このSZメンバーシップも来月に3周年を迎えることになる。『WIRED』の実験区と位置づけたこのサブスクリプションサービスは、ローンチから半年と経たずにパンデミックに突入し、毎週のThursday Editor’s Loungeもすっかりオンライン開催が定着している。それにもかかわらず、このスペキュラティブゾーン(SZ)に参画いただいているSZメンバーには、改めて心から感謝申し上げたい。今月開催されたWIREDカンファレンスで久しぶりに多くのSZメンバーにリアルでお会いできたのも本当に嬉しかった。

というわけで来月にはこの3年間のSZの人気記事を振り返りながら、各ジャンルを代表する方々にその読みどころや今後の展望を訊くスペシャルインタビュー週間を準備中だ。今週開催のThursday Editor’s LoungeでWeb3ファウンデーションの大日方祐介さんを迎えた「Web3の読み解き方」もその一環となる。ほかにはスタートアップ、AI、脳とメタバース、食、宇宙といったSZの人気テーマを取り上げる予定なので、ぜひ11月2週目の編成を楽しみにしていただきたい。

そのなかでも「スタートアップ」の回ではPlug and Playの執行役員CMOである藤本あゆみさんにインタビューを行なった。Plug and Playはグローバルにスタートアップ支援を行なうシリコンバレー発のイノベーションプラットフォームであり、日本でのマーケティングとPRを統括する藤本さんに、SZの過去のスタートアップ関連の人気記事3本をピックアップしてお読みいただいた。そのなかのひとつが、今週のSZテーマでもある「GENDER」に関するものだ。

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フェムテックの起業家たちは、男性投資家のジェンダーギャップに二の足を踏んでいる。世界人口の半分をターゲットに顧客に持ち、2025年には5兆円規模の成長が見込まれるフェムテック市場を活性化させるために、女性起業家の話に耳を傾ける必要があると指摘する、ジャーナリストでライターのマリア・ゲーナーによる記事。(2021.03.10)

これは1年半ほど前に公開して以来、とても読まれている記事のひとつだ。『WIRED』でもフェムテックについては度々取り上げている。昨年のWIREDカンファレンスではfermataのCEOを務める杉本亜美奈さんとアーティストの長谷川愛さんをお迎えして「2050年にも『フェムテック』ってあるの?」と題した熱いトークセッションが行なわれた。「フェムテック」というジェンダーコンシャスな枠組み自体が、当たり前のものとなってなくなっていくべきではという問題意識からきたタイトルだ。

今回の藤本さんのインタビューからも、同じ問題意識が感じられた。起業家精神をもつ女性をサポートするイニシアチブとして「FoundHER」を立ち上げ、日本と海外のフェムテックビジネス50社をまとめたeBookなども刊行しているPlug and Playだが、一方で、女性の起業家を増やすためには女性の投資家を増やす必要も感じているという。ジェンダーというフィルターによってチャンスを見過ごさないためには、ジェンダーニュートラルに新しい価値の創造に向き合える投資家が必要なのだ。

この週末は北海道の十勝に来ていて、今日は十勝ヒルズで「十勝ドリームマップ会議2022」なるものに参加させていただく。これは帯広市や十勝の企業が野村総合研究所「2030年研究室」と共に運営するイノベーションプログラム(TIP)に関連して毎年開催されるもので、今年は翻訳家の山形浩生さんらとご一緒する。関連して「2030年研究室」室長の齊藤義明さんの著書『イノベーターはあなたの中にいる』を拝読する機会があった。

そこで語られ、実践されてきたことは、NRIという社名から想像されるような高度なコンサルティングの結晶というだけでなく、身も蓋もなく属人的で内発的な「狂った」(いい意味での)ウォンツを起点にするイノベーションの在り方だ。かつてピーター・ティールの『ゼロ・トゥ・ワン』の邦訳を手がけたときに最も心に刻んだのは「隠れた真実」で、それは、誰もがAと答えるけれど真実はB、というような、直感や常識に反した事実にたどり着くような問いをいかに見つけられるか、というものだ。イノベーションというと「0→1」がもてはやされるけれど、何もないところに新たな旗を打ち立てるのは、たんなる魔法や思いつきではなく、この問いによるのだと思っている。

来月の米中間選挙を直前に控えた今週はまた、デザイン・シンカー池田純一さんの好評連載「ポスト・レーガンのアメリカを探して」を一挙に2本、お送りする。ここでもティールが出てくるわけだけれど(それこそ『ゼロ・トゥ・ワン』を刊行した2014年には想像すらできなかった世界線が続いている)、彼とNew Rightと呼ばれるテックリバタリアンの潮流は、その是非はともかく、これまでなら「狂っている」とされてきたものが主流へと躍り出ていく、まさにその瞬間を目撃していることになるのかもしれない。

今週の記事:共和党を揺さぶるピーター・ティールとその仲間たち/ポスト・レーガンのアメリカを探して:#09

そういうわけで一週間前に前中後編が完結したSZ記事「バラジ・スリニヴァサンとは何者か」シリーズと合わせて、『WIRED』SZメンバーとしては米中間選挙の流れにもぜひ注目していただけたらと思っている。見過ごされてきた真実とは何かを考えることでは、民主主義の問題も、ジェンダーの問題も、ともにぼくたちの時代の最も大きな克服すべき課題であることは間違いないのだから。

『WIRED』日本版編集長
松島倫明