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科学者のデータアクセスを確保する
● 公立学校と無料の科学博物館の産物
● アクセスは思うほど簡単でない場合がある
● STEMの文化を変える

あなたにとって「アクセス」は何を意味するだろう?「科学的価値」はどうか? 恵まれた環境にいて、あるのが当たり前でその存在に気づいてさえいないものは何だろうか? 米国国立科学財団(NSF)の国立光赤外線天文学研究所(NOIRLab) Community Science and Data Center副所長で、米国天文学会(AAS)次期会長のダラ・ノーマン博士は、そうした問題に日々取り組んでいる。

ノーマン博士は天文学者で、知識と経歴、トレーニングの成果を活かし、その分野でほかの人たちが直面している問題の理解に努めているのだ。

科学者のデータアクセスを確保する

「天文学者が手に入れられるのは光のみです」と、笑みを浮かべながらノーマン博士は言う。話をする彼女の顔には、天文学と科学への愛が見てとれる。

「ほかの科学分野ならば、実験をする、あるいは岩などのサンプルを入手し、実験室で分析することができます。それが天文学者の場合、得られるのは銀河や星の光だけです」

「その光をもとに、星の質量や銀河の質量、温度を算出しなければなりません。星を支えている圧力があるとすれば、その値は? 銀河や星の進化、つまりどこにあるのか、いつからあるのか、どんな進化を経ていまの形になったのかを突きとめなければならないのです。星や銀河から放たれる光だけを頼りに」とノーマン博士は語る。

光がもつ意味に加え、集めた大規模なデータセットを分析し理解する力は、天文学者のあらゆる仕事に不可欠だ。米国のすべての光学赤外線望遠鏡のための国の研究施設で、NSFが資金を拠出するNOIRLab Community Science and Data Centerの副所長として、ノーマン博士が自分の任務を果たすことで、ほかの人たちはそれぞれの仕事ができている。

「幅広い天文学コミュニティが望遠鏡とデータの両方を活用できるよう、わたしたちは支援しています。 Community Science and Data Centerのミッションは、ユーザーのサポートと、ピアレビュー・プロセスを通じて人々の望遠鏡時間の確保に力を貸し、当人のデータか、誰でも利用できるアーカイブにあるデータかにかかわらず、保管されているデータを入手・利用しやすくすることです」

PHOTOGRAPH: CASSIDY ARAIZA

公立学校と無料の科学博物館の産物

「わたしはシカゴで育ち、公立学校出身であることを誇りに思っています」とノーマン博士は話す。彼女にとっては、それを知ってもらうことに意味があるのだ。「天文学も科学も大好きでした。目指していたのは宇宙飛行士でしたけど」

幼いころから科学や宇宙への興味をもち続け、それらに接する機会を得られたのは、無料で見られるシカゴの博物館のおかげだという。「科学産業博物館はシカゴのサウス・サイドにありました。暇をもて余しているときは、75セントもらってバスに乗り、博物館に行っていました」

「科学展示を見たがる真面目な子どもだった、と言っているのではありませんよ」とノーマン博士は笑う。「ただ、科学が身近にあって、展示を見て、『何これ、どうやって動くの?』なんて考えることができました。いまは無料の博物館がないのが気になります。月に1日、あるいは特定の週は無料かもしれませんが。予算の関係でそれくらいが精一杯なのです」

だが、子どもたちが無料で科学に触れられる場所があることは重要だ。「生徒たちが科学とかかわることができる有機的な場所が失われている現実を、とても憂慮しています。大きな問題です。とりわけ、裕福でなく、親やきょうだいと博物館に行くのにかかる、例えば50ドル(約7,000円)を払う余裕もない片親の家で育った、わたしのような子どもにとっては。それに何といっても、無料だったからこそ、自分の好きなように博物館を歩きまわり、見たいものを見ることができたんです」

視力が悪かったために宇宙飛行士への道は閉ざされ、ノーマン博士は科学者を目指すことにした。大きなきっかけは、マサチューセッツ工科大学(MIT)の学部生だったとき授業中に望遠鏡で初めて木星を見たことだった。「とにかく美しかったです」。当時を思い返して、ノーマン博士は述べる。「まるで絵のようで、すっかり虜になりました」。その日、彼女は天文学を追究しようと決めた。

