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● 高層での変化は地表の天候にも影響を及ぼす
● 「極めて憂慮される変化だ」
● オゾンホールの問題は終わっていない
● 成層圏突然昇温

※本稿は「The Climate Desk」とのコラボレーションの一環として、イエール大学森林・環境学部のオンラインマガジン『Yale Environment 360』に掲載されたものである。

わたしたちが直面している気候変動の中核にはパラドックスがある。地球の表面に近い空気の層は温暖化しているが、それより上層の大気は急激に寒冷化しているのだ。下層の何kmかにわたる空気を熱しているのと同じ温室効果ガスが、その上空から宇宙の入り口まで続く広い層を冷やしている。

このパラドックスは以前から気象学者によって予測されていたが、人工衛星のセンサーによって詳細に定量化されるようになったのは、ごく最近のことだ。今回の研究で、重大な問題のひとつが最終的に確認されたが、それと同時に別の疑問が浮上してきた。

気象学者にとっての吉報は、高層の寒冷化に関するデータによって、地表付近の温暖化を人為によるものと見なすモデルの精度が裏付けられたことだ。5月の『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)で、ウッズホール海洋研究所の気象科学者ベン・サンターが発表した研究によると、背景の自然変動に起因する「ノイズ」を抑えることによって、気候変動に人間が関与している証拠となる「シグナル」の強度が5倍に上がったという。サンターは、この事実は「議論の余地がない」と述べている。

しかし、今回判明した高層の寒冷化の規模を前に、大気物理学者は新たな懸念を抱えている。軌道上の人工衛星の安全性はどうか、オゾン層はどうなるのか、そしてこれほど急激な変化が地表の天候に、短期間で予想外の混乱をもたらすのではないかということだ。

つい最近まで、科学者は高層大気の上層付近を「イグノロスフィア」、つまり「不可知領域」と呼んでいた。ほとんど何ひとつわかっていないからだ。では、わかることが増えてきたいま、どんなことが学べるのか。それは安心材料となるのか、それとも警告となるのか。

高層での変化は地表の天候にも影響を及ぼす

地球の大気圏には、複数の層がある。わたしたちがいちばんよく知っている範囲が対流圏で、気候の変化はこの中で起こる。高度5~9マイル(約8~14.5km)まで続く、空気密度の高い層であり、大気中の物質の80%がこの層に存在するが、その体積からするとごく一部でしかない。その上に拡がる広大な空間は、次第に空気が薄くなっていく。上空およそ30マイル(約48km)までが成層圏で、その上に中間圏が50マイル(約80km)まで続く。次が熱圏で、400マイル(約644km)以上の上空までを指す。

地上にいると、こうしたはるか上空の層は手つかずで穏やかな青い空のように見える。だが実際には、上昇する空気と下降する空気による強風や大波が荒れ狂っており、それが時として対流圏にまで入り込むことがある。そうなると、このようにもともと動きの激しい環境が、二酸化炭素(CO2)をはじめ人間が排出する化学物質が入り込んだことで変化を起こし、高層の空気の温度、密度、化学的特性に大きく影響することが懸念される。

気候変動というと、大気圏の下のほうの層について考えられる場合がほとんどだ。だが、いまやこの前提を考え直す必要がある、と物理学者は警告している。CO2量の増加は「知覚できる大気全体を通じて明らかだ」と、NASAラングレー研究所(バージニア州ハンプトン)の大気物理学者マーティン・ムリンチェクは指摘する。CO2の増加によって、「劇的な変化が起きており、科学者はそれをようやく把握し始めたばかり」だと言う。わたしたちの頭上はるかに続く青空のかなたで起きているこのような変化は、地上の世界にまで変化をもたらす可能性があるのだ。

大気中の温度変化は、どのレベルでも大部分がCO2の問題だ。毎年400億トン以上という温室効果ガスの排出が対流圏を温暖化していることは、よく知られている。温室効果ガスが太陽放射を吸収して再放出するために起こる現象であり、密度の高い空気中でほかの分子を暖め、全体的に温度を引き上げる。

しかし、温室効果ガスはすべてが対流圏にとどまるわけではなく、大気圏すべてを通じて上方にも拡散する。いまでは、大気圏の最上層でも、温室効果ガス濃度の上昇率は最下層と同じくらい高いことが判明している。ただし、高層の温度に対する影響はまったく異なる。高層では空気が薄くなるため、CO2によって再放出された熱はほかの分子に衝突せず、空中に逃げる。下層では熱がたまり続けているため、その影響も重なって、上層の大気は急速に寒冷化しているのだ。

