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──みなさん、こんにちは。SNEAK PEEKS at SZ MEMBERSHIPでは、SZ会員向けに公開した記事のなかから、注目のストーリーを編集長の松島が読み解いていきます。今回は2023年6月WEEK#2のテーマである「WIRED30」についてです。松島さん、よろしくお願いします。6月に休暇を取るとのことで今回の収録は前倒しで進めています。

そうなんです。編集長に就任して以降、年末以外では初めての長期休みを取ってオーストラリアに行ってきます。リトリート特集でネイチャー・スタートアップのUnyokedを取り上げていますが、そのオフグリッド型キャビンにも泊まる予定です。自然の中で心の洗濯をしてきます(笑)。

──5年分の心の洗濯ですね。楽しんできてください! それでは本題に入っていきますが、今週のテーマは「WIRED30」で、創刊30周年を記念し、先月から月に一度このテーマに関する記事をお届けしています。松島さんのセレクト記事は「OpenAIのGPT-4で、AIはついに汎用人工知能への第一歩を踏み出したのか」ですが、汎用人工知能(AGI)とは何かから簡単にお願いします。

「弱いAI」と「強いAI」という言い方があるのですが、「弱いAI」とはデータ分析や画像処理などある特定のタスクを成し遂げる特化型AIのことで、「強いAI」とは人間のような総合判断ができる汎用型AIのことを指します。例えば、計算したり判断したりするだけでなく、相手の感情を読み取って会話するといった、あらゆる認知能力や意識すらもち合わせているAIのことです。

いまマイクロソフトは人気のチャットボット「ChatGPT」の開発で知られるOpenAIに出資していますが、この記事にはマイクロソフトの検索エンジン「Bing」と新たなAIシステムの統合を担当した機械学習研究者が登場します。彼がChat GPTの中核をなす最新の言語モデル「GPT-4」を実際に使ってみて、統計的に妥当と思われる推測をはるかに超えた結果を返してくると感じたことで、AIは初めて“知能”と呼べるものを手に入れたのかもしれない……と考えるところから話が始まります。

今週の記事:OpenAIのGPT-4で、AIはついに汎用人工知能への第一歩を踏み出したのか

この発言からは、グーグルのエンジニアだったブレイク・レモインが同社の大規模言語モデル「LaMDA」が知性をもっていると主張し、その後に解雇されたことが思い出されます。あれから約1年が経ち、今度はマイクロソフトの最高科学責任者らが名を連ねる論文が発表されることになるわけです。その論文の主張は、特定のタスクに限定されることなくあらゆる種類の問題に対応できるGPT-4は「汎用人工知能の才気」を見せたというもので、「GPT-4はその能力の幅と深さを考えると、(まだ不完全ではあるが)AGIシステムの初期バージョンとみなすことができると思われる」と書かれています。

──不完全ではあるが、その兆しが見えたということでしょうか。

ということですね。でも、反対意見もたくさんあって、科学者たちのあいだでも意見がわかれているんです。例えば、そもそもマイクロソフトはOpenAIに100億ドル(約1兆4,000億円)以上も投資しているので、過剰に宣伝するインセンティブがあるからだと批判されています。また、GPT-4は司法試験や医大の入学試験では好成績を収めているものの、人間の知能を研究する科学者たちに言わせれば、それは自分たちの能力とは決定的に違うもので、その差は大きいということです。

人間の知能とは大きく異なるということに関して、MIT教授のジョシュ・テネンバウムも印象的なことを言っていました。彼は、GPT-4の場合は「電源を切られても平気だ」と表現しています。要するに、人間の知性に欠かせない「意欲」のようなものがGPT-4には見られないということです。

──人間とは何か、意識や知能とは何かを定義できない限り、AGIに近づいているかどうかの判断も難しそうです。

まさにそうだね。人間の知能ってそもそも何なのかということが定義されない以上、AGIの定義も難しい。だから今回、マイクロソフトの最高科学責任者たちが出した論文に対しても、エンジニアたちの反応と認知心理学の研究者たちの反応が全然違うというが起こるし、デイヴィッド・チャーマーズが言うテクノフィロソフィー(技術哲学)のように、新しい技術を鏡にすることで、結局は「人間とはどんな存在か」という根源のところを問い直さざるをえなくなるということなんです。

