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● 安静時心拍の変化は病気の前兆
● 心拍変動の追跡により有益な知見が得られる
● 患者はウェアラブルデバイスをどのように使っているか

2019年3月に息子を出産してから数カ月がすぎたころ、わたしの「Fitbit」は異常な心拍数を記録するようになった。一般的に、安静時心拍は妊娠中20回/分程度上昇するが、出産後数週間経てば正常な数値に戻る。ところが、わたしの安静時心拍は出産後も上昇を続け、ほかにも不可解な症状が現れるようになったのだ。いくら寝ても疲労感は消えず、軽いめまいがいつまでも続き、どれだけ運動を頑張っても以前のような体力は戻ってこなかった。

原因がわかるまでに数年かかり、その間に何十回となく医者にかかって検査を受けたが、安静時心拍のこうした変化は、すでに発症していた体位性頻脈症候群と呼ばれる自律神経障害の最初の兆候のひとつだった。

FitBitApple WatchOura RingWhoopなどの市販のデバイスに組み込まれたウェアラブル技術なら、安静時心拍、心拍変動、睡眠時間、全体の活動レベルに関する情報をはじめ、健康状態に関する個人情報を簡単に集めることができる。

レイチェル・フェアバンク 

テキサスを拠点に活動するフリーの科学記者。主に医療、健康、育児を中心に扱う。遺伝学を学び、コーネル大学で生物学の学士号を取り、ベイラー医科大学で発生生物学博士課程を履修したのち、ヒューストン大学でクリエイティブライティングの修士号を取得。その後科学分野のライターとなる。

だが、異常な数値が出たときや、ユーザーが診断のついていない病気の症状に苦しんでいるときは特に、集められた各種のデータが何を意味するかはあまりわかっていない。「現在、ウェアラブルデバイスによりデータに基づく知見や助言が提供されるのは、ユーザーの生理機能が正常な場合に限られています」。そう話すのは、ニューヨーク市マウントサイナイ・ヘルス・システムで理学療法を研究するデイヴィッド・プトリーノだ。「複雑な慢性疾患を患い生理機能に異常がみられる人々も同様に、そうした知見や助言が得られるようにすることが急務です」

それまでの間、症状が日によって変動する慢性疾患とともに生活しながら、多くの慢性疾患患者は自分の健康状態に関する知識と、いろいろなヘルストラッカーを使ってアクセスできるデータに基づいて、自分にとって有効に機能するシステムを急ごしらえするという手段に訴えている。

多くの患者がそうやってそれぞれの創造性に頼るのは、もう万策が尽きてしまったからだ。というのも、新型コロナウイルス感染症の後遺症や自律神経障害、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)などの病気には有効な治療法が極めて少なく、病気を見つけ治療する訓練を受けた専門家になるとさらに数が少ないのだ。

「自分でどうにかするよりほかありません。複雑ではっきりしない症状に対処するシステムが確立されていませんから」と、ウェアラブル技術を使って慢性疾患患者が症状を管理する手助けをすることを目指すストロング・ホーラーズ(Strong Haulers)の共同設立者で、自らも脳震盪後症候群を患うスペンサー・グードウィルは述べる。「見過ごされている人々は数多くいます」

安静時心拍の変化は病気の前兆

安静時心拍の正常値は平均1分間に60から100回で、長年総合的な健康の基準とされている。健康状態がよく、体力のある人は、総じて心臓が丈夫で効率的に機能しているため、心拍数が低い傾向にある。トレーニングを積んだアスリートの場合、安静時心拍はたいてい毎分60回以下だという。それに対し安静時心拍が高かったり上昇傾向にあったりする場合は、心臓発作のリスクが高まるなど、健康状態が悪化しているケースが多い。

アスリートはよく安静時心拍の短期的な変化を見ながらオーバートレーニングになっていないかを判断しているが、一方でその変化はインフルエンザや新型コロナなどの感染症のサインにもなりうる。『米国医師会雑誌』に発表されたFitBitのデータを使用したある論文で、研究者は新型コロナウイルスへの感染が安静時心拍の上昇を引き起こし、正常な値に戻るまで約79日を要したことを明らかにしている。

健康状態を示す指標として便利かもしれないが、安静時心拍はどちらかといえば常に安定を維持するので変化が漸進的で、意味のある変化だと判明するのにしばらく時間がかかる可能性があるのが難点だ。

