アラン・ヘンリー

『WIRED』スペシャルプロジェクト・エディター。以前『ニューヨーク・タイムズ』のSmarter Living面のエディター、および『Lifehacker』の編集長を務めた。著書に『Seen, Heard, and Paid: The New Work Rules for the Marginalized』[未邦訳]がある。生産性やテクノロジーをテーマに10年以上執筆と編集に関わってきた。

現在、あらゆる問題が気候問題とつながっている。もはや気候問題とは、「気温上昇」とか「山火事」とか「海面上昇」だけにとどまらない。以前は気候変動とは何の関係もないと思われていた問題──例えば季節的なインフルエンザの大流行とか、農地を襲う外来生物といった事柄までが、気候問題の範疇で語られるようになってきている。

特定の地域を毎年襲うハリケーンや洪水に対する備えの仕方も、すべて変えていく必要がある。純粋に社会的あるいは経済的問題だと昔から考えられてきた問題も、いまでは気候問題と切り離しては考えられない。そして、現在のわたしたちがそれにどう対処していくかが、今後の世代に大きな影響を及ぼす。わたしたちはまさに、人類始まって以来最大の難問に直面しているのだ。

だからこそわたしたちはこの「RE:WIRED Green」を開催し、さまざまな分野から気候問題に取り組み、有望な解決策を考え出した人たちに集まってもらうことにした。食料供給の不安定や不平等からエネルギー問題の包括的な解決策に至るまで、新旧のテクノロジーを駆使してあらゆる手立てを考えていくことが、すでに加速しつつある地球温暖化の影響を低減していくためには欠かせない。

「RE:WIRED Green」では、科学者、起業家、イノベーター、活動家を一堂に集めて、CO2回収や絶滅種の復活、さらには合成食品や若者の行動主義といった多種多様な話題を縦横無尽に論じていきたいと考えている。その目的は、人類の叡智を駆使して明るい未来を実現する方法を検証することだ。このイベントでわたしたちは、さまざまなレベルで実際に役に立つ対策の話を聞くことになる。それを個人レベル、地域レベル、さらには世界レベルで具体的に実行していくことにより、世界を変えていく足がかりを得ることができるはずだ。

今回の「RE:WIRED Green」がとりあげたテーマは、大きく分けて次の3つに集約される。

1. 最悪のシナリオを回避する

プログラムの第1部では、まず世界中で起きている気候変動の悪影響を最小限にとどめるためには、現時点でわたしたちに何ができるか、という部分に焦点を当てた。そしていまわたしたちが生みだす変化を、将来のもっと大規模で本質的な変化へとつなげていく方法を探る。

ここでは『WIRED』シニアライターのローレン・グードが司会を担当し、古生物学者であり探検家でもあるケネス・ラコバラから地球上の生命のはかない歴史について話を聞いたり、写真家のカミーユ・シーマンから彼女がレンズを通して見た変わりゆくこの世界の記録を共有し、その印象的な作品について語ってもらった。

古生物学者であり探検家でもあるケネス・ラコヴァラ。 PHOTOGRAPH: KIMBERLY WHITE/GETTY IMAGES

ブリティッシュ・コロンビア大学で氷河学を研究する教授ミシェール・コッペスは、観光資源や経済基盤を海に大きく依存するコミュニティに対し、海水面の上昇や氷河の消失がどのような影響を及ぼすか、また飲用に真水を必要とするわたしたちすべてにとってもそれがどのような影響をもたらすのかを説明する。

次に、『WIRED』グローバル・エディトリアル・ディレクターのギデオン・リッチフィールドが司会をつとめるパネル・ディスカッションが行なわれた。パネラーとして登壇すたのは、海の生態系保護に取り組む組織Mission Blueの事務局長シルビア・アールと、Climate Cardinalsの創設者であり、気候変動に関する国連ユース・アドバイザリー・グループの米国代表でもあるソフィア・キアンニ。ここではキアンニら新世代の気候活動家たちが、長年活動の前線に立ってきたアールのような先駆者たちから何を学べるか、ということについて語り合った。

最後に、スタンフォード大学で生物学と海洋学を研究する教授スティーブン・パルンビが、壊れた生態系を修復し再生しようとする試みをいくつか紹介してくれた。例えばサンゴ礁の自然な再生を助けて、海水温の上昇に耐えられるような力を与えたり、遺伝子バンクや冷凍動物園[編註:動物由来の遺伝物質を冷凍保存する施設]を利用して、野生の世界に生物多様性を取り戻したりする、といった試みだ。