2002年から19年までの間に、中間層と熱圏下層では温度が1.7℃下がっていたことが、最近の衛星データから明らかになっている。今世紀末までに、CO2レベルは産業革命以前の2倍になると予想されているが、そうなったときの中間層と熱圏下層では7.5℃も温度が下がるとムリンチェクは概算する。地表レベルで予測されている平均的な温暖化と比べると、2倍から3倍の速度である。

「極めて憂慮される変化だ」

気象学者はすでに1960年代から、対流圏での温暖化と上層での激しい寒冷化という組み合わせが、空気中のCO2の増加に起因するらしいと、その可能性を示唆していた。だが、人工衛星による観測で最近になって詳細が確認されたことで、CO2が大気温度に及ぼす影響に関して確信が深まったと、30年にわたって気候変動をモデル化している気象科学者ベン・サンターは言う。

5月にサンターは、成層圏の中層および上層における寒冷化についての新しいデータを用いて、気候変動に人間が関与していることを示す統計上の「シグナル」の強度を再計算し、強度が大幅に上昇していることを突き止めた。その原因としては、自然の温度変動に起因する高層大気での背景「ノイズ」のレベルが低下したことが大きいという。人的な影響を示すシグナル/ノイズ比は5倍になっており、「地球の大気の熱構造に対する人的な影響に関する、議論の余地のない証拠だ」とサンターは結論した。人間はその熱構造を「根底から変えつつある」のだと言う。「極めて憂慮される変化だ」

高層での変化を分析する研究の大半は、NASAが雇用した科学者の手で実施されてきた。NASAは、実際に高層で起こっていることを測定する人工衛星を所有しているが、人工衛星そのものの安全性という点も一定の関心の対象となっている。

それがNASAの関心を引いているのは、上層の空気が寒冷化するとその空気は収縮も起こすからだ。文字通り、空が落ちてくるのである。

プラハ・カレル大学の大気物理学者ペトラ・ピソフトがNASAのデータを分析したところ、成層圏の厚さは1980年以降およそ1%、すなわち1,300フィート(約400m)減っている。成層圏より上でも、中間圏と熱圏下層が2002年から19年までの間にほぼ4,400フィート(約1,340m)縮んだことをムリンチェクは確認した。この収縮は、同時期を最後に短期間ながら太陽の活動が減衰したことも理由の一部だったが、そのうち1,120フィート(約340m)分は余剰CO2による寒冷化が原因だったというのがムリンチェクの計算だ。

収縮しているということは、高層大気の密度が低くなっているということであり、そうなると人工衛星をはじめとする低軌道上の物体が受ける抵抗は小さくなる。具体的には、2070年までには3分の1になると、英国南極研究所のリサーチフェローを務めるイングリッド・クノッセンは計算している

表面的には、人工衛星の運用にとって都合がよさそうだ。地球に落下せずに衛星のペイロードが運用状態にとどまっている時間が長くなるからだ。だが問題は、同じ高度にあるそれ以外の物体だ。宇宙ゴミ、つまり各種装置の一部が軌道上に取り残されて残骸となったものは増え続けており、それが滞留する時間も長くなるため、運用中の人工衛星に衝突する危険が増すのである。

人工衛星は、運用中の機体と停止した機体を合わせると5,000基以上あって、国際宇宙ステーションもそのひとつだ。それほどの数がこの高度にあるうえに、確認済みの差し渡し4インチ(約10cm)以上のデブリは3万を超える。寒冷化と収縮が加速するほど衝突の危険は高くなる、とクノッセンは話す。

オゾンホールの問題は終わっていない

これが宇宙機関の業務にとって障害になることはわかるが、高層での変化が、わたしたちの住む下界にはいったいどんな影響をもたらすのだろうか。

重大な問題のひとつが、成層圏下層にある、いまでさえ脆弱なオゾン層だ。皮膚がんの原因となる有害な太陽放射からわたしたちを保護している層だが、20世紀の間ほとんど常に、産業で排出されるフロンガス(CFC)などのオゾン層破壊化学物質の影響を受けてオゾン層は減少していた。毎年、春になると、南極上空にはオゾンホールが空くほどだった。

オゾン層破壊化学物質の排出によって毎年オゾンホールが出現するという状態の是正を目指したのが、1987年のモントリオール議定書だった。だが、この取り組みを阻むもうひとつの要因が明らかになっている。それが成層圏の寒冷化なのだ。