心拍変動の追跡により有益な知見が得られる

何かがおかしいと気づいたものの、医者に真剣に話を聞いてもらうことができなかったわたしは、21年秋、切羽詰まってOura Ringを購入し、FitBitと併用することにした。夜間の心拍変動を追跡管理できるというのも理由のひとつだ。理論上、心拍変動(HRV)を把握できれば新たな知見が得られ、すでに自覚のあった安静時心拍の変化の裏づけになるだろう。ただし、それはわたしがその変化をどう解釈すればいいかわかっていればの話だ。

心拍変動、すなわち心拍間隔の変動は総合的な健康状態を把握する助けになるが、理由のひとつはそれにより自律神経系がどう機能しているかを間接的に知ることができるからだ。HRVの値は通常20~200ミリ秒で、それより高いのは自律神経系の反応性が高いサイン。自律神経系には心臓が拍動するペースや血管の収縮・拡張をコントロールし、消化を促進する役割がある。

「そのような極めて小さいながら非常に特異的な変化を起こすことができるのは、自律神経系が高度に最適化されて健康な状態にあるからです」とプトリーノは言う。慢性疾患の患者に役に立つのは自律神経系に対するこのような視点だ。HRVが低いのは身体が強い緊張状態にある印である。

HRVを追跡管理するうえで大きな問題になるのは、数値の理解が難しいことだ。なぜなら平均値は個人差が大きく、健康状態や環境しだいで常に変動が大きいなど、HRVは変化が激しいからだ。そうした数値の幅広さゆえにHRVの解釈はややこしく、年1回の健康診断に向かないとも言われている。とはいえ、平均値を長期間見ていけば、有益な知見がいくつか得られる可能性はある。

患者はウェアラブルデバイスをどのように使っているか

ME/CFS患者のテス・ファロールは、夜間HRVの平均が8カ月間下がり続けていることに気がつき、仕事の抱えすぎによる健康状態の悪化を自覚できた。「なかなかわかりませんでした。変化はゆっくりと起きていましたから」と話すファロールは、ME/CFSの症状に対するマイクロバイオーム(微生物叢)の影響を研究する患者主導の組織、Remission Biomeの設立者のひとりだ。

ファロールは09年からFitBitを装着しているが、それに加えて心拍数を追跡管理して無理をしないよう気をつけている。疲労の蓄積は心停止を引き起こす恐れがあるからだ。彼女は、ただ症状をモニタリングするだけでなく、心拍数を一定の基準内に抑えれば、確実にそうした事態を避けられることを知った。「身体の声を聞くだけでは十分ではありません」とファロールは述べる。

新型コロナの後遺症に悩むイブラヒム・ラシードのケースでは、症状の追跡管理とHRVを組み合わせることで、足の痛みの悪化の程度とHRVの相関性が明らかになった。ひどければ車椅子が必要になるほどだが、そのときにはHRVが低下する傾向にある。

また、症状と健康データの関連づけは、例えばストレスを制限するなど、症状の管理に何がいちばん役に立つか、そして砂糖を完全に断つなど、ほとんど効果がないものは何かに関する正しい判断をするうえで有益であることもわかった。「何が効果的で何がそうでないかを突きとめるのに、時間がかかりすぎるのです」。ストロング・ホーラーズの共同設立者でもあるラシードはそう語った。

ハリー・リーミングは新型コロナの後遺症への対処に頭を悩ませたうえに、自分のニーズに合わせてウェアラブル技術を使いこなす難しさも相まって、Visibleというアプリの開発に乗り出した。現在は、直立姿勢をどれくらいの時間維持していたかをフィードバックするウェアラブルデバイスの試験中で、直立姿勢と自分の症状の重症度との関連性が判明しつつあるという。

わたしの場合、HRVが異常に低く、生活スタイルの変化に身体が正常な反応を示していないのは、自律神経系の不調に根本的な問題があるからだとわかった。数カ月追跡管理を続けた結果、HRV平均値の傾向を知り、HRV数値が低下する期間と症状が特にひどい期間の相互関係も明らかになった。わたしにとってHRV数値は、大爆発が近づいている可能性を知らせる個人的な初期警告システムなのだ。

正式な診断を受け、薬や生活スタイルの変更といった治療を開始したところ、夜間のHRVの平均値とともに症状は改善しはじめた。慢性疾患を抱えて生活している人の場合、「間違いなく、はっきりとした警告が出ますし、データは極めて有効です」とリーミングは言う。

WIRED/Translation by Takako Ando, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)