2. 食の未来

第2部ではまず、農業の未来に注目する。農業は現在、気候変動に最も大きな影響を及ぼす要因のひとつになっている。この第2部で行なわれたセッションでは、これからの食料供給システムが対応していかねばならないさまざまな問題に焦点を当てた。例えば、かつては豊かだった土地の不毛化や、殺虫剤や肥料の過剰使用といった問題、さらには増え続ける世界人口を養うための食料需要の増加や、食習慣の変化を嫌がる先進国の抵抗といった問題も無視できない。

最初のセッションをまとめるのは、『WIRED』シニアエディターであるマイケル・カロアだ。カロアはステージ上で植物に音楽を奏でさせるパフォーマンスを行なった。次に『WIRED』スペシャルプロジェクト・エディターのアラン・ヘンリーが、世界規模の農業の未来について一連のディスカッションを主催する。またFood Systems for the Futureの最高責任者エアサリン・カズンが、世界中の(とくにあまり豊かではない)コミュニティが戦争や、サプライチェーンの問題や、変わりゆく環境から大きな圧力を受けている現状について語る。カズンは現状を明らかにするだけでなく、実際に問題の渦中にあるコミュニティ自身が提案する解決策についても紹介する。そういったコミュニティの人々は、すべての人が飢えることなく健康な生活を送れるよう、しかもそれを実現する過程で自らの住む土地を破壊することのないよう、知恵と工夫を結集しているのだ。

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『WIRED』スペシャルプロジェクト・エディターのアラン・ヘンリーとFood Systems for the Futureの最高責任者エアサリン・カズン(ビデオ参加)。 PHOTOGRAPH: KIMBERLY WHITE/GETTY IMAGES

次に、サンフランシスコのレストランShuggie’s(シャギーズ)の共同オーナーであるケイラ・アベが登壇し、食品廃棄物を生まれ変わらせるビジネスを築きあげた経緯を語る。アベは「見栄えのよくない食材」を、すべての人がおいしくかつサステナブルに食べられる料理へと変身させることに成功した人物だ。このイベントで、彼女はレストラン経営者をはじめとする起業家に、食品産業のなかで資金を節約しつつ、同時に気候変動対策に取り組む方法をシェアしてくれた。

その後、『WIRED』フィーチャーズエディターであるサンドラ・アプソンが司会を勤めるパネル・ディスカッションが行なわれた。登壇者はNew Harvestの事務局長アイシャ・ダタール、Nobell Foodsの創設者兼CEOマギー・リチャニ、Umaro FoodsのCEOベス・ゾッター。このメンバーで、彼女らの扱う新しい食材が既存の食品流通経路に食い込んでいく可能性を議論した。

この新しい食材とは、例えばタンパク質に富む海藻で、簡単に養殖できるし、環境に大きな負荷を与えることなく、さまざまな種類の食品に加工して飢えに苦しむコミュニティに提供することができる。ほかにも培養肉から植物由来の「乳製品」に至るまで、おそらく今後2、3年のうちにスーパーの棚で見かけるようになる革新的な食品に関する話題が俎上に上った。

Urban Tilthの事務局長ドリア・ロビンソン。PHOTOGRAPH: KIMBERLY WHITE/GETTY IMAGES

次に登壇したのはUrban Tilthの事務局長ドリア・ロビンソン。ここで彼女は、有色人種や低所得層のコミュニティが、気候変動から不当に甚大な影響を被っている現実を取りあげる。そして彼女自身が都市農業から得た経験をもとに、巨大な農業ネットワークに頼ることなくコミュニティに食料を調達し、世界規模のフードチェーンに対する依存を減らしつつ、同時にコミュニティの繁栄と活性化を促す方法をシェアしてくれた。

3. テクノロジーの先にあるもの

気候危機のもたらす結果に適応し、その影響を緩和するのにテクノロジーの助けが必要なことは確かだが、テクノロジーだけですべてを解決できるわけではない。この第3部のプログラムで強調されるように、問題解決には個人レベルにおいても人類全体のレベルにおいても、人間の創意工夫と行動が不可欠だ。

