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宇宙とはいったい? 
● 航空宇宙から物理学への長い道のり
● 天体ホログラフィー・イニシアティブがもたらす影響

宇宙はホログラムである。

少なくともそれは、サブリナ・ゴンザレス・パスタースキー博士が研究する天体ホログラフィー説の中核をなす考え方のひとつだ。パスタースキーはペリメーター研究所で天体ホログラフィー・イニシアティブを立ち上げ、そこで主任研究員を務めている。

宇宙とはいったい?

そう、読み間違いではない。宇宙は確かにホログラムかもしれないのだ。天体ホログラフィー説が探求するのは、わたしたちの認識する現実が、宇宙全体を包む何らかのものによって内側に投影されているという考えである。理論物理学においては、宇宙を定義する際に便利な考え方となる。「CERN(欧州合同原子核研究機関)での陽子衝突、そして重力波の両方を説明できる枠組みが必要なのです」とパスタースキー博士は述べる。

物理学研究において量子論と一般相対性理論の統合を可能にする天体ホログラフィー説は、ブラックホールの量子力学がもととなっている。控えめに言っても複雑な話だが、重要な点がある──天体ホログラフィーという原理は、研究分野や視点の違いを超え、宇宙について広く議論し考察するための手段になるのだ。「弦理論[編註:粒子を0次元の点ではなく1次元の弦とする理論や仮説のこと]やブラックホールの情報から得られた識見をもとに、現実を証明しようとするものです」とパスタースキーは言う。

パスタースキーが天体ホログラフィー・イニシアティブを立ち上げた理由は、異なる分野をひとつの大きな傘の下にまとめることが重要だからだという。「数々の美しい枠組みをひとつの枠組みのなかにまとめて単純化できれば、と思っています。究極の目標は、量子重力理論の理解を進めてさらに精緻化することです」

天体ホログラフィー・イニシアティブは、パスタースキーがペリメーター研究所に就職した直後から彼女にとって大切なプロジェクトとなった。同研究所が理論物理学を前面に掲げる数少ない場所のひとつだからこそ、ここでプロジェクトを立ち上げることが重要だった。また、イニシアティブが実現したのは同僚や上司のおかげだとも彼女は言う。

航空宇宙から物理学への長い道のり

ただし、サブリナ・ゴンザレス・パスタースキーはもともと理論物理学者を目指していたわけではない。子どものころは航空宇宙に興味をもち、両親もその情熱を後押しした。9歳からは飛行機の操縦を習い始めた。「14歳のときにセスナ機で単独飛行しました」と彼女は言う。

しかし、学校で学んでいくうちに、やがて航空宇宙の領域が自分に合っていないことに気づいた。「航空宇宙工学を学ぼうと思ってMITに入りました。でも、みんなドローンをいじりたがってばかりで、少しがっかりしました」。クアッドコプターを製作しても想像力はかき立てられず、航空宇宙は先のない分野だと感じ始めた。

「時に壁となるのは、研究分野自体はとてもエキサイティングなのに、そこに工学が関わると人は失敗をしたくなくなってしまうことです」と彼女は言う。のちに、弦理論こそ先がないと言われたときには、笑ってこう返した。「航空宇宙業界の内側を知らないでしょう! 面倒な手続きを避けてばかりなんだから!」

彼女はまた、航空宇宙の分野では個性の強い人々と付き合わなければならないことを懸念していた。「何か悪いことが起きて、プライベートエクイティ[編註:未公開株式のこと。また、株式の未公開会社(または事業)に関する投資ファンド全体を指す]の人たちにこの業界が丸ごとつぶされるのではないか、といつも不安でした。そういう種類の顧客と積極的に付き合っていかなければならないのです」と、ロケットと宇宙飛行をめぐる現状を支配する億万長者たちを指して彼女は言った。

それでも、パスタースキーはキャリアを決めなければならなかった。そして、自分の尊敬する人たちが物理学に興味をもっていることに気づいた。「自分にとってクールだと思えるからではなく、自分がクールだと思う人たちがクールだと思っているからその分野に進む、そういうこともあるものです」と彼女は笑顔で語る。パスタースキーはハーバード大学の博士課程に進み、プリンストン大学でのポスドク研究を経て、2021年にペリメーター研究所に入った。

ペリメーター研究所はユニークな組織だ。大学の附属機関でも、国営の科学研究所でもなく(その場合には政府系機関としての規則や規制があっただろう)、理論物理学の研究・研修・周知に重点を置く独立した非営利団体である。

「とても優秀な弦理論研究グループがある大学もありますが、その研究が大きく優先されることはないでしょう」とパスタースキーは言う。「特に、すでに産業界との結びつきがあるような実用的な研究をほかにたくさん行なっている大学なら。皆、自然の基本原理を理解したいと思ってはいますが、最優先事項ではないのです」

「ペリメーター研究所では、理論物理学がすべてです。ここでは、作業フロー、公の活動、研修など、皆が全体を気にかけています」

そのおかげでパスタースキーは、宇宙についての自分自身の考え方や天体ホログラフィー説に関する疑問を開拓できた。

天体ホログラフィー・イニシアティブがもたらす影響

パスタースキーにとって、天体ホログラフィー・イニシアティブの価値は物理学のみにとどまらない。その役割は、異なる研究分野を結びつけることにもある。「わたしたちの研究分野は常に新しいことをやりたがるので、ほかの分野との連携はときに軽視されます。そして新しいことをするうえでの問題は、誰からも理解してもらえないということです。この深く狭い専門分野では、仕組みを説明するために使う言葉は内輪の人たちにしか理解されません」

こうして架け橋になれることは、ペリメーター研究所の天体ホログラフィー・イニシアティブがすばらしい証拠であり、同時にサイモンズ天体ホログラフィー合同研究(パスタースキーが副代表を務める、より大規模で最近開始した国際共同研究)の美点でもある。イニシアティブがあることで、異なる理論分野(弦理論から量子重力論、数理物理学まで)を専門とする人々が交流し協力できる。「同じ現象を異なる視点から見ている人々が力を合わせる。これは実に自然な連携であるだけでなく、とてもすばらしいことです。異なるバックグラウンドのもとで研究している人同士の連携なのですから」とパスタースキーは言う。

それが彼女にとってのカギなのだ。「物理学を説明しようとすると、すぐに複雑な話になってしまいます。わたしが異なる研究分野を結びつけることに夢中になっている理由は、数字が絡むという点ではどれも本質的に同じだからです」

WIRED/Translation by Risa Nagao,LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)