“勝者総取り”方式のカラクリ

2024年2月24日に開催された共和党のサウスカロライナ州予備選は、事前の予想通り、トランプが勝利を収めた。得票率はドナルド・トランプが59.8%、ニッキー・ヘイリーが39.5%だった。大雑把に言えば、トランプが6割、ヘイリーが4割を獲得した計算だが、しかし、予備選の結果を決める代議員(delegate)の獲得数については、サウスカロライナが変則的な勝者総取り方式を採用しているため、トランプが47人、ヘイリーが3人という大差がついた。

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連邦制を採用するアメリカの選挙では、具体的な選挙の運営は各州の定めるローカルルールによってなされることが多い。よい機会なので一例として、サウスカロライナの代議員割当について説明しておこう。

先述のように、サウスカロライナ州の共和党予備選では、変則的な勝者総取り方式が採用されている。サウスカロライナに割り当てられた代議員数は50人だが、そのうち29人は、州全体で得票数が首位だった候補者に与えられる。残りの21人は、州内の7つの選挙区に3名ずつ割り当てられ、ある選挙区の勝者は3名の代議員すべてを獲得する。このルールによってトランプは、6割の得票数で9割以上の代議員数を得ることができた。投票者の4割の支持、具体的には約30万人から支持されたにもかかわらず、ヘイリーの代議員獲得数が3人にとどまったのも、こうした絡繰りからだ。ちなみにトランプに投票したのは約45万人。得票数に応じて代議員を配分する比例配分方式とは異なり、勝者総取り方式の怖いところだ。6対4の得票数の結果が、獲得代議員数では9対1に変換されてしまう。選挙政治とは選挙制度によって結果の印象が大きく変わるものであることを痛感させられる。

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ともあれこれでトランプは、3月5日のスーパー・チューズデー前の、アイオワ、ニューハンプシャー、ネバダ、サウスカロライナと続いた、いわゆる「アーリー・ステイト」での予備選をすべて制したことになる。まさに「インヴィンシブル」、向かうところ敵なしだ。実際、トランプの場合、共和党支持者の中で特に劣勢なサブグループがあるわけでもなく、すべてのカテゴリーで満遍なく高い支持を得ている。高齢者も若年層も、白人も非白人も、キリスト教の信仰の厚い人もそうでない人も、幅広くトランプを支持している。カルト的と呼ばれる所以だ。

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サウスカロライナ州はアフリカから黒人奴隷が最初に上陸した州であり、現在も州全体の人口の3割を黒人が占める。そのような黒人有権者の多いサウスカロライナでトランプは、黒人保守派の会合に出席し、その場で、トランプが抱える訴訟──都合91の罪状を求める4つの刑事事件での起訴、ならびにトランプ個人や彼の会社に対するセクハラや粉飾決算などの民事訴訟──をバイデン政府からの不当な(非合法な)圧力と捉え、それを奴隷制時代に、あるいは奴隷解放後も続いた黒人差別時代(ジム・クロウ法時代)に、黒人に課せられた差別と同等の酷い扱いだと訴えて、会場から称賛を得ていた。民主党支持のリベラルな黒人たちが聞いたら卒倒するような発言だが、トランプの支持者にとっては、むしろ共感を呼ぶ話題だったということだ。

こうしてトランプは、サウスカロライナの予備選終了時点で都合110人の代議員を確保した。対してヘイリーの獲得数はわずか20人。共和党予備選で競われる代議員の総数は2429人であり、その半数である1215人が指名獲得に必要な数となる。サウスカロライナ予備選が終わった時点で142人の配分が決定した。3月5日のスーパー・チューズデーでは、一日で総代議員数の約3割にあたる874人もの代議員が割り当てられる。予備選の天王山といわれるだけのことはある。

ホームグランドでの敗戦が及ぼす影響

ヘイリーは、サウスカロライナでの敗戦後も、スーパー・チューズデーまでは選挙活動をやめないと発言している。サウスカロライナでの劣勢は事前に予想されていたことであり、むしろ、チャールストンなど都市部で強い支持が得られた結果を自分の強みとして強調していた。

とはいえ、ヘイリー陣営からすればサウスカロライナで敗けたことはやはり大きい。サウスカロライナは彼女が州知事を2期務めた、いわばホームグランドだったからだ。従来の大統領選の定石ならば、出身州の支持も固められない候補者に全米を統べる力量はないということになり、この時点でゲームオーバーとなるところだった。ソーシャルメディア時代に入り、全米での支持の確保が、以前よりも格段に容易になったため、必ずしもこれで終わりというわけではないが、それでも本拠地の支持が高いに越したことはない。実際、サウスカロライナでの敗戦後、ヘイリーは、ティーパーティ運動の首領であったコック・ネットワークからの資金援助が解消された。

ティーパーティ運動において最も好まれているガズデン旗(アメリカにおける愛国主義の象徴のひとつ)を掲げながら行進するトランプ支持者たち。PHOTOGRAPH: ANDY KATZ/PACIFIC PRESS/LIGHTROCKET via GETTY IMAGES