──テクノフィロソフィーの最前線のひとつですか。また、松島さんがこのほかに注目した記事として「初めて口にする培養肉バーガーにはたっぷりの植物性タンパク質が使われる」があります。リードには、おそらく1年以内に培養肉が市場に出てくると書かれていますね。

恐らく日本はもう少し遅れる可能性があると思いますが、米国ではその見通しのようです。何よりこの記事は、多数の培養肉スタートアップが登場する点が面白いんです。例えば、SciFi Foodsでは動物性細胞をわずか5%しか含まないビーフバーガーをつくっているし、Ivy Farm Technologiesは51%が豚細胞、7%がエンドウ豆タンパク質、そこにタマネギやハーブ、調味料を加えたハイブリッドのポークミートボールを製造しています。

今週の記事:初めて口にする培養肉バーガーにはたっぷりの植物性タンパク質が使われる

まず、何%がビーフだったらビーフバーガーと言えるのかという哲学的な問題があります。50%がビーフだったらそう呼べるかもしれないけれど、ではそれが20%ならどうか、あるいはSciFi Foodsみたいに動物性細胞を5%しか使っていなくても、食べたらかなりビーフの味がするならビーフバーガーと呼んでいいんじゃないか、とか。

あと、米国にも大規模な培養肉工場は存在せず、例えばいま販売されている鶏肉の1%を培養肉に置き換えようとするだけでも、かなり生産量を増やす必要があるので、100%の培養肉バーガーではまだまだ高価な上に生産が追いつかないんです。だから、ぼくらが手にする初期の培養肉バーガーにはブレンド肉、それも植物性の代替肉がふんだんに使われるだろうと予想されています。

──培養肉バーガーと言いつつ、代替肉バーガーのようです。

先々週の「ヴィーガンと培養肉をめぐる、共通のゴールと相容れないその主義主張」の議論に通じる部分もあるよね。例えば、5%が培養肉で残りは植物性の代替肉という場合に、ヴィーガンバーガーと呼べるのだろうか、とかね。そもそも肉を食べたくて培養肉バーガーを選ぶ人には「植物性か……」と思われてしまい、ヴィーガンには「培養肉が入っているなら食べられない」と言われてしまうようなケースを考えると、培養肉バーガーは微妙な位置づけになってしまいそうです。

そういえば以前、スコット・ジュレクというウルトラトレイルランナーが米国から来日したときに、彼はヴィーガンなので、鎌倉にある有名な豆腐ハンバーグのお店に連れて行こうと思ったんです。でもメニューをよく読むと、豆腐のほかに肉も少し使っていると書かれていたんですね。彼はそれを見て「この組み合わせはユニークだね、米国ではありえないよ」と言っていました。要するに、豆腐ハンバーグと言えば肉を避けようとする人たちが食べるものだから、肉が入っていたらまったく意味がないじゃないか、ということなんです。

──週に1回だけ肉食を控えるようなベストエフォート型のベジタリアンならよさそうですが、「豆腐ハンバーグじゃない!」とがっかりしてしまう人もいるでしょうね。

そうなんだよね。「9割豆腐だったらヘルシーでいいな」くらいに思うんだけど、そうは思わないカルチャーもあるなかで、培養肉バーガーは一体どこの誰に向けてつくっているのだろうと考えさせられる記事でした。今年や来年のトピックではないにしても、次の30年で向き合っていくことになる議論のひとつだと思ってセレクトしています。

──今週は議論の行方が気になる記事をふたつ紹介させていただきました。6月WEEK#2は、サイバー犯罪ペレットビーム推進構想に関する記事も公開していますので、ぜひチェックしてみてください。

[フルバージョンは音声でどうぞ。WIRED RECOMMENDSコーナーもお楽しみに!]

(Interview with Michiaki Matsushima, Edit by Erina Anscomb)