「アプリマーケット解放」は本当にセキュリティより重要なのか

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  • author 本田雅一
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「アプリマーケット解放」は本当にセキュリティより重要なのか
Image: BigTunaOnline / Shutterstock.com

いま日本政府が推し進めようとしている「アプリマーケット解放」のニュースはご存じでしょうか?

AppleやGoolgeの公式アプリストア以外からもアプリをインストール(サイドロードとも呼ばれます)できるようにすることで、複数のストア間での競争をうながし、ユーザーによりよいサービスが生まれることを狙うというものです(Googleのほうは設定でサイドロード可能ですけど)。

一方、Appleはこの動きに反対しています。

App Storeに並ぶアプリは厳密に審査されており、マルウェアはほぼ存在できない環境です。そこに審査のザルなアプリストアが参入してしまうと、iPhoneユーザーのプライバシーやセキュリティが脅かされてしまう...というわけです。

ギズモード・ジャパンでもこの成り行きには注目しています。 そこで第一回となる今回 、テックジャーナリストの本田雅一さんにコラムを寄稿いただきました。


サイドローディング強制がもたらす“自由な世界”とは?

まさか、これほど馬鹿馬鹿しい議論はすぐに決着がつくだろうと思っていた。ところが結局、そんな無理は十分に国民の声を取り入れないまま、内閣府にあるデジタル市場競争会議(DMCH)の思惑通りに法制化に向けて進んでいくようだ。

このところテック系のニュースで騒がれている“サイドローティングの強制”、言い換えるとスマホアプリ流通市場を強制的に解放させるという規制である。

この規制案が法制化されると、すべてのスマートフォンのアプリマーケットが自由化される。影響を受けるのはアップルのiPhoneのみで、これまでAppStoreからしか導入できなかったアプリを、他のアプリ流通業者が配布可能なる。

しかし従前から指摘されているように、この規制強化はiPhoneのセキュリティを大きく低下させる愚策だ。

DMCHは規模が大きくなり続けているアプリ市場を端末メーカーであり、その上で動作するOSの開発元であるアップルが、すべてのアプリ流通を牛耳ることが公正な競争を阻害しているという。

しかし、本当にサイドローディングの強制は本当に消費者の利益になるのだろうか?

アプリマーケット解放は、本当にセキュリティを犠牲にしないのだろうか?

日欧でアプリマーケット解放圧力が強まっている理由

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Image: Apple

すでに欧州ではDMA法が発効し、AppStoreのアップルによる独占を阻止するためにアプリマーケットの解放をアップルに命じている。アップルは抵抗を示しつつ2024年4月に施行されるデジタル市場法(DMA法)に対応する準備(他社によるアプリストア)を準備しているとされる。

一方、日本でも2019年から実施されてきた「デジタル市場競争会議(DMCH)」が2023年6月16日に出した「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」で同様の見解を示し、2024年の法制化に向けて着々と準備が進められている。

日欧の動きはサイドローディングだけに関するものに限られているわけではないが、話を簡単にするためにここではサイドローディングにフォーカスして話を進めたい。

この話題においてアップルが徴収している30%の手数料について強調する場合もある。実際、DMCHによる説明でも手数料の割合やEpic Gamesとの訴訟(係争中だが米国ではアップルに有利な判決も出ている)が取り上げられていたが、本稿の中ではあまり重視はしていない。

この議論は、そもそもの前提であるサイドローディングの強制が適切な規制なのかとは別の次元での話だからだ。

もっとも重要なことは、完全にマルウェア(悪意あるソフトウェア)が締め出されているiPhoneに対し、マルウェアが入り込む余地を与える、極めて基本的かつ大きなセキュリティホールとなり得る施策を施すことが、消費者にとっての利益になるか?というものだ。

この話題に比べれば、アップルがどれだけ儲けているかなど、まったく瑣末な問題だ。

それでも日欧の当局が規制をかけたいのは、それだけアプリマーケットが大きくなり、経済規模として無視できなくなっているからだ。

アップルは2022年のアプリ市場について詳細なレポートを出している。日本語訳もあるので、興味ある方は読んでみるといいだろう。

このレポートによるとAppStoreでの売上は1.1兆ドルで、直近の3年間は毎年25~27%も売り上げが伸びている。規制当局の狙いは、今後も拡張し続けるだろうアプリ市場を米国企業の独占から守ることにある。

これだけ大きなエコシステムを生み出しているiPhoneのアプリストアを、端末メーカーのアップルが独占してもいいのか? それも高い手数料を取ってというわけだが、日欧当局が懸念しているのは、これだけの市場を牛耳るアップルがアプリの掲載審査も含めてすべてコントロールしていることを問題視している。

つまりアップルの胸先三寸で“このアプリは問題アリ”とルールを変えることもできてしまう。アップルという関所を通らなければ、iPhoneで商売はできないということだ。これでは地域的にも言語的にも近い米国デベロッパーの方が有利じゃないか、という主張が生まれるのもまったく理解できないものではない。

しかし、物事には優先順位というものがある。

“アップル税”は本当に高いのか?