前回も触れたように、ヘイリーの予備選活動の継続は、共和党がトランプ一色ではないことを示すための、いわば党内抗争に向けた示威活動の要素もあるため、可能な限り今後もヘイリーは予備選に残り続けると考えられる。だが、その「可能な限り」という条件を決めるのが活動資金の多寡・有無なのだ。全米各地に選挙事務所を開き、各地でテレビCM枠を買いキャンペーンメッセージを放送するなど、大統領選の選挙活動とは、一種のスタートアップの立ち上げに近い。起業したばかりの会社が、様々な苦難を乗り越え成長していくために、都度ファンドレイジングの機会が必要になるが、それと同じことが立候補者の選挙事務所にも当てはまる。選挙戦からの撤退理由の多くは、キャンペーンの運転資金の枯渇で、文字通り、選挙活動の継続が困難になったことによる。

ヘイリーの去就も、スーパー・チューズデーでどこまで「共和党内反トランプ派」の存在をアピールできるかにかかっている。その意味では、代議員数の獲得数だけでなく、単純な得票数の程度も無視できない。事実として、予備選参加者の3分の1、3割から4割程度の人たちがヘイリーを選んだこと、すなわちトランプを選ばなかった事実を公式の記録として残すことが大事なのだ。その事実をもって、次の4年後の、2028年の大統領選の戦局が今から用意されることになる。

ちなみに、今のところ向かうところ敵なしのトランプだが、彼もまたファンドレイジングの問題を抱えている。実際、富裕層からの献金額ではバイデンの後塵を拝している。また、トランプの場合、並行して起こっている訴訟費用も馬鹿にならない。ニューヨークで行われた訴訟では多額の支払いも求められている。1月にはE・ジーン・キャロル事件について、マンハッタンの連邦地裁から、名誉毀損の損害賠償金として8330万ドル(約123億円)の支払いが命じられた。また2月には、ニューヨーク州地裁から粉飾決算を理由に約3億5490万ドル(約533億円)の罰金が課せられた。資金繰りの厳しさという点では、トランプも変わらない。もっとも彼の場合は、そうした苦境をも、支持者に援助を求める理由に転じさせてしまうのだが。転んでもただではおきないのがトランプだ。

トランプは都市部に弱い?

もうひとつ、サウスカロライナでの教訓として挙げられるのが、都市部におけるヘイリーの健闘だ。トランプとヘイリーの一騎打ちとなったこともあるが、ヘイリーが4割の票を得た源泉が、州都であるコロンビア市やチャールストン市などの都市部であった。これは裏返すと、本選におけるトランプの弱点と見ることもできる。予備選では勝てても本選では勝てない、という主張は、2022年の中間選挙でトランプが公認した、いわゆるMAGA候補たちの多くで証明されたことだが、同じ理屈がトランプにも当てはまるのではないかという疑問だ。確かに今の共和党は、3分の2がトランプ支持者からなる「トランプ党」と言ってよい状態にあるが、残り3分の1は必ずしもトランプに与さない人たちからなっている。それが本選でどのような影響を与えるのか、ということだ。世論調査によっては、トランプが大統領候補になったなら、本選では彼に投票しないとする共和党員は概ね2割ほど存在しているという結果も報道されていたりする。特に今回のトランプは、福音派信者からなる宗教右派から熱狂的な支持を得ている分、中絶問題などの点で、宗教右派以外の(共和党支持者を含む)有権者から冷ややかな目で見られることも少なくない。共和党幹部の頭の痛いところである。

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もっとも、サウスカロライナでの予備選でトランプが勝利した背後で、予備選を主催するRNC(共和党全国委員会)のトップ人事の変更が検討されており、トランプが指名した人物──中にはトランプの次男エリックの妻ララ・トランプも含まれている──によってRNCも運営されようとしている。

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トランプ陣営の思惑は、RNCにトランプが「事実上の共和党大統領候補者(presumptive nominee)」と宣言させることでヘイリーの撤退を促したいことと、先ほど触れたように訴訟費用をRNCに肩代わりさせたいことの、主には2つだという。

RNCは、大統領選だけでなく11月に行われる選挙──連邦議会上院、下院、州知事、その他検事長や判事など州を含む地方政治の公務に関わるもろもろの公職選挙──も牛耳っているため、その中核をトランプの息のかかった人物が占めるようになれば、広く共和党の政治家たちへの影響は免れない。少なくとも、今秋、選挙の洗礼を受ける共和党の政治家たちは、トランプの視線を無視できなくなる。一種の監視である。特に未だ政治的基盤が盤石ではない、当選経験の浅い議員を中心にトランプへの忠誠を誓わないでいられない状況となる。

