ポッドキャスト「SNEAK PEEKS at SZ MEMBERSHIP」はこちらからご視聴いただけます。

────みなさん、こんにちは。SNEAK PEEKS at SZ MEMBERSHIPでは、SZ会員向けに公開した記事のなかから、注目のストーリーを編集長が読み解いていきます。松島さん、最近はどうでしたか?

今週は、新シリーズ「SZメンバーシップ読者探訪」を公開しました。SZの法人会員であり、今年も作品を絶賛募集中のCREATIVE HACK AWARDなどでもお世話になっているソニー クリエイティブセンターを訪ねたんですが、副センター長の前川徹郎さんとデザインリサーチャーの尾崎史享さんに、SZの会員限定記事を実際にどんなシーンで役立てているかをうかがってとても励みになりました。SZメンバーのような読者のお話を聞けるってめちゃくちゃ楽しくて(笑)。「うちにも来てよ」ってかたがいらっしゃったら、ぜひ連絡ください!

────SZはスペキュラティブ・ゾーンの略ですし、みなさんからコメントをいただきながら、特区/実験区としてさまざまなことにトライしていきたいですよね。それでは本題に入っていきますが、今週のテーマは「THE REGENERATIVE COMPANY」で、6月号の特集タイトルと同じですね。

THE REGENERATIVE COMPANYについてはアワードも開催予定ですし、この概念が社会に根付くまで、“実装するメディア”としてSZでも継続的に関連記事を取り上げていきたいなと。で、今週はセレクト記事のなかでも特に気になった脱成長に関する記事を紹介したいと思います。

────「地球を救うために、脱成長は本当に必要なのか?」という記事ですね。リードには“脱成長運動が近年、再び注目されている。わたしたちはグリーンエネルギー経済へと向かう代わりに、前世紀以前のライフスタイルに本当に戻るべきなのだろうか? ビル・マッキベンの考えは、両方を進めるというものだ”と書かれています。この記事を執筆したマッキベンさんは、どんな人物なんですか?

有名な環境ジャーナリストで、ハーバード大学を卒業後、『ニューヨーカー』などに記事を寄稿しています。早くから地球温暖化について警鐘を鳴らしてきた人物で、『自然の終焉』や『ディープエコノミー』とか、世界中でベストセラーになった本も書いているんです。

今週の記事:地球を救うために、脱成長は本当に必要なのか?

────ベストセラー作家なんですね。リード部分に“脱成長運動が再び注目されている”と書かれていて、その理由も気になりました。

脱成長運動は、『経済成長なき社会発展は可能か?』や『脱成長』などを執筆したセルジュ・ラトゥーシュというフランスの経済哲学者が中心となって、21世紀の初めにフランスから世界に普及したと言われています。経済成長に偏重した社会が地球の破滅をもたらすという思想で、もっと環境やウェルビーイングに価値を置こうというものです。でももっとさかのぼれば、1972年にローマクラブが「成長の限界」という報告書を発表して、100年以内に地球上での経済成長は限界に達すると言われたあたりに源流があって、その先にあるのが脱成長運動なんだと思います。

日本では、広井良典さんが2001年に名著『定常型社会:新しい「豊かさ」の構想』という本を出していますよね。成長に代わる社会の新しい価値を追求する内容で、まさにサステナブルを先取りした思想でもあります。最近では東京大学の斎藤幸平さんが「脱成長コミュニズム」を提唱して話題になりましたし、環境破壊や格差が拡大するなかで、改めて「このまま成長を続けたらまずい」という脱成長論が日本でも議論されています。

────そんな脱成長に関しては、『WIRED』でも多数の記事がありましたよね。

そうそう。2020年にはこのSZで「経済の成長なき繁栄は可能か──脱成長を模索する動きがいよいよ本格化した」という記事が出たし、「アーミッシュは「脱成長」を志向しない」というタイトルにしたニュースレターでは、アーミッシュの人々は電気を使わないとか、米国に移住してきたころの生活を維持していると言われるけれど、少しずつインターネットやスマートフォンも取り入れ始めていて、テクノロジーを受容するスピードが遅いだけだといったことを書きました。同じ22年には「「グリーン資本主義」ではなぜ気候危機を解決できないのか」という記事を公開したり、先月も「成長/脱成長の二元論を超えた、ウェルビーイング・エコノミクスへ」と題したSZ記事を出したりしているよね。

────コンスタントに取り上げてきたと思います。ところで、グリーンエコノミーと脱成長の考え方は、どのくらい違うものなんですか?

