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──みなさん、こんにちは。SNEAK PEEKS at SZ MEMBERSHIPでは、SZ会員向けに公開した記事のなかから、注目のストーリーを編集長の松島が読み解いていきます。今回は2023年4月WEEK#4のテーマである「BIOLOGY」についてです。松島さん、よろしくお願いします。今週はどうでしたか?

今週は仕事の会食が多かったんですが、TOKYO ALEWORKSというブリュワリーの社長とご一緒する機会もありました。今度、そこでビールづくりの修行をさせてもらえそうで、ビール好きとしてはとても楽しみです(笑)。

──弟子入りですか!どんなWeb記事になるのか楽しみです。それでは本題に入りますが、4月WEEK#4のテーマは「BIOLOGY」で、松島さんのセレクト記事は「ポスト空腹時代へようこそ:薬で食欲が抑えられると何が起こるのか?」です。エンジニア気質であらゆる数値を管理し、体重を劇的に落とした“ぼく”も、その後の遺伝的要因によるリバウンドには勝てなかった。でも新しい承認薬マンジャロのおかげで、何十年も続いた“満腹の奴隷”からついに解放されたようだ、という内容です。

記事中に出てくる人物が10年前にダイエットをして、45kgぐらい体重を落としたところから話が始まります。エンジニアらしく管理システムを構築して、摂取カロリーとか運動で消費したカロリーとか、体重の変化を細かく追うことで痩せられたみたいですね。ところが、最終的にリバウンドしてしまい、自分の父親もふくよかだったし、遺伝的要因にはかなわないと半ば諦めていたところ、ある薬を医者に紹介されたんです。

今週の記事:ポスト空腹時代へようこそ:薬で食欲が抑えられると何が起こるのか?

──これまでは、薬の使用を意図的に避けていたんですか?

これまでは“肥満を治す薬”ってなかったんだよね。「肥満だからこの薬を飲んでください」というわけにはいかなかった。でも、いま米国をはじめいくつかの国ではこうした新しい肥満治療薬がどんどん当局に承認されていてブームになっているらしいんです。WIRED.jpでも、「肥満は本当に「治療すべき」なのか? 米国で人気の肥満治療薬に賛否両論」という記事があって、これもすごく参考になります。こうした薬は、もともと糖尿病患者のインスリンの分泌を促すために開発されたものですが、これを飲むと満腹感を抑えられることから、21年以降、肥満のかたへの処方も始まっているという流れにあります。実際に効果があると話題だそうです。

──薬を飲むのをやめると、どうなるんでしょう。

例えばマンジャロは毎週1回の注射を1年半近く続けることになるのですが、ストップするとリバウンドするのでいつまでも打ち続けないといけないのでは、という不安はこの記事にも書かれていますね。ざっと調べると注射代が月に10万円以上かかるようで、まだ保険も適用されないので簡単には手を出せない印象です。かたや、イーロン・マスクがオゼンピックという糖尿病治療薬を使っていると公言していたり……要するに、まだ富裕層のための薬という面が強い。

副作用についてよくわからないこともある一方、肥満であることで副次的に高血圧や脳卒中、心筋梗塞などのリクスが高くなるというデータもあり、薬を服用することのリスクとメリットについてはなかなか判断が難しいということもあるようです。

──どちらがよりリスクになるのか、わからないということなんですね。

そうなんです。マンジャロという薬は日本でも認可されて、この4月から発売を開始しています。ただこれ、基本的には糖尿病の治療薬としての認化なので、肥満を治すために処方されるかどうかは読めない部分があります。

こうしたなか、「そもそも肥満は治療すべきものなのか?」という議論が上がっていて、これはとても重要です。社会が「肥満は薬で治療するもの」と認識していくと、肥満であることが何か劣っていることだというメッセージが固定化されたり、さらに強化されたりすることにつながりかねないという懸念もあります。これまで、自分の体型を自分らしさや個性として受け入れ、愛そうとする「ボディポジティブ」ムーブメントなんかがあるなかで、こうやって肥満治療薬がメジャーになると、その流れに逆行してしまいますよね。

