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──みなさん、こんにちは。SNEAK PEEKS at SZ MEMBERSHIPでは、SZ会員向けに公開した記事のなかから、注目のストーリーを編集長の松島が読み解いていきます。今回は2023年5月WEEK#4のテーマである「GOVERNMENT」についてです。松島さん、よろしくお願いします。最近どうでしたか?

よろしくお願いします。世界中のクリエイターが集うヨーロッパ発のTHUというイベントがあるんですが、今年9月に日本初上陸ということで、石川県加賀市で「THU Japan 2023」が開催されるんです。プロデューサーであるポリゴン・ピクチュアズ代表の塩田周三さんにお声がけいただき、週末にウォームアップイベントに参加してきました。加賀市に行くのは初めてでしたが、街の中心に総湯と呼ばれる共同浴場があって、それがとてもいい雰囲気でしたよ。

イベントには加賀市長も参加するなど、加賀市として世界のクリエイティブコミュニティにしっかりと向き合っていく姿勢が感じられて期待がもてました。アニメーションから伝統工芸まで、さまざまなクリエイターが一堂に会するイベントなので、興味のある方はぜひ申し込んでみてください。

──ストーリーテリングがコンセプトのリトリートとのことで、面白そうですね。それでは本題に入っていきます。今週のテーマは「GOVERNENT」ですが、どんな記事がセレクトされているんでしょうか?

今週は主に、『WIRED』US版のシリーズ「I Am Not a Number」を紹介しています。欧州の調査報道メディア「Lighthouse Reports」と『WIRED』の共同調査によるジャーナリスティックな特集です。月曜日はオランダのロッテルダム市の取り組みを中心とする「生活保護の不正受給検出アルゴリズムが無実の人々の人生を壊している」という記事で、火曜日は「かつて福祉大国だったデンマークはなぜ悪夢のような監視国家に変わったのか」に関する内容になっています。

今週の記事:生活保護の不正受給検出アルゴリズムが無実の人々の人生を壊している

欧州各国で2010年代ぐらいから導入されている生活保護の不正受給検出アルゴリズムについて、その是非を報告している記事ですが、今回はかなり踏み込んでいます。ロッテルダム市の記事ではリスクスコア・システムそのものを『WIRED』で再現し、実際にどういう項目で人々が判断されていたかにも迫っています。

例えば、ロッテルダム市の場合は315項目で人々をスコア付けし、年齢や性自認などの客観的な事実のほか、外見や社交性など、ソーシャルワーカーが主観的に判断するような要素も組み込まれています。居住エリア、自宅か賃貸かも判断要素になり、女性であるとか、息子がいるとか、離婚をしているというケースなどではスコアが上がって、生活保護を不正に受給するリスクが高いと算出されるわけです。

デンマークの記事のほうでは、夜にベッドを共にする人物が誰かまで調べられると書かれています。というのも、パートナーがいるということはどちらかが働いている可能性が高く、生活保護はいらない可能性が高いと判断されるからなんです。

今週の記事:かつて福祉大国だったデンマークはなぜ悪夢のような監視国家に変わったのか

「あなたの住所を教えてください」という行政では見慣れた質問でさえも、それこそ多民族国家だと、どの国籍の人が多いエリアかがわかるケースもあるし、文脈付けによってはその属性にある人に対する偏見や差別を助長してしまうような情報になりうるという視点も、今回の記事のひとつのポイントです。

例えば、デンマーク語を喋れるかどうかという項目もあります。つまり、喋れないということは移民である可能性が高く、移民であるというだけで生活保護を不正に受給するリスクが高いと判断されてしまうわけです。こうした理由から、デジタル人種プロファイリングじゃないかという抗議の声も上がっています。

──結局、個人ではなく属性に基づく調査になってしまうという懸念があるのですね。そもそも、なぜランク付けをする必要があるのでしょうか?