まさにそこが今日のポイントで、そのふたつは中身もさることながらパッケージングの違いが大きいのではないかと思っています。例えば、「過剰な消費社会から脱却しよう」「環境負荷を低減しよう」「サステナブルな経済を実現しよう」「人間と自然の関係を再構築しよう」といった目標があるとして、これが果たして脱成長論のことなのか、グリーンエコノミーのことなのかを区別するのは難しいよね。つまり、どちらもその大枠の主張は同じ方向なんです。

以前、『グローバル・グリーン・ニューディール』の著者であるジェレミー・リフキンや斎藤幸平さんとトークイベントに登壇したこともあって、斉藤さんは経済成長を肯定しているグリーン・ニューディールには反対だから、リフキンの意見には賛成できないっていう話をそのときはされていたんですが、リフキンが最近出した『レジリエンスの時代』には推薦文を寄せているんですよね。リフキンの思想はブレていないので、グリーンエコノミーと脱成長がどのくらい違うかを考えるひとつの指針にはなるエピソードだと思います。

さらに言えば、特集「THE REGENERATIVE COMPANY」のエディターズレターでもこんなことを書きました。自然が生成と再生を繰り返すものだとすると、脱成長というのはそれが志向する自然とは正反対の、反自然的で人工的な原理だと。そういう意味で、ぼくは違和感のある言葉だと思っているんです。

先ほど、中身というよりパッケージの違いって言いましたが、中身がどう違うのかといえば、おそらく2点に集約できると思います。マーケット(市場)を使って問題を解決していくことにどれほど賛同できるか、そして、イノベーションによる課題解決にどのくらい前向きか、です。

例えば脱成長論者であれば、マーケットベースの解決策より地域のなかで共同体的にやっていこうとか、イノベーションがなくても前の暮らしに戻ればいいと考えるわけですよね。でも、こうした施策は局所的には実行できるかもしれないけれども、それこそ地球規模でそれをできるかというと別問題だとぼくは思っている。だからマッキベンのように、科学やエンジニアリング、テクノロジーも使いながら環境問題を克服していこうというエコモダニストのような姿勢に共感します。

最新号でも、香港出身の哲学者であるユク・ホイが脱成長は解決策にならないと言っていたのが印象的でした。なぜなら脱成長に本気で取り組もうとするなら、すべての国が同時に脱成長を掲げない限り、脱成長を拒む国々が軍事力や経済力の面で強国であり続けることになるからで、これは典型的な軍拡競争理論、最近では人工知能(AI)にも適用される理論ですよね。

────足並みを揃えない限り、目標を達成できないということなんですね。以前、「ヴィーガンと培養肉をめぐる、共通のゴールと相容れないその主義主張」について話していただいたことを思い出しました。課題意識は同じなのに、アプローチが全然違うので手を取り合えないというものでしたよね。

最新号「Next Mid-Century」のエディターズレターでも、まさにそういうことを書きたかったんだよね。『WIRED』の創刊メンバーであるケヴィン・ケリーが提唱してきた「プロトピア」が改めて注目されているということを紹介したんですが、要するに、ディストピアになるかユートピアになるかという単純な二元論を超えて、プロトピアはいいことも悪いことも起こるけれど総合すると少しずつはよくなっていく未来という考え方です。だから、同じゴールのもと、脱成長だとかイノベーションによる成長だとかってゼロイチでどちらかを選ぶのでなく、全部の選択肢のなかから何がベストなのかを見つけていくのが誠実な態度だし、ビルマッキンが「両方のいいとこ取り」と言っているのは結局そういうことなんです。

あと、脱成長についてもうひとつ思うことがあります。以前、「AIアートを巡る「美的加速主義」と「ウィリアム・モリス効果」」について話したときに、「歴史の終わりという錯覚」という人間社会が陥りがちなバイアスについて書かれていましたよね。今回の記事で、まさに脱成長論者というのは、いまが歴史の終わりだと思っているのではないかと思ったんです。要するに、「文明もこれだけ発達したんだから、もうこの辺でいいじゃないか」「もうそろそろ定常で行こうぜ」というわけですが、それは歴史上、人類がいつの時代も思ってきたひとつのバイアスだし、例えば石器時代の人々がもし「歴史の終わり」という感覚をもっていたら、未来のぼくたちは「いやいや待って、そこで終わりじゃなくて、まだまだそこから始まるんだよ」ってツッコミたくなるのではないかと。だからこそ『WIRED』では、ここで歴史が終わるのではなくて、プロトピア的な未来を志向していきたいんですよね。いまが歴史の頂点だと思うのは、現代人のおごりじゃないかと思うんです。

────さまざまな記事に接続するトピックでしたね。今週はこのほかに、リサイクル・スタートアップ都市における水の自給自足海洋生物とカーボンクレジットファッションによる健康被害から身を守る繊維、色、加工選びに関する記事も公開していますので、ぜひチェックしてみてください。

[フルバージョンは音声でどうぞ。WIRED RECOMMENDSコーナーもお楽しみに!]

(Interview with Michiaki Matsushima, Edit by Erina Anscomb)


雑誌『WIRED』日本版 VOL.50
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『WIRED』US版の創刊から30周年という節目のタイミングとなる今号では、「30年後の未来」の様相を空想する。ちなみに、30年後は2050年代──つまりはミッドセンチュリーとなる。“前回”のミッドセンチュリーはパックスアメリカーナ(米国の覇権による平和)を背景に欧米的な価値観や未来像が前景化した時代だったとすれば、“次”のミッドセンチュリーに人類は、多様な文化や社会や技術、さらにはロボットやAIエージェントを含むマルチスピーシーズが織りなす多元的な未来へとたどり着くことができるだろうか? 空想の泰斗・SF作家たちとともに「Next Mid-Century」を総力特集する。詳細はこちら