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● 若者たちのいる場所
● 若者に対するサポート体制の欠如
● ゲームが役に立つかもしれない

わたしの心に最大の傷を残したできごとは、当時住んでいた団地の外で親友のテリーが射殺されたことだ。シカゴに住む当時9歳のわたしは、いつかこのスラム街を抜け出せるかな、としょっちゅうテリーと話していた。「できるに決まってる!」彼は必ずそう言ったものだ。

それなのに、テリーは10歳まで生きられなかった。笑っていたテリーの姿はあの瞬間を境に消えてなくなり、わたしは毎日泣いてばかりいた。いま振り返ると、わたしは自ら命を絶ちたいと願うほどのひどい苦しみのなかにいたと思う。

2018年以降のデータから、5~12歳の黒人の子どもの自殺率は白人の2倍以上という痛ましい現実が浮き彫りになっている。わたしは若者の自殺、そしてその抑制に役立つテクノロジーとゲームの可能性について知りたいと考えた。

アレックス・ミラー

主に『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』に記事を執筆している。

かつては若者のメンタルヘルスや自殺について話すことが社会的に憚られていたが、そのような風潮は著しく変化している。わたしはジェド財団(Jed Foundation/JED)で以前代表を務めていたレベッカ・ベンギアットと話をした。JEDはティーンを含む米国の若年成人のメンタルヘルスを守り、自殺を防ぐための活動を行なう主要な非営利団体だ。

若者たちのいる場所

ベンギアットは、学校の体制を強化し、一人ひとりに知識を身につけさせ、若者のメンタルヘルスに関する認識と理解を高めて行動を起こすようコミュニティに働きかけるためにJEDが使用しているツールについて言及した。JEDのメンタルヘルス・レスキューセンターもそのひとつだという。

「エビデンスに裏づけされたコンテンツやリソース、指針、ヒントをすぐに入手できるので、JEDはメンタルヘルスについてのよくある問題に関する不可欠な情報を提供し、ティーンや若年成人が最大限サポートし合い、困難を乗り越えてうまく大人へと成長するための方法を教えることができます」とベンギアットは述べる。「『もしも友だちが自分自身を傷つけたがっていたらどうする?』とか、『自殺したくなったらどうすればいい?』といった問いかけから、どうすれば助けが得られるか、誰かを助けられるかについて話をする機会が生まれ、そうした対話を根づかせ、盛り上げることにつながり、あなたはひとりじゃないよと伝えることができるのです」

そのためには、若者たちのいる場所で彼/彼女らに会うことが重要だとベンギアットは考えている。それには学校や家のほか、メタバースのようなデジタル空間も含まれる。そのことを念頭に置いて、これらの場所と若者のメンタルヘルスの相互関係を理解するために、そして政策立案者、テクノロジー企業、保護者、そして若い人々などのさまざまなステークホルダーに実行可能な提言を行なうために、JEDは「Can the Metaverse Be Good for Youth Mental Health?(メタバースは若者のメンタルヘルスに役立つか?)」と題した包括的な報告書を新たに発表した。

そのなかで、メタバース・エコシステムにおいて若者が与えられている権利のリストが明らかにされている。リストには、心理的安全性が最優先される安全で支援の充実した環境の構築、禁止されるコンテンツや違反を報告する手順についての明確な理解、臨床専門家と手を組んだ開発者によるメンタルヘルスの促進とサポート、本当の自分でいる自由や帰属感をもつ自由、独創的なコンテンツの製作・管理、データのプライバシーと所有権の保護などが含まれている。

「オンラインスペースのメリットと安全を拡充し、良好なメンタルヘルスがオンライン体験の設計および構築の優先事項になる未来に向けて取り組むことができます」とベンギアットは語る。「同時に、現実の世界でも、確固たる目的の下にインクルーシブでサポートが得られ、若者の心の幸福の保護因子になるケアコミュニティをつくることも不可欠です」

