「エコっぽい」だけでない、環境負荷の検証も。
ハワード・フィッシャー氏は、自分の死後の体はシアトルで堆肥化処理を受けると決めています。布に包まれた彼の遺体は、ウッドチップを敷き詰めた上に安置され、彼の家族がその上をアルファルファと花で覆います。葬儀の後はハチの巣みたいな構造の設備に入れられ、5〜7週間かけて1立方ヤード(約0.8立方メートル)ほどの堆肥へと分解していきます。
フィッシャー氏はまだ63歳で、その日はまだまだ先になりそうです。でも彼は堆肥化の費用を、米国初の人体堆肥化施設を持つRecomposeに全額支払っています。Recomposeは2020年にシアトルで創業した若い会社ですが、フィッシャー氏は家族からも理解を得ています。
「家族は私を理解し、私が重視することもわかっています」とフィッシャー氏。「環境保護と、気候変動からの転換は私にとってとても重要です。誰も『クレイジーだ』なんて言いませんでした。」
フィッシャー氏は、気候変動対策に役立ちそうな企業に投資しています。
彼が人体堆肥化のことを知ったのは、彼が開催に協力したカンファレンスのときでした。Recomposeの堆肥化処理を開発し、会社として立ち上げたカトリーナ・スペード氏が、そこでプレゼンしていたんです。フィッシャー氏はすぐに、都市における人体堆肥化というスペード氏のビジョンに惹きつけられました。スペード氏は、死後の人体が土として植物や野生生物の栄養源になりうるという未来像を描き、フィッシャー氏もそれに共感しました。
かくして彼はRecomposeに投資し、同社のエバンジェリストになったのです。
徐々に進む合法化
問題は、フィッシャー氏の住むニューヨークからRecomposeのあるシアトルまで、2,500マイル(約4,000km)近くあることです。ニューヨーク州では、人体堆肥化はごく最近、2022年12月にキャシー・ホークル知事が法案に署名するまでは違法でした。
「Natural Organic Reduction(自然有機還元葬)」、つまり人体堆肥化を許可している州は、米国では他にワシントン州やカリフォルニア州やオレゴン州、コロラド州、バーモント州があります。これは米国50州のうち1割強、人口では2割強に相当します。
フィッシャー氏はホークル知事に何度も書簡を送り、法案への署名を嘆願しました。彼はニューヨーク州での人体堆肥化が合法になったこと、彼が亡くなる頃には自宅にもっと近い場所で堆肥になれそうであることに安堵しています。
「ニューヨーク州という大きな州が合法化したことで、他の州(での合法化)の下地作りになるのではないでしょうか」とフィッシャー氏は言います。
誰もがフィッシャー氏ほどの熱意を持ってるわけではありませんが、より環境に優しいニュータイプの埋葬の形は増加傾向にあります。National Funeral Directors Association(米国葬儀業者協会)が2022年7月に発行した報告書によれば、60%の人が死に際して「グリーン」な葬送に興味があると回答しています。
牧場での死体処理がヒントに
人体堆肥化というアイデアは今こうして支持を集めつつありますが、スペード氏自身は最初からエコな埋葬方法を開拓しようと考えてたわけではありません。それは2010年代初頭、彼女がまだマサチューセッツ大学の学部生として建築を学んでいた頃、自身と死の関わり方について考えるようになったことから始まりました。
ある日スペード氏は友人から、家畜の死体は通常、堆肥にしてしまうのだと聞きました。地面に掘った穴に動物の死体を入れて、おがくずと麦わら、動物の糞、土をかけて何年か放置しておくと、動物の残骸はまったくなくなるのだと。それは牧場にある資源を活かした廃棄物処理であり、同時に肥料にもなるという循環を形成していました。
でも人間の場合、愛する人の遺体を穴に投げ込んで馬糞まみれにするなんて、なかなか気が進む人は少ないと思われます。でもこの話が、スペード氏の発想の種となりました。彼女はいろいろな人と人体堆肥化のアイデアや、それがどんな形になりうるかについて対話を始めました。
人体堆肥化はある意味、人類が有史以来やってきたことの進化形でもあります。つまり、遺体を埋めて、あとは自然に任せるのです。この考えは今も生きています。米国ではエンバーミング(保存処理)後の埋葬や火葬といった方法が主流ですが、「自然葬(natural burial)」という方法もよく行われています。ここで言う自然葬とは、エンバーミング用の液体などの非生分解物質を使わない、自然な埋葬ということで、棺にもマツの箱や布が使われます。数年後には遺体は完全になくなり、土だけが残ります。
