Content Subheads

● ニッチな分野で終わる可能性も
● 実現性と経済性

2022年12月、融合業界にとってはあの「ライト兄弟の初飛行」とでも呼ぶべき瞬間が、カリフォルニア州の国立点火施設(NIF)[編註:米カリフォルニア州リバモアのローレンス・リバモア国立研究所にあるレーザー核融合実験施設]の研究チームによってもたらされた。マイクロ秒レーザーのパルスエネルギーを「聖杯」に照射し、投入されたレーザー光の約1.5倍のエネルギーを取り出したのだ。1970年代から待望されてきた核融合点火がついに成功したということだ。この先30年はかかると言われてきた核融合発電の実現が、一瞬にして近付いたといえるだろう。

と言っても、大幅に近付いたという話ではない。この点火実験では、ターゲットに照射されたエネルギーを上回る電力がレーザーに費やされている。つまり、消費されたエネルギーのほうが多いのだ。核融合エネルギーで電力を生み出すには、まだ山積みの課題があることに変わりはない。

グレゴリー・バーバー

『WIRED』のスタッフライター。エネルギーと環境を担当。コロンビア大学でコンピューターサイエンスと英文学の学士号を取得。サンフランシスコ在住。

とはいえ、この結果によって、人類のエネルギー需要を核融合により解決するという長年の期待が復活したのも事実だろう。実際、核融合発電を目指すスタートアップ企業に対する投資家たちの関心は、23年に入って急速に高まっている。米政府も、これを実用的なレーザー核融合技術の実現に向けた10年紀の幕開けと見て、研究予算として過去最大の14億ドル(約2,000億円)の投入を決めた。潜在的な見返りは極めて大きい。核融合の技術が確立されれば「無限のクリーンエネルギー」が解き放たれることになるだろう。

これは正確な見立てだ。空に浮かぶあの燃え盛る火の玉を見てみよう。そこにはまだ50億年分の燃料が眠っている。さまざまな国家プロジェクト、ITER(イーター)という大規模かつ国際的な取り組み、そのほか少なくとも40社からの民間企業が、核融合点火の研究を進めている。ゴールは、原子核同士を衝突させること──具体的には、2つの水素原子をぶつけてヘリウムを生み出すといったことが挙げられる。E=mc²はエネルギーの放出も意味するため、核融合の過程において多少の質量が失われるはずだが、宇宙に存在する水素原子と同程度には、核融合エネルギーも無限だと言って差し支えないだろう。

風力発電や太陽光発電もまた、圧力波や光子(フォトン)の絶え間ない流れによって、無限のエネルギーを生み出すものといえる。当然、実際的な制約はいくつもある。認可問題。資金調達。タービンブレードや太陽光発電用のフィルムをつくるにあたっては建設やサプライチェーンの問題もある。複雑な送電網(グリッド)を構築するには、時間帯によって異なる電力需要への対応や送電線の配備といった課題も解決しなければならない。

ニッチな分野で終わる可能性も

だからこそ、物理学の進歩とともに、核融合の実用的・経済的な限界について研究が進められている。現段階で確かなのは、核融合エネルギーはけっして安価ではないということだ。少なくともこれから数十年ほどは、汎用化がますます進む太陽光発電や風力発電と比べて割安な電力源にはならない。だが送電網の構築には、異なる形態や時間帯での電力供給が必要になるため、核融合発電にも活用の道は残されている。

「再生可能エネルギーが驚くべき進歩を遂げつつあるなかで、核融合が経済的に太刀打ちすることが可能なのかと疑問に思います」と述べるのは、Princeton Plasma Physics Laboratoryの物理学者のジェイコブ・シュワルツだ。その疑問は、彼が研究領域を移すきっかけになった。加熱する一方の核融合エンジニアリングからエネルギーグリッドの経済学に焦点を当てるようになったのだ。

シュワルツは、23年4月に『Joule』誌に掲載された共著論文のなかで、2036年から50年にわたる米国の送電網の綿密なモデル化をしたうえで、約7,500万世帯分の電力供給量をまかなうに足る100ギガワット相当の核融合炉を建設するのが経済的に理にかなう条件を分析している。要点はつまり、核融合炉の建設コストをどこまで下げればいいかということだ。

結果的に、再生可能エネルギーや原子力発電、炭素回収装置を用いた天然ガスエネルギーなど、脱炭素を前提とした送電網を利用する各種エネルギーとの組み合わせ次第で、コストが大きく異なることがわかった。核融合エネルギーには安全性や廃棄物といった頭の痛い問題こそないものの、今日の原子力発電と同様にニッチな分野で終わってしまう可能性も低くないと、ほとんどのシナリオが示唆していた。

核融合発電も原子力発電も、どちらも基本的に巨大なシステムであるという点で変わりはなく、原子から取り出したエネルギーで水を沸騰させて蒸気タービンを駆動させるための特殊な装置がいくつも必要となる。太陽光発電のような再生可能エネルギーに比べてコストがかかるのは明らかだ。ただし、時間帯や天候に左右されずにクリーンで安定した電力供給を可能にするという利点もある。

果たして、核融合エネルギーに活路はあるのだろうか? 上記の研究は核融合炉1基あたりのコスト算出を目的としたものではない。だが、合理的なコストで核融合エネルギーを生み出す方法が少なくともひと通りはあることがシュワルツによって示された。少なくとも、それに関してはポジティブな結果といえるかもしれない。

ARIES-ATは、2000年代初頭にカリフォルニア大学サンディエゴ校の物理学者によりコンセプトが具現化された核融合炉のモデルだ。とはいえ、現状はまだ叩き台の段階にあり、ほかの核融合炉とは異なるコスト検証が必要になるかもしれず、運用方法によっては送電網と適合するかもわからない、とシュワルツは指摘する。

