オンラインを代替ではなく、利点に変える。
コロナ禍の影響もあり、ネットでの買い物体験はどんどん一般化してきています。一方で、「コレはネットじゃなくて実物を見て買いたい」というモノもありますよね。僕は古着が好きなのですが、 古着は実物を見てみないと質感とかがわからないじゃないですか? あと、お店の雰囲気も大事にしたい。
ECサイトは手軽に多くの商品がチェックできるものの、質感レベルまで確認するのは難しい。そこで登場したのが、未来の「カデン」を生み出すためのパナソニックの社内プロジェクト「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)」が主催する、公募型ビジネスコンテンストで選出され、現在ローンチに向け、企画・サービス設計をすすめている「Uttzs(ウツス)」というオンラインギャラリーサービスです。
このオンラインギャラリーという言葉も、リモートが推奨される時代になってからよく聞くようになりましたよね。そのコンセプトは、実際の展示場に足を運ばなくてもギャラリーに行ったような体験ができるというものですが、「Uttzs」はもうちょっと踏み込んだ体験ができるのがミソ。ひと言でいうなら、ギャラリーの雰囲気をもオンラインに持ってきます。
360度の視点で自由に移動できる
それじゃあ、実際に「Uttzs」を体験してみましょう。「Uttzs」はブラウザでアクセスできるサービスで、PCやスマホ、タブレットから閲覧が可能。今回はSOBIブランディングの小尾野香織さんが代表をつとめる「minaniwa」というガラス皿が展示されている京都のギャラリーにお邪魔してみます。
トップメニューからギャラリーに入ると、このような360度の写真が表示されます。矢印をクリックするとその方向へ移動し、ドラッグで視点移動が可能。いわば室内版のストリートビューですね。
入り口を正面に見る位置に移動。なんとなくギャラリー全体の規模感や展示の雰囲気が見えてくる。
メニューアイコンをクリックすると、対象となるお皿の詳細が表示されます。ECサイトへの誘導もあり、ここから購入することも可能。
そしてスゴいのは、写真1枚1枚の解像度です。一般的なECサイトでも写真が拡大できる場合がありますが、その比じゃないほぼ原寸レベルの写真がチェックできます。
こんなに拡大できる! ここまで寄れるとガラス皿に入っている気泡なども見えますし、商品の質感もかなり見えてきませんか? このガラス皿は水の波紋をイメージして作られているのですが、拡大することで微妙な波打ちやガラスの厚みが見えてきます。手触りや存在感もイメージできてくるねぇ。
「Uttzs」でギャラリーを開設するのに必要なのは、オンラインエディターへの登録と高解像な写真と、360度撮影。スマートフォンの写真も使えますが、ここまで拡大されることを想定するなら一眼レフなどの良いカメラを使ったり、プロにお願いしたりするのが良いでしょう。カメラマンにとっても新たなビジネスになるかも。
また、いずれは「Uttzs」にアクセスしているユーザーとギャラリーの主催者が、チャットやビデオ会議でコミュニケーションできるようになるとのこと。ユーザーと主催者が同じ映像を見ながら「このお皿食洗機で洗えますか?」とか「波打たせるためにどんな技法を使っていますか?」とか、お話できるようなれば、さらに「その場にいる感」が強まる気がしますよ。
ECサイトでは起こり得ない気付きがある
今回は、事業リーダーの田上雅彦さんと、今回見学させていただいたギャラリーの主催者である小尾野香織さんにオンラインでインタビューをさせてもらいました。
──改めて、「Uttzs」とはどんなサービスなのでしょうか?
田上さん:空間全体をギャラリーとして閲覧できるようにし、さらに展示してある商品や作品にグっと寄って見ることができるツールとして開発しました。一般的なECサイトでは商品写真が並んでいるだけの味気ない見え方になってしまい、お店や展示会場で実物を見たり、その場の雰囲気を味わうという体験はWebではなかなか難しいのが現状です。それを360度カメラと高解像度カメラを活用してなんとかできないか、と考えました。
──実際に体験してみましたが、引いてみればギャラリーの規模感が、商品に寄ればかなり細部まで見ることができておもしろいですね。なんなら実際に見ているよりも近寄れる気がします。
小尾野さん:この「minaniwa」というお皿の水の波紋は3Dモデリングから作られていて、デジタルのデータと職人の手吹きガラスの技術が組み合わさった作品になります。そのため1点ずつカタチが違っていて、拡大することで手仕事による微妙な歪みも見てもらえるかなと思っています。
田上さん :手吹きガラスの場合、微細な鉄くずが入ってしまうことがありますが、よーく見るとそれがわかるくらい寄ることができます。ECサイトでは鉄くずレベルまでの拡大は不可能だと思うので、「Uttzs」でじっくり見てもらえれば嬉しいですね。そのいびつさを好ましく感じる人もいれば、もっとキレイな方が良いという人もいると思いますので。
──なるほど。そうして1つ1つの商品や作品をじっくり確認して、納得いった上で購入できればお客さんとしても嬉しいですね。ちなみに「Uttzs」のターゲットとなるジャンルはどのあたりになりますか? 例えばアートや陶器、服とか?
