WIRED ME/Translation by So Kitagawa, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)