オンライン会議の限界は、「3Dプリンティング技術」で乗り越えられるかもしれない

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オンライン会議の限界は、「3Dプリンティング技術」で乗り越えられるかもしれない
Photo: 山田ちとら

見ることでしか理解できないことがあります。

たとえば、オンライン会議。

パソコンとインターネット回線さえあればどこからでも即座に世界中の人にアクセスできる便利さが、いまやビジネスでもプライベートでも欠かせなくなりつつあります。

一方で、オンライン会議へのハードルが高く感じられる人もいます。視覚障がいがある方々です。

オンライン会議では、主に視覚聴覚によってユーザー同士のコミュニケーションが成立しています。その上で、耳に入ってくる情報は話している人の姿、またはその人が共有している画像やスライド資料などが見えていることを前提として伝えられることが多く、視覚情報なしでは共通した理解に到達しにくいというデメリットもあります。

でも、せっかく便利なツールなのだから、オンライン会議を視覚障がい者にとってもっと使いやすくする手立てはないものか?このようなアクセシビリティーの観点から始まったのが、3Dモデルの提供でした。

汎用なテクノロジーに新たな価値を

Photo: 山田ちとら

3Dプリンターが汎用化したのはここ10年ぐらいでしょうか。それまでは大学の研究室や企業のラボにしか置かれていなかったような巨大な(そして高価な)装置が、今では一般家庭や教室にも普及が進んできており、ひとつの3Dモデルを作成するのにもそれほどコストがかからなくなっています。

これに着目したのが南谷和範さん(独立行政法人大学入試センター 研究開発部教授)と渡辺哲也さん(新潟大学 工学部教授)。

オンライン会議に限らず、「見て理解する」ことが多くなってきている現代社会において、視覚障がい者にとってこれ以上の情報格差を生まないためには、「触って理解する」ことができる模型の提供サービスが有効なのではないか?

この仮説のもと、国立研究開発法人科学技術振興機構(RISTEX)社会技術研究開発センターのプロジェクトを進めています。

視覚障がい者にリアリティーをもたらす3Dモデル

このプロジェクトの一環として2022年8月11日に行われた「わたしの3Dモデル活用術」オンラインシンポジウムでは、直接南谷教授と渡辺教授のお話を伺い、実際に3Dモデルに触れる機会にも恵まれました。

たとえば、こちら。何の模型だと思いますか?

Photo: 山田ちとら

答えは「鞍関節(あんかんせつ)」。

この模型を作成したのは、愛知県立名古屋盲学校の高等部理療科で教諭を務める細川陽一さんです。

理療科」とは鍼・灸・マッサージなど、視覚障がい者が特殊な能力を発揮できる分野の総称です。このような仕事に就くためには人体の仕組みを熟知しておく必要があるのですが、その勉強に欠かせないのが3Dモデルです。

人体の関節は8種類あり、形も違えば可動域や強度も違うそうなんですね。それぞれの特徴を理解するためには、このような触察できる3Dモデルが最適なのだそうです。

GIF: 山田ちとら

細川先生は工夫に工夫を重ね、磁石を埋め込むことで両側のパーツが正しい角度でピタッとくっつく鞍関節の模型を作り上げたそうです。さらに、モデル内に埋め込まれた非接触式ICタグをスマートフォンで読み取れば、モデルに関する情報を音声で確認できるそうです。

鞍関節モデルの制作費用は360円。教材としては安価で、しかも大量生産が可能です。細川先生はこのほかにも頸椎・心臓の弁・TPUというやわらかい素材で作った舌など、様々な3Dモデルを活用しつつ、学生の指導にあたっていらっしゃるそうです。

触って感じる美しさ

Photo: 山田ちとら

こちらは大阪市にある毎日新聞ビルの模型です。

同社が発行している「点字毎日」の記者、佐木理人さんは、このような3Dモデルを使って「手で見る」体験の場を提供しているそうです。

Photo: 山田ちとら

対面でモデルに触れてもらいながら、16階建てであること、1・2階部分がピロティーになっていること、また建物の側面に「毎日新聞」の文字(模型上では点字表記)が見て取れることなどを説明するそうです。