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Image: Primakov / Shutterstock.com

少し話が横道に逸れるが、上記の1兆ドルを超える年間売り上げとは、アプリを通じてのさまざまな売り上げの合計であり、AppStoreでの売り上げというわけではない。むしろAppStore経由の決済金額の方が少ない。

たとえば買い物アプリや旅行手配アプリなどで、独自のアカウントシステムでの売り上げも含まれており、その場合は当然ながらアップルへの手数料は発生しない。無料アプリ+独自決済という事例は山のようにあるのだから当然だろう。

Analysis Groupの調査によると、App Storeで流通するアプリでの売上の90パーセント以上は手数料が発生することなく、直接開発者たちの収益になっているという。

ではなぜ手数料30%という数字が取り上げられるかと言えば、AppStoreでのアプリそのものの価格に加え、アプリ内課金についても30%が課金されるからだ。

Epic Gamesでの議論も、アプリ流通そのものよりもアプリ内でAppStoreのアカウントを通じて決済された金額に一律3割を取るのは(Epic Gamesが運営するネットゲーム売り上げの規模が膨大であることと併せて)、多すぎるのではないかという訴えだ。

規模が小さく独自に決済システムをスマートに組み込むことが難しいデベロッパと、Epic Gamesに代表されるような独自に決済システムを保有できる強いデベロッパでは意味が異なる。

アップルは独自の決済システムや加入料サービスのビジネスモデルを構築できない小規模な事業者を支援する姿勢を見せており、年間収益が100万ドル以内の場合は手数料率を15%まで引き下げている。

この結果、AppStoreを通じて配布されたアプリを通じた取引、1.1兆ドルの中でアップルの取り分は10%に満たないとアップル自身は主張している。

また現時点では収益源にもなっているAppStoreの運営だが、もともとはiPhoneをより魅力的にするために必要な投資で、大きな収益を狙って設定されたものでもない。社会インフラの一部とも言えるほど規模が大きくなった現在、より透明性を求める議論が生まれるのは当然だが、プラットフォーマーが市場における優越的な立場を利用して稼いでいるという批判は、これまでの経緯と背景を考えるなら妥当とは思えない。

求めるべきなのは透明性であり、一概に利用者、開発者のアンケートで「高いという意見が多い(DMCHの最終報告)」という指摘に説得力はない。審査および手数料の透明性は求めるとしても、断定的に手数料が高いと言い切れるような情報をDMCHは出せていない。

規制当局が目指すべきはサイドローディング導入なのか?

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Image: LittlePigPower / Shutterstock.com

もう少しシンプルに背景を振り返ろう。

スマートフォンを拡張する手法としてアプリ流通の仕組みを導入し、小さな画面の小さな端末でも素早く誰もが簡単に決済できる仕組みを導入することで経済圏を生み出し、大きな経済効果を生み出した。

規制当局は大きく肥大化した経済圏を独占する企業に目をつけ、その市場に地元企業が挑戦できない環境を是正しようとしていると言い換えてもいいだろう。ただサイドローディング、あるいはDMCHが提案するようなAppStoreでのアプリマーケットアプリ配布を許容せよというアイディアはあまり筋がよくない。

グーグルはオープンソースでAndroidを開発する中で、自社サービスに囲い込むアプリやサービスとAndroid本体の開発を分離しつつ、アプリマーケットや自社サービスへの接続性やライセンスの工夫でGoogle Playがほぼ必須の状況を作り上げているが、他社のアプリマーケットは禁止されておらず、アプリ単体をパソコンのように導入することもユーザーが許可を与えることで可能になる。

いわゆるサイドローディングであり、よってグーグルはサイドローディング規制の対象ではない。

一方でアップルはOS単体を開発しているわけではなく、ライセンスもしていない。搭載されるiOSは端末機能の一部であり、さらにAppStoreも端末機能を拡張するための仕組みとして導入されたiPhone本体とは不可分のサービスだ。アップルの目的は、iPhoneをより良い製品にし、ユーザーを増やし、買い替え時にはiPhoneを再び選んでもらうことにある。

AppStoreの収支だけに特化して数字を見るのではなく、アップルのiPhone事業全体を見渡すならば、健全なアプリマーケットを形成することで端末がより魅力的で、継続仕様を望むものにすることのほうが(手数料収入を最大化するよりも)はるかに優先順位が高い。

覚えている方も多いだろうが、そもそもiPhoneは当初、アプリ導入による拡張性が存在していなかった。常時ネットに接続される、誰もが簡単に使いこなせるコンピュータ端末で自由にソフトウェアを動かせてしまうと、さまざまな形でマルウェアが蔓延する可能性があったからだ。

その後、アップルはマルウェアの混入や端末を制御できる基本ソフトの改ざんなどへの対策を徹底的に進めながら、開発者にiPhoneへのアクセス範囲を拡大したが、開発者への解放はセキュリティ対策とともに進められてきた。

だからこそiPhoneは無菌室のように、マルウェアから解放されている。

DMCHの提案の筋が悪いのは、PCやMacのようなマルウェアと隣り合わせの構造にならないよう慎重に解放してきたプラットフォームに、一方的にセキュリティホールとなる可能性のある要素を入れようとしていることだ。

規制当局が目指すべきなのは、本当にサイドローディングなのだろうか?