田上さん:まずは絵画や工芸品などのアート分野を考えています。なぜならそのジャンルの人たちが、まだ一般に広く知られていない魅力を持っているにもかかわらず、Webで伝えられることの限界を感じていると思うからです。ほかにはアンティークなどの骨董品、空間トータルでデザインされた家具や家電なども見せていければなと考えています。ニッチだけれど魅力がある、ショールームに実際に見に行きたくなるような商品を、「Uttzs」で没入感を味わいながら見てもらいたいなと思っています。実際の場所に足を運ぶきっかけにもなると考えています。
──ちなみに、「Uttzs」はコロナ禍が始まってから企画したサービスなのでしょうか? それともその以前から?
田上さん:(コロナ禍)以前からになります。ECサイトでアート作品を紹介しても、実際の展示で感じられる体験とはかなりギャップがあると僕自身が感じていたことが「Uttzs」のアイディアに繋がりました。現在の社会情勢でオンラインギャラリーのニーズは一層高まっているので、追い風として受け止めたいなと思っています。
──最後に1点気になったものがあるのですが、このガラスの塊(画像の丸印)みたいなのはなんでしょう? これも商品なのでしょうか?
小尾野さん:これは商品ではなくて飾りというか、ガラスの塊です。吹きガラスはドロドロに液状化したガラスを成形してつくるのですが、窯を変えるタイミングでガラスの塊が出てくるんです。その塊を使ったオブジェになります。minamiwaは水の庭をイメージしているので、その空間イメージの添え物として置いてみました。
──なるほど、まさにガラスの庭石ですね! カッコいい…。
田上さん:まさに、こういうちょっとした小話やユーザーの関心に対してギャラリー側がコミュニケーションを取れるのって、実際の展示に近いものがありますよね。この体験や会話もECサイトでは起こり得ないものだと思うので、作っておいてよかったです(笑)。
ユーザーには納得を、作り手にはクリエイティブを
「Uttzs」を体験してみて感じたのは、商品への納得感や好奇心が満たせている感覚でした。僕は毎日のようにECサイトを巡っていますが、オンラインでの買い物って作業的なんですよね、悲しいことに…。「Uttzs」は1つ1つの商品にフォーカスしつつ、展示している空間との関連や作家の意図などにも思いを馳せることができ、商品の価値も購入体験の価値も増しているように感じました。
その体験は、すなわちユーザーにとっての「納得して買う」に繋がっていると思います。一方でギャラリーをつくる側にとっては、アクセスしたお客さんにギャラリーをどう見てもらうか、商品の寄りの写真はどこを見せていくかなど、クリエイティブの余地がいたるところにあります。これはこれでおもしろいですし、整頓されたかたちでギャラリーをアーカイブ化しておけば、オフラインの展示の期間が終わったあとでも作品を購入できますし、遠方で展示に来ることができなかった人も購入できて、何かと便利なはず。
例えばグラウンドショットで虫の大きさからの視点で見るギャラリーをつくったり、人が近づけない超デリケートなアート作品をカリッカリに撮影して物凄く寄れるようにしてみたり。写し方によって体験が変わる「Uttzs」は、オンラインギャラリーの新機軸な気がしますよ。
2月15日と16日にオンラインで開催されたベルリン発のテクノロジー・カンファレンス「Tech Open Air(TOA)」の2日目に「Uttzs」が出展され、参加者からは「これはすごい! コロナおさまってもスタンダードになりそう」「作成時の難易度が低いのはいいですね! 誰でもトライできる間口の広さが魅力的です」と好評を得ています。
また「アーティストにとっては3Dのポートフォリオになるかも」「学会のポスターセッションにも使えそう!(ポスターの前で話をするのが大事)」と利用方法についての多くのアイデアも集まりました。
Source: パナソニック, Game Changer Catapult, Uttzs, SOBIブランディング
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