さらに、地理的な問題もある。例えば再生可能エネルギー資源と送電網に制約のある米東海岸においては、核融合炉の実現コストが西海岸よりも高くなるという試算があるのだ。それでもなお、核融合が米国における送電網の「多様なエネルギー源」のひとつとなる可能性は残されているとシュワルツは言う。

21年、ヨーク大学の物理学者だったサミュエル・ウォードが同僚とともにまとめた分析の結果は、より慎重なものだ。例えば、核融合エネルギーの実用化が叶うころにはすでに風力と太陽光によって送電網の脱炭素化がおおむね完了している、あるいはもう高性能で超安価なバッテリーが開発されているといった、周辺状況の予測を加えた複数のシナリオが検討された。

低予算で設置できる「小型モジュール炉」の開発によって、原子力発電が息を吹き返す可能性もある。現在はオランダのアイントホーフェン工科大学に籍を置くウォードによれば、核融合エネルギーのコスト予測を立てるためには、未知の材料やサプライチェーンについても考慮する必要があるという。

「つまり、不確実なことだらけなのです」と彼は言う。「人々がこのテーマについて語るときに用いる“聖杯”や“無限の”といった概念に対しては、複雑な気持ちを抱かずにはいられません。核融合はまだ、そのような恩恵を受けてはいないのですから」

実現性と経済性

言うまでもないだろうが、核融合発電に挑む企業は、自社の技術によって核融合が物理的に実現すると主張するだけでなく、他社よりも経済的であることを示そうと躍起になっている。

核融合炉は大きく2種類のカテゴリーに分類される。まず強力な磁場によってプラズマを生じさせるトカマク式(原子の融合には大量の熱か圧力、もしくはその両方が必要となる)。そして、最初に紹介したNIFの点火実験のように、レーザーや高速の物体を標的に打ち込むことでエネルギーを取り出す「慣性閉じ込め核融合」と呼ばれるアプローチだ。

TAE TechnologiesのCEO、ミチェル・ビンダーバウアーは、同社の取り組みの経済性について「その点を問われることはあまりない」と述べる。むしろ、すでに7,500万℃から10億℃までの過熱を実証した融合炉でいかにプラズマを達成するのか、という点に注目が集まっている。だが両者の問題は絡み合っていると彼は言う。

TAEの方式にこれほど高い温度が必要なのは、水素に加えてホウ素を燃料に使用するからだ。この方式によって、核融合炉の仕組みの単純化と建設コストの低下が実現できるとビンダーバウアーは語る。コストは原子力発電と再生可能エネルギーとの中間に落ち着くというのが彼の考えだが、これはPrinceton Plasma Physics Laboratoryが算出した数字とだいたい同じぐらいだ。核融合炉の建設には高額の費用が求められることになるが、燃料は極めて安価になるとビンダーバウアーは強調する。加えて事故のリスクは低下し、高レベル放射性廃棄物を少なく抑えることが可能になるため、原子力発電のコストを押し上げてきた規制問題からも解放されるというのだ。

MITのスピンオフ企業であるCommonwealth Fusion System(CFS)のCEOのボブ・マムガードは、同社の採用するトカマク方式によりコスト問題が解消されるとするPrinceton Plasma Physics Laboratoryのモデリングを好意的に捉えている。トカマク型装置、つまり発電施設の小型化と低コスト化を可能にする、同社の超強力なマグネットに期待を寄せているのだ。CFSは現在、発電施設の稼働に必要なコンポーネントをほぼ備えた核融合炉の小型プロトタイプをマサチューセッツ州で建設している。「現地に行けばすぐに、自分の目で見て、装置に触れることも可能です」とマムガードは言う。

慣性閉じ込め式の核融合を目指すFirst Light FusionのCEOのニコラス・ホーカーは2020年、核融合発電に関する独自の経済分析をまとめ上げた際、最大のコスト要因が核融合炉の建造やそのための特殊な資材の調達にあるのではなく、コンデンサやタービンにあることに気づいて愕然としたという。

ホーカーはいまでも、計画の実現には時間を要することを覚悟している。「最初期の融合炉は、とにかく故障続きということになるでしょう」と見解を述べつつ、産業自体を軌道に乗せるまでには──例えば太陽光発電が過去20年そうだったように──行政の大きなサポートが必要になると考えている。その前提のもとで、政府や企業がさまざまなアプローチを試みている現状については肯定的だ。その結果として、テクノロジーが生き残る可能性が高まるからだ。

シュワルツも同様の見解を示している。「核融合エネルギーの実現に至る道がひとつしかないのは問題です」と彼は言う。複数のアプローチがなければ、科学を追究した産業が、経済的に苦しい状況に追い込まれる可能性があるからだ。原子力発電においても、また太陽光発電においても、黎明期には同様の試行錯誤が重ねられてきた。それから時が経ち、どちらも──現在の太陽光発電と、巨大な加圧水型軽水炉というかたちに集約されて──世界中に設置されたのだ。

核融合発電については、まずはその科学を解明しなければならない。すぐにうまくいく保証はない。あと30年程度は見たほうがいいだろう。だがウォードは、核融合発電の抱える課題を念頭に置きながらも、研究段階で進展した基礎科学や、その過程で生み出された新素材に目を向ければ、すでに充分な恩恵を受けていると考えている。「全体として見れば、やはり価値がある試みなのです」と、ウォードは語る。

WIRED/Translation by Eiji Iijima, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)