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野次が飛び交った今年の一般教書演説

2023年2月7日、ジョー・バイデン大統領はSOTU(the State Of The Union)の演説を、例年通り、連邦議会議事堂の下院議場で行った。日本ではなぜか「一般教書演説」と訳されるものだが、SOTUとは言葉の意味通り「連合の状態」を報告するもので、毎年年初に大統領が、選挙で選出された期間限定の国王のような存在として、全米から選ばれた市民の代表たる議員を前に、「アメリカという連邦の現状」について、これまで実施してきた政策に触れつつ、これから行おうとする政策、行いたい政策、行わなければならない政策などについて自らの言葉で説明する。観衆は、上院・下院の現職議員に加えて、大統領のキャビネット(閣議)メンバーや連邦最高裁判事が列席し、さらに諸国の大使やホワイトハウスから招待された人びとが並ぶ。もちろん、その内容は主要テレビネットワークによって生中継される。ワシントンDCの政府要人が一堂に会する一大イベントである。

今年の場合、下院の多数派に共和党が返り咲いたことで、演台でスピーチを行うバイデンの背後に座るのは、上院議長としてのカマラ・ハリス副大統領と、ケヴィン・マッカーシー下院議長となった。下院議長が民主党のナンシー・ペローシから共和党のマッカーシーに変わったことは、生中継から受ける印象を大きく変えた。前回ならば民主党が進める政策にバイデンが言及するたびに、ハリス&ペローシがともに立ち上がり笑みを浮かべながら拍手で讃えていたのだが、今回それを行うのはハリス副大統領だけだった。マッカーシー下院議長は終始ムスッとした不満顔で過ごしていた。

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もっとも、彼が笑みを浮かべなかったのは、単にバイデンの政策に賛同できないからだけではなかった。大統領の講演中に、以前なら考えられなかったことだが、平然と野次を飛ばす共和党議員が後を絶たなかったからである。その多くは年初の下院議長選挙の際にマッカーシーを拒んだフリーダム・コーカス系の議員や、トランプ支持のMAGA系の議員だった。大統領の演説中は静聴するものという議員のコード/規範ももはや過去のものとなった。終始落ち着かず、時折騒がしくなる会場の様子を見て、イギリスの下院のようだと評するものも少なくなかった。

イギリス下院の審議では、すし詰めになって座った議員たちが、首相の答弁や対立政党の演説に対して遠慮会釈もない野次を飛ばし、しばしば議場を騒然とさせることで知られる。興奮した議場の空気を静まり返らせるために、木槌を激しく叩きながら議長が「オーダー!!!」と叫び、静粛を求める様子をニュース映像などで見たことがある人もいることだろう。あれに似た状況だ。もっともバイデンのSOTUでは、誰も小槌を叩かないし、誰も静粛するよう求めなかった。むしろバイデンは、興奮する議員たちを面白がるかのように睥睨し、時にそうしたブーイングに半ば呆れながらも気さくに対応してみせた。共和党に根強い社会保障政策に関わるエンタイトルメントの争議についてもその場でいなしていた。老人の医療を守ろうと、両党含めて合意が多数な空気を作りだしソーシャルセキュリティとメディケアの存続をその場で確約させた(ように振る舞った)。ヤンチャな学生を前にした校長先生のような鷹揚な対応だった。

このように、今回のSOTUはもっぱら騒然とした議場の様子に話題が偏りがちだったのだが、では、肝心の講演の中身はどうだったかといえば、事前に想像されていた以上に、内政の、それも経済中心のものとなった。「経済ポピュリズム」という言葉が報道の中心を占めた。

実際、SOTUの中身の配分は、終了直後のNBC Newsの分析によれば、以下の通りだった。

経済(8.4分)、インフラ(5.3分)、警察(4.7分)、税(4.1分)、デモクラシー(3.7分)、がん治療(3.1分)、政治(2.7分)、処方薬(2.7分)、Covid-19(2.4分)、中国(2.1分)、銃規制(2.1分)、ヘルスケア(1.9分)、ロシア/ウクライナ(1.8分)、オピオイド(1.7分)、国家債務(1.6分)、教育(1.6分)、気候変動(1.5分)、移民(1.2分)、退役軍人(1.1分)

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圧倒的に経済に関わるテーマが多いことがわかる。しかも処方薬やオピオイドのように、一般に「キッチン・テーブル・イシュー」と呼ばれる、市民が日々の生活で経済負担を感じる具体的な案件にまで触れていた。一方、中絶の権利やLGBTQなど、最近であれば「Woke」と呼ばれる文化戦争案件についてはそれほど強調されていなかった。

「掠め取り」は民主党のお家芸!?

