語り継がれるであろうVRライブ「メトロパルス」を手がけた2人に聞く、VR演出のウラ話

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語り継がれるであろうVRライブ「メトロパルス」を手がけた2人に聞く、VR演出のウラ話
Photo: 武者良太

バーチャル空間の中でもね。ライブの熱気って感じるんですよ。

8月5日の土曜日。1つの事件が起きました。中田ヤスタカさんと、こしじまとしこさんによる音楽ユニットCAPSULE(カプセル)がVRメタバース「VRChat」上でライブを開催したところ、1,200人を超える観客が集まったのです。

1,200人ってクラブチッタや赤坂BLITZくらいだよね。動員数、Zeppクラスにまで行ってないじゃん。という声もあるかもしれませんが。

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Photo: 武者良太

この「CAPSULE Live in VRChat “メトロパルス”」のライブに行くには、高性能GPUを積んだWindows PCが必要なのです。数あるVRライブのなかでも、かなりハードルが高い。

それでも1,200人ものVRChatユーザー古くからのCAPSULEファン海外のアーティストもPCにVRヘッドセットを繋いで、バーチャル空間のライブ会場に集まったんです。

いつかVRライブの教科書に載るかもしれないこのライブは、いったいどのようにして企画されたのか。そしてVRライブの可能性をどう感じたのか。CAPSULEの 中田ヤスタカ さんと、ライブ制作監督の ReeeznD さんにお話を伺いました。

3DCGで作ったMVがキッカケ

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アバター姿の中田ヤスタカさん
Photo: 武者良太

ギズモード(以下ギズ): なぜVRでライブをやろうと思ったのですか?

中田ヤスタカ:ずっとバーチャルボーイ(任天堂が1995年に発売した3Dゲーム機)とかの時代から、3DとかVRとかそういうものが趣味のガジェットとして好きだったんですよ。Meta Quest Proも「出先でも大画面で曲作りをできたらいいな」とバーチャルオフィスアプリ「Immersed」を使うために買いました。

中田ヤスタカ:もともと今回ライブした曲のMVを3DCGで作っていたんです。その制作の時にMVの監督が「これ、リアルタイムで動かすこともできるんだよね。次はゲームエンジンで作ろうかな」みたいな話をしていて、そういう表現の仕方もあるのかみたいな気づきもあったし、キズナアイさんの曲をプロデュースしたことも重なって、バーチャルライブの話が実現したと思っているんです。

VRChatの洗礼を受けた2人

ギズ:お2人はふだん、VR上でどんな活動をされているんですか?

中田ヤスタカ:VRChatの話となると、今回の企画が動くまでは、ほとんどソロインスタンス(1人だけでVRChatのワールド/インスタンスにいる状態)でしかログインしてなかったですね。

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Photo: 武者良太

中田ヤスタカ:VRChatでCAPSULEのライブをやると決まった時に「VRChatのことを知っておかなければ」と、この世界に詳しい人たちについて回ったんですよ。VRライブ自体は世の中にいろいろあるけど、VRChatでやるってことは別の話かなって思いまして。

Video: ToneVok/YouTube

中田ヤスタカ:そんなときにToneVokさんという音楽ユニットのVRライブを見せてもらいまして。こういう体験が事前にできていたのですごい良かったですね。知らなかったら勝手もわからなかったので。

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アバター姿のReeeznDさん
Photo: 武者良太

ReeeznD:僕も最初に触れたのは中田さんと同じようにバーチャルボーイからですけど、今のようにVRに触れたのはHTC VIVE(2016年にHTCが発売したVRヘッドセット)からです。民生品のVR機器でモーションキャプチャーができるっていう驚きが大きかったですね。

あるときVRChatのことを知って行ってみました。そうしたら、VRChatって最初は面白いワールドに行けないじゃないですか。外国の人しかいない桜の木の下でウロウロするしかないみたいな(笑)

Video: キヌ/YouTube

ReeeznD:そんな感じで過ごしてたんですけど、あるときVR上で動くMVワールドを作ってみたんです。それと同じタイミングぐらいに SANRIO Virtual Festivalの第1回(2021年)があって、自分が考えてるようなことをすでにやっている人がたくさんいると知ったんですね。そのときに、今回の演出監修をお願いしたキヌさんのライブも初めて見ました。そのあたりから自分のワールドもVRChatの中でちょっと評判になったりとかして、 いろんな出会いがあり、どんどんVRにハマってったって感じですね。

「リアルでしか言わなかったことが言えた」

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Photo: 武者良太

ギズ:今回のライブは、打ち合わせやクリエイティブのチェックもVRChat上で行なったのですか?