これまで一番反響があったのは、大阪駅。迷路のように複雑に入り組んだ構造を理解するには、3Dモデルが有効なんですね。

また、駅の構内や踏切の3Dモデルをじっくりと触察しておくことで、万が一の時に安全を確保できる可能性が高まるとのお話に深く納得しました。

楽しみながら学ぶ

新潟大学工学部の渡辺教授は、視覚障がい者向けに3Dモデルを一緒に楽しむ少人数ワークショップを開催しているそうです。

渡辺教授のプレゼンテーション資料より抜粋
Screenshot: 山田ちとら

いくら3Dモデルが理解を深めてくれるとはいえ、言葉での説明を伴わない限りは、それが一体何を現しているのかすらわからないことも…。

渡辺教授のプレゼンテーション資料より抜粋
Screenshot: 山田ちとら

たしかに、このような立体地図をただ触ったところでは、県境はどこにあるのか、「烏帽子山」がどこにあるのかなどは分かりづらいでしょう。

そこで、模型の説明そのものを楽しもう!ということで、視覚障がい者自らが触り手を意識した「触察ガイド文」を作成し、それを聴きながら3Dモデルを触ってみる「聴触会」を開催しているそうです。

これまでに使われた3Dモデルは東京ビッグサイト、東京カテドラル聖マリア大聖堂、中銀カプセルタワービルなど。ただ見るだけでは得られない情報を、3Dモデルが提供してくれるんですね。

3Dモデルの障壁

ここまでは視覚障がい者にリアリティーをもたらす3Dモデルのメリットについてでしたが、もちろん課題もあります。

教材として使える3Dモデルデータが少ないこと、そして視覚障がい者が独力でデータを作成したり、3Dプリンターを操作したりすることに伴う困難などが主なデメリットです。

南谷教授のプレゼンテーション資料より抜粋
Screenshot: 山田ちとら

というのは、3Dモデルを作るにはまずCADソフトを操作して3Dモデルのデータを作成しなければいけないのですが、CADソフトの操作はそもそも視覚の優位性が高く、視覚障がい者には確認できないことが多いのだそうです。

そこで、独立行政法人大学入試センター研究開発部の南谷教授が開発したのが「プログラマブルCAD」。音声出力を用いた操作ユーザーインターフェイスにより、コーディングで直接的に図示表現することが可能になっています。

南谷教授のプレゼンテーション資料より抜粋
Screenshot: 山田ちとら

視覚障がい者の必須アイテムである白杖ですが、意外とこのような「杖を壁に固定しておくためのホルダー」は市場に出回っていないそうです。ならば自分でカスタマイズ!とプログラマブルCADを使って南谷教授が作成したのが、こちらの「白杖ホルダー」。

ゆくゆくはユーザーが愛用している白杖の寸法を入力するだけで、それに見合ったサイズの白杖ホルダー用のCADデータを提供できるウェブサイトを運営したいともおっしゃっていました。

2次元のビデオ会議が3次元の「場」に変わる

南谷教授は、「誰もが知りたいもの、必要なものを自由に手に入れ、触れられる社会」の創成に向けた、3Dモデル提供体制の開発と実装を目指しているそうです。

シンポジウムに参加してみて、この「誰もが」がキーワードだな、と思いました。

なぜなら、オンライン会議上でも体験させていただいたのですが、3Dモデルに触れながら説明を聞いていると、建物の形状についてより興味が湧きましたし、理解も深まったように思えたからです。各々が見えている・見えていないことは関係なしに、3Dモデルが手元にあるのとないのとでは理解度が違うように思いました。2Dと3Dでは、明らかに情報量が違うんです。

直感的な視覚表現の活用が進み、「見て・読んで理解する」ことが圧倒的に多くなった現代。パソコン画面を眺めているだけで、常に視覚的な情報が流れ込んできます。でもそれらの情報を「見て理解する」だけでなく、「触って理解する」ことにもフォーカスすれば、より学びが深くなるのかなと思いました。視覚障がいの有無に関わらず、視覚以外の感覚をもっと活用することで、情報共有がより円滑に進むのではないかな、とも。

VR(バーチャルリアリティー)の普及を担う鍵は「触覚」だとも言われています。今後もハプティクス技術が発達していくにつれ、バーチャルな3Dモデルを触れる時代も来るのかも?

Reference: RISTEX
Photos: 山田ちとら