オゾン層の破壊は、極成層圏雲でとくに激しく進む。極成層圏雲は、極低温下でのみ発生し、特に冬の極地方の上空に出現する。しかし、成層圏が寒冷化してきて、極成層圏雲が発生する条件が生まれやすくなってきた。南極上空のオゾン層はCFCの削減とともに回復しつつあるが、北極では事情が違う、と話すのはアルフレッド・ウェゲナー極地海洋研究所(ドイツ、ポツダム)のペーター・フォン・デア・ガテンだ。北極では、寒冷化によってオゾン層の消失が悪化している。フォン・デア・ガテンによると、南極と北極で違いがある理由は不明だという。

2020年の春には、北極で初めて完全な形のオゾンホールが発生し、オゾン層の半分以上が消失した。フォン・デア・ガテンは、その原因がCO2濃度の上昇にあるとしている。この発生が最後とは考えにくい。『ネイチャーコミュニケーションズ』に最近掲載された論文のなかでフォン・デア・ガテンは、このまま寒冷化が続けば今世紀半ばにオゾン層が完全に回復するという見込みは、楽観的すぎる予測だったという結果になることはほぼ確実だと指摘する。現在の傾向について、「北極のオゾン柱の季節的な大量消失を助長する条件は今世紀末まで続き、場合によっては悪化さえする(中略)これは一般的な予測よりずっと長期間だ」とフォン・デア・ガテンは言う。

さらに深刻な問題は、影響が及ぶ範囲だ。以前のように南極の上空に出現するオゾンソールなら、その下は大部分が無人地帯だが、北極の上空にオゾンホールが空くと、その下の地域には世界でもとくに人口の稠密な地域が存在する可能性がある。中央および西ヨーロッパもそれに該当する。オゾン層の減少を20世紀で終わった問題だと考えているとしたら、ここで考え直したほうがいいだろう。

成層圏突然昇温

問題になるのは化学面だけではない。大気物理学者は、寒冷化が高層の空気の動きを変える可能性があり、それが地表レベルでの気象や気候に影響するという点にも注目し始めている。このうちとくに激しいのが、成層圏突然昇温と呼ばれる現象だ。成層圏における西風は定期的に反転し、それが大きな温度変化につながって、成層圏の一部で2、3日ほど温度が50℃も上昇する。

この現象に伴って通常は空気が急下降し、対流圏の最上層にある大西洋のジェット気流を押し下げる。ジェット気流は、北半球の全体で気象状況を左右するが、それが蛇行し始める。そうすると、この変動が原因となって、さまざまな異常気象が引き起こされるのだ。集中豪雨や夏の干ばつ、そして北米の東部からヨーロッパ、アジアの一部までを集中して冬の悪天候が襲う、いわゆる「ブロッキング高気圧」などだ。

ここまでは、すでに判明していたことだ。過去20年に、気象予報士はこのような成層圏での影響を気象モデルに取り込むようになった。その結果、英国の気象予報機関である気象庁によると、長期予報の精度は大幅に向上している。

いま問われているのは、余剰のCO2や成層圏の寒冷化によって、突然昇温の頻度や程度がどう影響を受けるかということだ。英国エクスター大学の気象科学者マーク・ボールドウィンがこの現象を研究しており、大気圏の突然昇温が実際にCO2増加の影響を受けやすいことは大半のモデルで確認されているという。ただし、予測される突然昇温の発生数はモデルによってかなり異なる。研究が進めば、「長期的な気象予報でも気候変動の予測でも、さらに確度が上がる」とボールドウィンは話している。

コロラド大学ボルダー校の大気物理学者ゲイリー・トーマスは、「高層で何が起きているのかを適切にモデル化できなければ、地上でいろいろなことが破綻する」と述べている。だが、高層大気の仕組みに関してモデルを改良し、その精度を検証するには、高層大気の真の状態について、良好な最新データが必要になる。そして、そのデータの供給が枯渇しようとしている、というのがムリンチェクの警告なのだ。

過去30年にわたって高層大気からデータを送り続け、寒冷化と収縮についても予測の機能を果たしてきた人工衛星のほとんどが、活動寿命を迎えつつある。例えば、NASAの6基の衛星も、1基が12月に故障し、もう1基は3月に現役を退いた。残りのうち3基も活動停止が近い。「いまのところ、新しいミッションの計画も開発計画もない」とムリンチェクは説明している。

米国地球物理学連合で「気候変動の次なるフロンティア」として高層大気を取り上げる今秋予定の特別会期で、モニタリングをめぐる関心を再燃させることができれば、とムリンチェクは期待をかける。モニタリングを継続できなければ、わたしたちはかつての「イグノロスフィア」の時代に戻るしかなくなるからだ。

WIRED/Translation by Akira Takahashi, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)