マット・サイモン

『WIRED』の科学ジャーナリストとして、生物学、ロボット工学、カンナビス、環境を担当。著書にマイクロプラスチック汚染を扱った最新刊『A Poison Like No Other』のほか『Plight of the Living Dead』やアレックス賞を受賞した『たいへんな生きもの:問題を解決するとてつもない進化』などがある。

本記事は、マット・サイモンの著書『A Poison Like No Other: How Microplastics Corrupted Our Planet and Our Bodies(唯一無二の有害物──マイクロプラスチックは地球と人体をいかに汚染したか)』[未邦訳]の内容から一部抜粋したものである。

時は1863年。有名なビリヤード選手だったマイケル・フェランは、商売道具であるビリヤードの球の耐久性に悩んでいた。球は当時、動物界で最も丈夫な素材である象牙に直接手彫りをしてつくられていた。だが、象牙は値段が高く、出来の悪い球は繰り返し強打すると耐久性が低く、ひび割れてしまう。

それに、ゾウが突然いなくなったらどうなるだろう? ビリヤードの球を何からつくればいいのだろう? フェランには見当もつかなかった。そこで、10,000ドルを用意し、象牙に代わる適切な素材を見つけた発明者にそれを賞金として提供することにした。うまくいけば、フェランはビリヤードという競技を救い、おそらく何頭かのゾウの命も救うことができるはずだ。

この呼びかけに応じたのが、腕の確かな印刷工だった26歳のジョン・ウェズリー・ハイアットだった。ハイアットは、木質繊維の周りをセラック(ラックカイガラムシの分泌物から得られる樹脂)と象牙の粉末の混合物で覆う方法など、ある意味でズルをしながら、いくつかの製法をあれこれ試みた。だが、そうした人工象牙の球は本物の象牙の球よりも硬度が低く、ビリヤード選手からは敬遠された。

最終的に、ハイアットはニトロセルロース(綿を硝酸と硫酸で処理したもの)の実験を始めた。この化合物は非常に燃焼性が高いため、危険を覚悟での実験だった。このニトロセルロースをアルコールとエーテルに溶かすと、コロジオンと呼ばれるシロップ状の溶液が得られる。南北戦争中、外科医はこのコロジオンを利用して傷の縫合をしていた。ハイアットはこのコロジオンと樟脳(クスノキから得られる物質)を混ぜ合わせ、得られた物質が強度は高いのに成形可能であることを発見した。そして、この物質をセルロイドと名づけた。

ビリヤード選手からの評判はさまざまだった。球状に成形されたセルロイドは、象牙と同様の機能を果たすものの、ニトロセルロースでできているため、しょせんは……不安定だった。ハイアットはのちに次のように認めている。「火のついたタバコが触れると、たちまち激しく燃え上がるのです。時には、球同士が激しくぶつかると、おもちゃの拳銃のような軽い爆発が起こることもありました」

だが、それはたいした問題ではない。ハイアットは、実用に耐えうる大量生産可能なプラスチックを初めて発明したのだ。適切な温度と圧力のもとでは、球体以外にもあらゆる形状に成形できる素材である。これによって、技術者や設計者は、不安定ではあるが新しい種類の素材を手に入れた(初期のフィルムはセルロイド製だったため非常に燃えやすかった。だから、クエンティン・タランティーノ監督の映画『イングロリアス・バスターズ』で、主人公らはナチスが大勢集まった劇場を焼き払う際に、燃焼促進剤として山積みのフィルムを使ったのだ)。

いまや、木材や革のような天然素材に手を加えるという、人類が何千年も行なってきた方法にこだわる必要はなくなったのだ。壊れやすく、扱いが面倒なガラスと比べても、セルロイドは丈夫なのに軽量だった。

だが、プラスチックとはみなされても、セルロイド自体はそのほとんどが天然素材だった。ニトロセルロースのセルロースは綿から得られる物質であり、樟脳は木から得られる物質だからだ。「アスタロイド(asteroid)」という単語が「星のような」という意味であるのと同様、セルロイドは文字どおり「セルロースのような」という意味である(認めるべき功績は認めよう。ハイアットは、技術的に最初のプラスチックである「パークシン」を改良した。セルロースをもとにつくられたこのパークシンを、アレクサンダー・パークスは何とか商用化しようとしたが失敗に終わった)。

使い捨ての夢

1907年、科学者らは最初の完全な合成プラスチックであるベークライトをつくりだした。世界が電力に移行しつつあり、配線用の絶縁体が必要だったことが背景にあった。セラックは絶縁体の役割を果たしたが、昆虫から得られる天然素材のため、製造会社が調達できる量には限界があった。それに比べて、ベークライトの材料であるフェノールとホルムアルデヒドは、化学者が研究室の中で用意できた。このベークライトは、物体が燃えるのを防ぎ、さらには耐久性にも優れていた。