グリーンな埋葬方法の認証制度を持つGreen Burial Councilは、グリーンな埋葬を行う墓地や墓所が2021年に20%増加したと報告しています。ユダヤ教やイスラム教など、宗教によっては何らかの自然葬を規定している場合もあります。宗教と関係なく、環境への配慮だけを理由として自然葬を望む人もいます。
現代に合った自然葬を探る
でも都市部ではスペースが限られるため、自然葬が難しくなります。スペード氏は自問しました。都市生活者にとって、自然葬に相当するものは何だろう?と。彼女はUrban Death Projectという非営利団体を立ち上げ、堆肥化を早める方法や、人口過密地域での実現方法を考えました。科学者やエンジニア、葬儀業者からも協力を得て、スペード氏とウェスタンキャロライナ大学のシェリル・ジョンストン教授は2015年、最初の人体堆肥化を成功させました。
次なるハードルは、立法者である議員たちを動かすことです。当時人体堆肥化は、米国ではどこでも非合法でした。スペード氏は牛の死体からできた土を議員との会議に持ち込み、それを手に持たせ、匂いをかがせました。その目的は、人体堆肥化なんて気持ち悪い、恐ろしいというイメージを緩和することでした。
「ゲッという反応をされる場面に何度も立ち会いました。でもそんなときは、火葬や従来の埋葬についても深く考えるように促しました」とスペード氏。「拒否反応は、死体の状態を想像することで起きていることが多く、とくに堆肥化だからダメ、というわけではないと思ったからです。」
ロビイ活動が功を奏し、2019年、スペード氏が住むワシントン州は、米国の州として初めて人体堆肥化を合法化させました。
環境負荷の低さを検証
でも法整備は、支持を集めるプロセスのほんの始まりです。長い間火葬や土葬が一般的だったのに、堆肥化が受け入れられるのでしょうか?
スペード氏たちは、自然有機還元葬の大きな魅力は環境負荷の低さにあると考えています。他のものを堆肥化するときと同じように、人体の分解には酸素や窒素、二酸化炭素、そして熱と時間が必要です。Recomposeの場合、このプロセスは条件がそろえば5〜7週間で完了します。歯や骨も最終的には分解されますが、火葬のときと同じく、ある段階で骨は別途粉砕されて、再び土に戻されます。一方自然葬では、人体の完全分解に数年かかります。
米国などでは遺体を防腐処理するとともに、木の棺をさらにセメント製の箱に入れて埋葬するので、構造的に遺体が分解しないようになっています。防腐処理に使う薬品や、木やセメントといった容器の材料、それらを運ぶための燃料などは環境に対し有害であり、墓地には恒久的な手入れが必要です。火葬の場合、華氏1,800度(摂氏)に及ぶ温度で2時間焼く必要があり、それに必要な燃料が環境負荷になります。また墓石などの墓標に関しても、大きな石の採掘や運搬、墓地の生態系への影響といった負荷があります。
Recompose創業の前、スペード氏はサステナブル工学の博士号を持つトロイ・ホトル氏と組み、人体堆肥化の環境負荷を計算しました。人体堆肥化の二酸化炭素排出量を試算し、火葬や土葬といった従来の埋葬法と比較したのです。その結果、人体堆肥化では排出量を人間ひとりあたり約1トン削減できるという結論に至りました。ちなみに火葬と土葬では、排出量はほぼ同じだそうです。またホトル氏は、環境にもっとも優しい埋葬法は、住んでいる場所やその周辺の土地の用途によっても違うと言います。
さまざまな立場からの反対
New York State Catholic Conference(ニューヨーク州カトリック協議会)は、自然有機還元葬に反対しています。その理由は、彼らとしては人体堆肥化が葬送の宗教的基準を満たさないと考えるからです。
「堆肥化というと、家庭や農場の有機ゴミの処理を想起します」New York State Catholic Conferenceのエグゼクティブ・ディレクター、Dennis Poust氏は、ニューヨーク州での人体堆肥化合法化を受けてこう書いています。「しかし人間の体は、ゴミではありません。魂の器なのです。」
一方ニューヨーク州葬儀業者協会も、まったく違う理由で、最初の法案には反対でした。法案には「人体堆肥化は非営利の墓地でのみ実施できる」という規定があり、営利業者である葬儀社たちはその点に反対していたのです。ニューヨーク州では、葬儀業者が非営利墓地を所有・運営することはできないためです。