“安全性を担保する責任”の所在は何処?

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SnapASkyline / Shutterstock.com

長々と書いてきたが、最終的に指摘しておきたいのは、DMCHの指摘が極めて狭い視野でしか物事を見ていないと感じるからだ。彼らの報告書では、アップルがApp Store以外からのアプリ配布やアプリ内課金を認めていないことが、他社がアプリストアに参入する機会を失わせ、大きく成長しているアプリ経済圏に参入する他社の登場を抑制し、競争圧力が働いていないことが問題としている。

しかし、大人だけではなく子どもたちも所有することが当たり前になっている、通信機能を備えたもっともパーソナルなコンピュータシステムにとって、悪意あるソフトウェアやネットサービスからユーザーを守ること以上に優先されることがあるだろうか?

ここまで一般的に広がってきている“サイドローディング”という言葉を使ってきたが、さすがにDMCHも自由なアプリ導入はセキュリティ上問題があると考えているのだろう。「ウェブサイトからアプリを直接ダウンロードすること」は義務付けないとしている。

ではどのようにして、安全性を保ったまま競争環境を作るというのか。

DMCHがまとめた案では、具体的な方法は定めず“信頼できるアプリストア”を選べる環境を構築するという。具体的にはAppStore以外のアプリストアをプリインストールしたり、AppStore上でアップルが審査した他社アプリストアを導入可能にする、あるいはホワイトリスト(安全が確認されたアプリのリスト)を用いる手法などが例として挙げられている。

この報告書を読んでいてもっとも呆れさせられたのは、まさにこの部分だ。そもそも信頼できるアプリストアとはどんなストアなのか。

AppStoreで流通しているアプリはおよそ180万本だ。競合するアプリストアで掲載されるアプリがこの1/10だったとしても18万本である。競争を促すというからには、厳選されたセレクトショップではなく、さまざまなアプリが低廉な手数料を求めて集まってくることを意図しているのだろうが、そうしたアプリについてセキュリティ上の問題だけではなく、表現の妥当性や詐欺や窃取を意図した仕掛けがないかを審査し、安全な流通環境を実現しているかどうかを、アップルや通信事業者が評価して信頼できるアプリストアとして認定するということなのか?

そもそもハードウェアであるiPhone端末と一体で開発され、オープンになっていないコンポーネントも多いiOSで動作させるアプリのセキュリティ審査を、iOS自身のコードにアクセスできない企業が行うということなのか?

パブコメ無視のまま突き進むDMCH

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「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」では、当然のように専門家の間で話しあって決めたと書かれており、その中にはパブリックコメントの内容も精査しているような表現がある。まったく無策というわけではない。

日本スマートフォンセキュリティ協会がアプリ開発者に向け作成している「セキュアコーディングガイドライン」や、英国科学・イノベーション・技術省が公表したアプリストア等に対する「コード・オブ・プラクティス」などを基本的な審査指針として、専門家団体等によるガイドラインなどを政府が示し、事業者側に審査体制を整えさせるという。

ではアプリマーケットの手数料に競争圧力が働く中、より少ない手数料で事業者が収益を挙げるには、どのような効率化が行なえるのだろうか。

贔屓目に見るわけではないが、アップルにはiPhoneを安全なものにすることで今後も買ってもらいたいということが、AppStoreの安全性を高めるモチベーションになっている。

しかしアプリストア事業者はアプリ流通を最大化し、そこからの収益を高めることがもっとも大きなモチベーションになる。アプリ流通に特化した業態なのだから当然だ。競争の中では、手数料が引き下げられる可能性もあるはずだ。流通するアプリとアプリ内課金を最大化することが、そうした事業者の最大の利益になるからだ。

しかし、安全・安心に関して端末メーカー以上の意欲、言い換えれば投資を行なえるものなのか疑問がある。収益性を圧迫する要因は、アプリ審査にかかわる部分に集中している上、iPhoneというプラットフォーム全体の安全性を守るという部分への使命感もない。

最終報告が出されてからもパブリックコメントが集められたが、そこでは多くの反対意見が集まっている。

さまざまな事業団体、消費者団体などが反対の意見を示しているが、もっとも多く出ている懸念は、子どもたちをはじめ情報リテラシー、経験が不足している利用者についても、悪意あるソフトウェアやサービスから守ることができないならば、サイドローディングは許容すべきではないという、当たり前の優先順位を意識した意見だ。

参考にしながら今後も必要な法制度の検討を進めると、これらパブリックコメントを集めた資料の中で言及されているが、少なくとも筆者が話を聞いている範囲内では方針転換を示す兆候は一切ない。

テック製品の”ブランド化”を成し遂げつつあるアップル

この記事を読んでいるタイミングが、すでにiPhone 15/15 Proシリーズを買ったあとだったとしても、買い替えを迷っているだけだとしても、そう大きな違い...

https://www.gizmodo.jp/2023/09/next-apple-stage2023.html

Source: Apple, 首相官邸