バイデンは、大統領就任後の2年間で、インフラ整備や地球環境問題、新規雇用の創造を促す国内製造業の再興など、国内向けに多くのプログレッシブな政策を提案し、議会の賛同も経て法律化された後、実行に移してきた。といってもあくまでも彼自身は、調整役=コーディネーターとしての素振りを徹底させ、政治的にはセンターをキープし、左右ともども極端な主義主張をする者たち、すなわちエクストリームを周縁化し、必要なら排斥する手だてを講じてきた。

やっていることはバイデンが長年務めてきた上院議員時代の議会工作と同じで、いかにして多数派の形成を成し遂げるか、それこそが本来あるべき正しい「妥協」と信じるディール・メーカーだ。今回のSOTUでも、騒然とした議場をなだめるときの様子がまさにそれだった。

この点で思い出されるのは、暗殺されたジョン・F・ケネディ(JFK)の後を継いで大統領になったリンドン・B・ジョンソン(LBJ)のことだ。LBJもJFKの副大統領となる前は、テキサス州選出の上院議員として、長年に亘り法案の検討・成立に従事していた。公民権法(1964年)が議会を通過したのもLBJが議会内の力学、議員間の力関係に通じていたため、という評価もあるくらいだ。

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その意味で今回のSOTUは、まるでバイデンがトランプの副大統領だったのでは?と思わせるくらい、トランプのお株を奪うものだった。

内政中心の、それもそのほとんどが経済に照準していた今回のSOTUは、2016年のトランプの主張の多くを実行したという点で、トランプよりもうまくやれるのがバイデンなのだと、議場に集まった聴衆だけでなくテレビやネットの向こうにいるアメリカ国民にもアピールするプレゼンだった。

トランプの経済政策の中身を掠め取ったという点では、ブッシュ父に勝利し40代でベビーブーマー初の大統領となったビル・クリントンにも似ている。

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“It’s the Economy, Stupid!(問題は経済なんだよ、間抜け!)”という、今ではクリントン時代を物語る常套句となった発言で記憶されているように、1992年大統領選でクリントンは、レーガン以後、共和党が採用した「小さな政府」の議論を「民間活力への期待」に読み替えて、人びとの自尊心や家族愛、郷土愛を鼓舞した。クリントンの出身であるアーカンソー州を含む南部色の強いレトリックで訴えることで、保守的な共和党の主張を奪い取り勝利した。

大統領就任後は、副大統領のゴアが上院議員時代から主張してきた情報スーパーハイウェイ構想を、冷戦終結後に民間解放されたインターネットに投影して推進したことで、民間活力の発露によるイノベーションの時代を現出させた。あわせて冷戦終結による自由主義世界の勝利に乗じて、グローバリゼーションの掛け声の下、国際的な自由貿易体制を推進し、そのための資金調達には、情報化した金融市場を通じて、世界中の投資を仲介し利益を得る機会に変えた。ITと金融による民間企業の成果によってアメリカ経済は栄光を取り戻した。その立役者が、共和党から自由経済政策を掠め取ったビル・クリントンだった。

そのクリントン路線に伏在していた問題点が噴出したのが2008年のリーマンショックだった。それ以後、2010年代前半には、クリントン路線の見直し・修正を図ろうとする声が、草の根の下からの政治運動(=ポピュリズム)として浮上した。その結果が、2016年のトランプ旋風でありバーニー・サンダース旋風だ。左右の両翼で経済ポピュリズムを求める動きに後押しされて、それまで部外者だったトランプとサンダースが浮上し、クリントン路線からの政策転換を呼びかけた。

バイデンは、その2016年の「ポピュリズム政変」がもたらした潮目の変化に応じた政策に、大統領就任後、取り組んできた。2016年に一度は政界から引退しブランクが生じたことも、結果的には、オバマ時代からの政策転換のためにちょうどよいブレイク(一休み)となった。ITと金融によってフラット化しすぎた世界に、人間社会の現実的な尺度に合わせて、改めて適度な摩擦や障壁を組み込んだ。民主党急進左派(プログレッシブ)の主張に可能な限り応じることで、トランプ登場後、もともとは民主党支持者だったがいち早く経済ポピュリズムを掲げた共和党に流れた有権者を取り戻し、同時に文化戦争に訴えるMAGAを周縁化させることで、少数ながらも存在するセンターライト(中道右派)で経済志向の共和党支持者たちも招き入れる姿勢を取り続けた。