人類は秘密を解き放ってしまった。科学者たちは完全な合成プラスチックの製造方法を手に入れ、石油・ガス業界は活況を呈し、その結果、天然素材に代わる新たな素材が次々と生み出された。プラスチックの製造ペースは、第二次世界大戦による資材不足によってますます加速した。綿の代わりにナイロンが登場し、タイヤは純ゴムが合成ゴムに切り替わり、ガラスにプラスチックを加えて防弾ガラスが生まれた。

「第二次世界大戦をきっかけに、世界は麻薬性鎮痛薬のオピオイドに依存するようにプラスチックの虜になった」と言えば、オピオイドに対する理不尽な攻撃になるだろう。薬物に依存する患者は治療できるが、人間社会からプラスチックを排除することはできないからだ──絶対に。

率直に言うと、プラスチックは画期的な素材だ。確かに、レジ袋のような使い捨てプラスチックの使用を止めることはできるが、プラスチック製の注射器などの医療機器やプラスチック製の配線絶縁体、クルマや電子機器の多くの部品の利用を止めることはできない。「世界をプラスチックの海で溺れさせている」と石油化学業界に対して批判を向ければ、業界はプラスチックがいかに有用かを真っ先に強調するだろう。プラスチックをリサイクルせずに乱用しているのは消費者であるわたしたちの責任というわけだ。オピオイドをつくる製薬会社がオピオイド依存症について患者のせいにするのと同じことだ。

オピオイドと同様、プラスチックはいまこの瞬間を快適にする素材であり、その依存症の被害は一時的には隠されている。『ライフ』誌の1955年8月1日号に掲載された見開きの記事「使い捨て生活──使い捨て商品が家事を減らす」のなかでプラスチックを大歓迎する人たちに、尋ねてみるとよい(この記事は、さほど合理性を重んじない読者でさえも非常識と感じたに違いない)。見るからに幸せそうな核家族が、皿やコップ、台所用品や容器、使い捨てオムツといった物が降って来るのを賛美するかのように両腕を拡げた写真が添えられている。

「この写真で宙を舞っているさまざまな物を洗うには40時間はかかるだろう」と記事には書いてある。「だが、主婦はもう悩む必要はない。使った後は捨てればいいだけなのだ」。さらに記事にはこう書かれている。「人間は、新たに登場したこのすばらしい使い捨ての世界に乗り遅れると心配する必要はない。漁師は、ガチョウとアヒルの使い捨てのおとり用模型を捨てればいいだけなのだから」。これこそがプラスチックをめぐる矛盾の核心だ。多目的に利用できて非常に有用であるにもかかわらず、1回使っただけでゴミ箱に捨てられてしまうのだ。

記事の後ろには5ページにわたって広告が続く。まるで、現代の大量消費主義者がプラスチックを崇める地獄のような光景に至る階段のようだ。石油会社のテキサコは、「シャシ注油機の『クッションのように柔らかい』使い心地」を大々的に宣伝している。髪の毛が糸でできた生きた人形のようなものが、食品会社カーネーションのインスタントのチョコレートドリンクをグラスに注いでいる。「大画面のカラーテレビが登場!」と叫んでいるのはRCAヴィクターの広告。ほかにも、ピカピカのオープンカーに乗った男性が子どもと一緒にホットドッグを楽しみながら、「食事の後は歯磨きをするべきだけど、なかなかそうはいかない」と心のなかで思っている。でも、運よく男性は朝食前にP&GのGleemの歯磨き粉で歯を磨いたため、一日中爽やかな息でいられる。

『ライフ』誌が使い捨て生活の到来を宣言してから数十年で、テキサコのような石油・ガス会社は、使い捨ての夢を現実のものとした。かつてはカーネーションに独占されていた飲料市場では、いまやさまざまなブランドの炭酸飲料や栄養ドリンクやジュースで溢れ、それらはすべてペットボトルに密封されている。RCAヴィクターの21インチカラーテレビの後継機種である大画面薄型テレビは、プラスチック製だ。歯磨き粉はプラスチックのチューブに入っているだけでなく、つい最近まで、それ自体がプラスチックだった。

マイクロビーズをめぐる戦い

2010年代前半、さまざまなブランドが、洗浄能力を高めるために歯磨き粉や洗顔料に添加していたプラスチックのマイクロビーズを徐々に減らし始めた。一部の製品には数十万個のマイクロプラスチックが含まれており、それらは顔から洗い流されて、海へと流れていた。この事実を知った消費者は不快感を露わにし、それを受けて15年、バラク・オバマ大統領はこの不快感を法制化し、マイクロビーズ除去海域法に署名した。化粧品業界でマイクロプラスチックのスクラブ剤の特許が取得されてから、じつに40年後のことである。