見え隠れするロシアの陰

その片鱗はすでに連邦議会下院で見られている。昨秋、ケヴィン・マッカーシーに代わり下院議長に選出されたマイク・ジョンソンは、MAGAリパブリカンであることからトランプの発言に忠実であり、これまでのところ、トランプの意向を忖度して議会運営を進める姿が目立つ。

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よい例が、メキシコ国境問題の解決の先延ばしであり、ウクライナへの軍事支援の停止である。トランプは外部から議会運営に干渉することで、間接的にバイデン大統領の政権運営をも牽制している。少なくともこと外交に関しては、現行のトランプ共和党はレーガン時代の面影を一切残してはいない。

トランプの意向によって──正確にはトランプの言動を通じて明らかにされるトランプを支持する各界の大物たちの意向によって──アメリカの舵取りは「逆張り」の動きが顕著になった。たとえばロシア、たとえば中絶問題。

ロシアについては、トランプがNATO加盟国に対するプーチン大統領のロシアによる侵攻を容認するような発言をしたところで、さして日を置かずに、ロシアの反政権派指導者であるアレクセイ・ナワリヌイの獄中死が報道され、物議を醸した。

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ロシアといえば、この2月には、バイデン大統領の弾劾裁判を求めるMAGAの共和党下院議員たちが、その根拠として挙げていたFBIの情報提供者の情報が実はロシアの工作員によって仕込まれたものだということも明らかにされ波紋を呼んでいる。元FBI情報提供者アレクサンダー・スミルノフがバイデン父子について提供した情報はロシア諜報機関から提供されたものだったという。ロシアの陰は、今年の大統領選でも見過ごすことができないようだ。

ラスベガスのロイド・ジョージ連邦裁判所を出るFBIの機密人的情報提供者、アレクサンダー・スミルノフ(中央)。PHOTOGRAPH: BIZUAYEHU TESFAYE/LAS VEGAS REVIEW-JOURNAL/TRIBUNE NEWS SERVICE via GETTY IMAGES

「生殖に関する権利」が大きな争点に

一方、中絶問題は、単なる中絶の権利を越えて「リプロダクティブ・ライツ(生殖に関する権利)」の否定にまで及びそうな情勢となってきた。2月にアラバマ州最高裁によって、体外受精に用いられる予定であった凍結胚も「子ども」である、との判決が示され、凍結胚の毀損は子どもの殺害に相当するという見解が示された。中絶を認めず胎児の殺害とみなす「プロ・ライフ」の運動は、具体的に胚(体外受精でできた受精卵)にまで及ぶことになった。

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この判決を受けて、アラバマ州内における体外受精治療は事実上廃業に追い込まれているという。今はまだ州のレベルの話だが、宗教右派の厚い支持によって予備選を制してきたトランプが、彼らのエージェントとして2回目の大統領就任後、このアラバマ判決の延長線上で振る舞うこともありえないことではなくなってきた。宗教右派の希望に応えるように神権政治化がアメリカで進むことを憂える声も聞こえる。アトウッドの『侍女の物語』の世界が本当に現実化するのではないか? という懸念だ。そうなると、バイデンの人気や支持率はどうあれ、リプロダクティブ・ライツの維持を目指す人たちは、トランプではなくバイデンを支持しないわけにはいかなくなる。

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池田純一 | JUNICHI IKEDA

コンサルタント、Design Thinker。コロンビア大学大学院公共政策・経営学修了(MPA)、早稲田大学大学院理工学研究科修了(情報数理工学)。電通総研、電通を経て、メディアコミュニケーション分野を専門とする FERMAT Inc.を設立。2016年アメリカ大統領選を分析した『〈ポスト・トゥルース〉アメリカの誕生』のほか、『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』『デザインするテクノロジー』『ウェブ文明論』 『〈未来〉のつくり方』など著作多数。

いずれにせよ、今年の大統領選を巡る情勢として、ロシアによる選挙干渉と中絶問題、あるいは広くリプロダクティブ・ライツの問題は無視できないものとなってきた。この2つに加えて、ウクライナ、イスラエルとパレスチナ、それにメキシコ国境が絡んでくる。外交と内政が選挙によって強引にねじり合わされた形で進行していく。まさにパーマネント・キャンペーンだ。

ケーブルテレビによる細分化されたテレビ視聴形態と、迅速な世論調査を可能にしたコールセンターの登場で実現された、世論の顔色を伺いながら常に有権者の意向に反応しながら日々の政策判断を行っていく「選挙政治と政策政治の混合形態」では、モバイルとソーシャルメディアの普及によって、その「常に」は「常時」に変わった。結果、政治家の言動に限らず、およそ「ニュース」と呼ばれるものの全てが潜在的にこのパーマネント・キャンペーンに呑み込まれている。むしろ、ニュース自身が、報道機関自体が、政治のプレイヤーとして振る舞おうとしているのが、エンゲージメントが重視されるソーシャルメディア時代の現状である。MAGAリパブリカンの台頭は、そんなメディア変動の中で生じた抵抗運動の一つだ。彼らを率いた3度目の戦いにトランプは臨んでいる。

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