したがって、バイデンの場合、ポピュリズムといっても、経済と文化を切り離し、あくまでも経済主体で、文化については、デモクラシーへの脅威としてMAGAを周縁化させる以外は寛容路線をとるのが基本だった。バイデンの講演や談話を聞くと、そうした寛容さこそが、多民族国家アメリカ、連邦国家アメリカを支える柱であると捉えていることが伺われる。

その上で、政治体制としてのデモクラシーの擁護を持ち出すことで、中国との対峙という経済的、地政学的要件を、適切な愛国心の喚起という文脈に置き換え、国内結束のための求心力に切り替えようとしてきた。CHIPSプラス法(以下CHIPS +法)で目指した半導体産業の再興などの経済政策も、国内産業の振興という点で「アメリカ・ファースト」を求める経済ナショナリズムに応じるものでもあった。

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もっとも、引き続き南米・中南米・カリブ海からの移民希望者がメキシコ国境に殺到することから発する移民問題や国境警備問題は積み残されたままではあるのだが。それでも可能な限り、人びとが日常的に不満を感じついつい悪態をついてしまいたくなる、ガソリン価格や処方薬価格などのいわゆる「キッチン・テーブル・イシュー」の経済問題に取り組んでいることをアピールすることで人びとの怒りをなだめようとする。経済的ポピュリズムに応じることで、文化戦争的な憤懣を沈静化させる戦術だ。

だが、まさにこの点をついてきたのが、今回、SOTUに対する共和党の反論・評価スピーチを任された、アーカンソー州知事のサラ・ハッカビー・サンダースだった。バイデンが「経済中心、文化は要相談」という感じで進めたSOTUに対して、いや文化こそが真の問題なのだとばかりに切り返してきた。

サラ・サンダースは、さすがはトランプの元プレスセクレタリーらしく、議論の枠づけを優先し、ポジショントークに徹していた。彼女の主張は「老人攻撃」を基調にしており、80歳のバイデンと40歳の私と枠付けた上で、一番若い女性の州知事であることをアピールした。ただし、同じ老人でも彼女のボスだったトランプについては言及せずじまいだった。

サラ・サンダースは、同じくアーカンソー州知事を務めた共和党政治家のマイク・ハッカビーの娘である2世政治家であり、昨年、トランプの後ろ盾を得て州知事戦で勝利した。従来の共和党とMAGAのハイブリッドである。

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彼女は、現在のアメリカ政治を形作っているのは、右派vs左派の対立ではなく、「ノーマルvsクレイジー」の対決とフレーミングし、しかも、自分たちこそが「ノーマル」であると強弁した。いわゆる「オルタナティブ・リアリティ」の論法である。その上で、ポピュリズムには経済的なものと文化的なものがあり、バイデンは文化的要素を無視した議論を組み立てたと論じた。バイデンが巧妙に言及を避けたポリティカルコレクトネス(PC)やWoke案件を混ぜ返す作戦だ。だがこれでは、共和党に残されたのは文化ポピュリズムだけだと主張しているようなものである。皮肉にも、党の存続のためにWokeを是が非でも必要とするのが共和党だ。最近ではとうとう「Wokism」という言葉までつくりだした。Wokeという仮想敵がいればこそ、彼らの主張も生きてくる。サラ・サンダースのSOTUへの応答はそのことを明らかにした。

センターというポジションを手放さないバイデン

だが、サラ・サンダースのボスだったトランプも対処に困ったように、バイデンに向かってWokeやPCの議論をふっかけたところで、暖簾に腕押しのところがあるのは否めない。トランプが民主党をソーシャリズムといってなじっても、その非難はバイデンには届かない。バイデンはセンターというポジションだけは手放さないからだ。今回のSOTUでも、その姿勢を堅持した。

バイデンのセンター維持の姿勢は、たとえば“Defund the Police”の運動に与さないところに現れている。むしろ警察の予算を増やして、国内の安全安心の確保を重視する姿勢を貫いている。米軍の兵士に向けるのと同種の視線を警官にも向けているようなのだ。軍の士気が低下することで軍が内部崩壊することが最も危険なことであるのと同様、警察の士気が下がることで腐敗がより進行することの方を憂える。加えて警察のことを、消防や救急など他の市政の現場を支える公務員の象徴として捉えている節もある。