「我々は法案に反対ですが、それは人体堆肥化という新しい形の人体処理そのものが理由ではありません。我々の理由は、現在の法案では、葬儀業者が人体堆肥化を行うことを禁止していることにあります」NYSFDAのエグゼクティブ・ディレクター代理のランディ・マカルー氏は言います。この規定があるため、葬儀業者であるRecomposeも、ニューヨーク州では堆肥化施設を開けないのです。
ホークル知事は法案承認文書の中で、次の会期には自然有機還元葬を提供できる組織を拡大すると書いています。マカルー氏はこれを歓迎し、葬儀業者の人体堆肥化採用を許可されることを期待しています。
「公平さのために、私たちもその機会を許されるべきだと考えています」とマカルー氏。法整備が進むことで、人体堆肥化を提供する業者も増えていくのかもしれません。
都市での人体堆肥化の課題
有機自然還元葬のもうひとつの問題は、堆肥化後にできる250ポンド(約113kg)に及ぶ土をどうするかということです。ニューヨーク都市部に住む人のほとんどは庭などの屋外スペースを持っていません。米国では土地管理者の許可を取れば散灰できる州・地域が多いのですが、堆肥の散布は禁止されています。
コロンビア大学のDeathLABのディレクターで建築家のカーラ・ロススタイン氏は、ニューヨーク市における死と追悼の役割を10年以上追究してきました。DeathLABは、ロススタイン氏が教鞭をとるコロンビア大学のGraduate School of Architecture, Planning and Preservation(建築・設計・保存学部)とSchool of Earth and Environmental Engineering(地球環境工学部)の学際的研究機関です。ロススタイン氏のDeathLABでのプロジェクトのひとつは、人体分解を早める無酸素性の方法を開発することです。
堆肥化するには通気が不可欠ですが、無酸素の場合は完全に密閉して行われます。通常の堆肥化では大量の土ができますが、無酸素性では肥料のようなものがより少量できるのみです。ロススタイン氏は、ニューヨーカーにとってはこちらのほうが、たとえばベランダのプランターなどの限られたスペースで消費でき、より扱いやすいと考えています。
「ニューヨークの既存の墓地はキャパシティの危機にあります」とロススタイン氏。「残っている墓地のスペースは極めて高額で、毎年5万人以上が亡くなるニューヨークにとっては数もまったく足りません。これはもちろん、パンデミックではないときの数字です。」
ロススタイン氏とRecomposeのスペード氏は、アプローチこそ微妙に違いますが、サステナブルな埋葬を模索するふたりのリーダーであることに変わりはありません。ロススタイン氏もスペード氏と同様に、自然有機還元葬は、環境負荷が小さく、利用者を土地や人に結びつけるものとして考えています。
「私は、悲しみが尊重されること、死者が称えられ、生ける者から隔離されないことが重要だと思います」とロススタイン氏。
あるニューヨーカーの希望
数年前、あるマンハッタン在住の人物がDeathLABの取り組みを知り、ロススタイン氏に連絡を取りました。ポール・ハーザン氏は科学者でも投資家でもありませんが、さまざまなものの仕組みに好奇心を持っています。彼はニューヨークの住人が、サステナブルな埋葬方法を選べるようになることを望んでいます。
ハーザン氏は環境を重視していますが、彼の人生の大半を過ごした街にとどまることも重要だと考えています。そのため、ニューヨーク市郊外やニュージャージー州などの周辺地域での自然葬は検討外となります。
66歳のハーザン氏はすでにリタイヤしていますが、出版や製造などの分野での経験があり、様々な物事のあり方に疑問を持っています。彼は火葬で化石燃料がもやされること、天然ガスでなく電気でも可能なのにそれができていないことに納得していません。
ハーザン氏は、地元の進歩的とされるグリーンな葬儀業者に問い合わせました。今すぐ死ぬ心配はありませんが、どんな埋葬の選択肢があるかを知り、それについて自分の希望を知ってほしいと考えているのです。そしてその希望は、これから変化する可能性もあります。
「ニューヨーク市で実際に可能な選択肢ができるまでは、私は火葬を選びます」とハーザン氏は言います。「でも、人体堆肥化も考えますよ。」