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● スタートアップNature Coatings
● 進まない普及
● ブランドマーケティングとの乖離

少し考えてみれば当然のように思えるが、考えたことがない人もいるだろう。ほとんどの顔料や染料(衣服、家具、包装、化粧品などに無数の色彩を与える物質)が化石燃料に由来していることを。

そこには世界中で生産される工業化学物質のトップ50のひとつ、カーボンブラックも含まれる。重油や天然ガスを不完全燃焼させ、顔料のもととなる黒色の煤を生みだすことで、毎年推定で810万トンのカーボンブラックが製造されている。

いかにも環境に悪そうだって? そのとおりだ。

オールデン・ウィッカー

『WIRED』で持続可能なファッション、新しい素材、環境について執筆。Webマガジン「EcoCult」の創設者兼編集長。『To Dye for: How Toxic Fashion Is Making Us Sick—And How We Can Fight Back』の著者。

燃焼した石油や火のついたタバコ、裏庭のグリルの焦げ、そしてカーボンブラックに至るまで、あらゆる煤製品には多環芳香族炭化水素(PAHs)が含まれている。これは、ベンゼンやナフタレンなどを含む発がん性化学物質の一種だ。国際がん研究機関はカーボンブラックを「ヒトに対する発がん性が疑われる物質」と分類しており、その結果、この物質はアイライナーのような化粧品には使われなくなった。

スタートアップNature Coatings

ラスベガスのスタートアップNature Coatingsは、BioBlack(環境破壊を招くことなく、同じようなダークな色合いの染料、インク、工業用顔料をつくりだすと謳う製品)でこの市場に一石を投じようとしている。

廃棄物からつくられ、カーボンネガティブで、石油を含まず、無害。Nature Coatingsは、こうした利点を武器に、市場調査コンサルティング会社Grand View Researchが推定22億9,000万ドル(約3,350億円)と見積もるカーボンブラック業界のトップを目指している。

BioBlackの主成分は、環境NGOの森林管理協議会(FSC)にサステナブルだと認定された木の廃材だ。この大量の木くず(米国だけで毎年5,500万トンの木くずが出る)は、通常は焼却され、その灰は埋め立てられるが、一連の作業で生じたすべての二酸化炭素は大気中へと放出される。Nature Coatingsは、基本的にすべてのCO2を顔料に閉じ込めているので、衣類を燃やさない限り大気中に放出されることはない(のちに衣類が焼却されれば放出されるが、埋められた場合はそうではない)。

BioBlackの製造工程はクリーンだ。木くずは酸素のない環境で加熱され、黒色顔料といくらかの無害な副産物──酢酸業界に売却可能な木酢液、機器のパーツを動かすのに利用できる蒸気、こちらも機器の動力として利用できるバイオガスなど──を生み落とす。「自律型なので、機械が稼働している限り、再生可能エネルギーを使って動き続けます」と語るのは、Nature CoatingsのCEO兼創設者のジェーン・パーマーだ。

製造工程の動力として使用される再生可能エネルギーと、BioBlackの内部に蓄えられた炭素量を比べると、BioBlackはカーボンネガティブだ。つまり製造時に排出される炭素の量よりも多くの炭素を大気中から取り除く。炭素除去を専門とするAccend社が作成したライフサイクル分析によると、1kg当たりのBioBlackの二酸化炭素排出量は-0.6kgで──BioBlackを製造すれば、大気中に炭素を排出するのではなく、実際に除去することになる。一般的なカーボンブラック1kg当たりの二酸化炭素排出量は1.91kgだ(パーマーによると、Accendはこの分析結果を提出して査読に回す予定だが、Nature Coatingsは、報告書に機密情報が含まれていることから、概要のみを公表するという)。

さらに、BioBlackは燃焼生成物ではないため、PAHsも含まれていなければ、通常のカーボンブラック顔料に混入する可能性のある重金属汚染物質も含まれていない。また、大半のカーボンブラックは粉末の形状で販売されているのに対し、BioBlackはBioBlack TXと呼ばれる液体で販売されるので、作業員が黒い粒子を吸い込んで肺を壊す心配もない。実際、BioBlack TXの環境へ与える影響の大半は、この液体製品をつくるために添加されるバイオベース成分によるものだ。

この液体はバイオベース顔料として、スポーツシャツ、梱包用の段ボール、そしてLevi’sが昨年発表した「Plant-Based 501」の内ポケットなど、たいていどんなものにも印刷できる。BioBlackはまた、羽毛などの天然繊維、綿や麻などの植物繊維の染色にも使用可能だ。

カーボンブラックの価格には幅があるが、1kg当たりのBioBlackの価格は、少なくとも、ある提携先の工場が使用している通常のカーボンブラックと同じ価格だとパーマーは言う。「わたしはもともと繊維用の顔料や染料を扱う業界の出身で、その業界で20年ほど働いていました」とパーマーは言う。「ですから、ファッション用のテキスタイルに新たな技術を採り入れるのがいかに困難かは重々承知しています。できるだけスムースに移行するには、価格や性能を同程度にするか、あるいは少しだけ改善することです」

進まない普及

2000年代初頭から、デニムにオーガニックコットンを取り入れるなど、持続可能性を目指して取り組んできたトルコのデニム工場Ortaは、2年前にバイオベースの黒色顔料の話を耳にすると、その顔料を試すべくNature Coatingsに連絡をとった。数年かけて実験を重ねたのち、Ortaは2度のブラックデニムコレクションで、サルファブラック(黒色硫化染料)の代わりにBioBlackを使用した。

「理想をいえば、わたしたちの扱うすべての黒をBioBlackに置き変えたいと思っています」とOrtaのエグゼクティブディレクター、セデフ・ウンジュ・アキは言う。彼女は、廃棄物の話やカーボンフットプリント削減の話が好きなのだ。