“Defund the Police”という、「警察予算を削減しろ(そして警察権力を弱体化させろ)」という運動は、その運動の中心が黒人活動家であることからも想像できるように、もとをたどれば、警察による黒人に対する差別的対応への反感から発した運動だ。つまりはレイシズム(人種差別主義)から発したものだ。黒人は警察を信用しない、むしろ合法的に自分たちの日常生活に圧をかけてくる警察なんてないほうがよい、という怨嗟に根ざしたものだ。ちょっとやそっとでは消えないルサンチマンが背後にある。

今回のSOTUの会場には、テネシー州メンフィスで2023年1月7日、警官による暴行で死亡した黒人男性タイリー・ニコルズの遺族も招かれていた。この事件が複雑なのは、暴行を加えた警官たちもまた黒人のチームだったことで、より警察機構の闇に関心が向かうことになった。

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今日、民主党の政治家が選挙で勝利する上で黒人票の確保は欠かせない。特に接戦州では黒人有権者の支持は不可欠であり、そもそもバイデン自身、予備選の際、黒人有権者の多いサウスカロライナ州で勝利したことで民主党の候補者として勝ち残った経緯がある。だが、そんなバイデンであっても“Defund the Police”の運動には距離を置く。それくらい微妙で複雑な問題なのだ。

強調された「ものづくりの復権」

一方、経済ポピュリズムへの対応としてバイデンが強調していたのは、インフラの(再)整備とサプライチェーンの国内への引き戻しだった。ものづくりの復権であり、製造業の再興である。

以前iPhoneの背面に書かれていた“Designed by Apple in California Assembled in China(カリフォルニアにあるAppleによってデザイン=設計され、中国で組み立てられた)”という表現に代表されるように、90年代以降、アメリカ経済を牽引したシリコンバレーの本質は、デザイン中心のファブレス経営にあった。もっぱら頭脳労働に特化し、具体的な製造工程は、国外で、特に中国で行うというものだった。安い工賃で製造可能な国外に工場を移し、アメリカの本社は知的財産権で利益を確保するというスキームだ。

『サイバー戦争』の書評で記したように、中国がサイバー窃取として、アメリカの大企業をハッキングしてまわり、知的財産権を奪取していったのも、重要な科学技術の知見を奪うというだけでなく、ライセンスフィーという儲けの仕組みを迂回し無効化したいという考えもあったことがわかる。グローバルサプライチェーンという機構は、複数の国家政府と企業が絡むものであり、それら参加者が相互に利得があると信じられるからこそ成立するものだった。コロナ禍やウクライナ戦争によって、そこに軋みが生まれたことで、急遽、その再編が試みられている。バイデン政権で導入されたCHIPS+法は、アメリカ国内で再び半導体製造を活発化させることを目指したものだが、この試みが象徴するのは、いわば極限まで伸び切ったグローバルサプライチェーンという怪物を調伏するために、その要となる部門を国内に戻し管理可能なものにする、という考えへの転換だった。

シリコンバレーは、その名の通り、シリコン=ケイ素による半導体の製造から始まった。

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それがいつの間にか、半導体の上で稼働するソフトウェアが主体の場に変わった。その流れにブレーキをかけるものである。Big-Techに対する縛りを、規制や裁判の形で導入しようとする動きとも根底では通じている。昨年末に登場したChatGPTによってAIの規制論議が再燃しているのも、AIがソフトウェアの究極形態であると(少なくとも政治家には)見なされていることが大きい。来年以降のSOTUで、シリコンバレーへの介入や再編がどのように報告されるようになるのか、気になるところである。

アメリカが前回インフレに悩まされた70年代から80年代初頭にかけては、戦後復興をなし遂げたドイツと日本によって、アメリカの、物量にものを言わせた大量生産方式の製造業が競争力を失うという事態が起こった。その中でたとえばピオリ&セーブルの『第二の産業分水嶺』(原著1984年)のように、少量多品種生産の潮流に応じた次なるアメリカ産業のあり方が模索された。それにならえば、現在は「第三の産業分水嶺」を探索している最中なのかもしれない。