中田ヤスタカ:そうです。VR空間のなかでは実際に身振り手振りで意思を伝えることもできるので、普段のMV制作とはだいぶ違うと思いました。実際のライブ制作に近い。映像制作との中間といえばいいのかな。音楽制作で言うと、スタジオに入ってるときと、DTMで曲作ってるときの中間みたいな感じですね。

そして、リアルのライブでしか言わなかったことが言えたんですよ。「実際に見てもらわないとわかんないんだよね」って(笑)。平面の映像じゃ伝わらないってこと、現実でもVRでも同じことが言えるって逆にすごくないですか。

音楽以外の音を使った演出

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Photo: 武者良太

ギズ:VR演出ではどういうところにこだわりましたか?

ReeeznD:立体のバーチャル空間の中で見るってところに焦点を合わせて作りました。たとえば1番最初にCAPSULEのロゴがドーンって出るんですけど、ステージの手前に出すのか、奥に置くのかで、すごく印象が違うんですよ。

今回はかなり奥の方に置いてるんですけど、そのおかげでロゴのさらに奥にも空間の広がりがあるんだと感じられる。手前のこしじまとしこさんと奥のCAPSULEロゴで目の焦点が動くんですけど、その運動にも気持ちよさがある。そういうのをすごく意識して作りましたね。

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Photo: 武者良太

中田ヤスタカ:初めて実際のVRChatワールド内に入って打ち合わせをしたときに、音を変えようと思ったんですよね。現実のライブは大きな物が動くなんてことないじゃないですか。でもVR空間の中に自分が入って動き回って聴くことができるって体感したときに、 もうちょっと空間を感じたいし、効果音も欲しいところがいっぱいあってですね。

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Photo: 武者良太

中田ヤスタカ:CAPSULEの音ってレトロな音にリッチな処理を施したりするんですけど、今回の演出もローポリゴンなのに光り方がめちゃ現代的だったりするんです。

それがもうすごいうれしくて、 音でもちゃんとそういうことやりたいなと思って、映画みたいな感覚で音をつけた方がいいんじゃないかなって思ったんですよね。なので曲と曲との間に、音楽じゃない音がかなり入ってるんですよね。

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Photo: 武者良太

中田ヤスタカ:地鳴りみたいなスーパーローの音を足したり、車の音も、あえてファミコン版のポールポジションみたいな音にしながら当時のチップでは絶対かけられないリバーブがかかってるみたいな処理をしたんです。その作業がすごく楽しかったですね。

居心地のいいワールドを支える技術

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Photo: 武者良太

ギズ:今回のライブ演出ではどのような技術を使っているのですか?

ReeeznD:特筆する部分だと、VRChatで脈々と続いてるシェーダー芸的なものを決め技のように使っています。GHOSTCLUB(VRChatのなかでは最先端/最高峰といえるクラブワールド)などで活躍されてるエンジニアtanittaさんに入っていただいて、今回の演出用の専用のシェーダー(CGの描画・陰影処理をするプログラム)をいくつも用意していただきました。

『ひかりのディスコ』という曲の ラストにレンズフレアみたいな視覚効果がバーっと広がっていくんですけど、それもtanittaさんが今回のライブのために作ってくれたシェーダーなんです。このシェーダーがあまりにも良くて決め技みたいに使ってますね

中田ヤスタカ:音楽を作るとか映像作品を作るのとはまたちょっと違って、それを楽しむまでの流れとかも含めて勉強になりました。VRChatってリアルタイムに動くプログラムじゃないですか。なので実際のライブと同じように見る位置、聴く位置によって感じるものが変わるんです。僕自身はまだUnity(ユニティ:主にゲーム分野でよく使われる開発ツール)のことを全然知らないんですが、これからそういうのも教わって理解を深めて、 音響的に生かしたものを作れるように頑張っていきたいなと思っています。

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Photo: 武者良太

ReeeznD:CAPSULE HOUSE(ライブ会場の手前の建物)の方はMVで使用したモデルデータをそのまま使っています。映像用に作られていたCG空間に実際にVRで入ってみて、こんなにいいものなんだっていう感覚がありましたね。シンプルな住環境の良さみたいなところに驚きました。ティザーとしてCAPSULE HOUSEがオープンしたときも、みんな口揃えて「ワールドとしてちゃんと良いね」って言ってくれましたし、僕もそう思っています。