しかし、Ortaにほとんど注文が入ることはなく、入ってくるのはデニムをつくっているブランドからのサンプル注文だけだった。その理由は第一に、Ortaにとってもほかのクライアントにとっても、できあがったデニムの色が満足のいく黒ではないこと(Ortaは現在改善に取り組んでいる)。第二に、置き変えられた染料、この場合はサルファブラックに、それほど大きな健康上の懸念がないこと。第三に、重要な点として「値段がまだまだ高いこと」だとアキは言う。

彼女はメールで、このデニムは通常の顔料でつくるものより70%高く、サルファブラックの4倍の値段であることを明らかにした。主な原因は、同社の工場で行なわれる特殊なコーティング加工に追加コストがかかるためだという。とはいえ、大量に生産できれば、衣服全体の価格はそれほど上がらない。それでも「残念ながら消費者は常に安いものを求めているので、主要な染料としてブランドに取り入れるのは極めて困難なのです」

生産量が少ないため、BioBlackに切り替えてもデニム工場の環境指標は改善されていない。

ファッション業界には解決すべき深刻な問題が数多くある。ジッパーや子どもの制服など、耐水性および防汚性に優れた衣類には、有害性の高いPFAS(有機フッ素化合物)コーティングが使用されているし、この業界の多くは石炭ボイラーを稼働させている。さらに「植物由来の」ビスコース(レーヨン素材の一種)生地に変えるために、熱帯雨林を伐採している。それに比べると、カーボンブラックの「問題」はさほど重要ではないように思える。

実際、ファッション業界を脱炭素化するにあたって、コンサルタント会社や財団が作成した報告書では、染料やその他の化学物質を使った製品については触れられていない。それどころか、そうした製品が気候に与える影響は測定すらされていない。焦点となっているのは、石炭ボイラーからの切り替え、環境に優しい素材の選択、生産量の削減である。

「石油不使用」と謳われたものが市場に出れば、もれなく二酸化炭素の排出量も少ないだろうと思うかもしれない。しかしカーボンブラックは衣類のほんの一部、衣類の総重量の1%程度を占めているにすぎず、(顔料を)カーボンネガティブな代替品に切り替えたところで、Tシャツやジーンズが環境に及ぼす負荷が大きく変わることはない。

「大量生産の観点から見たほうがいいでしょう」とパーマーは言う。例えば、月に10トンのカーボンブラックを使用する工場がBioBlackに置き変えれば、二酸化炭素量を月に約25トン削減できる計算になる(そう、この製品はそもそもカーボンネガティブなのだ)。

「繊維のコーティングや添加剤が衣服の重量に占める割合はごくわずかで、二酸化炭素排出量に与える影響はそれほど大きくありません」と、アーリーステージに投資するベンチャーキャピタルSaferMadeの共同創設者兼パートナーのマーティン・マルヴィヒルは語る。SaferMadeは、消費者製品から有害な化学物質を除去する企業への投資を行なっている。「それでも、やはり健康への影響はありますが」

ブランドマーケティングとの乖離

カーボンブラックの場合、問題は消費者が被る健康被害ではない。カーボンブラックの悪影響を受けるのは、主に染料工場や印刷工場で働く労働者、そしてカーボンブラックを製造する化学工場で働く労働者たちだ。

しかしパーマーいわく、黒い顔料を含む製品には警告ラベルが貼られていることが多いという。これは、有害物質を含む消費者製品に警告ラベルを貼ることを義務づけたカリフォルニア州法プロポジション65が、ベンゼンなどの多環芳香族炭化水素(PAHs)を含む製品にもラベルを付すよう命じているからだ。PAHsの使用は欧州連合(EU)の消費者製品でも規制されている。

「もしクライアントに、黒色顔料を使用した製品に関して、どの化学物質を検査すべきか助言するとしたら、PAHsはリストのかなり上位にくるでしょう」。英国を拠点とする繊維会社Colour Connectionsのマネージングディレクター、フィル・パターソンはそう断言する。

Nature Coatingsが取って代わろうとしているのが、どのタイプのカーボンブラックかという問題もある。同社のプロセスからは、印刷用のインクとして使用するのに理想的な液体が生成されるため、布地や包装に使用するのは当然の選択だった。しかし布地や包装に使用する液体インクの割合は、カーボンブラック市場のわずか9%にすぎない。

カーボンブラックの最大のユーザーで、ほぼ間違いなく最も多くの問題を抱えているのはタイヤ業界だ。この業界の人々は、粉末のカーボンブラックを購入し、天然ゴムや合成ポリマーとともに充填剤として使用している。『Environmental Pollution』誌に掲載された2022年のカリフォルニア州の学術調査では、クルマの排気ガスよりも、タイヤとブレーキから出る粒子の大気汚染のほうが深刻であることが示されている。

では、BioBlackに切り替えても気候や安全性の指標が大きく改善しないのであれば、なぜそちらを選ぶ企業があるのだろう?

「企業ブランドはマーケティングの物語を好みます」とパーマーは言う。各ブランドには(率直に言えば、完全に自主的な)排出削減目標があり、カリフォルニア州から有害認定のラベルを貼られることをよしとしない。だが一方で、「廃棄物を再利用する物語というのも好きなのです。ある意味、イメージしやすくてわかりやすいからでしょう」と彼女は語る。

要するに、ブランドというのは物理的な製品だけでなく、物語やアイデンティティも売り物にしているのだ。BioBlackが真の影響を及ぼすためには、ファッション業界が語りたい物語にぴったりとあてはまる必要があるだろう。

(Originally published on wired.com, translated by Eriko Katagiri/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)