これは、民主党のプログレッシブ一派の主張とも関わることだが、製造業の再興や運輸基盤整備事業へのテコ入れは、製造業の凋落に合わせて影響力を失ってきた「旧来の労組」が活力を取り戻すことにもつながる。その一方で、製造業の代わりにアメリカ産業の顔となった情報産業では、たとえばAmazonのように労組の導入を試みる動きが続いている。両者を合わせて、旧労組を再興させ、新労組を立ち上げる動きだが、これもまた経済ポピュリズムへの具体的対応のひとつといえる。

といっても、もともと経済ポピュリズムは、労組を支持母体の1つとしてきた民主党が真っ先に対処すべき案件だったのは間違いなく、したがってようやく本来の軌道に戻った感じではあるのだが。この点では、マイケル・リンドの『新しい階級闘争』のように、白人の共和党支持者、特に21世紀を越えて増えてきた「ホワイトワーキングクラス」の共和党支持者の悩みに応える形で、(レイシズムやフェミズム絡みの権利闘争案件ではなく)「(白人)中間層の経済的没落」への対処を優先しなければならない必要性に駆られた右派の側で、左派的な階級闘争の議論が重ねられてきたのは、現在のアメリカの内政が一筋縄ではいかないことを表している。

こう見てくると、たしかに、モデレート(穏健派)なセントリスト(中道派)を自称し、生涯(警官や消防官のような公務員や工場労働者の多い)アイリッシュ・カトリックとしての信仰を貫き、人生の大半を上院議員として過ごしたジョー・バイデンはユニークな位置にあったといえる。その上でアメリカ史上初の黒人大統領であるバラク・オバマの副大統領を8年間も務めたのである。

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2023年2月14日、元サウスカロライナ州知事で、トランプ政権で国連大使を務めたインド系の女性政治家ニッキー・ヘイリーが、トランプに続き共和党2人目の大統領候補として正式に名乗りをあげたこともあり、バイデンの去就を巡る議論も盛んになってきた。今回のSOTUの中身、ならびにその講演のデリバリーの仕方を見れば、バイデンが2024年の再選を目指して立候補することはほぼ確実視されている。ただ、すでに80歳と最高齢の大統領となったバイデンは、再選された場合、82歳で就任式を迎える。そのため、さすがに高齢過ぎるのではないか、もっと若い世代にバトンを渡すべきではないか、という議論も同じくらいよく聞かれる。

ここで問題は、彼に代わる候補者の名が挙がらないことだ。共和党における、トランプの対抗馬としてのロン・デサンティスのように「プランB」となる人物がいない。たとえばワシントン・ポストが定期的に行っている調査の最新(2023年2月)の結果では、民主党の大統領候補者として適任と思われる人物の筆頭は、もちろんバイデンであり、2位に現運輸長官のピート・ブティッジェッジが、3位に副大統領のカマラ・ハリスが続いている。4位以降は、ギャビン・ニューサム(カリフォルニア州知事)や、グレッチェン・ホイットマー(ミシガン州知事)のような何人かの州知事の名前が上がるくらい。

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問題は、ブティッジェッジは白人男性のゲイ、ハリスは黒人女性であり、彼らの存在そのものが、共和党が目の敵にするWokeの話題から切り離せないことだ。Wokeへの期待という追い風を受けて、政治的にのし上がってきたのがブティッジェッジやハリスなのだからやむを得ないのだが、それゆえバイデンのように、よい意味でのらりくらりとモデレートやセンターの立場を取ることが難しいのが実情だ。いきなりバイデンの継承者を名乗ったところで、あまりにも見え透いてしまう。デサンティスが、トランプに代わる「トランピズム」の継承者とみなされているのとはわけが違う。

まだ見えてこないバイデンの後継者

そうなると、ブティッジェッジやハリスではない第3の候補者が必要になるのだが、あいにくそのような人物はまだ見当たらない。接戦州で勝てるストレートの白人男性、ワーキングクラスやブラック&ブラウンのマイノリティからも支持を期待できる人物、しかもLGBTQや気候変動といったプログレッシブな一派から過度に叩かれない人物。バイデンがMAGAリパブリカンを周縁化させ、旧来のエリート層の共和党員とインディペンデントを抱き込むことでようやく接戦州で勝利できたことを考えると、バイデンに代わるそのような都合の良い人物を探し当て、残り1年半の間に全米での知名度を少なくともブティッジェッジやハリス並みに上げなければならない。忘れてはいけないのは、ブランクを経て2020年の大統領選に立候補したバイデンは、オバマの副大統領として全米の知名度を確立した上での参戦だったことだ。