MIT地球・大気・惑星科学学部を卒業後は、すぐに大学院に進学しないことにした。代わりに選んだのが、NASAゴダード宇宙飛行センターでハッブル宇宙望遠鏡に搭載されているゴダード高解像度分光器のサポートをする仕事だ。「ハッブルの鏡に問題が起きたとき、そうか、大学院に戻る潮時かもしれないな、と思いました」

ワシントン大学で天文学のPhDを取得し、1年間ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で学んだ。その後研究とアウトリーチの両方ができるNSFの天文学・天体物理学ポスドク・フェローシップに応募した。

アクセスは思うほど簡単でない場合がある

ノーマン博士の仕事の中心にあるのがアウトリーチ活動[編註:科学への興味を高めるため、研究者が一般市民に行なう双方向的なコミュニケーション活動]だ。望遠鏡時間の確保は、控えめにいっても大変だ。使用できる年間の日数も天文台の数も限られている。だが、望遠鏡から集められたデータは豊富にあって、誰もが利用することができる。

「アーカイブにはデータがたくさんあります。何十年も前のデータをいまのデータと比べることもできます。そうしたデータを使って実行できる科学研究には限りがありません。肝心なのはあなたが何を想像できるかです。想像力とデータへのアクセスさえあればいいのです」とノーマン博士は言う。

2015年、サバティカル制度を利用してハワード大学で研究をしていた彼女は、自分のよく知る国立天文台と小規模の研究機関ではアクセス環境がどれほど異なるかをすぐに思い知らされた。「共同執筆した論文に盛り込んだ画像を見ようと思いました。サイズはかなり大きく、それぞれ1ギガほどありました。リサーチを行なうには、データを縮小し、複数の画像を入手して画像をスタックしなければなりません」

しかし、そこでインフラという障壁にぶち当たった。インターネット接続が不安定で速度が遅く、コンピューターへのダウンロードでトラブルが起こったのだ。「ハワード大学の環境はあまり恵まれていないことがわかりました」とノーマン博士は語る。「画像を取り込もうとしただけで、Wi-Fiを使おうとしたわけでもないのに。まさか、あんなことになるとは」

「そのとき痛感したんです。技術やリソースだけでなく、アクセスや助言についても、小さな研究機関には制限があるんだ、と」。そんな状況を変えようと、ノーマン博士は数年にわたって取り組みを続けている。

「NOIRLabではもちろん、ほかの天文台やNASA、その他の場所で人々に話をするときにも、わたしは仕事をすることに興味がある人、たとえいまはしていなくても、プロジェクトにかかわることに関心をもっている人を見つけるようアドバイスしています。そうした人たちは、障壁とはどんなものかを教えてくれます。経験がない人には、皆目見当がつきませんから」

経歴やトレーニングの成果を毎日の仕事に活かすというノーマン博士のやり方は有益だ。「科学とは何か、どんな方法で科学研究を行なうか、科学研究を可能にするためのさまざまな問題点はどこにあるかを理解しなければなりません」

STEMの文化を変える

要するに、ノーマン博士にとって重要なのは天文学やSTEMの文化をよりインクルーシブに変えることなのだ。「人々には、わたしたちの分野で科学的価値がどのように捉えられているかを考えてもらいたいんです。そうした変化を起こすのに力を貸したいのです。どのような方法で科学を実行するかは、どんな科学を実行するかと同じくらいだいじなのですから」

「現在、少なくとも物理科学では、科学プロジェクトの価値を評価する際に、その科学的目標を基準にしていると言えるのではないでしょうか。ほかに、目標達成のための技術分析などの手法もそうです。望遠鏡時間や助成金、そのほかのリソースの申請を受けると、わたしたちはそれらの基準に照らして申請者の取り組みの科学的価値を検討します。ですがわたしは、科学的目標をどのようにして達成しようとしているかという人的要因を考慮するよう強く促しています」

「わたしは科学者として、どうすればものごとを先に進められるかを教えます」。ノーマン博士は何かに思いをめぐらせ、そしてこう言った。「科学的価値をどう考えるかの限界を押し拡げた人物として、人々の記憶に残りたいのです」。

WIRED/Translation by Takako Ando, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)