生徒の生活面で学校が果たす役割について、メンタルヘルスを促進して自殺を防ぐ包括的な公衆衛生アプローチに対し、JEDは核となる信念をもっているとベンギアットは強調する。「データに基づく適切なトレーニングと、数十年間で得られた影響力の大きな結果をもとに、学校のプログラムやリソースを正しく評価し、特定し、向上させ、目的をもって慎重にすべての生徒を助けるにはどうすればいいかを検討します。JEDはより公正な環境をつくるために貢献していると確信しています」

米国の若者のメンタルヘルスケアの現状に誰もが不満を感じている、とベンギアットは指摘する。「心配なのは、ケアを受けられない人がいて、不平等が生じていることです。社会全体として、地域、州、連邦のシステム、方法、リソースに注目し、この困難な時代に現実的で積極的な改革を行なう必要があります」と彼女は言う。

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの最中、家庭内暴力の件数が急増したが、国連はそうした状況を「陰のパンデミック」と呼ぶ。新型コロナの恐ろしさが盛んに叫ばれるなか、女性に対する暴力がそれに次ぐ脅威になったのだ。家庭内暴力の増加に伴い、遠隔学習を受けていた数百万人の子どもたちは、安定したインターネットアクセスがないから、あるいは単に学校に来る義務がないという理由で学習をやめてしまった。

若者に対するサポート体制の欠如

ベンギアットは、若者が健全な精神を保てるようにすることは、学校と家庭、両方の責任であるべきだと考えている。「学校と家庭における教育とサポートは別のものです。どちらの優先度が高いというものではないのです。家庭と学校を違う角度から見るようにしましょう。どちらかを選ぶのではありません」

ベンギアットはJEDが学校の役割をどう考えているかを強調する。「それに合ったトレーニングがあります。[中略]教職員には若者と会話しようという積極的な姿勢を示していただきたいのです。わたしたちはストラップやピンバッジでそうしたメッセージを伝えています。より親しみやすい環境をつくっている自信があります」

自殺は10~24歳の若年層の死因第2位であり、LGBTQ+の若者の自殺率は、そうでない人の4倍に上る。自傷と回復に関するコーネル・リサーチプログラムを03年に設立し、ディレクターを務めるジャニス・ウイットロックは、JEDのシニアアドバイザーでもある。このプログラムは非自殺的な自傷行為に対処するためにつくられた。非自殺的な自傷行為は20年ほど前から見られるようになり、現在は青少年の自殺念慮や自殺行為の共通のリスク要因として広く理解されている。

どうすれば若者の自殺リスクを減らせるかと尋ねたところ、ウイットロックは、もっと満たされたい、大切な何かとつながりたいという理由で人生を終わらせる必要はないと若者が理解できるよう手を差し伸べることが不可欠ではないかと答えた。

「若者を自殺に駆り立てる最大の要因は、本当の自分をわかってもらえない、誰にも気にかけてもらえないと感じること、そして目的や自分の大切さを実感できないことです。また、レッテルを貼られ批判されていると思うと、若者は社会から断絶し見放されていると感じます。若者の自殺リスクを減らしたければ、自分は世の中から孤立したどうでもいい存在だという思いを助長する社会のさまざまな仕組みを、わたしたち全員が直視する必要があるでしょう」とウイットロックは語る。

では、若い人々の多くが帰属意識を感じるのはどんな場所だろうか。インターネットである。「実のところ、この状況では、インターネットが本当に安全な避難場所になりえるのです」とウイットロックは言う。インターネットは「つながりを感じ、大切にされていると思える場所です。生きるのに不可欠な健全なつながりを他者と結ぶことは、オンラインでも可能なのです。一部の若者にとっては、ゲームがその役割を果たしています。少なくとも、きっかけの場所にはなるでしょう」

もちろん、欠点もあると彼女は話す。つながりを育むためにインターネットを利用すると、有害なコンテンツや憎しみを助長するコンテンツを目にしたり、ハラスメントやいじめに遭遇したりする恐れがあるのだ。

ゲームが役に立つかもしれない

インディーズのサイコホラーゲーム『The Cat Lady』は、冒頭で自殺を図る主人公の苦悩にさいなまれた心にスポットを当てている。始まってすぐに、ゲームは実に陰惨な雰囲気に包まれ、ひどく不安をかき立てるシナリオのもと、自殺願望のある多くの患者が直面するしごく筋の通った前提条件がプレーヤーに提示される──いちばんわかっているのは医者なので、患者には自分の何が悪いのかを知る能力はないと告げられるのだ。