アルゴリズムで算出したからといって、その人が自動的に不正受給者になるわけではないんです。きちんと市の職員らが面談をしますが、誰から順番に事実確認を進めていくべきか優先順位をつけようとしているわけですね。でも、偏った情報によって偏った算出がされているので、例えば、市の職員が最初に面談した100人のうち90人は移民だった、というようなことも起こるわけです。

日本でも行政のDXを進めようとしていますし、非効率な行政手続きを効率化して税金の無駄使いを改めることは重要だとは思いますが、生活保護の受給というケースでは特に、差別や偏見がデータのなかに入り込みやすいということが改めて浮き彫りになるというか。

──本当に支援を必要としている人たちのところに、きちんと届く仕組みになっているのかという視点も大切ですよね。

そうだね。生活保護を不正に受給しようとする人たちをアルゴリズムで検出することも大切かもしれないけれど、本来、生活保護を受けなくても自活できるように支援するにはどうすべきか、というところでテクノロジーを使いたいわけですよね。「この人を受給者にしてはダメ」というところだけにアルゴリズムを使うのは、そもそもDXの方向性としてどれだけ正しいのかも、議論としてはあると思います。

──これ以外にも、水曜の記事「社会保障制度の自動化で潤うITゼネコン、その不透明なビジネスの犠牲者たち」がありますね。不正検知システムに不備があってもそのアルゴリズムはブラックボックスで、立場の弱い市井の人々が追い込まれているという内容です。

先ほど触れたロッテルダム市ではもう運用を止めたそうですが、世界の名だたるコンサルティング企業が開発したシステムを、市が引き継いで運営しているケースが多いようです。「このシステムを動かせるのは自分たちだけ」という前提で行政にシステムを納品し、メンテナンスやアップデートを通して継続的なビジネスが成立する構造になっている。これは日本でもよく聞く構造です。行政の人たちが自分たちで中身を理解できず、改変もできないようなものがつくられているなかで、改めて、こうしたシステムで儲けているのは誰なのか、透明性をいかに確保するかが重要な論点になっています。

今週の記事:社会保障制度の自動化で潤うITゼネコン、その不透明なビジネスの犠牲者たち

問題はほかにもあります。特に欧州では、不正受給を検出するためにアルゴリズムを導入する背景には、政治右派によるポピュリズムがあるんです。というのも、「外から自国に入ってきた人たちが、働きもせず生活保護を受け取っている」といった、事実かどうかを別にした否定的な意見が社会にあるときに、移民を取り締まって税金を節約しようといった政策を掲げる政治家には票が集まりやすくなるわけです。こうした他国の知見を知っておくことは、日本でいま「行政DX」を進める上でもとても意義がある。その意味でも、ぜひ読んでいただきたい特集でした。

──そうですね。また、松島さんがこのほかに注目した記事として「街の予算の使い道は市民が決める──世界に拡がる参加型予算編成の取り組み」があります。参加型予算編成とは何かから、簡単にお願いします。

参加型予算編成というのは、市の予算の使い道を市民が自ら決める仕組みです。普通は市議会などで決定されるわけですが、この記事ではリスボン近郊の海岸都市カスカイスが事例として紹介されています。例えば大きな所ではパリ市でも年間予算の5%を参加型予算編成に割り当てているんですが、このカスカイスでは予算の15%を割り当てているんです。

この制度が導入されたのは11年で、これまでに日本円にして約75億円ぐらいが投じられてきたそうです。その使い道は、老朽化した建造物の回収からビーチのバリアフリー化、緑地の拡大、バス停におけるフリーWi-Fiや充電設備など本当にさまざまで、参加型予算によって実現した施設が500m区画ごとにひとつはあると言われていて参加した市民たちの満足度も高いようです。

今週の記事:街の予算の使い道は市民が決める──世界に拡がる参加型予算編成の取り組み

参加型予算編成の進め方ですが、カスカイスではまずコミュニティセンターに集まってアイデアを出し合います。みんなで話し合ったあとに投票し、上位6件ほどの議案が選ばれ、市の職員と実現可能性を模索していきます。なかにはこの時点で落ちてしまうアイデアもあるようですが、残ったものはそのあと1カ月ほど一般投票にかけて、みんなでスマートフォンを使って投票し、上位のプロジェクトを進めていくことになります。日本でも似たようなことに取り組む行政はいくつか存在し、最近では杉並区の岸本聡子区長が「市民参加型予算を試行する」と発表して話題になりましたよね。

──行政に興味をもつ人が増えるきっかけになるといいですよね。これ以外にも、5月WEEK4は、買わずに暮らす「Buy Nothing」の理念をめぐる闘いの後編も公開していますので、ぜひチェックしてみてください。

[フルバージョンは音声でどうぞ。WIRED RECOMMENDSコーナーもお楽しみに!]

(Interview with Michiaki Matsushima, Edit by Erina Anscomb)