アルツハイマー病患者の脳内から、異常な形の鉄と銅が発見される

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アルツハイマー病患者の脳内から、異常な形の鉄と銅が発見される
Image: NIH Image Gallery/Wikimedia Commons via Gizmodo US

脳を静かにむしばんでいくアルツハイマー病。自分が自分ではなくなってしまう、怖い病気です。

原因はベータアミロイドタンパク質が脳内に溜まってアミロイドプラーク(イメージ画では茶色いかたまり)を、また異常リン酸化したタウタンパク質もつれ(イメージ画では青く記されており、むずかしい言い方だと「神経原線維変化」)を形成することにより、脳の正常な働きが阻害されるからだと考えられています。しかし、プラークやもつれが具体的にどのように脳にダメージを与えているのかはまだはっきりとわかっていません。

ところが、ここにきてアルツハイマー病の謎を解くヒントになりそうな研究が発表されました。

イギリス・ドイツ・アメリカの研究者たちが合同で発表した『Science Advances』の研究論文によると、2人のアルツハイマー病患者の脳内をむしばむアミロイドプラーク内に、本来あるべきではない分子構造をした鉄と銅が見つかったそうです。見つかった鉄と銅は、いずれも酸化されていない不安定な状態にあり、周囲と容易に反応を起こすと考えられるそうです。この鉄と銅が引き起こす化学反応がもしかしたら脳細胞にダメージを与えているのかもしれないそうで、今後アルツハイマー病の進行を知る上での重要な手がかりとなると有望視されています。

鉄と銅は体に不可欠

本来、鉄と銅は体中にふつうに存在している元素で、酵素を形成するなど、健康を保つために重要な役割の数々を担っています。化合物を形成している鉄と銅は、どちらも電子を失ったり獲得したりして様々な酸化状態にあります。ただし、酸化状態によっては体の細胞を傷つける化学反応を起こすリスクもあるので、体は常に鉄と銅がどんな酸化状態にあり、どこにいるべきかを管理しています。

ところが、アルツハイマー病患者の脳内ではどうもこの鉄と銅の管理がうまくいっていないようなのです。アルツハイマー病の特徴として、脳内にアミロイドプラークとタウタンパク質のもつれが溜まっていってしまうことは冒頭でも説明しましたが、このプラークともつれの内部には体に有害な酸化状態にある鉄や銅が存在していることが徐々にわかってきていました。

不安定な金属が有害な化学反応を引き起こす?

そこで、 英キール大学のテリング(Neil D. Telling)教授ほか13名の研究者たちは、X線画像化の技術を使ってふたりの重度のアルツハイマー病患者(故人)の脳内から摘出したアミロイドプラークの化学成分を分析しました。そして、プラークの核部分から酸化されていない状態の金属性の鉄と銅を発見しました

バクテリア・菌類・植物の種によってはこれらの鉄と銅を生成することが知られているそうですが、人間の細胞組織内で発見されたのはこれが初めて。この発見によって、なぜアミロイドプラークやもつれがかくも脳細胞にダメージを与えるかを説明できるかもしれないそうです。

人間の体内にある鉄と銅は、そのほとんどが酸化した状態で蓄積されています。しかし、私たちが今回発見した金属性の鉄と銅は、これらとはまったく違った化学的・磁気的性質を持っており、より反応性が高くなっています

金属性の鉄と銅の表面は非常に不安定で、周囲と容易に化学反応を起こします。この化学反応が脳細胞にダメージを与えていることも考えられます

テリング教授はこのように説明しています。

複雑な関係性

もちろん、今回の発見が事実だと受け入れられるためには、ほかの研究者たちによってさらなる裏付けが必要となってきますし、この発見自体にもいくつかの疑問点が残されています。たとえば、今回発見された金属性の鉄と銅がアルツハイマー病患者の脳内にだけしか存在しているかどうかはまだ検証されていません。

そもそもこれらの鉄と銅がどのように生成され、どこから来ているのかすらまだわからないそうです。しかし、テリング教授らのこれまでの研究では、アミロイドプラークそのものが鉄と銅をより危険な酸化状態に変換させるきっかけとなりうる可能性も浮上しているそう。しかしその一方で、アミロイドプラークが危険な鉄と銅から脳細胞を守っている可能性を指摘している研究もあるそうで、プラーク・もつれ・鉄と銅の関係性は当初思われていたよりもずっとずっと複雑そうです

新薬開発につながるか?

テリング教授は今後も研究を進めていくうえで、脳内の鉄と銅について解明された暁には、アルツハイマー病のみならず、パーキンソン病などほかの神経疾患の治療にもつながると期待しているそうです。

この研究を展開していけば、アミロイドタンパク質はもちろんのこと、脳内の金属性の鉄と銅もターゲットにした新しい治療薬の開発につながるかもしれません。さらに、プラーク内に潜む細かい鉄は理論的には磁気共鳴装置を使って探知することができるはずなので、病気の診断と進行をモニターするうえでも重要なヒントになるかもしれません。

6月初頭にはエーザイとバイオジェンが共同開発したアルツハイマー病の新薬が米FDAに認定されたばかり。テリング教授らの研究が今後この病気の原因解明につながり、治療の道すじが見えてくることを個人的に願ってやみません。

Reference: Science Advances