このゲームは説教じみてもいないし、上から目線でもない。ただ、メンタルヘルスに問題を抱え早まって自殺しかねない人々を医療の専門家がこれまで子どものように扱い、どうやって心理的に操ってきたかをプレーヤーに垣間見せる。明らかに万人向けのゲームではない。だが、米国のいたるところで行なわれている治療と医療ミスに光を当てているのは確かだ。

クリスタル・ウィダードはメンタルヘルス組織で活動する学生ジャーナリストだ。高校時代、ウィダードは学生が運営する非営利団体で、BIPOC、LGBTQ+、そして障害者コミュニティが抱えるメンタルヘルスの問題にフォーカスする「Each Mind Matters」のCOO兼ライティングディレクターを務めていた。ウィダードは22年、JEDの「Student Voice of Mental Health Award」を受賞している。

自らの経験について話すのが難しいと感じたことはないと、ウィダードは言う。自分の言葉がほかの人たちの助けになることをよくわかっていて、それがトラウマについて語る大きな原動力になっているのだ。「ずいぶん早くから支援活動を始めました。早すぎるくらいでした」とウィダードは述べる。「ゲームコミュニティは話がしやすかったんです。7年生から8年生にかけて、わたしは何度も何度も自殺念慮を経験し、難しい問題をどうにか対処しようとしていました。Minecraft(マインクラフト)のサーバーを利用してたくさんの人たちと親しくなったのですが、そのうちのひとりがモデレーターの認証を受けていました。その人にはなんでも打ち明けることができたんです」

はじめのうちウィダードは、ほかの人たちを助けたいという気持ちから、そして自分自身の苦しみに対するサポートを切実に望んで自分の経験を共有していた。ときにまちがったコミュニティに心を開くこともあった。ウィダードは12歳のときにグルーミングの被害者になったが、そのことが人生観に永遠に消えない傷となって残り、大人の動機に疑いをもつようになった。「あのときの経験は悪い意味でわたしをかたちづくりました。そのことを明るく話そうとは思いません」

多くの若者は、死んだら注目の的になれるとか、死によって栄光がもたらされると感じている。そして自殺の多くは衝動的だ。自殺の危機は長く続かない可能性が高いので、そのとき自分を傷つけたい気持ちをやり過ごすよう促すことができれば、その人たちは助けやサポートを求めるようになるかもしれない。

とはいえ、自殺衝動というものは往々にして一瞬のうちに膨れ上がってしまうものだ。調査によると、本気で自殺を試みた人の48%が死のうと思ってから10分も経たないうちに行動に移したと答え、1時間以内に実行したと答えた人は71%に上った。つまり、切迫した状況で命が助かるかどうかは、衝動を覚えたときにどんな手段が利用できるか、その手段によって死に至る可能性はどの程度かに左右されると言えるかもしれない。自殺未遂をした人の9割は、その後自殺で亡くなることはないため、その瞬間を乗り越えさせることが大事だ。

高評価を受けているゲーム、例えば『Celeste』は2Dプラットフォームと魅力的で示唆に富んだ物語を使い、トランスジェンダーの主人公を単なる深刻な不安と絶望の犠牲者ではなく、プレーヤーの助けを借りてそれを克服できる人物として描いている。

賞を獲得した、全国的な「Seize the Awkward」キャンペーン──米国自殺予防財団(AFSP)とJEDが広告協議会と連携して実施している共同の取り組み──は16~24歳の若い人たちを励まし、メンタルヘルスで苦しんでいるかもしれない友人を支えるツールを提供している。ときにぎこちないが、どうしてもしなければならない会話を始め、それを維持するためのツールだ。

何より、インターネットは有害で危険なものになりえるのだから、特にそもそもインターネットがともすれば社会から取り残されがちな若い人々を標的にしているように見える世界にも、助けを得るのに役立つリソースがあることを若い人たちに知ってもらうことが重要だ。誰もが助けを必要としている。子どもや若年成人も例外ではない。

WIRED/Translation by Takako Ando, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)