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「この法案は洗い流す化粧品だけを対象としていました。主にスクラブ洗顔料です」とプラスチック汚染に取り組む非営利団体5 Gyres Instituteの共同創業者であるマルクス・エリクセンは言う。「しかし、その一方で、化粧品には細かく砕かれたマイクロプラスチック粒子が添加剤として大量に含まれています。長時間、化粧崩れしないようにするための添加剤です」。アイライナー、マスカラ、口紅などには依然として、各商品に何万個ものマイクロプラスチックが含まれている。マイクロビーズは摩擦を減らすボールベアリングのような働きをし、商品ののびと光沢を高める効果をもつ。ある予測によると、現在でも毎年、パーソナルケア製品から300万ポンド(約136万kg)以上のマイクロプラスチックが水域環境に流れ込んでいるという。中国だけで、年間約210兆個のマイクロビーズが流出している。洗い流す化粧品でのマイクロビーズの使用が米国で禁止されたのはすばらしいことだが、それでもこれらの粒子は、いまだ自然環境のあちこちを動き回り、今後も長期にわたって存在し続けるだろう。

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マイクロビーズをめぐる戦いは最高潮に達し、その後下火になった。企業との戦いは勝利に終わった、と世界は自己満足に陥った。とはいえ、人々はマイクロプラスチックの問題を半分もわかっていなかった。環境科学者でさえ、肝心なことがわかっていなかった。このころには、マイクロプラスチックは環境の至る所に存在するようになっていたが、そのことに気づいていたのは、ほんの一部の科学者だけだった。

人間はこれまで、いったいどのくらいのプラスチックを製造してきたのか? その量を正確に知ることは決してできないだろう。だが、科学者らの推定によれば18兆ポンド(約8兆kg)以上、地球上に生きる全動物の体重の2倍にのぼるという。そのうち、14兆ポンド(約6兆kg)が廃棄されてきた。廃棄されたプラスチックのうち、リサイクルされたのはわずか9%、焼却処分されたのは12%。残りは埋め立てられるか、自然環境に放出された。レジ袋やペットボトルや包装用セロファンは、何百万ものマイクロプラスチックに粉砕されている。もちろん、テレビや自動車部品のようにプラスチック製品の多くは比較的長持ちするが、プラスチックの42%は包装用で、そのうちリサイクルされるのはごくわずかだ。

プラスチック汚染は世界中でまん延しているため、もしもすべてのプラスチックを集めてそれをラップに変えたとしたら、地球を覆うのに充分すぎる大きさになる。それに、このラップの大きさはいまも拡大中だ。毎年、ほぼ180億ポンド(約81億kg)のプラスチックが海に放出されており、これは1分当たりではゴミ収集車1台分のプラスチックになる。環境に放出されるマイクロプラスチックの量は、地球上のすべての人間が海まで歩いて行って、毎週レジ袋1枚を投げ込んでいるのに等しい。マイクロプラスチックの放出がとりわけ多い北米では、ひとりが毎週レジ袋3枚を投げ込んでいる計算だ。

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プラスチックの大規模な製造が始まった1950年、産業界は44億ポンド(約20億kg)の樹脂製品と合成繊維を生産した。2015年には、この数字は、ほぼ200倍の8,380億ポンド(約3,800億kg)となり、その半分は使い捨てのプラスチックだった。現在では1時間に6億枚のレジ袋が使用され、これを全部つなぎ合わせると地球を充分に7周できる長さになる。平均的な米国人は、ひとり当たり年間ほぼ300ポンド(約136kg)のプラスチック廃棄物を出し、これは欧州連合に住む人の2倍以上だ。

2050年には、人類は年間3兆ポンド(約1兆3,600億kg)を超えるプラスチックをつくり出すことになり、これは3億頭のゾウの重さに匹敵する。ガラスのようなほかの包装材よりはるかに軽いことがプラスチックの魅力のひとつであり(もちろんゾウより密度も低い)、この重さに達するためには大量のプラスチックが必要なことを考えると、なおさら驚きを覚えるだろう。

これまで製造されたプラスチックの半分以上は、ここ20年間に製造されたものだ。その製造量は飛躍的に拡大し続けているが、大手石油会社はこれを必然と考えている。人類はいつか化石燃料を燃料として利用しなくなるが、化石燃料からつくられるプラスチックを見限るのは不可能というわけだ。2040年には、海洋生態系に流れ込むプラスチック廃棄物が3倍に拡大すると予測され、つまりさらに1兆5,000億ポンド(約6,800億kg)のプラスチックが環境に放出される。廃棄物の削減に向けてただちに抜本的な行動を起こすことを前提としても、この状況なのだ。

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今世紀半ばには、人類がプラスチックと添加剤の製造を始めてから100年が経つ。その間のプラスチックの製造量は、エンパイア・ステート・ビルディング10万棟に匹敵する合計75兆ポンド(約34kg)に達する見込みだ。毎分、プラスチックを積んだ4台のゴミ収集車が海に入っていく計算である。そのころ、海洋を漂うプラスチックの重量はついに、海を泳ぐ魚の総重量を上回るようになるのだ。

WIRED US/Translation by Miho Michimoto, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)