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Photo: 武者良太

中田ヤスタカ:バーチャルフリーダム』のMV制作のとき、MVの監督と「僕の理想のスタジオを作りたい」みたいに打ち合わせて、家作りがめっちゃ楽しかったんですよ。

今は現実の世界のものをバーチャルに持ち込むほうが多い気もしますけど、逆にVRで作った理想のものを現実世界へダウンロードするみたいな富豪が現れるかもしれないなと思って。バーチャルの世界ですごい成功をした人は、バーチャルで作った家を現実でも建てるみたいな

動きの生々しさを生かした「キモかっこいい」演出

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Photo: 武者良太

ギズ:CAPSULEのお2人やバックバンドメンバーの動きがかなりリアルだったのですが、モーションキャプチャーを使ったのでしょうか?

ReeeznD:モーションキャプチャースタジオをお借りして撮りました。MVではなくライブなので、いかに生っぽい雰囲気を感じさせるかっていうのはすごく重要なポイント。さらに、CAPSULEのライブに行くんだっていうファンの方々の気持ちとかを考えると、できるだけCAPSULEのお2人を感じられるものを用意すべきだなと考えましたね。

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Photo: 武者良太

中田ヤスタカ:僕としては生々しさと、生ではない部分の両方が欲しかったんですよ。せっかくのVRなので、モーションキャプチャーのグリッチというのでしょうか、キモかっこいいみたいなことを感じたいとお伝えしたんですね。

それでシンクラヴィア(シンセサイザー)からバンドメンバーに信号が送られたとき、バンドメンバーの動きがピタッと止まる演出のリクエストをしました。現実のライブだと、そういう動きって難しいじゃないですか。実際に見たときに、モーションキャプチャーの生々しさとピタッと止まるシーンは、結構いい融合の仕方をしてるかなって思いますね。

「VRの方が向いている音楽」

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Photo: 武者良太

ギズ:アーティスト側から見て、リアルのライブとVRライブ、楽しさの違いはどこにありますか?

中田ヤスタカ:僕が作ってる音楽はコンピューターミュージックなので、曖昧な楽器というか、見えない音が結構多いじゃないですか。だから本来だったら具現化できないようなものも具現化するって意味では、VRの方が向いている音楽でもあるなとも思ってるんですよね。だから「こういうステージができたらいいのにね」と今まで思ってきたことが実現できた。だからこそ1回、みなさんにVRライブを体験してほしいって気持ちですね。

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Photo: 武者良太

ReeeznD:VRChatの話になりますが、僕が今触れてるものの中で、他にこんな刺激的なプラットフォームってないんですよ。敷居は高いですけど、どんどん人は来るだろうなっていう気はしてます。だから今回みたいな大きなライブが「VRを試してみたい」というきっかけになるといいなと思うんです。

個人の手に届きはじめたVR、今後どうなる?

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Photo: 武者良太

ギズ:最後に、VRやメタバースに関して今後どのような可能性を感じますか?

ReeeznD:VRの経験って、別にフィクションじゃないんですよ。見ているものはCGだけど、友達と一緒にライブに行って楽しんだという経験は、生の経験と変わらない。VRから離れてCAPSULEを聴いた時に、ちゃんとその1個の思い出の曲として、残っていくんじゃないだろうかと思っています。

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Photo: 武者良太

中田ヤスタカ:個人の範疇になったものって、爆発力があると思うんですよね。例えば音楽制作。昔は機材を用意するにしてもスタジオを手配するにしても、大量の予算が必要でした。それが僕が学生ぐらいの時に、どんどんPCでネイティブに作れるようになりました。映像制作も、テレビからネット動画という個人の範疇になってから作る人も増えたし、見る人も増えました。

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Photo: 武者良太

中田ヤスタカ:これからは、VRがそうなるんじゃないかなって思っていまして。ハイエンドなコンピューターを何百台も用意しないとCGアニメーションを作れなかった時代と比べると、今ってすごいじゃないですか。個人の範疇でできるってことはものすごい爆発力があると思うんで、当然のようにそこからすごいチャンスを掴んでいく人たちが出てくると感じていますね。

Source: CAPSULE