ではバイデンが2期目を諦めればよいのか、というとそれはそれで民主党内の権力の空白を生み出してしまう。先ほどバイデンが似ているといって触れたLBJも、ベトナム戦争の膠着という批判から1968年大統領選への出馬を見送ったが、結果は共和党のニクソンが勝利していた。

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ニッキー・ヘイリーの立候補を受けて、共和党では、この春、3月から4月にかけて、デサンティスをはじめ、候補者として名が挙がっている人たちが、立候補するか否かを決めると見られている。立候補者が増えれば自然とメディアカバレッジも増えていく。そのため、民主党も早々に決断する必要に迫られることだろう。

問われる「対ロシア」「対中国」の外交姿勢

今回のSOTUでバイデンは、もっぱら国内経済問題に特化したスピーチを行った。経済ポピュリズムが中心だったわけだが、その結果、事前に予想されながらあまり言及されなかったこととして外交問題がある。一つは、開戦から1年を迎えたウクライナ戦争。もう一つは、SOTUの直前に「偵察気球」問題をもたらした中国である。

特に後者の「バルーン問題」については、この問題の発生により、急遽アントニー・ブリンケン国務長官の訪中が取りやめられ、その後もあとを引いている。もともと訪中の目的の一つに、南シナ海における中国の軍事行動、とりわけ台湾を巡る問題があった。アメリカでは“Meet the Press”のような歴史ある報道番組で、「台湾に侵攻する中国」VS「台湾の防衛に回るアメリカ(ならびに同盟国)」のシミュレーションが行われたりするなど、きな臭さが拭えない空気が漂っている。2024年大統領選の候補者も、予備選の段階から、対ロシア、対中国の外交姿勢について見解を求められることは必至だろう。

バイデンは、プログレッシブな政策を進めたことで、ニューディール政策を推進したフランクリン・D・ルーズベルト(FDR)大統領に準じて語られることも多いのだが、FDRは、大恐慌という国内問題への対処だけでなく第2次世界大戦を指揮した戦時大統領でもあった。戦争が継続したこともあり、大統領選に4期連続で勝利した(当時は法律で3期以上の大統領職の継続が禁じられていなかった)。バイデンが戦時大統領という部分までFDRにならうことがないよう願うばかりだが、彼の任期の間に少なくともロシアがウクライナに対して戦端を開いた事実は覆らない。

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池田純一 | JUNICHI IKEDA

コンサルタント、Design Thinker。コロンビア大学大学院公共政策・経営学修了(MPA)、早稲田大学大学院理工学研究科修了(情報数理工学)。電通総研、電通を経て、メディアコミュニケーション分野を専門とする FERMAT Inc.を設立。2016年アメリカ大統領選を分析した『〈ポスト・トゥルース〉アメリカの誕生』のほか、『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』『デザインするテクノロジー』』『ウェブ文明論』 『〈未来〉のつくり方』など著作多数。

加えて、件のバルーン問題が、成層圏を通じて、つまり飛行機が飛べる高度以上、人工衛星の高度未満の空間を通じた偵察行為だったことも気になってくる。ウクライナ戦争は、2014年のロシアのクリミア侵攻時からサイバー戦を交えたハイブリッド戦争として21世紀の新しい戦争形態として語られてきた。これに今後は成層圏における偵察活動を含めた宇宙戦が加わるのかもしれない。バイデンのホワイトハウスが進めるグローバルサプライチェーンの再構築は、経済的問題だけでなく、こうした軍事的要請、地政学的挑戦に応じるためにも必要なことと考えられる。その意味で、SOTUで語られなかったことにも十分配慮する必要がある。とりわけバイデンの後継者たらんとする政治家たちは。

そう考えていたところ、突然、2023年2月20日、ウクライナの首都キーウにバイデンが現れ、ゼレンスキー大統領とともにキーウ市内を視察する姿が伝えられた。鉄道を使って陸路ひっそりとウクライナ入りしたのだという。この戦争へのバイデンの強いコミットメントを示すものであり、これでウクライナ戦争は2024年大統領選における争点のひとつとなることがほぼ確定した。逆にプーチンのロシアは2016年以上に2024年の大統領選では、反バイデン、反民主党のサイバー干渉を試みるに違いない。「デモクラシーの守護」は引き続きバイデンの唱えるメッセージの核となる。

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