まず『WIRED』のサイエンス関連ライターであるマット・サイモンが、わたしたちのコミュニティを脅かす問題解決のためにいますぐ実行可能ないくつかの方策を、それに関わる人たちとの会話を通して明らかにしていく。サイモンが最初に紹介するのは、Global Footprint Networkのチーフ・サイエンス・オフィサーであるデヴィッド・リンと、社長のマティス・ワッカーナゲル。彼らは参加者に「自分で自分の冒険を選ぶ」スタイルのアクティビティに参加してもらい、それを通して自分たちがこの「地球」という星のどの程度を占有しているか、そしてこのまま人間社会が成長を続けたらどんな影響がもたらされるのかを各人に評価してもらった。

(左から右へ)Global Footprint Network社長のマティス・ワッカーナゲルとデヴィッド・リン。

Fixit Clinicの創設者ピーター・ムイは、「Right to Repair(修理する権利)運動」を通して、購入した製品が壊れたらごみとして捨てるのではなく、なるべく修理して使っていこうとわたしたち全員に提案する。ムイの主催するFixit Clinicでは、誰でも壊れた電化製品を持ちこんで修理してもらうことができる。これにより、ごみを減らすと同時に、一旦購入した製品をできるだけ長く使っていくことを目指しているのだ。

一方、Otherlabの創設者でありCTO(最高技術責任者)でもあるジェームズ・マクブライドは、化石燃料の使用を減らし、世界の脱炭素化を目指すために彼のチームが取り組んでいる革新的な解決策について成果を発表した。

次に、サンディエゴ大学准教授のパトリシア・ヒダルゴ=ゴンザレスが登壇し、現在の配電網について、さらに化石燃料への依存を減らすため「すべての電化」を目指すべき理由について語った。わたしたちの未来のためには、電化を進めるだけでは足りないと彼女は言う。目指すべきは、サステナブルに動く強靭なエネルギーシステムをつくりあげ、クリーンなエネルギーの解決策を実現することだ。それにはまず、いまわたしたちにできることを確認した上で、そこから一歩踏み込み、いまから数十年後の強靭な配電システムの姿を具体化していくことが必要だという。

壇上にのぼったアラン・アーン。 PHOTOGRAPH: KIMBERLY WHITE/GETTY IMAGES

クリーン・エネルギーの話題が出たところで、次に壇上に登ったのはThird Wayで気候およびエネルギープログラム担当のシニア・レジデント・フェローを勤めるアラン・アーン。Third Wayは、サステナブルで気候にやさしいエネルギーミックスのひとつとして、原子力の使用を提唱している研究機関だ。アーンは米国でこの先も原子力が使われるとしたら、それがどんなかたちになるかということを予測し、さらに近年ウクライナと日本で起きたできごとが、人々の原子力に対するクリーンなエネルギーとしての認識をどのように変えたかという点を検証する。

次に『WIRED』マネージングエディターのヘマル・ジャヴェリが登場し、俳優でプロデューサーのレジーナ・ホール、およびThe Solutions Projectの副社長サラ・シャンリー・ホープとともに、個人やコミュニティが世界を変えていくために実際に自分の家で実行できる対策について語り合った。家というのは、じつは気候変動の影響が最も大きく現れる場所だ。このパネルディスカッションでは、コミュニティガーデニングから公平な温暖化政策への支持表明に至るまで、あらゆるテーマが話題に上った。

(左から右へ)ヘマル・ジャヴェリ、サラ・シャンリー・ホープ、そしてレジーナ・ホール。 PHOTOGRAPH: JON KOPALOFF/GETTY IMAGES

このイベントを締めくくる最終セッションには、気候活動家、弁護士、およびTaproot Earthのパートナーでもあるコレット・ピチョン・バトルが登壇した。バトルはルイジアナ・バイユー闘争の最前線に立ち、弱小コミュニティがまさに文字通り「ウォッシュ(洗い流されて)」しまうことを防ぐために戦ってきた。

このイベントで行なわれた会話や対話セッション、プレゼンテーションがきっかけとなり、わたしたち全員が気候変動の緊急性と重要性をはっきりと意識するようになることを願っている。また、このイベントが、あなたやわたしのようなリアルな人間一人ひとりにスポットライトを当てる機会になることを望んでいる。なぜなら、この世界を守っていくのに必要な本物の解決策や、いますぐ実行可能な提案を検討し、現実的なツールをもってそれを実現していくのは、わたしたちにほかならないからだ。

WIRED US/Translation By Terumi Kato, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)