肥満がもたらす病気のリスクなどを抑えるべきという意見もある一方で、それを“治療する”ということが何か新しい価値観を強制してしまうことになりかねないというときに、この記事はそうした大きなパラダイムチェンジのさなかにいる驚きや戸惑いが赤裸々に書かれた注目の内容だと思いました。

──慎重に検討していきたい分野ですね。今週はこのほかにも、「学歴とBMI値の相関は遺伝的? じつは「両親の出会い」によって説明できる」という記事を公開しています。長い間、体重や学歴といった特質の組み合わせは遺伝的なルーツに左右されると研究者たちは考えてきた。だが本当の答えは、人が結婚相手を選ぶ「理由」にあるのかもしれない、という内容です。

もともと2015年に、体重と学歴には相関関係があって、それはふたつの特質それぞれに影響を与える遺伝子が同じものだからだという内容の論文が『Nature Genetics』に掲載され、話題になっていたんです。端的に言えば「頭のいい人ほど痩せている」という話で、遺伝子の相関関係が注目されたわけなんですが、その後、それは錯覚だとする新しい研究が出てきました。

今週の記事:学歴とBMI値の相関は遺伝的? じつは「両親の出会い」によって説明できる

この記事では、もともと同一の遺伝子がそのふたつの特質を決めているのではなくて、それぞれの特質をもつ人どうしがお互いを結婚相手に選び、その子どももまた、同じような特質の人を結婚相手に選ぶといった「共通特質同類配偶」が関係しているのではないかと言っています。解説を読むと、高等教育を受けた人は社会階級の上位に位置することが多く、そういう人はBMI値が低いといった社会的地位を示すマーカーをもつパートナーを探す傾向にある、と書かれています。要するに、親同士の出会い方に一定のパターンがあるので、遺伝子がどんどん固定化されていって、あたかもこのふたつが遺伝的に同じルーツであるかのように見えてくるということです。

──その背景に何があるかまで、きちんと見ていく必要があるということですね。

そうだね。例えば、学歴が高い人の体重が軽い傾向にあるのは、健康によい食事を摂る機会が多いからかもしれないし、肥満だとそれを理由にいじめられて学校を辞めてしまうケースが多いせいかもしれない。あるいは大学の授業料を払える人は、スポーツジムの会費を払う余裕もあるからかもしれません。つまり、学歴が高いことと痩せていることが遺伝的に直接結びついているのではなくて、一方の特質をもつ人が取りがちな社会的行動があり、それによってもうひとつの特質も固定化されていくということです。

面白かったのは、実際にこれをシミュレーションで証明したところです。UKバイオパンクというものがあり、数十万人の英国人の遺伝子とか医療記録、人口動態データなどの情報が保管されているらしいんですね。で、結婚相手を選択するときの社会的傾向が反復されていく様子をシミュレーションして、そこで生まれた人たち全員の遺伝子と特質を追跡していったそうです。その結果、共通特質同類配偶がある程度の割合で起こることを科学的に突きとめたんです。

遺伝子を取り巻く議論については、例えば、遺伝子検査で得意や不得意がわかるなら学校教育だってそれに応じて一人ひとりカスタマイズすればいいという話もあれば、今回の話のように、遺伝子で決められていると考えるのは、社会的影響などを見過ごしている可能性が高く危険ではないかという意見もあって、まだまだ決着していない。重要なのは、一面的に考えるのではなく常にそのカウンターとなるものを想像していくということです。

──何かを固定化してしまうことの危うさを感じる2記事でした。これ以外にも、4月WEEK4はCRISPRよりも新しくエレガントな遺伝子編集アルツハイマー病治療薬に関する記事や、民俗学者・畑中章宏さんによる連載「日本のデザイン再考」の最終回も公開していますので、ぜひチェックしてみてください。

[フルバージョンは音声でどうぞ。WIRED RECOMMENDSコーナーもお楽しみに!]

(Interview with Michiaki Matsushima, Edit by Erina Anscomb)